仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】 作:スパークリング
今回はかなり長いです。
感想のコメントへの返信は、今日の昼くらいに一斉にやります。
ご了承を。
我が家の冷蔵庫が壊れるというアクシデントが発生したせいで投稿が遅れました。すいません。
時刻は午後8時19分。
長野県長野市某所、とある閑静な住宅街、そのうちの一軒家にて。
その家の1階の畳の間に、1人の中年の女性が仏壇の前に両手を合わせて線香をあげている。広い一軒家にはその女性しか住んでおらず、電気は付いているはずなのに妙にその部屋は暗かった。
「……やっぱり、戻ってきたんだね」
写真の額に反射して薄く写った白い人影を見て、女性は再び目を瞑り、手を合わせたまま続けた。
「まさか、私のために今まであんなことをしていたのかい?」
「……違う」
女性の後ろに立つ白い影……未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダは首を横に振って答える。
「これは、私のため。今日、ここに来たのは、偶然」
本来ならば今日の6時でゲゲルをクリアする心算だったのだが、思わぬ誤算が生じた。襲う護送車の選択を間違えてしまうという、彼女にとって想定外の事件が。
ユニゴの返しに女性は「そうかい」と少し残念そうな、しかしほっとしたような、それでいて嬉しそうに微笑んだ。
「貴女には、感謝してる。私に、服、くれた」
「娘のお古だけど……。ずっと、着ていてくれたの? そのワンピース」
「ん」
甦ったときのユニゴが纏っていた衣服はボロボロの土塗れだった。髪の毛も土でパサパサになっており、靴すら履いていないまるで乞食のような様だったのだ。そのままの格好で町を歩いていた彼女は注目の的だった。が、やはり誰も話しかけてはくれなかった。彼女が未確認生命体かどうかの問題ではない。ホームレスの乞食少女に話しかける人間など普通はいないからだ。普通のことだった。
しかし今、目の前にいる女性は違った。彼女を見た瞬間話しかけ、自分の家に招いてシャワーを浴びせて新しい服をあげた。自分の心の傷を癒すためか、それとも他になにか、この少女に惹かれるものがあったのかはわからない。だけど、放ってはおけなかったのだ。
「短い間だったけど、あの時は日本語、あんまりわからなかったけど。私、楽しかった」
「見ないうちに日本語、上手になったわねぇ。そう。私といた時間、楽しかった?」
「ん……。農業とか私、経験したこと、なかったから。たったの1ヶ月だったけど……楽しかった」
いつも無表情で無口だったからわからなかったユニゴの気持ち。
1ヶ月間、彼女と一緒に農作業をしたり、買い物に行ったりした時間は、この女性にとっては夢のような時間だった。まるで、自分の娘が帰ってきてくれたような、そんな幸せな時間だった。
しかしそんな幸せな時間は、突然に幕を閉じた。
いつか来る自分のゲゲルに備えなければならなかったユニゴは、自分から家を飛び出して行ったのだ。「おわかれ」。その4文字だけを書いた手紙を残して、ユニゴは忽然と姿を消した。
「残り1人。私、あと1人だけ、誰かを殺さないといけない」
「……そう。たしか、あなたの次の犯行時刻は明日の6時、だったっけねぇ」
もはやユニゴのゲゲルの時間についての法則は、ニュースを通じて世間に知られているため、この女性の耳にも入ってきていた。
あんな恐ろしい事件を起こしている未確認生命体の正体が、自分と1ヶ月間寝食を共にしていたあの少女と知ったときの衝撃は大きかったが、どうして自分がユニゴに惹かれたのはわかったような気がした。しかも、ユニゴの次の犯行時刻が明日……12月23日の午前6時。もう運命の悪戯としか、女性には形容できなかった。
「貴女の家族の仇、とってあげる。そして、それで私の目標、達成される」
「……そう」
「言いたいことは、それだけ。それじゃあ、バイバイ」
「またね」でなく「バイバイ」と言うユニゴ。
自分に優しくしてくれた女性の仇。それが彼女の行う、ゲゲルの最後のターゲットだった。
「……貴方、恵美、恵理。ようやく……ようやく。あの男に罰が下されるわ……。見ているかしら?」
