仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】   作:スパークリング

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こんにちは。

まだ、ダグバとは戦いませんよ?
今回はおやっさん回……の心算です。


第24話 『英雄』

 1月25日。この日は大量の雨粒が地面を叩き付ける音が五月蝿く轟いている、土砂降りの大雨の日だった。

 時刻は午前6時。

 東京都江東区、とある廃ビル。

 

「……ここにいるんでしょ? 出てきて」

 

 3階の、さまざまな本が散らされている部屋で、この場と季節に似つかわしくない白いワンピースを着た少女が、その透き通った綺麗な声である人物を呼ぶ。……と、カツ……カツ……。その声に応じるように、女物の靴が奏でる靴音が廊下から響いた。その靴音はどんどん少女がいる部屋まで近づいてきて……ついに、部屋の入り口にその姿を現す。

 靴音の主は女だった。白い服に白いロングスカート、そして白いブーツを着用した、額にバラのタトゥがある女。

 バラのタトゥの女は少しだけ笑みを浮かべて、少女に話しかけた。

 

「リントの言葉を、流暢に話せるようになったな、ユニゴ」

「色んなリントとお話したから……。新しい服、似合ってるよ、バルバ」

 

 ワンピースの少女とバラのタトゥの女はそれぞれ、ラ・ユニゴ・ダとラ・バルバ・デ。現在、生存している数少ないグロンギ族だ。しかも2人とも、『ラ』という特殊な地位に立っている実力者でもある。

 

「私を呼び出して、なんのようだユニゴ」

 

 単刀直入に、バルバはユニゴに用件を尋ねた。もう『ラ』としての仕事が終了したバルバだが、まもなくダグバによる『究極の闇』が発動される。そうなった場合、バルバはダグバの行く末を見届ける必要があるのだ。時間に余裕はない。

 

「バルバ……私を、ザギバス・ゲゲルに進ませて。お願い」

 

 そんな彼女の事情も、しっかり理解しているユニゴも簡単に用件を伝えて、深く頭を下げた。「顔を上げろ」と、バルバはすぐにユニゴの礼を止めさせる。

 自分よりも背が小さいユニゴに、少し上から目線でまるで命令するかのように話しかけるバルバ。この構図は、『ゴ集団』にいたときの自分に、ゲリザギバス・ゲゲルの開始を告げたときに似ていた。

 

「それは別に構わない。――だが、ユニゴ。おまえは一度ザギバス・ゲゲルを棄権し『ラ』となった。そのままの力で、『ン』の力のないまま、ダグバと戦うことになる。……それでも構わないのか?」

 

 本来ならば、ゲリザギバス・ゲゲルのときにベルトのバックルに仕込んだ封印エネルギーによって、成功者の身体に『ン』の力を呼び覚まさせる。しかし、『ラ』となってしまった彼女の身体には、もう力の上昇を手伝う封印エネルギーが残されていない。全部抜いてしまった。よって、ユニゴは『ン』の力ではなく『ラ』の力でダグバと戦わなければならないのだ。

 ユニゴはもう、そのことを理解していたらしく、首を縦に振って応じた。

 

「構わない。どちらにしても、私はダグバと戦うことになる。そう仕組んだのは、バルバでしょ?」

「さぁな」

 

 バルバははぐらかして目を逸らした。……人間心理学をマスターしているユニゴには、この反応の意味することがわかる。図星を突かれたときの反応だった。

 ドルドといいバルバといい、『ラ』の2人は図星を突くとはぐらかしてしまうきらいがある。ドルドは白い布で表情を隠していたから解り辛かったが、バルバは顔を特に隠していないためにすぐにわかった。長い間、彼らと付き合ってきたユニゴは、なにも変わらないなと心の中で苦笑した。

 

「だが……もしかしたら、ダグバはそれほど、おまえと戦いたいとは思っていないかもしれないぞ」

「まさか。あの戦闘狂(ダグバ)が、気になった相手をみすみす逃がすような性質?」

「……それもそうだな」

 

