仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】   作:スパークリング

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第30話 『回答』

 全てが始まった『思い出の地』、九郎ヶ岳遺跡にて。1年に渡るクウガとグロンギ族との戦いは、そこで終わりを迎えようとしていた。

 

「うわっ……ううあっ……」

 

 『凄まじき戦士』……アルティメットフォームに変身したクウガの必殺技を2回も受けた、現代に蘇りしグロンギ族の最後の生き残り、究極の闇をもたらす役目を引き継いだ者、ン・ユニゴ・ゼダ。胸に浮かび上がる巨大な封印のリント文字は、彼女が望んだものだ。しかし、やはり苦しいのだろう。痛いのだろう。そこから封印エネルギーが身体に亀裂を入れ、その亀裂を伝って封印エネルギーが身体中に巡っていくたびに痙攣させている。

 そしてついに……その封印エネルギーは、彼女の急所である金色のバックルまで辿り着いた。

 

「あうッ!!」

 

 叫ぶユニゴ。ビクッと一際大きく痙攣させると、首を上げ、両腕は後ろに引き、両脚は内股にさせたまま彼女は固まってしまった。

 封印エネルギーが到達したユニゴのバックルは一度ピカッと光ると、その輝きが静かに静かに収まっていく。いつもならばここで大爆発が起こるはずなのだが、彼女の身体は爆発せずにそのままの状態を貫いている。

 もしかして、間に合わなかったのか!? 適応してしまったのか!? まさかの事態に焦るクウガだったが……それは杞憂に終わる。

 

「あ……ああ……」

 

 固まっていた身体をユニゴが震わせると……ピキッ。彼女のバックルの中心に皹が入った。ピキッ……ピキッピキッ……ピキピキピキッ。その皹はまるで蜘蛛の巣のように広がっていき……パキンッ! バックルの全体に伝った瞬間、跡形もなく砕け散った。

 

「う……あ……」

 

 バックルが破壊されたユニゴは怪人体を維持する力を失い、人間の姿に戻る。金色の髪は乱れ、綺麗だった碧眼もとろんとしてしまって焦点が合っていない。真っ白だったワンピースも胸元から流れる血のせいで少しだけ赤く滲んでいる。

 そんな彼女は、力が抜けてしまったように両膝を雪の積もる地面に折って……そのまま上半身も前に投げ出してうつ伏せに倒れてしまった。

 

「! ゆ、ユニゴッ!」

 

 ハッとしたクウガは変身を解き、五代雄介の姿となってユニゴが倒れている場所まで走る。走るたびに積もっていた雪が飛び、彼の靴の中に入って足を濡らしていくがそんなこと、今の雄介は気になってもいない。

 彼女の元まで辿り着いた雄介は、走っている間に彼女の身体に積もってしまっていた雪を払って、彼女を起こして左腕で支える。

 

「……う……あ。ク……ウガ……」

 

 薄く目を開いて輝きが失いかけているエメラルドグリーンの瞳を雄介に向けるユニゴ。

 

「バカ……どうして変身、解いちゃうの……? まだ私……。ああっ、ううっ……」

「ユニゴ、もう喋らないでっ! 傷が……」

「無駄だよ……私のベルト、壊れちゃった……。もう致命傷。助からないよ……」

 

 首を横に振って、自分の命が僅かしかないことをユニゴは告白する。そして、首を振ることをやめた彼女は雄介の顔を見て、不思議そうに尋ねる。

 

「もう……どうして、クウガは泣いているの……?」

 

 雄介は両目から、溢れんばかりの涙を流していた。何とか耐えようと口を引き攣らせているが、それでもやっぱり涙は止まらない。

 

「酷い顔だよ、クウガ……泣かないでよ……」

「だ、だって……俺……ユニゴに、いっぱい殴って、蹴って……」

 

 ……そうか。まだクウガは、自分がしたことを『暴力』と思っているのか。本当にどこまでもお人好しなんだからと、ユニゴは心の中で苦笑した。

 

「クウガはただ……私の我儘でお願いしたことを、叶えてくれただけなんだよ?」

「それでも……それでもさ……っ」

「もう……だから、クウガは何も悪いことをしてないんだって……。私のお願いを聞いてくれた。約束、守ってくれた。とってもいいこと……したんだよ?」

「ユニゴ……っ」

「クウガは何も悪くない。だから……もう泣かないで。……笑ってよ。素敵な笑顔、私に見せて。ね?」

 

