仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】   作:スパークリング

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こんにちは。
日にち跨いじゃいましたね……。

活動報告にてアンケートを行っております。よろしければ、参加してください。一言だけで結構ですので是非。


第22話 『人間』

 時刻は午後2時34分。

 世田谷区駒沢のセントラルアリーナ内、スタジアム。クウガと未確認生命体第47号ゴ・ガドル・バの戦いが始まっていた。

 今のクウガは跳躍力とスピードに優れた青の金の力……ライジングドラゴンフォームに変身している。当然、これでは破壊力に欠けるためにガドルを倒すことは出来ない。が、今はこれでいいのだ。

 ここでガドルを倒してしまうと、爆発の際にこのセントラルアリーナからおおよそ半径3kmの範囲が一瞬で更地になってしまう。ここは世田谷区だ。住民の避難は警察がしっかりと済ましているとはいえ、住宅地や商業地域だけでなく、大使館まである。そんな街のど真ん中で倒したら被害は……。と、いうわけなので、爆発しても問題が起こらないような地点までガドルを連れて行かなければいけない。そしてそれを可能にするビートチェイサー2000を今一条が持ってきてくれる。

 それまでの間、ガドルの攻撃を受け流し、あわよくばダメージも与えられるように少し工夫して戦わなければいけない。そこで変身したのが、このライジングドラゴンフォームだった。タイタンフォームではダメだ。タイタンフォームの鎧は、直前の未確認生命体第46号ことラ・ユニゴ・ダの攻撃で簡単に傷ができてしまった。そしてそのユニゴに完勝したガドルが、彼女と同じことができないはずがない。攻撃を受けるのは悪手。ならば、攻撃をかわすしかない。

 

ちょこまかと(チョボラバド)……小癪な(ボシャブバ)……」

 

 自分の攻撃を直前でかわし続けるクウガに、ガドルは悪態をついた。現在ガドルは紫の瞳をした剛力体に変身している。一条を襲ったときのまま、フォームチェンジをしていなかったのだ。脚力が凄まじかったために、上手にスピードの低下をカバーしていたユニゴの剛力体とは違い、ガドルにはユニゴレベルの脚力はない。それゆえに動きが若干遅くなってしまっているのだ。だから、スピードとジャンプ力が上昇しているライジングドラゴンフォームのクウガには攻撃が当たらない。それどころか、ちょくちょくとクウガが振り回しているライジングドラゴンロッドがぶつかり、地味なダメージを受けてしまっていた。手にしている得物のリーチの長さもクウガのほうが上。大きいといっても長いわけではないガドルソードを振り回しても、クウガには届かない。

 

「……ふん」

 

 このままでは埒が明かないどころか自分が不利になると判断し、ガドルも瞳の色を青に変化させ俊敏体となる。手にしていた得物もガドルソードからガドルロッドに変わり、リーチの長さも同等となった。これでクウガの軽快な動きに対応しながら攻撃ができる。

 目の前に立っているクウガを視界に捉えたガドルは、早くなった脚でクウガに接近。今のクウガは先程の自分の攻撃をかわした直後、着地したばっかりなのだ。とても走れる体勢ではないし、今からジャンプしてもガドルロッドに直撃する。まずは一撃目! そう意気込み、気合を入れてガドルロッドを叩き付けようとするガドル。

 

「超変身!」

 

 が、ここでクウガも形態を変えた。今度は紫の金の力……ライジングタイタンフォームだ。

 ガンッ。勢い良くライジングタイタンフォームのボディに叩き付けられるガドルロッド。先程のライジングドラゴンフォームの身体では重い一撃になっただろうその攻撃は、ライジングタイタンフォームの鎧の前に沈黙した。スピードが上がった分、攻撃力と殺傷力が落ちてしまったガドルの俊敏体。クウガはそれを利用して、今度は受けて耐える戦法に変えたのだ。躱すことが無理な一瞬の時間であっても、フォームチェンジならば簡単にできる。

