ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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二度目の

「ん……うぅうん…」

 

視界と思考がぼやける中、眠りから覚めた。

 

"おやすみなさい"の呪文はひどく効いたようで

バタンキューと共に深い眠りに落ちていたようだった。

 

これだけ深く眠りについたのは久しぶりで、

疲れによる作用なのか余計なことを考えずに眠りに落ちることが出来たようだった。

 

考えてみれば"想い人"を探し続け、そして待ち続けてほとんど寝ない日々を過ごしていた。

もちろん仮眠はとっていたがいつも浅い眠りばかりで頭の中は彼女のことばかり考えていた。

 

次第に視界は回復し、辺りはいつもと同じゲフェンの街並みと中央にそびえる塔がはっきりと形づく。

しかし、思考は今だにぼやけており、無意識にぶつぶつと呟く。

 

「なんだ…?なんで…こんなところに…一人で…ひとり…ひとり──そうだ!」

 

一瞬にして脳内に血液が張り巡り、大きな声と共に覚醒する。

そして、次にとるべき行動は"偶然"の結果を確認するだけであった。

 

恐る恐る、パーティーウィンドウを覗くと──

 

そこにはログイン表示となっているパーティーメンバー──"ayusaki"の文字があった。

おおよそ一週間以上、姿を見せなかったアユが今まさにパーティー上に存在している。

 

ようやく見つけた"想い人"に喜びと安堵と不安が入り混じった複雑な状態で

パーティーウィンドウに並ぶ文字を眺めていた。

 

しばらく、考え事をしながら次の一手を思案する。

不用意にWIS(耳打ち)なんて送って、また逃げられでもしたら目も当てられない。

どうしたら彼女の姿を再び見ることが出来るかを慎重に考えた。

 

よくよく考えると、彼女が最後にログインしたのは今自分が座っているベンチの隣だったはず、

しかし、パーティーウィンドウが示す現在位置は"ゲフェンフィールド07"と表示されていた。

 

その瞬間、ある疑問が浮かぶ──アユは一体いつ現れたのだろうか。

 

アユが最後にログアウトしたのは今自分が座っているベンチの隣である。

 

だとすれば、再びログインしたときに現れるのはこの場所であるはずなのに、アユの姿は見当たらない。

こちらが眠りについている間にログインしたのだろうか、

それとも、自分この世界にいない間にいつの間にか移動していたのだろうか。

いずれにしても、ログインしたのにも関わらず、ログには何も記されていない。

だとすれば──

 

諌めるようにして大きく頭を振り、疑念をかき消した。

 

「そんなことはどうでもいいじゃないか。アユは今、この世界にいる。」

 

自らに言い聞かせた言葉と共に次に取るべき行動を決断する。

それは、いつもアユがしていたように今度はこちらから会いに行くことである。

 

そう決意し、もう一度パーティーウィンドウを再確認すると、アユの居場所は変わらずゲフェンフィールド07を示していた。

 

この場所は言わずとしれたゲフェンの街から西にいったフィールドであり、

大きな橋を渡った先にはさらに道が続いているように見えるが、

残念ながら向こう岸はこの世界の果てであり、行き止まりである。

 

彼女が何故このフィールドにいるのかは分らない。

しかし、この場所ならば居場所はすぐにわかる。

 

そう、ここには"あの"展望台があるフィールドである。

 

だから彼女がこのエリアにいるとすれば、そこしかない。

根拠しかない自信を抱え、展望台へ向かった。

 

途中、展望台へ続く螺旋状に浮遊する小島を一歩、また一歩と進むたびに

絞首台の階段を上っている気分に陥った。

 

***

 

いくつもの小島を渡りきり、頂上である展望台に辿りついた。

 

雲を抜けた先にあるこの場所に飛び込むと、眩しい光が視界を遮り、目の前を真っ白にする。

 

それでも薄らぼやけた視線の先に、

切り株状の椅子に腰掛け、展望台のから見える風景には目もくれずに

何か物思いにふけっている──アユの姿がいることだけは分かった。

 

この場所に一緒に来たことは一度もない。

ただ、なんとなくここにいる気がした。それだけで見つけることが出来た。

 

言いたいことは沢山ある。

しかし、最初に出た言葉は一言──

 

「ごめん。」

 

