「ふぅ…」
しばらくして、パプチーさんがその場の雰囲気を入れ替えるように大きく息を吐き、
続けてこう切り出してきた。
「さて…ちるちるさんのお話ばかりさせるのは不公平ですから、
一つ、私の身の上話でもいたしましょうか。」
彼女の突然の申し出に驚き、俯いていた顔を上げた。
「えっ!?それってもしかして…あの人との──」
「あらら、やはり気づいてらっしゃったのね。」
「それはもちろん…二人の会話から察していました。」
「そう──本当はあまり思い出したくはないのですが、
ちるちるさんの今後の参考になるのでしたらお話しますわ。」
意外な展開にさっきまでの雰囲気は一変し、
目を丸くさせながら、何も言葉を発せずにうんうんと何度も頷くと
パプチーさんは一呼吸置いた後に"あの人"との関係を語り始めた。
出会いからのきっかけはなんてことはないよくある話である。
自分と同様にたまたま同じパーティーに入り、毎日顔を合わせるたびに徐々にに仲良くなり始め、
次第に一緒に行動する時間が長くなり、そして互いの好意を重なり合い──相方となった。
それにしても過去の思い出を語る言葉の一つ一つが
"あの人"に対する悪口や皮肉で溢れ返っているものの、
結局、最終的には庇うような言い回しに帰着しているところに思わず苦笑いをせざるえない。
やはりこの二人は昔はとても仲が良かったということが言葉の節々から感じられた。
しかし、そんな仲の良かったはずの二人がどうして
「──ということで"あの人"がどれだけのロクデナシということが分って頂けたかしら?」
「いえ、それはちょっと…。」
「あらそう。それじゃあもう一つ、話してあげますわ。
ええと。彼の最初のキャラがマジシャンだったことはご存知かしら?」
「はい、それはもちろん。あのアリプと並んで超有名なマジシャンですよね。」
「そう、当時はあのアリプに匹敵するぐらいの強さを誇っていたのに
あることがきかっけでマジシャンを辞めてしまったの。」
「それはなぜ…?」
「わたしのせいよ。」
「えっ…?」
「私達はほとんど毎日のように一緒に行動を共にしてたわ。
だけど、ある日を境に彼がボス狩りをするようになってから私達の関係はおかしくなってしまったの。」
「えっと、確かずっとミストレスに張り付いてましたね。」
「ええそうよ。彼は来る日も来る日も狂ったようにボスを狩り続けて、
私が狩りに誘っても"今ボス狩り中だから"と、とりつくしまもなくて。」
「…………」
「彼の行動は全てボスの沸き時間に制限されてしまって、次第に私との時間も無くなっていったわ。」
「それでどうなったんですか?」
「結局、私のほうから愛想をつかしたの。一緒にいられないなら相方である必要がないですし。」
「相方を解消したんですね…。」
「そうね。彼を呼び出して"相方を解消したい"と申し出たわ。」
「そのとき、彼は何て言ったのですか?」
「特に何も。 "そうか分かった"と一言だけ言って、私達はそのまま相方関係を解消したの。」
「それだけですか…。」
「それから私はアーチャーを辞めて、剣士の道を選んだの。その直後にナナさんと知り合って、
今ではナナさんが私のパートナーね。」
"二人の出会い"を話しているときのパプチーさんは辛辣ながらも、
言葉の節々にはどこかに昔の思い出を楽しそうに語っている感じだった。
なのに"二人の別れ"を語っているときのパプチーさんは表情は重く、深い悲しみに満ちており、
"あの人"との関係は自分が思っていたよりも複雑な感情が渦巻いているようだった。
それにしても解せないことが一つある。
ここまで聞いていると、どうみても相方を放置した側に非があるのだが、
何故、彼はこれほどまでミストレスに執着したのだろうか。
少し首をひねったあと、初めて彼と会話したときに何気なくこぼした一言を思い出した。
『元々ティアラを狙ってたからな。本命が出るまで大分掛かっちまって──その結果がこれだ。』
その瞬間、「あっ…!」と声が漏れた。
彼のとった行動の理由が分かったこともそうだが、
何よりも彼の行動原理は自分と全く同じであったことに親近感を感じてしまったからだ。
そのことに気づくと無意識のうちに彼の言い分を代弁した。
「あの、もしかして彼はパプチーさんのためにティアラを狙っていたんじゃないでしょうか?」
思わず擁護してしまったが、パプチーさんは表情ひとつ変えずにため息混じりに呟く。
「はぁ…そうね。そのとおりよ。なんてくだらない──。」
「えっ…。」
切り捨てられた言葉に動揺し、思わず背筋に凍えるような不安に襲われる。
「別に私はそんなもの欲しいなんて一言も言ってないわ。
なのに何故私と一緒にいることを捨ててまで頑張る必要があるのかしら。私には理解できないわ。」
「で、でもそれはきっと、彼女のため──パプチーさんのために何かしたくて──
単純だけど、心の篭った行動だとボクは思いますよ。そんな彼の行動を評価してあげるべきでは?」
「それはひとりよがりだわ。高価なプレゼントを用意することが本当に私のためなのかしら?