仏壇に飾ってある、自分の夫と娘たちに問いかける女性。
もう、この家には女性しかいなかった。
――――・――――・――――
12月23日、時刻は0時21分。
警視庁。
「チャンスができたといっても……場所がわからないとなぁ」
「ええ……」
他には誰もいない休憩室で休みながら話し合う杉田と一条。
なんとか運を味方にし、第46号のゲームの成功を阻止することはできたが、それは気休めにしかならない。
次の犯行時刻は今日の朝6時。それまでの間になんとしてでも46号が狙うターゲットを探し当て、場所を特定し、ターゲットが殺害される前に倒さなければならない。
しかし、やはり情報が少ないのだ。
第46号の犯行場所が東京だけでないとわかった以上、もはや日本全国、どこで犯行が行なわれてもおかしくない。だからこそ、今一条達に必要なのは第46号の目撃情報だった。
姿を確認することができれば、その場所周辺で犯行を行う可能性が高い。第46号にだって移動できる範囲に限度があるからだ。もし瞬間移動ができるのならば、人数が足りないと気付いたときに、他の護送車がある場所まで行けばよかった。
本部に戻ってからずっと、笹山と共に第46号の目撃情報が来ないか、また、監視カメラに第46号と思われる人影がないかを調べていた一条達だが一向に見つからず時間だけが過ぎていき、すっかり疲れ果ててしまっていた。
ピリリリリッ、ピリリリリッ。
「失礼」
一条の携帯がまた鳴った。「いい加減、マナーモードにするやり方覚えろよ一条」と、杉田は苦笑。一条もつられて苦笑した。
ポケットから取り出した携帯。開いた携帯電話の画面には、意外な人物の名前が表示されていた。
「もしもし、亀山か?」
『はっ、はい! 一条さん、お久しぶりです!』
電話の相手は亀山鶴丸。長野県警の警備課の刑事で、一条の部下だ。
「第0号についての新しい情報でも掴んだのか? 悪いが今はそれどころじゃ――」
『いっ、いえっ、違います! 今回は第0号じゃなくて、第46号についての目撃情報をですね――』
「なにっ!? 第46号の目撃情報だと!?」
ガタッ。
自分たちが欲しがっていた第46号の目撃証言をまさか、亀山の口から聞くことになるとは思っていなかった一条は、声を上げて立ち上がってしまう。あまりに大きな声と内容に半分眠りかけていた杉田も完全に覚醒し、電話の向こうの亀山は『ご、ごめんなさい!』となぜか謝っていた。
「いや、すまん。怒ったわけじゃないんだ。詳しく教えてくれ」
『は、はい。えっと今さっき、県警に46号と思われる動画が届きまして、その後通報が来たんです。ですからすぐにでも一条さんたちにお話したほうがいいかと……』
「よし……その動画、こっちに送ることはできるか?」
『あっ、はい。ちょっと待っていてください』
そこで電話が途切れ、少しすると今度はメールが一条の携帯に届いた。杉田もそのメールが気になり、寝転がっていた身体を起き上がらせて2本足で立ち、一条の携帯をじっと見つめる。
メールボックスを開き、『亀山』と差出人の名前が表示されているメールを開くとそこには真っ暗な夜道に浮かぶ白い影が映っていた。拡大し、顔をよく見ると。
「……間違いない。第46号だ……!」
震えるような杉田の声に、一条も首を縦に振って薄く笑う。
一条はメールを閉じ、亀山に電話した。
「もしもし亀山か? 今からそっちに向かう。引き続き、第46号の目撃情報を集めてくれ」
『はい、了解しました!』
亀山から返事を聞いた一条はピッと電話を切った。
「よし。行くか……!」
「ええ、行きましょう。――長野へ」
そこで第46号が犯行を行うと信じて、一条と杉田は休憩室から飛び出した。
――――・――――・――――
午前3時46分。
一条たちは長野県警に到着した。
「ご苦労様です」
「ご苦労さん」
すれ違う捜査員たちに挨拶しながら廊下を歩き、未確認生命体第46号緊急捜査本部の設置されている会議室に入る一条と杉田。
「あっ、一条さん」
2人を最初に迎え入れたのは亀山だった。
「亀山。こうしてここで会うのは久しぶりだな」
「はい、本当に久しぶりですね。さ、どうぞ」
