仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】 作:スパークリング
ちょっと昨日は色々ありまして、投稿することができませんでした。すいません。
「一条!」
時刻は午後12時36分。
雄介がいる病室から出た一条を呼ぶ声が少しだけ院内の廊下に響いた。ふと、一条が振り返るとそこにいたのは椿だった。
「一応、あのことを話さないように見張っていたんだが……大丈夫なのか?」
「なにがだ?」
「今回の戦いに五代をこれ以上戦わせないって言ったことだよ。なにか、策があるのか?」
クウガの力を借りずに、
「昨日、榎田さんに連絡したんだ。神経断裂弾の開発をもう少し早めてくれないか、ってな」
「……そうか。で、いつ完成する予定なんだ?」
「今日か、明日には完成させると言っていた」
「ついに完成するのか……神経断裂弾が。だが、46号に使う際には気をつけろ。奴の身体が適応する前に倒さないと」
「わかっている。二度と効かなくなる可能性がある、だろ?」
比較的明るく返してきた一条。それを見た椿は少しだけ安心した。
五代の心の傷を刺激することもなく、『凄まじき戦士』にさせることもなく、未確認生命体の事件始まって以来の強敵を倒せるかもしれないと感じたからだ。
「出来れば今日の夕方くらいに作ってくれるとありがたいんだが……それは我儘だ。下手に急がせて、空振らせては意味がないからな。なんとか今日を乗り切って、明日蹴りをつける」
「ふっ、そうか。……邪魔してすまなかったな」
「いいさ。それじゃあ」
「ああ」
2人はそれぞれ、自分の持ち場へと戻っていった。
――――・――――・――――
時刻は午後3時ジャスト。
どこかの建物の中、2つの人影があった。
片方は女だった。上品な紫のロングスカートを着た、額にバラのタトゥがある女。
もう片方は男だった。どこかの国の貴公子のような真っ白な服を着た、額にクウガのリント文字によく似た4本角のクワガタのような紋章がある少年。
巨大なオープンガラスの前に少しだけ距離を空け、2人は対峙している。まだ昇る太陽の光がガラスから室内に入り込み、女は真っ黒な、そして男は真っ白なシルエットを作る。
「ユニゴは、今夜にでもゲゲルを成功させるだろう。リントはユニゴが仕掛けた罠に気付くことなく、勝手に自滅する」
女……バルバは真っ白な少年にそれを告げたあと、「だが」と更に続ける。
「ユニゴは、ザギバス・ゲゲルに進む気はないらしい。成功した暁には、私とドルドのように『ラ』になるだろう」
「へぇ……ユニゴが、ね。甦ってから大きく変質したとは聞いたけど、残念だね。その変質した彼女と、戦ってみたかった」
つまらなそうに笑った後、本当に残念そうに目を伏せる少年。
「おまえと、ザギバス・ゲゲルを行うのは、ガドルだけだ。だが……クウガがガドルを殺すかもしれない。そうなれば、おまえが究極の闇をもたらすことになる。その時、クウガはどうなるかな」
「……それは、楽しみだね。とっても」
今度は本当に楽しそうに真っ白な少年――ダグバは、笑った。
――――・――――・――――
午後3時45分。
一部の所轄の警察署からは1台、警視庁からは3台の大型護送車と、それに続くように複数台のパトカーがサイレンを鳴らしながら出発した。第46号のゲームの開始時刻が午後5時から6時までの間。それまでの間に東京からターゲットとなりうる人間達を逃がすにはこれが限界の時間だった。
警察署に集まった人数は全員で443人。掲示板に書かれていた人数よりも少し多い人数だった。おそらく、自分も狙われるかもしれないと感じた人間も助けを求めてきたのだろう。
1台30人ずつ、計15台の大型護送車が東京を出発。万が一のことを考え、全ての車両をバラバラに分散させ全く別の高速道路を走らせる。これならなにかの手違いで午後5時以降に東京に護送車があったとしても、移動距離のことを考えればせいぜい2台が限界。1台30人しかいない護送車を2台襲撃しても人数は60人。84人が残り人数である第46号のゲームはクリアできない。
しかも、しかもだ。
警視庁地下からまた新たな大型護送車5台が出発した。これはダミーの護送車で、運転手以外は私服警官数人しか乗っていない。当然、ダミーもまた別々に高速道路を走るため、第46号の動きを撹乱させることができる。上手く嵌れば1人も殺されることなく、この時間帯のゲームをやり過ごすことが出来る。
「ふん」
警視庁から出発した8台の大型護送車を見て、大川は余裕そうに笑った。
今日の道路状況で渋滞となっている箇所は少ない。1時間もあれば東京から護送車はでることはできるし、1時間半もあれば高速道路からも出られる。
15台の護送車は3台ずつそれぞれ、神奈川・埼玉・群馬・静岡・千葉に向かって走っている。高速道路は違えど、最終目的地である県はある程度固めた。そうでなければ護送車の所在がわからなくなってしまう可能性があるからだ。ダミーを5つ作ったのも、この5県に向かっている護送車の1つに紛れ込ませるためだ。完璧だった。