謝罪の言葉からであった。

ただ、面と向かったままアユの目を見てから頭を下げることが出来ず、

俯いて地面を視線を逸らすことで精一杯だった。

 

「何がごめん?」

 

「探しに来るのが遅くなって」

 

「別に待ってないし、会うのを拒んでいたのはこっちだから謝らなくていいよ。」

 

彼女は視線をこちらに一切向けることなく、冷静に受け流してくる。

視線の噛み合わないやり取りはただの空虚であることは分かっているものの

今度は彼女の目の前に行き、立ったまま、頭を下げる。

 

「それでも、謝らせてほしい。ごめん。」

 

頭を下げたまま、じっと待つもアユからの返事はない。

 

今はとにかく、何か言葉を投げ、繋げないとことにはこの雰囲気に押しつぶされそうになってくる。

しかし、声が出ないまま、沈黙が周囲の風の音と混ざりながらその場を支配する。

 

頭を下げたまま、何を話すか何から話すかを必死に思考しながら、

結局何も考えることが出来ずにいた。

 

昔なら、こんな状況でも軽口を叩くのだが

もうそんなことは出来ない状況でもないし、

自分の想いを否定して、誤魔化すことしないと決めていた。

それは彼女に対する思いがこんなにも大きくなっていることを自覚していたからだ。

 

それでも言葉が出ない。

ならせめて、言葉が出ないのなら──怖気づいた心を奮い立たせ、勢いよく顔をあげた──

 

すると視線の先にはアユの瞳があった。

 

一瞬何が起こったのか分からなかった。

さっきまでそっぽを向いて、自分のことにはまるで興味がないような素振りをしていたはずなのに

彼女はいつの間にか、こちらを向いていた。

 

もしかしてこちらが顔を下に向けている間、じっとこちらを見ていたのだろうか…

目が合った後も彼女は落ち着いたままこちらの様子を伺っているようだったので

焦った自分は心の準備が出来ないまま、変なところから声を出した。

 

「ところで…こ、こんな場所良く知ってたね。ここって結構景色よくてカップル達がよく来るそうだよ。」

 

自分の意思とは関係ない、誰か別の人間が乗り移ったようにどうでもいい話題を切り出してしまった。

しかし、意外にも彼女はこのくだらない話題に乗っかってきた。

 

「ん…前に一度来たことがあったから。」

 

「へ、へーそうなんだ…お友達と?」

 

「内緒。今のちーちゃんよりも素敵な人とかな」

 

「そ、そうなんだ…。」

 

アユの過去をまるで知らない自分にとっては、その"素敵な人"という言葉に少しだけ嫉妬した。

自分はアユが今までこの世界でどうやって生まれてどうやって過ごしてきたのかをまるで知らない。

 

これだけ二人でいることを好む彼女がずっとソロなんて考えられないし、

実は自分と同じで過去に何かあったのだろうかと勘ぐってしまう。

 

──いいやダメだ。

 

アユには今まで数え切れないのほどの楽しさを与えてもらったし、

この世界で生きていくために支えになってくれたプレイヤーだ。

感謝こそすれど疑念を持つなんてもってのほかだ。

 

そんな大切な人に卑怯にも応えることが出来ていない自分はもっとダメだ。

すーっと深く息を吸い、そしてゆっくりと吐く。

ようやく落ち着き取り戻すと、おもむろに話を切り出した。

 

「あのさ…、ボクはアユの気持ちには応えられないよ。」

 

今持っている情けない、女々しい、執念深いといった負の感情をそのままをまとめ、言葉にした。

 

会えなかった間、彼女が何をしていたのか、気になって、気になって、

こんなにも会いたくてしかたなかったのに

出した結論は彼女にとってそして自分にとっても最低のものだった。

 

「…………」

 

アユは沈黙したまま、視線を逸らさない。だから構わず話を続ける。

 

「今までずっと黙っていたけど、ボクには大事な人がいる。

もしかしたらもう二度と会えないのかも知れない。

だけどそれでもボクはその人のことを想い続けたい。」

 

「…………」

 

「だからそれが決着するまで、ボクは誰の想いにも答えることができないんだ。」

 

一方的に話にアユは微動だにせず、黙って真剣な表情をこちらに投げかけてくる。

ほんの少しだけ震えているようだったが、きっと強い意志で押さえつけ、取り乱すことなく、

冷静さを保っているようだった。

 

