ボクとネトゲと黒歴史   作:ChiRu708

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新たな世界へ

正式サービスが決定するや否や、多くのプレイヤーは期待と不安が入り混じっていた。

そして自分もそのうちの一人であり、夜しか眠れない日々を過ごしてきた。

 

そのうちの"不安"とされたのがキャラクターデータの移行体系についてであり、

今までプレイしてきた成果──つまりはレベルやアイテムが一体どうなるのか

皆、固唾をのんで神の声を見守っていた。

 

──が現実は非情だった。

 

神の声が告げた、正式オープンへの引継ぎは次のような結果であった。

 

一、現キャラクターの状態は引き継がれる。ただし、ステータスとスキルのリセットは実施しない。

二、アイテムは装備品を含めて全て消滅。ただし、お金については現在のレベルに応じて配給。

 

この決定により、自身のもくろみは見事に打ち砕かれてしまった。

 

それはまず第一に、産廃となってしまったLUK極振りアサシンのステータスを振りなおしができない点、

第二にβ1から持ち越した装備品、つまりは師であるユーシさんから受け継いだ"フォーチュンソード"と

自身の持つ唯一のMVPアイテムである"セイフティリング"が消滅することが決まってしまったからだ。

 

しかし、βと名がつく以上、この世界はあくまで不確定要素に溢れているわけで。

アイテムやお金はリセットされることはある程度は覚悟をしていた。

 

しかし、それでも──と一縷の望みに賭けていたのだが──

結局、この世界は実に上手くいかないことだらけで出来ていることを改めて認識した。

 

そんな誰しもが悲観するこの決定に、現在レベルトップをひた走るリプレさんは全く動じていなかった。

 

彼女は誰よりも多くの時間をレベル上げに費やしている。

もし、仮にレベルまでリセットされていたら、彼女の苦労は全て電子の藻屑となっていたかもしれない。

──にも関わらず彼女は

 

「なんだレベルはリセットされないんだ。ヌルゲーだね」

 

この世界を蔑むかのように鼻で笑っていたのだった。

 

この一言にぞっと背筋が凍くような感覚を受ける。

はっきりいって彼女の思考は理解の範疇を超えている。

 

一体どのような経験を重ねればこのように割り切れるようになるのか、

そして自分には到底たどり着くことのできない領域にいるプレイヤーであるということを

改めて思い知らされたのだった。

 

同時に果たしてこれから先、正式オープン後も

リプレさんについていけるのかどうかという不安が頭の中を駆け巡った。

 

***

 

時間が経つのは早いもので、神の声から一週間が過ぎ、ついにβ2の最後の日を迎えた。

 

首都プロンテラでは最後の祭りということでモンスター襲撃イベントが開催されていたが、

プレイヤーがそのイベントに参加しようと首都に集結した影響でサーバー陥落してしまった。

 

これにより、再ログイン出来なくなったプレイヤーもいたようで、

β2の最終日を楽しもうとしたプレイヤーや、

β2を最後に引退する仲間と最後を共にするはずだったプレイヤーにとっては

災難としかいえない事態が最後に発生してしまっていた。

 

首都ではそんな、大災害が起こっていることなどつゆ知らず、

自分は人気(ひとけ)のまるでない、暗い闇の中をただ一人歩いていた。

 

──時間は深夜を過ぎ、この世界も後三十分で終わりを告げようとしていた。

 

この世界の最後の日、そしてサーバーがダウンする直前にも関わらず、

ダンジョンを徘徊しているのはきっと、最後の最後までレベル上げに没頭している

リプレさんとそして今、こうして一人でいる自分ぐらいなものだろう。

 

久しぶりに登場した産廃アサシンを動かし、

途中、襲ってくるアクティブモンスターを振り切るのに必死になりながらも

ダンジョンの深部へ進んでいった。

 

ゲフェンダンジョン──

 

この世界で初めて訪れたこのダンジョンであるこの場所には様々な思い出が詰まっている。

 

最初に通い始めたきっかけはなんてことはない、

自分のステータスではここの一階でしか狩りをすることが出来ないぐらい弱かったからだ。

 

最初はプレイヤーの数もまばらでダンジョンに進入してすぐ

毒キノコ(ポインズンスポア)の群れに取り囲まれは、復活地点(セーブポイント)送りにされていたが、

次第にこのダンジョンの沸きの良さにプレイヤーが集まりだし、

ダンジョン内はモンスターよりもプレイヤーの方が多くなり始めた。

 

そして、次第にフェロモンシステムが解明され、

その仕様を利用した魂の入っていない"デコイ"がダンジョン内のあちらこちらに現われ始めた。

そのせいで狩りの効率はぐっと下がり、レベル上げに苦労した日々もあった。

 