亀山に促され、室内のホワイトボードの前まで案内される2人。その最中、一条に気が付いたほかの刑事たちが、「おー、一条、久しぶりだな」「東京はどうだ、一条!」などと話しかけ、一条は丁寧に「お久しぶりです」「東京は少し暑いですね」と対応した。
「とりあえず長野刑務所に収監されている人間は全員護送するように手配しましたが……それ以外はこれと言ってなにも」
「そうか……」
「まぁ、仕方ないわな」
今は午前3時過ぎ。真夜中だ。こんな時間に起きている人間なんて少数だし、そもそも呼びかけたところで第46号には通用しない。なにせ第46号には脅威の移動能力も備わっているのだから。呼びかけて逃げ出した人間を見つけた瞬間、その人間がターゲットにされるのが落ちだ。ほとんど無意味。まだ家でおとなしくしてもらっていたほうが第46号を発見しやすい。
「ええ。ですから」と亀山は今回自分たちが立てた作戦を一条達に説明する。
「全ての捜査官を次に第46号が動き出す1時間前、つまり午前5時に各ポイントに配置。第46号と見られる姿を確認次第、足止めをし、神経断裂弾で倒す。というのが今回の作戦です」
「それが俺たちにできるベストか。まぁ、どこに現れるかがわからない以上、仕方ねぇか」
「ですね。もともと、これは賭けみたいなものです。今はこの作戦が成功するよう全力を尽くしましょう」
例え目撃証言があったとしても、必ずそこで第46号が犯行を行うとは限らない。しかし、だからと言って目撃証言を無為にするわけには行かない。
どこで行われるかが全くわからないことが最大の特徴である第46号のゲームを阻止するには、情けない話だが運を味方につけるしかないのだ。一条たちはもう、この目撃証言を当てにするしかできないのだ。
「神経断裂弾に関しては問題ない。取りに行かせた桜井から連絡が入った。もう少しで――」
「遅くなってすみません!」
「丁度いい。ベストタイミングだ」
まるで図ったかのように汗を流して走ってきた桜井。まるで子供を抱えるように1つのジュラルミンケースを両手に持っていた。
「これが神経断裂弾です。弾数ですが、ようやく完成したばかりで製造が難しいことから12発しか用意できませんでした」
「12発もありゃ充分だ。でかした桜井」
パンパンと背中を叩いた杉田は、簡潔に桜井に今回の作戦について説明した。
「さて、この12発の神経断裂弾だが……実戦経験のある俺、一条、そして桜井、各4発ずつ。別々のエリアにつき、奴を見つけ次第容赦なく発砲する。それで大丈夫か?」
「ええ。私は特に」
「自分もです」
「そっちは大丈夫か? 俺たちが勝手に話を進めちまっているが」
「はい。私たちは一条さんたちの指示に従います。署長も容認していますので、一条さんたちさえよければ」
「よし、これで行こう。あとはどこにどれだけの捜査官を配置するか、そして応援をどれだけ呼べるか、すぐに検討しよう」
こうして長野県警、及び長野の警察官総勢で行う作戦が計画されていった。
――――・――――・――――
午前5時21分。
長野県全域に警察官が皆、所定の位置についたのはこの時間だった。
一条は北部、杉田は中部、桜井は南部にそれぞれ一番動きやすい場所に構え、なにかあったらすぐに急行できるように覆面パトカーに待機していた。その右手には4つの
「頼んだぞ……」
右手に構えた拳銃を左手で抑えながら、目を瞑って願を掛ける一条。
人間の心理を逆手にとって人を欺き、人を利用し、そして何の躊躇いもなく人の命を奪ってきた第46号。彼女にも事情があるのは一条もわかっている。だが戦友である雄介を二度も傷つけ、彼の戦う覚悟や決意さえも揺らした。そう考えるだけで第46号の犯行動機など一条には関係なく、今までの敵と全く同じように扱えた。
卑劣な手段で4000人近くの人間を殺し、誰よりも優しい青年を心身ともに傷つけた。それが一条にとっての第46号だ。世論など、知ったことではない。
「絶対に、おまえの思い通りにはさせない……絶対にだ……っ」
強く心に決めた一条。もう彼の中には一切の迷いもない。どんな状況、どんな姿であっても……たとえあの無垢な少女の姿で現れたとしても、一条は引き金を引ける。それほどにまで、彼の46号に対する怒りは溜まっていた。
決意を固めた一条が待つことおおよそ30分。
ピーッ!