「アユはボクには勿体無いぐらい、魅力的だよ。正直、他の人には渡したくないぐらい。」

 

「これまでずっと一緒にいた時間、とても楽しかったし、

一緒にいれることが当たり前のようになってきて、

ボクもアユの気持ちに応えたいと思っていた──だけど、やっぱり無理なんだ。」

 

「ねぇ…。」

 

矢継ぎ早に投げかけられた言葉にそっと呟くように割り込んでくる。

思わず次の言葉が出る瞬間に喉の奥で声が止まった。

 

「ちーちゃんは…ずぅーっと、その人のことを想っていたんだね。」

 

ようやく、いつもの調子で呼んでくれた自分のあだ名に安堵すると共に

アユの質問にも自然と言葉が出た。

 

「ああ、そうだよ──ずっとだ。」

 

この世界で会って、初めて経験した恋と呼べるかも分からない感情を揺さぶる何か。

その衝撃と刺激で毎日が楽しくて、一緒にいられることや何気なく会話を交わすだけで

触れ合っているという感覚が心地よかった。

 

多分、こんなことを他の誰かに共感してもらうことは

きっと難しいし、きっと笑われてしまうだろう。

 

でも、多分それもきっと恋と呼んでもそう悪い気はしない。

 

そうだ、自分はずっと彼女に──"ハルカ"さんに恋をしていたんだ。

 

途中、何度も消そうとしたけど、結局消えることはなかった存在。

 

今もこうして、邪魔をしてくるかけがえのない存在。

 

だからそんな想いを抱えたまま、アユを大事にすることなんて出来ない。

 

贅沢で卑怯な態度かもしれない。これほどまでに自分の傷を癒してくれた人間を

一番大事なときに突き放すことをしてしまって。

 

この選択肢はきっと間違っている。

他人を思いやっていないし、結局は自己満足を満たしたいだけの我がままヤロウのろくでもない決意。

そう頭で分かっていても自分が惨めになる決断を下したい。

 

こっちの返答からしばらく黙っていたアユがぽつりと呟く。

 

「聞いていい?」

 

「ん…」

 

「その…ちーちゃんがずっと想っていた人ってどんな人なの?」

 

恐らく、聞かれるであろう質問だったので身構えることもなく、自然体でその問いに答えた。

 

初めて会ったときのこと。

ウサミミをプレゼントするために不眠不休で四葉のクローバーを探し続けたこと。

プレゼントのときにリプレさんに助けられたこと。

突然の別れが訪れたこと。

リーダーからもう二度と会えないことを知ったこと。

 

そして──それでも…やっぱり忘れられなかったこと。

 

ハルカさんに関係する全ての出来事をアユに語った。

本来ならばこんな昔話を語るなんてことは絶対やってはいけない。

 

こんな話をしようものならば、普通は怒り、罵声のひとつを浴びせるところだが、

彼女は怒るどころか、笑顔を見せながらこちらの話に聞き入って…いるように見えた。

 

その様子から作り笑顔や無理をしている…といった印象を受けることはなかったが

ときおり物悲しそうな目を浮かべる姿に、

何ともいえない違和感とぬぐい切れない罪悪感が背中を這った。

 

「なんだか…私みたいだね…。」

 

アユから出てきた呟きがグサリと胸に突き刺さる。

 

それでも痛みは感じない。

自分はアユにハルカさんの面影を重ねていたのは──紛れもない事実だからだ。

意識的に避けていたがそれは無意識に重ねることを恐れていたからに過ぎない。

 

結局、自分は最低最悪のことをしていた。そのことにようやく気づいたわけで。

 

そして、ここまでしておいて言い訳にもならないのだが、

これ以上アユの心象を傷つけることはしたくない。

だから、アユの疑問にここは卑怯にも言葉を濁すことにした。

 

「…まあ、髪型も同じだしね。」

 

最後まで卑怯な態度で誤魔化したことにきっと彼女も気づいているだろう、

その言葉に一瞬ぴくんと肩が震えるそぶりを見せたものの、

彼女は俯きながらも「そっかぁ」と呟いた。

 

そんな全く優しくない優しさを素直を受け入れてくれたことに──そっと感謝した。

 