 前のユニゴとの戦いで、相手が今まで通りの自分の思いつきだけで戦える相手ではなくなったことをクウガは知った。あの流れるように洗練された戦い方をし、状況判断によって形態を変えていたユニゴは明らかに格上の存在で、文字通り手も足も出なかった。

 だから、休んでいる間に考えていたのだ。もし、あのユニゴ以上の強敵がこの次に現れたらどうするかを。

 戦ってみて、自分の最強の技であるライジングマイティキックを、通常形態でなく強化させた形態でユニゴは受けた。ということは、通常形態ではマズいと彼女が判断したということだ。通常形態であれば自分の技は通じる。そう確信した。

 だったらまず、そのライジングフォームを長い間維持しなければ話にならない。確実に決めるためと、それでも倒せなかった場合に長期戦を仕掛けられるようにするためだ。ライジングフォームを駆使しなければ絶対に倒せないのなら、そのライジングフォームを極めるしかない。

 そして次に思ったことが、いかに相手の攻撃に対して対抗できるのか。全部で4つあるクウガの形態には、それぞれ長所があるぶん同じくらい、弱点もあった。

 マイティフォームは平均的な性能ゆえにバランスが良く、要領よく戦える。しかし、武器がないために獲物を持っている敵には不利になる。

 ドラゴンフォームは機動力が格段に上がり、どんなに素早い相手でも追跡することができるし、高い場所にもすぐに辿り着ける。但し、パンチ力と防御力が格段に落ちてしまい、近接格闘には向いていない。

 ペガサスフォームは超人的な感覚で敵を感知することが可能で、相手よりも先手を取って戦うことができ、かつ喰らえば一撃必殺の狙撃をするために遠く離れた敵や、空を飛んでいる敵に対しても有効。しかし、身体への負担が大きいゆえに50秒しか維持することができず、超過してしまうと2時間もの間、変身ができなくなってしまう。

 タイタンフォームは攻撃力と防御力が格段に上がり、専用の剣もあるために力任せな戦いができる。その代わりに俊敏性が僅かに低下し、他の4形態よりも動きが鈍くなってしまう。

 これらの特性をずっと考えて、どんなときにどのフォームで戦えばいいのかを必死で探っていた。そして出した結論が、敵の攻撃が自分よりも高いならドラゴンフォームで躱し、低いと思ったらタイタンフォームで受けて反撃する。隙をつけたらマイティフォームか、ペガサスフォームで確実に仕留める。単純な回答かもしれないが、それゆえにわかりやすく、実用性も高く、そして応用が利きやすい作戦だった。

 そしてその成果が、こうして出ている。相手はユニゴを倒すほどの実力者なのに、いまだに攻撃をまともに喰らっていない。上手く防御が働いて、攻撃を受け流すことに成功していた。

 

「……!」

 

 ガドルの攻撃を受け流し続けていたクウガの耳に覚えのあるバイクの音が聞こえ、その方を見るとビートチェイサーに乗ってこっちにきている一条の姿があった。

 クウガはすぐさま、ライジングタイタンフォームからライジングドラゴンフォームへ戻る。ライジングタイタンソードもライジングドラゴンロッドへと戻り、攻撃を受け止められ少し動きが止まってしまっていたガドルの腹に思い切りそれを叩き付けた。俊敏体となり、防御力が少々低下しているガドルはその衝撃で後方へと飛ばされ、スタジアムの床を転がった。

 

「五代! 大丈夫か!?」

「はい! 大丈夫です!」

「ならよかった……」

 

 ビートチェイサーから降りた一条はヘルメットを取った。

 

「爆発ポイントはこの近くの雑木林だ。俺は更に、この周囲の避難を徹底させる!」

「わかりました!」

 