 殺すことを『遊び』や『趣味』としか考えていないイカレたハンター気質のダグバが、「戦ってみたい」と言ったのだ。逃がすようなヘマはしないし、興味を持たなきゃそんなことを言うはずがない。彼の本質は、『純粋な狂人』だ。純粋に人を殺すことを楽しみ、追い詰められると喜び、戦いや殺戮にそれ以外の余計な感情は絶対に挟まない。ゆえに、そこに嘘は絶対に付かない。

 

「ユニゴ、おまえは本当に変わったな。封印される前のおまえは、ただただ機械のようにリントを殺していた」

 

 かつて、ドルドがユニゴに言っていたことを、思い出すように語るバルバ。

 

「なにも考えず、ただただ流されるままに、自分が生き延びるためだけにリントを殺し、段階を踏んでとうとう『ゴ』の2番手となるほどに成長した。それが過去のおまえだ」

 

 「……だが」と、バルバは続ける。

 

「復活したおまえは違った。くだらないことを考えて殺すリントをわざわざ選び、それ以外のリントに手を出さず、殺せたはずのクウガに2回もとどめを刺さないで見逃す。あろうことか、ガドルのゲゲルに手を出し、自分から進んで勝ち目の薄い戦いに身を投じようとする」

「…………」

 

 バルバの言葉に耳を傾けながら、ユニゴもまた、過去の自分を思い出す。

 物心付いたときには『ベ』に入っていて、まず27人のリントを蹴り殺した。流されるまま『ズ』に昇格して、今度は99人のリントを蹴り殺した。そしてまた流されるまま、素質があるということで279人のリントを蹴り殺して、ついに『メ』から『ゴ』まで登りつめた。『ゴ』になってからようやく自我をはっきりと持つようになり、もうこんな面倒なことをしなくて済むように、ダグバに命を狙われないようにするために『ラ』になることを目指そうとした。しかし、それからしばらくして、先代クウガによって封印されてしまった。

 

「おまえは、リントのことを知りすぎた。リントの価値観を、我々の価値観と重ねあわせるほどに。言ったはずだユニゴ。これ以上リントのことを知ったら死ぬとな」

「……うん。バルバの言うとおりになっちゃった、ね」

 

 きっとずっと昔の自分のままならダグバから興味を持たれずに『ラ』としてずっと生きていけたのだろうなと、ユニゴは今更な答えに辿り着いた。

 リントのことを知りすぎてしまった結果、今まで自分がやってきたことがすべて(・・・)間違いだったと思い知り、価値観がまるごとひっくり返されてしまった。昔からの強さはそのままにクウガを2回も退け、思考だけはリントにどんどん近づいて、変質してしまったユニゴ。そんな彼女に、ダグバは惹かれてしまったのだ。

 

「1つ聞こう。おまえはなぜ、ダグバと戦うことに決めた? リントたちの英雄にでも、なりたいのか?」

 

 バルバがそんな質問をユニゴにぶつけた。まるで確かめるように、なにかを探るように、挑発するように、それでいて真剣に、バルバは読めない無表情と声のトーンで問いかける。ユニゴは即答した。

 

「英雄はただ、1人でいい。そしてその英雄は、私じゃない」

「……そうか」

 

 それだけ聞いたバルバは、少しだけ目を瞑った。何かに安心したような、そんな表情を作るが一瞬すぎてユニゴには気がつかなかった。

 

「ザギバス・ゲゲルを行う時間を聞こう」

「ん。今日の午後5時」

「……随分と遅めだな」

「この時間が一番だから」

 

 昨日、クウガ……雄介に伝えた約束の時間。その時間にピッタリ終わらせるように脳内計算した結果、午後5時という解答が弾き出されたのだ。

 

「そうか。……わかった。用意をしておこう。場所は……わかるな?」

「ん。……思い出の地。そうでしょ?」

 

 思い出の地。それは自分たちが古代、先代クウガによって封印された場所――長野県にある九郎ヶ岳遺跡だ。

 

「ああ、そうだ。……用件は、それだけか?」

「ん……それだけ」

「そうか……ではな、ユニゴ」

 

 話が済んだバルバは、最後に軽くユニゴを見て笑い、背中を向けてどこかへ行ってしまった。

 

「……私も、少しだけ確かめたいことができた。上手く行けば……」

 

 俊敏体へと変身したユニゴも、この廃ビルから立ち去っていった。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 午前7時。