 プルプルと震える右腕で雄介の涙を拭うユニゴ。彼女もまた、雄介の笑顔を守りたいと願った者たちの1人だ。だから、ただ笑ってほしかった。こんなことをさせた自分が言えることではないと心の中で思っていても、それでもやっぱり、彼には笑顔でいてほしかったのだ。

 訴えられた雄介は涙を流しながらも……無理矢理表情を作って、にこっと笑った。自分のできる範囲で叶えられることなら何でもしようと決めた雄介は、彼女の要望通り笑った。笑って見せた。

 

「そう……。それで……いいの……」

 

 自分の我儘に付き合ってくれていて、本心から笑っていないことはわかっている。でも、それでも、ユニゴは満足だった。無理矢理なものでも、やっぱり彼は笑顔が一番似合う。きっとそんな笑顔を、誰にでも振り撒いているのだろう。彼はそういう人間だ。そんな心優しい彼が、今までたくさんの罪を犯してきたどうしようもない自分にも笑顔を見せてくれた。例えそれが作り笑顔だとしても、こんなにも嬉しいことはない。

 彼の涙を拭っていた右腕からユニゴは力を抜けさせ、雪の積もる地面に落とす。自分の手があっては彼の笑顔がよく見えないからだ。

 

「クウガ……ごめんね。私たちの自分勝手で冒険できなくなっちゃって、自由を奪って、大嫌いな暴力をさせちゃって……本当に、ごめんなさい……」

 

 しょぼんとした顔で謝るユニゴは視線をずらす。

 

「私……全部の力、なくなっちゃった。ベルトが壊れて、もう力は使えない。変身することもできない……。ただの無力な女になった」

 

 彼女は自分の力を失ったことを絶望してはいなかった。逆だ。自分の力……グロンギ族としてのすべての力を失ったことを、喜んでいた。

 

 

「――やっとリントに……ううん、人間(・・)になれた……」

 

 

 遥か古代、ユニゴは生まれながらの天才児だった。才能や美貌だけでなく、グロンギ族に必要不可欠な魔石『ゲブロン』の力が飛び抜けて強かったために幼少期から『殺す』という意味もわからないまま当たり前のように何人もの人間を殺害し、そして先代クウガによって封印されてしまった。そのためユニゴには自由な時間などなく、復活を遂げて目の前に広がる青空を見たときに彼女が祈ったことは『自由に生きたい』という純粋な願いだった。

 

「私……本当は人間たちのように、もっと生きたかった。もっと自由になりたかった。もっと……遊びたかった」

 

 板橋に拾われて、服をもらって、一緒に買い物をしたりして、そして自分と同じくらいの年の子供たちを見るたびに、どこかで彼女は『人間』というものに憧れを抱くようになっていた。彼女が自分のゲゲルを人間たちに認めてほしくて殺す人間をわざわざ選び、それ以外の人間を1人も殺さなかったのも、この憧れの感情が強かったからだ。……でも、それを現実にするのは無理だと、彼女は諦めていた。

 だって自分は普通じゃない。人間の姿に化けている化け物だ。人間じゃあない。仮にグロンギであることを隠してなんとか彼らの輪の中に入ったとして、待っているのはダグバによる『整理』。自分の命を代償にしてまで、そんな日々を送りたいかと問われると首を縦には振れない。だってユニゴの願いは1つだけ。それ以外を願うと、我儘を言うと負担になってしまう。贅沢なことなんて言わない。ただただ彼女は、『生きたかった』。

 

「……そっか。どうして人間を殺しちゃいけないのか……やっと、わかった……」

 

 と、そこまで考えたところで、彼女は自分の納得できる答えを見つけた。自分の命が残り少なくなったことで気が付くなんて、何とも皮肉だった。

 

 

「人間を殺すことって、『生きたい』って願うことを、取り上げちゃうことだったんだ……」

 

 