時刻は午前5時53分。第46号のゲーム開始まで10分を切ったとき、一条のもとに一本の無線が入った。
『一条さん! 第46号の最後の犯行場所がわかりました!』
「なに?」
無線を送ってきたのは亀山だった。
まだゲームは始まっていないはずなのにどうして「犯行場所がわかった」と亀山が言い切ったのかがわからず、一条は首を傾げる。
『ついさっき、昨夜第46号と出会ったという女性から通報がありまして! どうやら第46号はその女性の家族の仇を最後のターゲットに定めたようです! 場所は長野市の長野霊園です!』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。仇ということは囚人か?」
『はい、そうですが……』
「なら、もう長野から出たんじゃないのか? それになぜ墓地なんだ?」
『そ、それが……1人だけ、1人だけ長野から出ていない囚人がいたんです! 名前は霧島東二、現在32歳! 聞き覚えありませんか!?』
「霧島東二……ああ、確か4年前、長野市内で通り魔事件を起こした」
その事件に一条は担当していなかったが、よく覚えていた。
長野市の長閑な日曜日を恐怖と絶望で台無しにした、真冬の通り魔事件。その犯人が霧島東二だ。
霧島は特に理由もなく、出かける途中だった一家を突然襲い、子供2人とその父親をナイフで惨殺。その犯行動機とあまりにも酷い殺し方に死刑判決を警察もその遺族も強く求めた。……しかし。
結果は『無罪』。
なぜ。なぜこれほどまでに凶悪なことをしたのに無罪で済んでしまったのか。理由は簡単だった。
それは霧島が『精神異常者』と、霧島を精神鑑定した医者が診断し、弁護士がそれを強く主張したからだ。
刑法39条1項、「心神喪失者の行為は罰しない」という法律が働き、本来ならば死刑判決が下るはずだった霧島は無罪で済んでしまったのだ。
これには当時、警察だけでなく世論すら「おかしい」と反発したが法は絶対。結局最高裁でも霧島が精神異常者だということが認められてしまった。
なるほど。世論を味方にしようとする第46号なら喜んで殺しそうな相手だ。
「だがなぜ霧島は長野に残った?」
『霧島が事件を起こした日……覚えていますか?』
「その事件が起こった日は確か、クリスマスイブの前日だったはずだ。つまり……。……!」
そこまで思い出した一条は目を見開かせた。
通り魔事件が起こった日はクリスマスイブの前日。つまり12月23日。4年前の今日だったのだ。
『霧島は毎年、この12月23日に自分が殺害した被害者の墓参りをしているんです! 時刻は決まって午前6時! 自分が殺した被害者の死亡が確認された、この時間に!』
「バカな……なぜ留まったんだ!? マスコミにも今日の午前6時に第46号が犯行を行うと報道させたはずなのに!」
『霧島自身が「行く」と言い張ったらしいんです、弁護士まで呼んで! そのせいで霧島はいまだに……!』
「くそっ! もう時間はない! 今すぐ現場に向かう! 長野霊園だったな!?」
『はい! すでに何台ものパトカーが向かっています!』
「わかった!」
一条はすぐにサイレンを鳴らし、長野霊園へと向かった。
この長野市はもともと一条が勤務していた地域。いわば、一条にとっては庭のようなものだ。ルートは既に頭の中にインプットされている。
今度こそ仕留める。どんな凶悪犯であったとしてもターゲットは殺させない。
この日の一条は熱く、そして静かに燃えていた。
――――・――――・――――
……午前5時59分。
場所は長野霊園。