 グッとサムズアップでクウガは……五代雄介は一条に示す。一条もまた、サムズアップを返して、このスタジアムから立ち去っていった。

 一条が出て行ったことを確認したクウガはビートチェイサーに乗る。すると、一条とは入れ替わりにスタジアムに巨大なクワガタムシのような形をした物体が飛び込んできた。これは『ゴウラム』という、遥か古代にリントが製造した意思を持つ馬の鎧(・・・)だ。

 ゴウラムの体が2つに分かれると……それぞれビートチェイサーの機体に瞬時に合体していく。かつて雄介が乗っていたトライチェイサー3000とは違い、ビートチェイサー2000はこのゴウラムとの合体を前提として開発されているために、合体に必要な時間も負担も全てが解消されており、自然と馴染むように合体を果たしてビートゴウラムとなった。

 ビートゴウラムに乗るクウガは、先程吹き飛ばしたガドルに向けて前進。まだまだ余裕そうに立ち上がるガドルだが、いきなり突っ込まれて身体がビートゴウラムに乗り上がってしまった。少しでも気を抜けば身体が吹き飛んでしまうため、ガドルはしがみつくしかない。

 強制的にビートゴウラムにガドルを乗せたクウガは、爆破ポイントである雑木林へと向かった。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 時は遡り、午後2時25分。

 文京区、喫茶ポレポレ。

 物心付いたユニゴが初めて泣いて、そして泣き止んだのがこの時間だった。

 

「……ごめんなさい。服、その……濡らしちゃって……」

 

 3つの感情が同時に乗りかかり、耐えられなくなったユニゴは静かな大泣きをしてしまった。みのりに抱きついて、彼女の胸の中でだ。そのせいでみのりの服が、しかも胸元が少し濡れてしまい透けてしまっていた。しかしみのりは、なんでもないように笑う。

 

「ううん、いいんだよユニゴちゃん。服なんて、洗えばいいんだから。そんなことより……どう? 気は晴れた?」

「ん……もう、大丈夫」

 

 なにも考えずに、ただ感情のままに泣いたユニゴは、もういつもの冷静な彼女に戻っていた。先程泣いた理由も、泣き終えて頭が冷えてからすぐに理解し、納得もできた。なるほど。確かにみのりの言うとおり、泣いた後に考えればすぐだった。

 

「ありがとう。私、初めてだったから……嬉しかった」

「……こっちだって。お兄ちゃんのこと、理解してくれてありがとうね」

 

 自分の問いにしっかり答えてくれたみのりに感謝するユニゴ。そしてみのりもまた、ユニゴに感謝した。

 兄のことが大好きだったみのりは、心のどこかで未確認生命体たちを憎んでいた。大好きな冒険を兄から取り上げてこの東京に留まらせ、あろうことか、最も嫌っていた暴力を強制的に振らせるなんて。しかも一度兄は、毒によって死に掛けているのだ。憎まないほうがおかしかった。

 だけど、目の前に現れた未確認生命体の少女は違った。確かに彼女は3996人の尊い命を奪い、2回も兄に重傷を負わせた。だけど、それが間違いだったことに自分で気が付いて、自分が傷つけてしまった兄のことを想って理解しようとし、そして涙まで流して謝ってくれた。それだけで、みのりには充分だった。

 

「話したいことは、それだけかな?」

「ん……それだけ」

「そっか。じゃあもう、そこで聞く耳を立てている(・・・・・・・・・・・・)おやっさんたちを呼んでもいい?」

「えっ?」

 

 満面の笑顔でみのりが言うと、休憩室のほうでガタタッという音が聞こえた。

 

「おやっさん、奈々ちゃん。私、知ってるよ。そこ、あんまり防音性よくなくて、聞こうと思えばこっちで話してることを聞けるって」

 

 相変わらずの笑顔で呼びかけるみのり。なぜだろうか、ユニゴはその笑顔を見て背筋が凍った。おかしいな、さっきと同じ笑顔のはずなのにどうしてだろうと、新たな疑問が芽生える。

 