それでもここしか選択肢がなかった自分は毎日のように通い詰め、

いつしか二階で狩りが出来ることを夢見て、必死にレベル上げに没頭していた。

 

この世界で恐らく一番長い時間を過ごしたのがこのダンジョンであることは間違いない。

このダンジョンは自分を育ててくれた大事な場所。

 

だから最後はここで終わらせるべきだと思ったし、

そしてもう一つ、やらなければいけないことがあった。

 

***

 

通いなれた地下一階を抜け、地下二階に辿りついた。

地下二階の入り口を南下すれば、あの賑わいに溢れていた溜まり場がある。

 

──が今はもうこの場所に腰を下すプレイヤーはいない。

 

理由は色々あるが、恐らくはギルドシステムの実装やパーティーシステムが改善されるなどで、

よりパーティープレイが充実するようになり、

ダンジョン内で座ってお喋りするよりもギルド内の親しいプレイヤー同士で

コミュニケーションをとり始めたからなのだろうと推測する。

 

もっともここは、無属性モンスターである"ウィスパー"が出現するため、

属性攻撃の出来ないプレイヤーにとっては座って駄弁る余裕がないのも事実であるが。

 

そしてこの場所にも多くの思い出がある。

 

初めてナイトメアに挑戦し、無残にも散ってしまったこと。

それでも懲りずに何度も通いつめ、次第に珍速シーフという名が広まっていったこと。

そのおかげで、数多くの仲間と出会い、様々な経験をすることが出来たこと。

 

そして何よりも今の自分が最後の場所をここで過ごすと決めたきっかけをくれた感慨深い場所である。

 

この世界でやり残したことは山ほどある。

それはこのβ2が終わってしまったら達成することが出来ないことのほうが多いのかもしれない。

 

しかし、唯一自分が最後に出来ることが一つだけ残っていた──それは。

 

"ドッペルゲンガーからもらったセイフティリングを返すこと"だった。

 

ひょんなことから手に入れてしまったこの指輪は自分が持つ唯一の最上級レアアイテムであり、

自分を大切に思ってくれた人を無理やり引き剥がすきっかけを与えることになった

ある種、呪われたアイテムであった。

 

そんな曰く付きのアイテムであったが、何だかんだ言いながらも移行の際にはちゃっかりと持ち越した。

結局、そのときに一度だけ装備しただけで、その後は全く使用することもなく、

インベントリ内で隅にぽつんと取り残されていた。

 

ちなみにβ2においてもこのアイテムは強力で、

DEFが上昇するこの指輪はVIT型の騎士にとっては喉から手が出るほど欲しい装備であった。

 

一方ダマスカスはβ2では通常モンスターがドロップするようになったため、

ゴミにはや代わりしてしまったが、いち早く情報をかぎつけていたアニムは

所持していたほとんどのダマスカスをβ2移行前に換金していた。

やはりトッププレイヤーというのは抜け目がないものである。

 

そんなことを思い出しながら、

自分が最初に──そして最後でもあるドッペルゲンガーと遭遇した廃墟を目指した。

 

道中にまとわり付いてきたウィスパーは全力で振り切りながら。

 

***

 

浮遊音をはためかせながら、近寄ってくるウィスパーの群れから全力で逃げ切り、

ようやくゲフェンダンジョン地下二階の最深部である廃墟のエリアに辿りついた。

 

ここにはβ1時代は存在しなかった、地下三階への入り口の階段が設置されており、

この地下三階が普段、リプレさんと一緒に狩りをする主戦場となっている。

 

そんなだだっぴろい廃墟を見渡すと、都合がいいことにモンスターの影が見当たらない。

ここへ来る道中では大分敵が貯まっていたようだったが、

そもそもここで狩りをしてる人もいるわけがないので、

きっと他のエリアにでも貯まっているのだろうと思い、あたりをうろうろした。

 

──ドッペルゲンガーにセイフティリング返す。

 

とはいっても、彼は既にこの地下二階には出現しなくなってしまった。

β1時代慣れ親しんだであろう地下二階から地下三階へ"引越し"となり、

彼の武勇をこの場所で見ることはもう──ない。

 

それならば返す場所は地下三階では?というツッコミがあるのかも知れないが、

地下三階はリプレさんが同伴してくれなければとてもじゃないが、闊歩することは不可能であるため、

ある種の妥協という言い訳でもあるが、"手に入れた場所"という意味でここに決めた。

 

正確な場所が思い出せずにウロウロする。

すると、薄暗い茂みに何やら人影のようなものが目に入った瞬間──

 

全身の力が抜け、膝から崩れ落ちかけそうになったところで──時間が止まった。

 

 

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