そこには4人の男が歩いていた。
2人は長野刑務所の刑務官。そしてその2人が引いている手綱の先にいる……ぼさぼさの髪に無精髭を生やした男。この男こそ4年前の今日、通り魔事件を起こした凶悪犯、霧島東二だった。
もう1人の男は霧島の弁護士。この墓参りの日には絶対に霧島に付き添っており、それはこの第46号が蠢く日も変わらなかった。
「ここだ」
「……はい」
刑務官に促され、『板橋家』と書かれている墓の前に立ち止まる霧島。両手に持つユリの花を飾ろうと腰を下す……と。
カチッ……。
なぜか、弁護士がしている腕時計の針の音が大きく響いたような錯覚に襲われた。
少し気になった弁護士の男は自らの腕時計を見る。……腕時計には、長針と短針が午前6時を示していた。
……サクッ。
今度は何かを踏みつけたような足音が、自分たちの背後でした。……さっきまでは自分たち以外に、誰も居なかったはずなのに。
気になった4人は足音がしたほうを振り返る。
そこには……1人の少女がいた。
この寒い時期に似合わない真っ白なサンダル、真っ白なワンピース、明らかに日本人のそれとは違うが整っている美しい顔立ち、揺れる金色の髪の毛、なんの感情も篭っていない無機質な碧眼が4人のうちのただ1人……霧島だけに向けられている。
ぶわり。
4人は身体の穴という穴から汗を噴き出した。その少女の姿はテレビや新聞で見たことがあるからだ。
未確認生命体第46号。
4日前に西多摩刑務所の囚人3000人以上を手に掛け、そこからは世間で言うところの『悪人』ばかりを手に掛け、あと5人殺せば4000人という大台に乗る、今話題の未確認生命体。その人間態にまんま一緒だったから、そして今、その第46号のターゲットとなりうる人間がひとりだけ、ここにいたから。
ゆっくり、ゆっくりと自分たちに向かって歩く第46号。その歩き方は無意識なのか、ふらふらしており、その格好と合わさってまるで亡霊のように彼らには見えた。
「ま、待てっ! 霧島は犯罪者じゃない! 精神異常者なんだ! だから!」
「関係、ない」
弁護士の男の言い訳を一刀両断した第46号は霧島を指差し、一言。
「――おまえ、悪いリント」
「っっっっ!!!!!」
透き通った純粋な殺意を向けられた霧島は目を見開くと……なんと自分の手綱を握っている刑務官の胸に向ってにアッパーをしかけた。不意を完全に突かれた刑務官は「ぐはぁっ!?」と呻き、バランスを崩す。その瞬間を狙って霧島は刑務官の内ポケットから……拳銃を取り出した。そしてとどめと言わんばかりにバランスを崩した刑務官の後頭部を思い切り殴りつける。殴られた刑務官は気絶してしまった。
「きっ、霧島っ!」
驚きの出来事の連続に放心していたもう1人の刑務官が、突然相方を襲った霧島を押さえようとするが霧島は言うことを聞かない。今度はその刑務官に腹パンを入れ、そして前屈みになったところに鋭い蹴りを入れ、見事に顎にヒット。声もあげられず、その刑務官も気絶してしまった。
もうこの場に立っているのは霧島とその弁護士、そしてゆっくりとこちらに向かって歩いている第46号だけだった。
「き、霧島! おまえなんてことを……!」
「っせえな! こうでもしねぇと、死んじまうだろぉがっ! いつまでも
本性を表した霧島は弁護士の男に怒鳴りつけると、先程強奪した拳銃の銃口を第46号に向け――パァン! 発砲した。飛び出した銃弾は第46号の胸の中心に見事に食い込むが、それでも霧島は飽き足らず、さらに発砲を続ける。
パァン、パァン、パァン、パァン、パァン!