それは私に喜んでもらいたいわけではなくて、自分が満足したいだけではないのかしら?」
「────っ!」
彼女は"女の気持ち"を考えた至極最もな正論を突きつけてきた。
それは反論の余地を許さない一言であり、ここで何か言おうものなら、恥を晒すだけである。
唇をかみ締めながら溢れ出す想いと言葉を喉の奥に抑えたが、
それでも似たもの同士のサガなのか、思考が纏まらないまま勝手に言葉が漏れそうになると──
「ふぅ…少し熱くなり過ぎましたわ。ごめんなさい。」
今まさに口論になりかけようとしたその間際、パプチーさんの方が先に冷静さを取り戻した。
危うく醜態を披露しかけるところに有難い水入りのおかげで、こちら沸点も急激な落ち込みを見せた。
そして、パプチーさんはわずかな間を置き、今度は落ち着いた口調で話し始めた。
「確かにちるちるさんの言うとおり、彼の行動は私のためしてくれたことであると理解しているわ。」
「──はい。」
「きっと、私のことを大事にしているっていう証みたいなものが欲しかったのね。」
「そ、そうです。そうに違いありません。だから──」
「でも、私はただ一緒にいる──それだけで十分大事にされているって感じてましたし、
それ以外は何もいりませんでしたわ。」
「…………」
喉から搾り出された言葉の重みと悲しく、寂しく、揺れ動く瞳に押され、
もはやこちらが掛ける言葉は何一つ見つからず。
そのまま、ずるずると視線が下がると沈黙するようにして顔を伏せた。
すると、部屋の中に突然「パァン!」と大きな音が響き渡る。
その音に驚き、思わず俯いていた顔をあげると、
今度は穏やかな表情をしたパプチーさんが両手を合わせてこちらを見ていた。
「はい。私のお話はここまでですわ。お楽しみ頂けたかしら?」
目が合い、ニッコリと笑顔を見せる。
そして、物語の感想を求められ、つい本音がボロリと零れる。
「いえ…全く楽しいお話ではなかったような……。」
「あら、失礼しちゃうわ。結構スペクタルロマン溢れる名作だとは思いませんこと?」
「なんと言うか…身に覚えがあることが多すぎて、大分被弾してしまいました…いたた。」
「うふふ、それなら良かったわ。少しは女性の気持ちも理解して頂けると有難いですの。」
その言葉には「ははは」と渇いた笑いを返すのが精一杯だった。
***
その後の会話は和やかに続いた。
「…ということで、私に振られてから"あの人"はマジシャンを辞めてしまわれたようですわ。
でも"あの人"は今はシーフとしてちやほやされているようですし、全くもってせいせいしましたわ。」
「本当にそう思いますか…?」
「さあ…?少なくても今の私にはナナさんがいらっしゃいますからね。
元の鞘に戻ろうという気持ちは微塵もございませんわ。」
"では何故、こうして昔の姿でたった一人になった溜まり場に居続けているのですか?"