「あ、あは。あはは……」

「その……偶然なんだよ、みのりっち」

 

 観念したのか、奈々は苦笑いしながら、玉三郎は言い訳をしながら休憩室から出てきた。額から冷たい汗をだらだらと流して。

 

「……聞こえてたの?」

「う、うん。その……堪忍してな?」

「うう……」

 

 カアァっと赤くなるユニゴ。泣いたことがなかった彼女でも、他人に自分の泣いている姿を見られるのは、聞かれるのは恥ずかしいことだったのだろう。

 

「でも……そっか。五代さん、なにかあるたびに自分のこと『クウガ』って言うとったのは、そういうことやったんやな」

「ああ。俺もさっき気が付いたよ……。ただ茶化しているだけだと思ったのに……」

 

 悪いと思っていながらも聞いてしまった2人の会話。その中でどうしても2人は変だと思う部分があった。

 ユニゴが「クウガ」と呼ばれている人のことをみのりに質問していたはずなのに、みのりは「お兄ちゃん」つまり雄介の話をしていた。なのに、会話は成立していたのだ。

最初はわけがわからなかった2人だが、未確認生命体たちが出てからちっとも冒険に行かない雄介の言動を思い出して気が付いた。「クウガ」=「五代雄介」であり、「五代雄介」=「未確認生命体第4号」である、と。

 

「え……? クウガ、自分のこと、隠していなかったの?」

「う、うん。お兄ちゃん、そういうこと気にしないから……。お兄ちゃんに関わった人たちなら、この2人以外はきっと全員知っているよ?」

 

 「そ、そうなんだ」とユニゴは脱力した。裏表がないことも大体はわかっていたとはいえ、まさかこんなことまで包み隠さず言いふらしていたなんて。どこまでも自分の思考の上を行く男だった、五代雄介という青年は。

 

「そ、その……私、クウガのこと、2回も病院送りにしちゃった。ご、ごめんなさい……」

「あ、ああうん」

「そ、そやったんやね……」

 

 ユニゴの今日何度目になるかわからない謝罪に、2人はまた苦笑した。正直、雄介が第4号だったことについての驚きは、ユニゴとみのりが話をしている10分の間に整理はできた。今2人が苦笑しているのは、こんな少女に2回も病院送りにされる雄介の姿を少し想像してしまったからだ。

 

「でも、もうクウガに辛い思いはさせないから。……まもなく、最後の戦いが始まる。そこで全て、終わらせる。これ以上、クウガに無理はさせないから」

 

 ガタッ。ユニゴは少し強い口調で告げると、座っていた席から立ち上がった。

 

「もう、行かなくちゃ。新しい力も、完全に私の身体に馴染んだ。これでまた、戦える」

 

 「それじゃあ、バイバイ」と軽く手を振ったユニゴは、ポレポレから出て行こうと歩き出す。まるでもう二度と目の前に現れないからと、彼女の小さな背中が物語っているようにも見えた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってユニゴちゃん! 一杯だけ、一杯だけでいいからコーヒーを飲んでいかないかい?」

 

 ピタッ。『コーヒー』という単語に反応したユニゴは、扉のドアノブに手を掛けた瞬間に止まった。

 

「やっと思い出した。ユニゴちゃん、前にここに来たときコーヒーを頼んだだろ? 一番お勧めのをってさ」

「……あ。そういえば、そやったな」

 

 「あんたに出すコーヒーはない」と怒鳴ったことを思い出す奈々。それでみのりも、始めなにをしにユニゴがここに訪れたのかを思い出した。彼女は純粋に、コーヒーを飲みにきただけだったのだ。

 

「……いいの? 私、あなたたちの大切な人、傷つけた。私たち、凄く酷いこと、しちゃった。それなのに……いいの?」

 