合計6発、拳銃に込められていた全ての弾丸を第46号目掛けて撃ち、見事全てヒットさせた霧島はにやっと笑う。ここまで撃たれて、死なない人間なんて普通はいないからだ。……人間ならば。
撃たれて少しの間歩みを止めていた第46号だが、次の瞬間にはまたゆっくりと歩き出した。その際、貫通せず自分の身体に食い込んでいた3つの銃弾は全て弾き出され、穴が空いてしまった身体は見る見るうちに再生し元に戻ってしまう。
霧島は目を見開いた。拳銃で撃たれても死なないどころか傷1つもできず、血すら流れなかったから。もう霧島に武器はない。護ってくれる相手は弁護士の男しかいないが、そいつも完全に身体を固まらせてしまっているため使い物にならない。
「もう、終わり?」
美しくも幼い声で訊ねた第46号はいよいよ霧島に手が届く距離まで迫っていた。逃げようとする霧島だが恐怖ゆえに足が竦んでしまい、思うように身体を動かせない。
そんな霧島の首根っこを左手で掴んだ第46号はゆっくりと彼の身体を持ち上げる。細いとはいえ長身の霧島を片手で持ち上げるなど到底できないであろう、その細い腕のどこに力があるのか。軽く霧島の身体を宙に浮かせてしまった。
そして……第46号の身体に変化が起こる。
少し光を発生させた第46号はその姿を怪人体へと変貌させたのだ。さっきまでの真っ白でか弱そうな少女はどこへ行ったのか、怪人は灰色に近い黒いボディをしていた。額からは一本の細長い円錐状の角が生えている。
「……
グロンギ語で死ね宣告をした第46号……ゴ・ユニゴ・ダは腰の装飾品を開いている右手で引き千切ると、それを一本の三叉戟に変えた。
「や、やめろ! やめてくれぇっ!」
脚をばたつかせ、首を掴むユニゴの左手を自身の両手を使ってなんとか引き剥がそうと必死に抵抗する霧島だが、所詮人間の力がグロンギ族であるユニゴに敵うわけがない。
霧島の喉もとを狙うために調節を始めるユニゴ。遠くからパトカーと思われるサイレンの音がしているがもう遅い。あと数秒もすれば目の前にいる獲物を殺せるのだ。そしてゲゲルは終了する。
ようやく。ようやく終わらせられる。
少しほっとしたユニゴは最後の締めとして、霧島の喉目掛けて槍を貫こうと腕を振った。……が。
「待ってッ!!」
――ピタッ。
聞き覚えのある女性の制止の声を聞いて、ユニゴは霧島にとどめを刺す直前で腕を止めた。
「……?」
声がしたほうを、ユニゴが見ると……そこには、昨日の夜にユニゴと話をした、そして、今ユニゴが殺そうとした男によって人生をめちゃくちゃにされた、中年の女性がいた。
「もういいから……もういいから! そいつを放して! 殺さないで!」
ピクッ。
そのセリフを聞いたユニゴは……人間態へと姿を戻ったユニゴの顔は驚きに包まれていた。先程までの能面のような無表情は完全に消え、瞳孔が開ききってしまっているのではないかと思えるほどに緑色の瞳を晒している。
「……どうして?」
そして出た言葉が……質問はそれだった。
「どうして、止める? こいつ、悪いリント。貴女の仇。貴女の家族……殺した、犯人。嘘ついて、演技していた、悪いリント。なのに、どうして止める? わからない」
誰よりもきっと、いや絶対に一番この男を恨み、殺してやりたい、死ねばいいのにと思っていたであろう彼女が、家族の仇を取れるというチャンスを不意にしようとしている。それがユニゴにはわからなかった。
だから驚く。
黙って見ていれば、仇であるこの男に罰が下る瞬間を見れたというのに、いきなり乱入して、しかも「殺さないで」と訴える彼女の真意が、グロンギであるユニゴにはわからず、不思議に思ってしまった。
「そいつのしたことは絶対に許さないっ。特に何の理由もないのに私の家族を奪って……自分のためにその悪徳弁護士と手を組んでまでして『死刑』を受けなかったそいつを……。無罪の判決を聞いて、絶望している私に向かって笑ったこと……絶対に許さない……っ。許せるわけがない……!」
「でしょう? だったら――」
「だけどッ!」