そんな言葉がでかかったが寸でのところで口を塞いだ。
もしかしたら今もまだふっきれてなくて、こうして溜まり場で彼の帰りを待っているのかもしれない。
もし、ここに現れたのが自分ではなく──"あの人"だったら。
そんな妄想をしてみるものの、今、ナナさんとうまくいっているようなら、
これ以上、口を挟むべきではないだろう。
悲しい
ちょっとしたボタンの掛け違いが起こってしまった。
運命と呼ぶには寂しすぎる結末ではあるが、今はただ受け入れるしかないのかもしれない。
「さて、お喋りはここまでですわね。
そろそろナナさんもログインされる頃ですので私はキャラチェンしてきますわ。」
「あ、あの…。」
「あら、何かございますか?」
「えっと、結局、ボクはまだパプチーさんの最初の質問に答えていない気がして…」
「あらあら、まだお分かりではないみたいですわね。」
「え、それはどういう──」
「せっかくお話したのですから察して頂けると有難いのですけど…。」
「す、すみません。」
「ちるちるさん、先ほど私がした問いに覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、はい…何故、気持ちに答えられないのかですよね。」
「はい。その通りですわ。そして、ちるちるさんは私の問いに答えることが出来なかった。
それはつまり、"どうしたらいいのか分らない"ということでございましょう?」
「何故それを…。」
「図星でしたわね。それなら結論は簡単ですわ。
きっとちるちるさんにはその答えに至る──別の答えをお持ちなのでしょう。」
「別の答え…。」
「ですからその答えはご自分で探してごらんなさい。よく考えれば簡単に見つかるはずですわ。」
「…………」
「そして、ここからはアドバイスですわ。
その答えを見つけたのなら、どんな結論であれきちんと決断してください。
誤魔化さず、偽らず、曖昧にせず──そして紳士的にですわ。」
「…………」
「では、私はこれにて失礼いたします。ごきげんよう。」
こちらの反応を求めることもなくパプチーさんはすっと立ち上がり、
フッと目の前からログアウトしていった。
それでも去り際にウィンクを残して言ったのはきっと「しっかりやりなさい」という
激励の意味を含んでいたのかもしれない。
彼女の言葉一つ一つは正面きったアドバイスではないが、
何をしてほしいのか、そして自分が何をするべきかが分かったような気がした。
***
宿屋に一人取り残されたまま、時間が流れた。
パプチーさんの残した言葉の一つ一つが胸にぐさりと刺さったまま、
ソファーの上で一人考え事を続けてた。
そしてパプチーさんの言葉どおり、答えは簡単に見つかった。
いや、最初から簡単に見つかるはずの答えだったのかもしれない。
それを相手を傷つけることで自分が傷つくことを恐れ、
自分の気持ちを誤魔化し、答えを曖昧にしたまま、真実を偽っていたままにしていたから
今まで見えていなかっただけなのだろう。
そしてその理由も分かっている。
忘れたと思っていた過去はただ単に目を背けただけであり、
ずっと心の中でしこりとして残ったままであるということを。
どうして向けられた好意に対してこうまでして抵抗するのか、
その理由を自分自身に問いかけたとき、
忘れかけていた──忘れようとしていた"あの時"の記憶が蘇ってきた。
あの時から他人に話すことなくずっと隠していた自分の過去。
そのまま封印して記憶の彼方に葬りさってしまえばどんなに楽であろうか。
それでもこうしてあの時のことを鮮明に思い出してしまうということは
結局のところ、この過去に対して向き合わない限りはきっと前には進めないのだろう。
忘れるのか、乗り越えるのか、上書きするのか…
選択肢は沢山あるように見えて、実はもう一つしかないわけで。
そしてもう一つ、パプチーさんの話を聞いて気づいたことがある。
彼女はこんなに息をつくぐらい思い出したくない過去を語ってくれたのは何故だろうか。
それはきっと今の自分に対して苦言を呈したかったに違いない。
思い込みだけで突っ走らずに相手のことをちゃんと考えてあげること。
優先しなければいけないことや大事にしなければいけないことの判断を見誤らないこと。
そして何よりも自分が経験した辛い思いをもう二度と味あわせないで欲しいということ。
自分は"あの人"にそっくりだ。
不器用で自分勝手に突っ走って、その癖、いざというときに尻込みしてそのまま流されてしまう。
傷つけないように振舞ったつもりが、結局、傷つけてしまって。
これも不器用な生き方を選んでしまったツケというならば、その"痛み"は甘んじて受け入れよう。
結局、自分の気持ちは今も何も変わっていないのだから。