話を聞き終えたアユはしばらく黙ったままにしていた。

風の音だけが響き渡るようになり、周囲の空気が幾度と入れ替わると──。

 

「そっかぁ…。そっか、そっか…私ってフラれちゃったんだね。」

 

「本当にごめん。アユと一緒にたくさんの時間を過ごしてきたのにこんな答えしか出せなくて。」

 

「ばか…本当に馬鹿…。」

 

「ごめん…。」

 

そっと顔を伏せ、無防備な姿を晒す──今ならどんな罵倒も受け入れられる。

そう思って突き出した身体にアユはそっと包みこむようにして手を差し伸べた。

 

「謝らないで…今のは自分に言ったの。だからちーちゃんは謝らなくていいの」

 

「えっ…?」

 

その手の感触に思わず顔をあげると、目の前にはさっきまでの穏やかで冷静だった表情は消え、

くしゃくしゃに高揚した想いが張り裂けそうになりながら涙を流し、

そして何か言いたげな言葉をぐっと堪えているアユの姿があった。

 

「本当に馬鹿なのは私。ちーちゃんの気持ちを知らないまま、勝手に相方気取りになっていて…。」

 

「…………っ!」

 

「本当に馬鹿だよ…私…。」

 

違う。違うんだよ。そうじゃないんだ。

 

「でも、嬉しかったよ。そんな大事な人がいるのに、こんなにも大切にしてもらえて、

楽しい時間を過ごさせてくれて。」

 

こんな情けないヤツと出会わなければ君はもっとこの世界で楽しく過ごせたはずなんだ。

 

「私はこの世界では知り合いはちーちゃんしかいないし、

ちーちゃんと一緒にいれないなら…この世界にいることを諦めることにするよ。」

 

何故、選択肢は自分しかないんだ。

他にもたくさんのプレイヤーや自分より素敵な男だって山ほどいる。

だから早まらないくれ。

 

「私も結構ワガママだから、ちーちゃんにいっぱい迷惑かけちゃったね。本当にごめんね。」

 

アユは何一つ悪くない。

だからもうこれ以上、自分のことを悪く言わないで──くれ。

 

「ありがとぅ…たくさんの思い出をくれて。」

 

普段叩ける軽口もこんなときにだけまるで才能を発揮できない。

一体ナンパシーフとはなんだったんだ。どうしてこういうときに何もできないんだ。

もどかしさよりも情けなさで一杯になる──それでも言葉が出ない。

 

「ちーちゃん、大好きだよ。またどこかで会えたらいいね。」

 

彼女を優しく包み込むような言葉。彼女を安心させるような言葉。

今ここで言わなくちゃ──

 

嘘でもいいから…誤魔化しでもいいから…何か

 

「あ、あ…──」

 

そんなことできるわけがない。

 

ハッと我に返り、アユの言葉を遮ろうとした唇をぎゅっと噛んだ。

 

今更こんなことをして何になる。

突き放した想いを一方的にぶつけて、

優しさの欠片もない最低最悪の決断…それでいいと決めたはずだろ。

 

──我慢しろ。

じゃなきゃ彼女の気持ちに対する裏切りになる。

だから今言う言葉はたった一つ─辛くても言葉にしなければ前に進まない。

 

震えがが収まらない、身体をぎゅっと押さえつけるようにして

精一杯の作り笑顔を見せながら一生懸命に言葉を搾り出す。

 

「今までありがとぅ。また、どこかで。」

 

その言葉を聞いて安心した表情を見せたアユは最後の仕事を終え、この世界から消えていった。

 

彼女がログアウトする瞬間、

目の前の視界にある彼女の姿がまるでスローモーションのようにゆっくりと色あせていった。

名残り惜しむように少しずつ、少しずつ、消えていく。

 

そしてついには彼女を(かたど)っていた輪郭さえも無くなり、

後に残ったのは展望台から見える澄み切った美しい風景だけだった。

 

そして、パーティーウィンドウにたった一人の名前が刻まれていることを確認すると。

 

─パーティー「Heart Place」を脱退しました。

 

再び無機質なシステムログが流れた。

 

自らの決断に悲観はしないし、絶望もしないが、そのログだけは涙を流すだけの十分な理由になるだろう。

 

さようなら──アユ。

 

 

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