「見たまえ、これで奴のターゲットは東京にほんの数人しかいない。84人なんて、一箇所に固まっていない以上、とてもじゃないが殺せんよ。君も最初から、こうしていればよかったのだよ松倉くん」
隣で一緒にこの光景を見ていた松倉に、大川はバカにしたように、そして余裕そうに笑う。
しかし、松倉は険しい表情を浮かべたままだ。それは大川に馬鹿にされて不機嫌になっているわけでなく、何か良くないことが起こりそうな気がして、嫌な胸騒ぎをしているからだ。
「おかしい……」
「なにがおかしいのだ?」
「第46号が、何も仕掛けてこないことです」
そう。時々あった第46号の目撃証言はおろか、第46号自身が何もアクションを起こしてこないこと。このことに松倉は疑問を感じていた。
どこかのコンビニに訪れては何かを買っていく姿や、街中をふらふらと歩いている様子をよく目撃されていた第46号が、どこにも現れていないのだ。まるで東京からいなくなってしまったかのように。
「そんなの、自分の定めたゲームとやらのルールに従っているだけではないのかね」
「確かに第46号のゲームの時間は午後5時から6時までの間です。ですが……このまま黙って見ているのは妙だと思いませんか? これでは折角炙り出した獲物を逃しているようなものです。あんな掲示板の書き込みをするメリットが全く作用していないどころか、デメリットになってしまっています」
「ふん。どうせあの書き込みは我々警察に対する嫌がらせだよ。挑発して、我々に冷静な判断をさせないためのな」
まぁ、そういう見方も確かにできるが……。松倉はやっぱり引っかかってしまう。
「心配はいらんよ。この東京から奴のターゲットの大半が消えるのは確実。あの掲示板があったサイトだって、既に閉鎖させている。もう奴は新しい情報を掴むことはできん。あとは獲物を探すのに必死になっている奴を見つけ、倒してしまえばいい。私の作戦に穴などないよ。はっはっはっはっ」
笑いながら部屋から出て行く大川。
残された松倉は、第46号を軽く見すぎている大川に「はぁ」と溜息を1つ付き、46号の狙いを椅子に座ってじっくり考え始めた。
――――・――――・――――
時刻は午後4時32分。
あと30分もしないうちに46号のゲームが始まろうとしているとき、松倉と同じことを考えている3人の男たちが合同捜査本部の会議場にいた。
「もう少しで、時間ですね」
「はい」
「ああ。……笹山、護送車の状況はどうだ?」
「とくに異常はありません。全ての車両がすでに東京から出ていて、もう少しで合流し、各県警に向かう予定です」
3人の男……一条と桜井、杉田は、オペレーターとして常に護送車周辺をチェックし、護送している捜査官と連絡をしていた笹山望見に今の状況を聞く。
何故いつもは現場で脚を運んでいるこの3人がここにいるのか。
それは、大川に待機するように直接命令されたからだ。これだけは言っておくが、大川は決して私情を挟んだわけではない。自分の作戦に反抗してきた3人を現場に行かせたら、現場の指揮が乱れると判断したために3人に命令したのだ。キャリアとはいえ公安部部長になった男だ。捜査に私情を持ち込むようなほど愚かではない。
笹山から異常はないと言われても3人は不安を払拭させることはできず、渋い表情を浮かべたままだ。
不気味なほど上手く行っている作戦。そして何も行動を起こさず、姿を眩ました第46号。この2つの不安要素が彼らの中に渦巻いていた。
「なぁ一条。奴の狙いはなんだと思う? 一体何が目的で、あんな書き込みをしたと思う?」
いくら考えても第46号の狙いがわからない杉田は、自分以上に未確認生命体の事件を経験している一条に訊いた。
最初に、刑務所。次に、詐欺グループのアジト。その次に、麻薬密売に関与していた指定暴力団を壊滅。カルト教団を抹消し、最後に悪徳金融会社襲撃という、流れるように繰り返してきた第46号の犯行は全て意味があった。
最初の刑務所襲撃で囚人
順序を踏むように丁寧に計画された第46号のおそらく最後の仕掛けが、この掲示板への書き込みだ。当然、なにか裏があるに決まっていた。
訊かれた一条は思い出すように語る。
「今までの手口からして、第46号は我々人間の『思い込み』という心理を上手く利用しています」
「思い込み?」
「はい。被害者を出さないよう、我々は奴が残した手がかりや結果を深く理解しすぎて、これが奴の狙いと思い込み、そして裏をかかれていました」
「……確かにそうかもしれませんね。昨日のカルト教団襲撃事件も、我々がインターネットの掲示板に書かれていたことを当てにしすぎてしまったせいで起きてしまったことですし」
昨日の失策を思い出してしかめっ面をする桜井に続いて、杉田が「つまり、アレか?」と切り出した。
「奴の目的は、俺らが思い込んでいる間違った情報を利用する、ってことか?」
「おそらくは……」
「あれだけ派手で大規模なことをしておいて……まだ、俺たちはなにかを見落としているのかよ……」