 振り返って3人を見つめるユニゴ。時間が来たからという理由もあったが、実は彼女がこのポレポレから出て行こうと思った最大の理由は、居心地が悪くなってしまったからだ。

 ただでさえ、クウガである雄介と仲がよさそうにしていたこの3人に後ろめたい感情を持っていたのに、彼に元気を貰ってきたであろうこの3人が雄介の正体を知り、そして、自分がそんな彼を散々痛めつけてしまったことを知ってしまったのだ。自業自得とはいえ普通の人間(・・・・・)なら誰でも、居心地が悪くなってしまうのは当然だろう。

そんな自分に、目の前にいる人間は「コーヒーを飲まないか?」と誘ってくれた。不思議だった。

 

「なぁに大丈夫だよ、雄介ならさ。そんなことで折れるような男じゃないし」

「それにボコボコにした言うても、もうすっかり元気やしね五代さん」

「そ、そんな理由で……」

「それにあいつ、自分で考えて今もほら、47号と戦っているんだろう? そうなんだろう、みのりっち」

「うん。お兄ちゃんはお兄ちゃんの意思で、戦っているよ」

「だったらいいじゃないの、あいつが好きでやってることだし。俺たちがどうこう言うこっちゃない」

「五代さん、自分を曲げない人やからね」

 

 ありえなかった。大切な人をあんなに傷つけたのに、今はすっかり元気だから、雄介だから大丈夫なんて、そんな理由で許せるなんて、ユニゴにとっては驚きの連発だった。改めて、自分の価値観と人間の価値観が全然違っていたことに気がつき、そして、羨ましく感じた。なんて暖かいものを、この人たちは持っているのだろうと。

 

「だからユニゴちゃん、おいで。そんなに時間はとらせないから」

「そうそ。おっちゃんの淹れるコーヒーは適当やから、ちょちょいのちょいやで」

「うんうんそうそう……って、誰が適当に淹れるかい! いつもしっかり淹れとるわ!」

 

 自分たちのすぐそばに未確認生命体がいるのに、大切な人間を傷つけた仇がいるのに、それを知っていても目の前にいる人間たちはいつものノリに戻ってしまった。自分たちには関係ないからとか、そんなつまらない理由じゃない。もっと深いものが、そこにはあった。

 

「……そっか」

 

 だからあのとき――霧島を抹殺しようとしたとき、止められたのか。少し違うような気もするけど、なんとなく根本的なものは同じような気がした。要はどんなに自分が相手を憎んでいても、それによって起こす行動が正しいか、正しくないかを正確に判断することができる。理性を投げずに判断することができる。それが人間という生物だったのか。ユニゴはまた1つ、疑問が晴れていった。

 

「ほら、おいでユニゴちゃん」

「……ん」

 

 こんな自分を誘ってくれた。違う生物なのに、まるで同じ生物(人間)のように誘ってくれた。それだけでも、ユニゴは嬉しかった。そしてそんな誘いを断れるほど、ユニゴは図太くはなかった。

 ドアノブに掛けていた手を引っ込め、回れ右してさっきまで自分が座っていた、奈々とみのりの間の席に再び腰を降ろした。

 

「ちょっと待ってて」

 

 ユニゴが席に着いたのを見た玉三郎は、すぐに適量のコーヒーの粉をカップの中に入れてお湯を注いだ。

 

「ほい、出来上がり」

「早っ?」

 

 思わずユニゴは叫んでしまった。早かった。10秒も経っていなかった。奈々の言うとおり、適当に淹れたんじゃないかと思うくらい早かった。

 

「大丈夫だよ。あらかじめローストしたコーヒー豆を粉にして、ブレンドに適した量のものを淹れているから」

「本格的とまでは行かないけどさ、お客さんの好みになるべく応対できるようにしているんだよ。……あと楽だし」

「おっちゃん、最後のは蛇足やで……」

 

 すっかり、いつものノリになってしまっている3人。賑やかだなと、僅かにユニゴの唇が上がるが、それは一瞬だけだった。

 

「いただきます」

 