 過去の自分と現在の自分の願望。そして、自分が殺してきた人間たちの「死にたくない!」という叫び声を思い出して照らし合わせ、ようやく出てきた彼女の回答がこれだった。

 自分の願いは『生きたい』。そしてそれを叶えるために殺してきた人間たちの最後の叫びが『死にたくない』。言葉は違えど、全く同じことだった。

 どうしてこんな簡単なことに、自分は気付くことができなかったんだろうか。自分のバカらしさに呆れ、怒り、そして同時に悲しくなった。自分の願いを叶えるためだけに、自分と全く同じことを考えている人間を何人も殺してしまったことに気が付いたからだ。

 

「私……いっぱい、人間殺しちゃった……。生きたいなんて願う資格、私にはなかったんだ……」

 

 自分が今までやってきたの罪の重さを改めて思い知り、生きる資格なんてないと感じたユニゴは、「ぐすん」と嗚咽を漏らして、涙を流し始めた。雄介やみのりが言っていた「虚しくなるだけだよ」というセリフを思い出す。ああ、そうだ。

 答えに辿り着いて、自分が殺めてしまった者たちの無念を知って、自分に生きる資格がないと痛感した今のユニゴの気分はとても悲しくて、そして虚しいものであった。空っぽだった。力を失い、目標を失い、価値観を失い、そして命まで失おうとしている自分に対して、なんてぴったりな言葉なんだと自嘲する。

 

「資格なんて……そんなの、いらないよ」

 

 ぼそっと呟いた雄介の言葉。しかしその言葉の内容をしっかりと聞こえたユニゴは「え……?」と返す。すると、雄介は作っていた笑顔を崩して、真剣な顔になって彼女に訴えた。

 

 

「『生きたい』って願うのに、資格なんて必要ないじゃない! どんなに悪いやつだって、どんなに酷いやつだったとしてもさ。それを願っても、別に良いんじゃないかな。だって生きることに資格がいるなんて、そんなの悲しすぎるじゃないかっ!」

 

 

「……!」

 

 ユニゴの涙が止まった。その代わり、涙を流していた目は大きく見開かれて、その中の綺麗な瞳を全て晒して驚きに包まれた顔をしている。

 今の言葉は……決して自分を慰めるために、そして自分に同情して言ったものではなく、彼の本心からのものだったからだ。だって慰めるためだけに、こんなに真剣で真面目で……憐みの感情なんか一切含んでいない優しい眼差しを向けることなんて、きっと誰にもできやしないだろうから。

 何とも不思議な説得力が込められた雄介の言葉を聞いて、ユニゴは「そっか……」と短く返した。こんな私でも……『生きたい』と願ってもよかったのか……。自分の存在自体を否定しようとしていたユニゴにとって、この雄介の言葉は他のどんな言葉よりも強く、優しく、温かい言葉だった。

 

「私の我儘、1つだけ言ってもいい、かな」

 

 だから……ついつい雄介に我儘を言いたくなってしまった。これ以上、彼に我儘を言うつもりなんかなかったのに……こんなに優しい言葉をもらってしまっては甘えたくなってしまう。ユニゴだって、封印されていた期間を除けば13年しか生きられなかった、人間でいうところの小学校6年生か、中学1年生程度の少女なのだ。優しい言葉に、優しい人間に甘えたくなるのは当然のことだった。

 雄介は黙って縦に首を振る。肯定してくれた。私の我儘に耳を傾けてくれた。そう考えるだけでも、ユニゴは幸せだった。

 

「またいつか……あなたと会いたい。何年かかっちゃうか、わからないけど……。今度は人間として、あなたと会いたい。それでいっぱい、お話をしたい」

 

 「それから……」と、ユニゴは続けた。

 

「あなたと、一緒に冒険をしたい。自由な、気まぐれな、そんな冒険をあなたとしたい」

「!」

「……ダメ、かな」

 

 みのりから雄介が世界を自由に冒険する冒険家だと聞いたとき、ユニゴは申し訳なく感じた一方で、こうも思ったのだ。きっと一緒に冒険をしたら楽しいだろうな、と。『自由』という言葉にも憧れていたユニゴは、彼の性格や人格だけでなく、職業にも惹かれていたのだ。

 意外だったユニゴの願い(我儘)に一瞬だけ茫然としていた雄介だが……、

 

「ダメな訳、ないじゃないかっ。うん、いいよ。俺ずっと、待ってるから。ユニゴとまた会えるまで世界を冒険して、絶対にユニゴを探し出すからっ」

 