第46号の狙いをはっきりさせるために、3人は今まで自分たちが調べ上げた46号のゲームについての見直しをする。
「今、我々が掴んでいる情報はまず、次の犯行時刻が午後5時から6時までの間だということ」
「それは間違いない。最初は疑っていたが、もうそれを裏付ける証拠もある。疑う必要はないだろう」
「次に標的。第46号の標的が犯罪、またはそれに準ずる行為をした経験のある人間だということ」
「これも間違いはないですね。第46号は基本一般人に加え、我々警察官、警備員、刑務官には一切手を出していませんし」
「他には?」
「他には……」
一条はここで言い篭ってしまった。杉田も桜井も何か他に、第46号のゲームで確定している情報がないかを考えてみるが……
「……以上、ですね」
という結論しか出なかった。
第46号のゲームを食い止めるために必死で考えていた3人でも、これしか碌に第46号のゲームの情報を知らなかったのである。当然か。
今回の第46号のゲームは今までの敵と違ってターゲットははっきりしているが、その代わりとして決定的に足りない情報があったのだから。
「せめて場所さえわかれば……」
ポツリと呟いた桜井のセリフ。
第36号は総武線千葉行きの電車の4両目に乗っていた人間がいる場所、第37号は東京23区を『あいうえお』の五十音順に、第38号はピアノ練習曲『革命のエチュード』の楽譜の音程に合わせた水のある場所、第39号は高層ビルの屋上と、今までの敵は全員が全員、どこで犯行を行うのかを推定することができた。
しかし、この第46号だけは違った。今までの敵とは違って犯行場所が全く読めないという特徴があったのだ。……そう、
「……っ! ま、まさか……もしかして……!」
今回の敵、第46号が仕掛けた最大の罠に、最初に気が付いたのはやはり一条だった。
顔を真っ青にした彼は会議室の前にある時計を見る。時間は午後4時57分。どうやら考えることに集中しすぎて、既に20分以上時間が経過していることに気が付かなかったらしい。
「笹山くん! すぐに各県警に護送車を護るように手配してくれ!」
「えっ?」
「いいから早くッ!」
「はっ、はいっ!」
声を張り上げて笹山に指示をする一条。いつもの彼らしくない剣幕に「? どうした一条」と杉田は首を傾げる。
「私たちは……とんでもない思い込みをしてしまっていたかもしれません……!」
あまりに気が付くのが遅れてしまったことに対する絶望感から目を見開き、軽く身体を震わせる一条はまだ気が付いていない2人に説明をする。
「西多摩、新宿、渋谷、港、千代田に中央区、大田区。今まで第46号が犯行を行っていた場所は東京都内のみでした。ですが、我々は正確な奴の犯行を行う場所がわからなかったはずです。そして――」
少し溜めて、一条は震える声で言った。
「――犯行が行なわれる場所の
「!」
「なっ! そ、そうか……しまった……!」
今更になってようやく46号の最後の狙いがわかった桜井は一条と同じように、目をまん丸にさせた。当然、杉田もそれに気が付き「なんてこった……!」と机に握り拳をぶつけている。
一条達が嵌った、第46号が仕掛けた巨大な落とし穴の正体。
それは……犯行場所ではない。――犯行現場の範囲だった。
西多摩、新宿、渋谷、港、千代田、中央、大田、江戸川、荒川と、今まで第46号が東京都内
何らかの対策を第46号は立てているはずだと一条は言ったが、そもそも第46号は対策を立てるまでもなかったのだ。何せ対策せずとも、自分の領域内から獲物を逃がすことなど絶対にできはしないのだから。
カチッ……カチッ……。
絶望に暮れる3人のことなど関係無しに無情にも、時計の針は時を刻んでいく。今から向かおうにも到底間に合いはしないし、どこに出現するのかも一条たちにはわからない。
秒針が徐々に徐々にと進んでいき……カチリ。
ついに時刻は午後5時丁度。
自分たち警察を見事に欺かせた未確認生命体第46号こと、ゴ・ユニゴ・ダのゲームが始まった。
――――・――――・――――
午後5時。
神奈川県、横浜市。
首都高速道路から出て少し離れた場所にある駐車場に4台の護送車と、その周囲に走っている10台のパトカーが合流していた。
予定通りの時間に到着し、ほっと一息つく刑事と護送車の中にいる第46号によって狙われている可能性のある人間たち。東京から出られて安全を得られたと思っているのだろう。高速道路を抜けるまでの緊張感は隣の神奈川県に入ったことで消え、護送車の中にいた人間や警察官が何人か、外に出て一服していた。
長いようで短かった護送。
いつになったら危険でない場所に到着するのか、もしかしたらすぐにでも襲われてしまうのではないか、襲われてしまったら自分は果たして生きているのか、死ぬとしたらどうなってしまうのか。全くわからないという恐怖を植えつけられたまま護送された人間も、護送していた警察官たちも気が気でならなかったのだろう、全員精神的に疲れていた。
そんな彼らに、小さな白い影が静かに迫ってきていた。
――To be continued…