 挨拶をしたユニゴはまずコーヒーカップを手にとり、少し揺らして香りを嗅ぐ。あまりにも早く完成してしまって驚いたが、香りは立派なコーヒーだった。いい豆を使っているのもわかる。毎日バカみたいにコーヒーを飲んでいたし、飲み比べもやっていたのだ。普通の人間以上の優れた五感があるからこそ、彼女はこの1ヶ月間飲んで来た缶コーヒーとは違うことに気がついた。

 すうぅ……っと、静かに音を立てないように、行儀良く飲み始めるユニゴ。

 

「!……美味しい」

 

 今度は違う意味で驚いた。初めて飲んだはずのこのコーヒーの味は、今まで飲んで来たどのコーヒーよりも美味しく感じた。復活して真っ先に気に入った、あのオープンカフェのコーヒー以上の美味しさがそこにはあった。

 

「はっはは、そうだろ。それはな、五代雄介ブレンドっていうやつだ。その名の通りゆ――」

「そやろ? それ、五代さんが作ったコーヒーなんよ!」

「この娘はなんで他人のセリフを……」

 

 自分のセリフを取られてどんよりしてしまう玉三郎。みのりは「まぁまぁ」と笑う。

 

「そっか……」

 

 ユニゴは納得した。これが、クウガが作ったコーヒーか。……なるほど。美味しくないわけがない。だって、ひとを笑顔にさせないものなんて、彼が作るわけがないのだから。美味しいに決まっている。

 普段は意外と一気飲みをしてしまうユニゴであるが、このコーヒーだけはしっかり味わって、5分ほどの時間をかけて飲み干した。コーヒーカップの中には、一滴のコーヒーの雫も入っていない。

 

「ご馳走様」

 

 空っぽになったカップを受け皿にかちゃんと置くユニゴ。少しだけ、名残惜しそうな視線をそのカップに向けるが、目を閉じて、もう一回開くと、そこには一切の未練がなかった。もう迷いはなかった。それどころか、満足してしまっていた。自分が飲む最後のコーヒーが、これでよかったと。

 ユニゴは手に持っていた4つの紙袋と、財布とノートパソコンが入った自分のバッグをテーブルの上に置いて立ち上がった。

 

「……お代。それ、もう私には必要のないものだから。好きに、使って」

「「「え?」」」

 

 元からお金なんか取るつもりじゃなかった上に、しかも首から下げている金の懐中時計以外の所持品を全て置いていくユニゴを見て、3人は呆けてしまった。

 

「……じゃあ、ばいばい」

 

 小さく手を振って店内から出て行くユニゴ。ただでさえ儚かった彼女の姿が、より一層薄くなったような錯覚を3人は覚えた。

 

「ま、待って!」

 

 このまま行かせたら、二度とユニゴと会えなくなってしまうような気がしたみのりは立ち上がって追いかける。しかし、もう店の外には彼女はいなかった。

 まるで白昼夢の如く、幻のように綺麗に消え、冷たい風だけがみのりの髪の毛を揺らした。

 

「みのりっち」

「ゆ、ユニゴちゃんは?」

 

 玉三郎と奈々には首を横に振るしか、みのりにはできなかった。

 

 

 ……余談であるが、このあとなんとなくユニゴが置いていった紙袋の中身を見た奈々はびっくりしすぎて腰が抜け、玉三郎は「おわっ!?」と言って固まり、みのりは開いた口が塞がらなかった。

 しかし最後のユニゴの気配りだろうか、『盗んだものじゃないから安心して』と綺麗な文字で書かれたメモ用紙が、紙袋の中にある慶応義塾創立者の額に張られていた。

 

 

 

 

     ――To be continued…




一条「これ以上、五代に無理はさせたくない」
椿「これ以上、五代に余計なものを背負わせたくない」
桜子「五代くんに、無理をさせたくないんです」

ユニゴ「もうクウガに辛い思いはさせないから」←NEW!!

雄介愛されてますなぁ……。

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