「やりかえせばいい」と続けようとしたユニゴを遮って、彼女は続けた。
「そいつを殺して……一体どうなるの?」
「どうなる……? 憎い奴、死んだ。殺したいと思う奴、死んだ。気分、晴れない?」
「そうかもしれない……だけど……それもきっと、最初だけなの……」
「最初……だけ……?」
もはや自分の理解からかけ離れている彼女の言い分に、驚きと疑問しか浮かばないユニゴ。思わず左手を緩め、首を掴んでいた霧島を放してしまった。
「だって……そいつを殺したら、虚しくなるだけだから……!」
「っ!」
また出た。
今まで雄介や、その妹のみのりが言った『人間を殺してはいけない理由の答え』が、この女性からも出た。出てしまった。
一気に謎が深まるユニゴ。
「どうして……? どうして、虚しい……? わからない……」
混乱し、右手で頭を抑えて必死に考えるユニゴ。
しかし、いくら考えても「どうして?」「わからない」。その2つの言葉が、彼女の頭の中を駆け回り、無限ループを引き起こしていた。
「私も……昨日あなたが来るまで、死ねばいいのにって思ってた。だけど……娘たちやあの人が、それで喜んでくれるかって考えたら……そうは思えなくなっちゃったのよ……」
「どう……して……?」
「だって……そいつを殺しても、もう元に戻らないから……、もうあの人は、私の娘は帰ってこないから……! 今更、そいつを殺しても、きっとあの人たちは喜ばない。きっと逆、私のことを怒ると思うの……」
「怒る……? どう、して? 自分の仇、取ってくれたのに……どうして怒る……?」
「だって……そいつを殺しちゃったら……私もそいつと同じ、人殺しになっちゃうから……!」
「ど、どうして? こいつを殺すの、私。貴女じゃない」
「それでもなの! どうして殺させたんだって……そう、あの人たちは怒るの! そしたらきっと、もう私に愛想尽かして……今度こそ、どこかに行ってしまいそうな気がして! そう思うと……虚しくて……!」
搾り出すように言って、膝を折る女性。涙を流しながら、ユニゴに対して「ごめんなさい」と連呼していた。
「どうして……貴女が、謝る? 貴女は正しい……なのに、どうして? なにが、間違い?」
もうなにもかもがわからなくなるユニゴ。頭を抱えて、必死に自分が納得いくように考え始めるが、全くといいほどいい案が浮かばない。今まで自分が経験してきたこと、自分が当然と考えていたことに全く該当しない。結果、やはり「わからない」という言葉でしか、形容できない。
「――第46号!」
思考がショート寸前にまで追い込まれたユニゴの耳に、また聞き覚えのある人間の声が届いた。今度は男だ。
頭を抑えながらその方を見ると、そこにはトレンチコートを着た男が自分に拳銃を向けていた。そして……パァン!
その男の姿を確認した瞬間、自分の身体に何かが食い込む。経験的に、さっきの霧島から受けた衝撃と同じ。つまり拳銃の弾だろう。そこまで自然と理解した瞬間――
「がッ!? ごっ……ぐふっ、ふっ!?」
突然身体の中で何かが弾けた。しかも一回や二回じゃない。連鎖的に、まるで爆竹のように次々と身体の中でそれは弾ける。ユニゴは口から血の塊を吐き出し、撃たれた箇所を掴んで上下に激しく息をする……が。
パァン、パァン、パァン。
今度は連続で3発発射され、それはいずれもユニゴの身体の中にめり込んだ。そして少しした瞬間、またそれらが弾ける。今度は3つ連続だ。
「ぐっ……あ、あぁ……ッ。うああ……っ」
苦しそうに顔を歪ませ、よろめくユニゴ。無情にもまだ身体の中で、それは弾けている。弾けるたびに身体が燃えるように熱くなり、後ろへ後ろへと後ずさり、身体を震わせ、口から血を吐き出す。
「ハァ……グッ……
意識を朦朧とさせながらもユニゴは身体を俊敏体へと変化させ、力を振り絞ってこの場から消えるように逃走した。
「……やった、のか?」
大量の血を吐き出していたユニゴ。間違いなく弾丸……神経断裂弾は効いていた。が、果たして殺しきることはできたのか。そこまではわからない。なにせ彼女は倒れる前に変身し、逃走してしまったのだから。