 文京区の喫茶ポレポレ。

 カウンター席に座る雄介は、頭を抱えていた。昨日ガドルを倒し、ユニゴと出会ってからずっとこんな調子だ。

 ユニゴはただ、生きたかっただけなのに。神様がいるとしたら、なんて残酷な運命をあんな少女に背負わせるんだと、自分と代わってくれと雄介は訴えていただろう。

 ……ここに来て、雄介は一条の気持ちがわかった。どうして一条が、自分の身体を心配し、無理をさせないようにし、時折自分に対しての罪悪感が込められた視線を送ってきたのかが。まだ1年も経たないけれど、この未確認生命体による事件を通じて何回も一条と共に戦ってきた雄介は、一条が一体どういう人間なのかをしっかりと理解していた。

 一条は生粋の警察官だ。少し変わり者ではあるけれど、正義感が強くて、例えどんな事情や目的があったとしても犯罪者に対して容赦はせず、基本一般人が危険な目に合うことをなによりも嫌う。だからこそ、クウガになったといってもあくまで一般人に過ぎない雄介をどうにかして護りたいと、出来るものなら代わってあげたいと、ずっと考えてくれていたのだ。

 普通の人間である一条はクウガである雄介と代わってあげたいと思い、クウガである雄介は、敵であるはずのグロンギであるユニゴと代わってあげたいと思う。そして逆に、グロンギであるユニゴは、敵であるはずのクウガである雄介を護りたいと思い、クウガである雄介は普通の人間である一条を護りたいと思う。なんとも不思議な、エレベーター式の2つの構図が出来上がってしまった。

 黙って見守っていた玉三郎は雄介の隣に座って、ついに声をかけた。

 

「酷い雨だよな」

「…………」

「はぁ……。雄介。おまえ、大丈夫か?」

「おやっさん……う、うん。平気だよ」

「…………」

 

 嘘だな。すぐに玉三郎は気がついた。親友だった雄介の父が亡くなってからずっと、雄介を育ててきたからわかるのだ。心優しいゆえに、すぐに安心させるようなことを言う。雄介のいいところであり、同時に悪いところだった。

 

「かっ、嘘言うんじゃないよ。……ユニゴちゃんのことだろ?」

「…………」

 

 『ユニゴ』という名前に、雄介は少しだけ反応してしまった。「全く、おまえは嘘を上手につけるような奴じゃないよ」と玉三郎は苦笑した。

 

「あのな、昨日ここに来たんだよ、あの子」

「え……?」

 

 そんなこと聞いていなかったし、当然知りもしなかった雄介は目をまん丸にして玉三郎を見た。

 

「あの子な、奈々に謝ったんだよ」

「奈々ちゃんに……ですか?」

「ああ。なにも考えないで酷いこと言ってごめんって、自分が間違っていたってな。こう、深くお辞儀をしてだな」

「……癌細胞がどうの、ってやつですか」

 

 みのりと全く同じことを言って雄介は少し、目を細めた。そうか。ユニゴは本当に、自分がやってきたことが間違っていたって気がついたんだ。多分自分の力で、その答えに辿り着けたんだな。人間とグロンギは、やっぱり分かり合えることができたんだ。そう思えて嬉しくなる一方、昨日のユニゴの言葉が重く圧し掛かって悲しくなってしまう。

 

「それから……みのりっちにおまえのこと、聞いてたんだぞ? 雄介がどんな人間なのか、知りたいって言ってな。俺と奈々はちょっと追っ払われちゃったんだけど、そこの休憩室でちょっとな」

「あそこ確か……聞こうと思えば、この店内での会話聞こえるんじゃ……」

「うむ。みのりっちにバレて、あとで説教されちったよ……」

 

 「それはおやっさんの自業自得でしょ」と、雄介は的を射たツッコミを入れるが、「んなこといいんだよ」と流されてしまった。流すんだったら、盗み聞きのことを最初から言わなければよかったんじゃと、雄介は内心で少し理不尽に思う。

 

「それでな……おまえのことを知ったユニゴちゃん、どうなったと思う?……泣いたんだよ」

「えっ!?」

 

