ここは女神が舞い降りる街─首都プロンテラ。
この街は現在ある四つの主要都市の中でもっとも大きく、広さでいえば他の街の三倍近くある。
元々α版のときにも存在はしていたが、街自体が北と南に分断されており、
メインストリートに横たわる風景はただの建物が並ぶ殺風景な通り道のような街であった。
それがどうだろうか、β版では見事にモデルチェンジを果たし、
まさに王国に隣する城下町に相応しく、こんなにまで活気に溢れている。
プレイヤー達の往来、賑わう露店、パーティーメンバーを募集する看板や
NPCの前で代購代売交渉を始める商人達。
この街ではどの場所を切り取っても多くのプレイヤー同士による交流が盛んに行われている。
その代表的な場所が"溜まり場"である。
最初はなんとなしに腰を下ろした場所に
どこからともなく誰かがやってきて、それがいつの間にか集まりができる
"溜まり場"とは自然に形成される憩いの場であり、帰るべきマイホームでもあり、
そしてプレイヤー同士の繋がりが生み出す交流の輪でもある。
この街プロンテラにはそんな"溜まり場"が数多く存在する。
街外れの隅っこだったり、建物の中であったり、はたまた教会の裏庭だったり、
街の中のありとあらゆる場所を溜まり場にし、
そこで仲間同士の会話を楽しむことによって互いの交流を深めている。
一方、万年ソロプレイヤーで、孤高の
溜まり場イコール"セーブポイント"の栗毛のシーフは
ある溜まり場でとんでもない仕打ちを受けていた。
***
ここはプロンテラ東図書館の前に位置する広場、
通称"猫広場"と呼ばれる"溜まり場"だ。
元々名称がある建物や施設ならまだしも、
ただの広場にこうして名前が付けられるぐらい有名な溜まり場で
今まさに裁判が執り行われようとしていた。
猫広場のど真ん中には《説教部屋》と書かれたチャットルームが立てられ、
周りをたくさんのプレイヤーが取り囲むように座っている。
そして自分はその逃げ場の無い輪の中で小さく縮こまりながら、
ぶるぶると身体を震わせ、これから始まる恐怖に怯えていた。
被告人の罪状は…ある有名プレイヤーへのナンパ行為、
いわゆるハラスメントによるマナー違反であった。
数時間前の自分を殴ってでも止めたい後悔が今頃になって沸き起こる。
何故こんなことになってしまったのだろうか。
適当な思いつきで行動するツケが回ってきてしまったのだろうか。
こうして、たくさんの非難の視線を浴びているということは
何か選択肢を謝ったのだろうか。
いずれにせよ自分に残された選択肢はもはや座して死を待つのみであった。
***
話は数時間前に遡る。
ここ"猫広場"にはある有名プレイヤーが溜まり場としている。
その有名プレイヤーとは、ここChaos(ケイオス)サーバー一の"ナンパ師"と呼ばれている、
Fen_Albert(フェン=アルバート)という銀髪の男剣士のことある。
その彼の所属するパーティー「猫まっしぐら」が由来となり、
ここが"猫広場"と名付けられたとされている。
そして彼は当時としては珍しい、このROの世界のプレイ日記を公開していた。
その日記は普段の狩りの内容や猫広場での雑談を面白おかしく物語仕立てにしている。
内容のボリュームもさることながら、何よりもその日記に登場するプレイヤー達の掛け合いが面白い。
主に登場するのは猫広場の住人達であり、
天然アコライトのsiratama(しらたま)さんを筆頭に数多くの個性的なプレイヤーが物語を盛り上げており、
個人的なお気に入りはフェン=アルバートの婚約者であるtikage(ちかげ)さんというプレイヤーで
猫耳が似合うとっても可愛いらしいアチャ子さんであった。
そうして主人公フェン=アルバートと猫広場の住人達が織り成すこの物語は
あれよあれよと人気が広がり、この世界で大きな影響力を及ぼすようになっていった。
そんな猫広場の存在を知ってからというもの、
毎日のようにその場所を通りすぎながら様子を探っていた。
…とは言っても主な目的はちかげさんの猫耳姿を拝み来ることなのだが。
***
その日はいつものように談笑に花を咲かせていた猫広場の住人達であったが、
突然、猫広場にある男剣士が乱入し、
なんとフェン=アルバートに対して決闘を申し込むという事態が発生した。
すると彼は突然の乱入者に全く動じず、その乱入者との決闘に応えはじめた。
まるでお笑いの舞台を見ているようなそのやり取りはいくつかのネタの応酬が飛び交う中、
最後は見事にオチを付け、無事に幕を閉じた。
思わず拍手を送りたくなるような見事なアドリブ劇である。
実はこういったことは日常茶飯事に行われている。
猫広場を知った多くのプレイヤーは彼の日記に載りたいという気持ちから
自ら進んでネタになりにやってくるのだ。
恐らく、結構な数のプレイヤーが猫広場を訪れては、
こうしたやり取りをけしかけているのだろうが、
見事に相手側を演じる彼の対応力も大したものである。
同時にロールプレイを楽しんでいるふしがある
彼のプレイスタイルには何か自分に似たものを感じていた。
しかし、どうしても気に食わないところもあった。
それはこのフェン=アルバートが"ケイオス一のナンパ師"と呼ばれていることだ。
それは彼の日記の中で度々登場する数多くのナンパ行為から来ている。
もちろんネタでやってるのは一目瞭然ではあるものの、
知名度を生かしたそのやり口がどうにもいけすかなかった。
同じ"ナンパ師"を"自称"するこちらは人知れずにタヌキ山でひっそりと活動していたのにも関わらず、
彼は多くの仲間達に慕われながら、日々楽しい時間を過ごし、あまつさえ婚約者までいるなんて…
一体どうしてこんなにまで差がついてしまったのだろう。
同属嫌悪という名の単なる嫉妬心をメラメラと燃やしながらも、
なんとかして猫広場のメンバーと交流するチャンスを伺っていた。
しかし、さきほどの乱入劇を見て、この方法なら
彼らに…ちかげさんにお近づきになれるのかも知れないと考え、善は急げと早速行動に移すことにした。
このときの安易な行動が数時間後、とんでもない事態を引き起こすことも知らず…