 すぐに笑顔になって肯定し、右手でサムズアップをしていた。今度の笑顔は作り笑顔なんかじゃない、本心からの笑顔だった。

 

「……そっか。嬉しい……」

 

 嬉し涙を一粒、頬に流すユニゴ。雄介にとって何もメリットはないのに。いつ会えるかなんてわからないのに。いや、それ以前にこんな我儘、実現するかどうかすら絶望的なのに。彼は……受け入れてくれた。しかも大真面目に、本心からの笑顔とともに、嘘偽りなく答えてくれた。

 きっと彼はもう自由な冒険なんてしないだろう。『私を探すため』に、世界各国を回るに違いない。また……彼を縛り付けてしまった。自由を奪ってしまった。けれど……雄介は全然抵抗しなかった。むしろ嬉しがってくれている。……まったく。

 

「どこまでも……お人好し、なんだから……」

 

 ふっと頬を緩め、目を細めて、ユニゴは言った。

 

「ゆ、ユニゴ……今――」

「――ゴホッ! ガッ、ケホッ……ケホッ!」

 

 雄介のセリフを遮って、ユニゴは大きく、苦しそうな咳をした。そして納まったと思いきや、彼女の口の中から赤黒い血の塊が吐き出され、血が滲んでいた白いワンピースをさらに赤く染め上げる。

 

「ユニゴッ!?」

「はぁ……っはぁ……っ、ご、ごめんなさい……私、もう……」

 

 口から血を吐いた瞬間、ユニゴは自分の身体の感覚がどんどんなくなっていくのを感じる。視界もぼやけてきたし、下半身もまるで麻酔にかけられたかのように力が抜け、冷たくなっていくのがわかる。

 

「そろそろ、お別れの時間……みたい……」

「……そっか」

「うん……。……そうだ。この時計……」

 

 時計。……ああ、これか。ユニゴの首からぶら下がっている金色の懐中時計を見つけた雄介は、それを手にする。開けてみると秒針はしっかりと動いており、彼女の血もついてはいなかった。

 

「受け取って……くれる? いつかまた会えるその日まで、これと一緒に冒険をしてほしい」

「……うん、わかった」

 

 ユニゴの首につり下がっている時計の紐を取って、自分の首にかける雄介。彼が今着ている黒い服に、とてもよく似合っていた。

 最後の最後まで、自分の我儘を全部聞き入れてくれたことを幸せに感じたユニゴは、もうほとんど感触のない右腕を胸のあたりまで持ってきて……グッと親指を上に立てた。……サムズアップをしたのだ。

 そして、緑色の瞳が見えなくなるまで目を細めて……彼女は初めて、笑顔を作った。うまく筋肉が動かないからか、少しぎこちないものであったが、どこか(あどけな)さを残した年相応の少女が浮かべる可愛らしい笑顔だった

 

 

「ありがとう。じゃあ……またね――雄介」

 

 

 初めて『クウガ』ではなく『雄介』と彼を本名で呼んで感謝の気持ちを言葉にするユニゴ。そしてそれが、彼女の最後の言葉だった。

 目を細めた状態で、雄介の顔を見るために少し上げていた首がカクンと下を向き、サムズアップをしていた右手は崩れ、上げていた右腕も力を失ってだらりと雪の積もる地面に落ちた。全身の力が抜け、さっきまでは左腕1本で支えられるほどに軽かった彼女の身体が重くなり、右腕も使ってやっと彼女を抱きしめられた雄介は、再び涙を流しながら彼女の名を呼ぶ。

 

「ユニゴ……っ」

 

 とても安らかで、幸せそうに、まるで笑っているかのように眠る彼女は、いくら呼びかけられても目覚めることは永遠にない。

 時刻は午後8時48分。

 現代に蘇りしグロンギ族の最後の生き残りにして、最も人間らしかった少女、ン・ユニゴ・ゼダは静かに息を引き取った。

 

 

 

 

     ――To be continued…




……はい、こんにちは。というよりこんばんは。
あとがきに挨拶を書くのは初めてですね。

さて、まぁ、言いたいことはいろいろありますが、それはコメント欄にて、皆様から頂いたコメントに対して個別に対応することにしましょう。

次回が最終回です……が、題名が二文字でなく、三文字になります。
どんな題名をつけるのでしょうか、推理してみてください。

それでは。

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