「一条!」
「第46号はっ!?」
何人かの警官隊を引き連れて駆けつけた杉田と桜井は、トレンチコートの男こと一条に問う。
「第46号はもういません。逃走しました。神経断裂弾は効いているようでしたが……殺しきれたかどうかは、不明です」
「そうか……でも、全員無事か? 死者は出ていないか?」
「ええ。それは大丈夫だと思います」
「よし、よくやった」と一条の肩を叩いた杉田は、力なく座り込む霧島とその弁護士、そして倒れている2人の刑務官の元に警官隊を引き連れて走っていく。桜井はもう1人……ユニゴと会話をしていた女性も元へ向かった。
「板橋京子……さんですね?」
「はい……すいません。私がもっと早く通報していれば……」
「いえ、大丈夫です。よく、話してくれました。後は署のほうでお話を聞かせてもらいます」
「はい……」
女性……板橋京子に手を差し伸べて立ち上がらせる桜井。と、そんな2人の元にさっきまでへたり込んでいた霧島が来た。
「てめぇ、このクソばばぁ……てめぇのせいで、死ぬとこだったじゃねぇかゴラッ!」
怒りに震え、霧島は京子を殴ろうと拳を引くがそれはすぐに杉田に抑えられ、さらに彼が連れてきた警察官たちに完全に取り押さえられた。
「おぅ、霧島。どうした? おまえ精神異常者じゃなかったのか?」
「……あっ。し、しまっ……」
「てめぇにもじっくり話を聞かせてもらう必要がありそうだな。霧島東二、暴行未遂及び、公務執行妨害の疑いで逮捕する」
カチリッ。霧島の両手を手錠で繋いだ杉田。
「あなたにも話を聞かせてもらいますよ、弁護士の沢崎さん?」
「……くっ、わかり、ました」
睨みを利かせた杉田に怯え、霧島の弁護士である沢崎はもう諦めたように連行されていった。
それに続くように、暴れる霧島が警察官4人がかりでパトカーまで連行され、そのあとに京子が桜井に連れられていった。
「あとは、第46号がどこかで力尽きていりゃあ、万々歳なんだが……」
「ですね……」
杉田は遠い目で空を眺め、いつの間にか杉田の隣にいた一条も続いた。
――――・――――・――――
長野県松本市某所、とある裏道。
「ぐっ……ううっ……」
血が流れる腹に手を当てながら、震える脚を動かしてその道を歩くユニゴがいた。まだ神経断裂弾の効果が続いているらしく、ビクンと身体を跳ね、ついに倒れこんでしまった。びしゃっと、倒れた先にあった水溜りに頭から倒れたユニゴの息は荒い。肩で息をして身体を寝かせるユニゴ。
「……く、あ……こんな、ところで……ここまで、来て……ふ、ン……」
しばらくして、腕に力を込め、水浸しの身体を起き上がらせる。そして少し力を込めると……神経断裂弾を打ち込まれた4つの傷からなにかの欠片が幾つも吐き出され、その傷が閉じていく。ようやく傷が癒え、身体がそれに適応したのだ。
「……あ」
今、自分が倒れていた先に……何人かの男がいた。数えてみると……その数は3人。
「おい、兄ちゃん。ここを通りたいなら通行料払ってくれないと」
「ま、戻るにも金は置いてってもらうけどね。ぎゃははは!」
常人離れしたユニゴの地獄耳にそんなセリフが飛び込んできた。首から下げている懐中時計を見ると……時刻は6時43分。
それを見たあとの彼女の行動は早かった。
すぐに男たちの元に駆け寄り怪人体へ変身し、恐喝していた片方の男の喉目掛けて三叉戟を突きつけ、そのまま壁に食い込ませた。それを見たもう1人の恐喝していた男も、恐喝されていた男も驚き、そして悲鳴を上げて一直線へと逃げていった。
喉に槍を突き立てられた男は、少しの間だけぴくぴくっと痙攣していたがやがて動かなくなった。
その様子を、雑居ビルの屋上から見ていたドルドは……カチリ。バグンダダの最後のカウンターを動かし立ち去った。それが示す意味は……ゲゲル成功だった。警察とユニゴの勝負の行方は……ユニゴに勝利を
3996人目の悪党を殺害し、ユニゴはゲゲルをクリア。ズ・ガルメ・レに続く2人目のゲゲル成功者が、現れてしまった。
――To be continued…