 意外だった。自分のことを聞いてきたのかも謎だったのに、それに加えてあのユニゴが泣くなんて。しかも、自分のことを知っただけで泣いてしまうなんて。

 

「みのりっちの服が透けてちょっとエッチ……じゃなくて、とにかくそれくらい濡れちまう量の涙を5分くらい流して、ごめんなさいって謝っていたんだよ。暴力を振るうのが嫌いなおまえにずっと嫌な思いをさせていたことを思い知って、泣いちまったんだよ」

「っ」

 

 そんな……そんなことを想って、泣いてくれたのか。みんなの笑顔を護るために拳を振るって、ユニゴを殺すつもりでいた自分を、泣いてしまうくらいまで想っていてくれたのか。……そして、昨日。それを知った上で、あんなお願い事をしてくれたのか。

 

「本当に良い子だよなぁユニゴちゃんは。純粋で、素直で、誰かのために涙を流せて、おまけにあんなに可愛くて……神様ってのは残酷なもんだ。なんでったってあんな良い子に……」

 

 雄介が思っていたことをすべて声に出して、代わりに愚痴と溜息をついた玉三郎は、雄介の肩にぽんと手を置いた。

 

「なぁ、雄介。ユニゴちゃんに何を言われたのかは知らないけどな、おまえがユニゴちゃんを想って悩んでいるように、ユニゴちゃんだって、今まで自分がやってきたことについて、そしてそれ以上におまえのことを想って泣いちまうほど悩んでいたんだよ」

「おやっさん……」

「でもな、ここから出て行くときのユニゴちゃんは、凄く強くて真剣で、腹を括ったような目をしていたんだぞ。おまえの半分くらいしか生きていないような女の子が、覚悟を決めて何かと戦おうとしているのに、おまえがそんなんでどうするんだ」

 

 まるで自分の子供に叱責するように、いつになく真剣な顔で玉三郎は雄介に目を合わせて声をかける。

 

「きっとユニゴちゃんは、おまえにしか出来ないようなことを言ってきたんじゃないのか? おまえを信じているからこそ、勇気を出して頼めたんじゃないのか? そしてそれを叶えられるように、頑張っているんじゃないのか? だったらおまえもユニゴちゃんを信じて、覚悟を決めないと。ユニゴちゃん、がっかりしちゃうぞ」

 

 『みんなの笑顔を見たいから、ただ自分ができるだけの無理をしている。ただ、それだけだよ』。いつの日か、桜子に言った自分のセリフを、雄介は思い出した。

 ユニゴが頼んだことは確かに、自分にしかできないことだ。しかも、それは自分にできる範囲での無理だ。みんな(・・・)の笑顔を見たい。……そうだ。きっと……いや絶対。その『みんな』の中にユニゴだって……。

 

「……よし」

 

 そこまで思考を進めることが出来た雄介は、パンッと両手で自分の頬を叩いて「くぅ……」と呻く。それを見た玉三郎は、笑った。

 

「ようやく覚悟が固まった、ってか?」

「うん、もうすっかりね。おやっさん、ありがとう」

 

 グッとサムズアップを笑顔で玉三郎に向ける雄介。もうそこには迷いはなかった。いつもの笑顔が似合う、明るい五代雄介に戻っていた。「おうよ」と玉三郎もサムズアップを笑顔で返す。

 

「それにな雄介。本気を出した女と怒った女は、男なんかよりも全然強いんだぞ?」

「あー、なんかそれはわかるかもしれない」

 

 例えば桜子とか妹のみのりとか……と、なぜか。雄介はそこまで思い浮かべた瞬間に鳥肌が立ち、「おおう」と両腕を擦る。

 

「もう行くのか?」

「また戻ってくるけどね」

「そっか。いつでも、戻って来い」

「うん。じゃあ、行ってきます」

 

 立ち上がった雄介は、ポレポレの店内から土砂降りの雨の中が降り続ける外へと走っていった。

 

「……頑張れよ、雄介」

 

 心配もあるが、それ以上に雄介を信頼している玉三郎。

 「そういえばあの大金、どうしよう」と別の問題を思い出し、悶絶するのはあと1時間後。奈々が手伝いに来て「あのお金どうするん?」と尋ねられたときだった。

 

 

 

 

     ――To be continued…


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