仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】   作:スパークリング

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エピローグ
最終話 『雄 二 五』


 時刻は午前9時11分。

 東京都千代田区霞ヶ関、警視庁。

 未確認生命体ことグロンギ族との最終決戦から3ヶ月と5日が経過して、現在4月30日。この日の天気は快晴だった。

 全ての捜査、および様子見から、未確認生命体とみられる事件が起こらなかったことから、本当に戦いが終わったことを認定され、未確認生命体合同捜査本部は今日で幕を閉じたのだ。

 

「…………」

 

 手に持った資料を捲って、黙って見る一条。そこに書かれていたのは、

 

『未確認生命体第0号

平成13年1月25日、長野県駒ヶ根町室木、九郎ヶ岳名伊里曽沢に於いて第46号と交戦、

第46号の殴打による腹部神経断裂により死亡。

(死亡推定時刻:平成13年1月25日午後7時から8時頃)』

 

「…………」

 

 そしてまた1ページ進めると、

 

『未確認生命体第46号

平成13年1月25日、長野県駒ヶ根町室木、九郎ヶ岳名伊里曽沢に於いて第4号と交戦、

第4号の攻撃による腹部神経断裂により死亡。

(死亡推定時刻:平成13年1月25日午後8時から9時頃)』

 

 この2体のグロンギは一条にとって、忘れることができない2体だった。

 第0号はこの長い戦いを引き起こした元凶であり、第46号は3996人という大量虐殺を行ったばかりか、巧みな戦略によって一般人を味方につけ、自分たち警察と雄介を揺るがしてきた存在だ。二大巨頭と呼んでも遜色のない、強敵だった。尤も、実際に戦ったのは第46号だけで、第0号は資料通り、その第46号によって倒されたのだが。

 

「お茶入りました」

「ありがとう」

「ああ、ありがとう」

「サンキュ」

 

 笹山からの差し入れに、資料を読んでいた一条と、その近くのデスクで片付けをしていた杉田と桜井は一言礼を言ってカップを受け取った。

 

「見始めると終わらないんだよな」

「つい見てしまいますけどね」

「あ……はは、は……」

「長い戦いだったなぁ……」

「第0号を含めて48体ですもんね……」

 

 資料にはこの濃すぎる1年間のすべての情報と思い出が詰まっている。だから、1回見始めてしまうと、懐かしくて、辛くてもどこか楽しかった思い出が蘇ってきて、思わず手が進んでしまってずっと見続けてしまうのだ。

 

「結局、第46号の死亡は報道されなかったよな」

 

 複雑そうな顔をしながら、杉田はお茶を飲んで「ふぅ」と一息をした。

 世間からは第4号ことクウガと並ぶくらいの支持を集めていた第46号。警察上層部は、その第46号を倒したことを世間に流すと批判の声が集まり、警察の威信に関わると判断したのだ。だから、世間には第0号は第4号に倒され、第46号は生死不明と報道された。

 

「でもそのおかげか、ここ3ヶ月の間は全くと言っていいほど事件は起こっていませんよね」

「ええ……」

 

 桜井の苦笑に一条もつられてしまって、微妙そうな顔になる。

 第46号のゲームが始まってから万引き・殺人・詐欺・横領・恐喝・ストーカーなどの事件はほんの数件しかここ最近は起こっておらず、減っていないのは交通事故ぐらいだ。

 『悪人』ばかりを狙い、またどこに現れるかがわからない神出鬼没な未確認生命体である第46号の生死がはっきりしていない今、『もしかしたら自分の元に現れるかも』という恐怖が先行しており、世間では『犯罪を行う=第46号に殺害される』というイメージが付いてしまったのだ。

 

「まったく、どこまでも皮肉な奴だ第46号は。さんざん俺たち警察をコケにしておきながら、土産まで置いていきやがった」

「しかし、おそらくこれも一時的なものでしょう」

「……だろうな」

 

 世間というのは流れていくものだ。どんな偉業を達成しても、どんなに大きな事件が起きても、3年も経てば当事者以外の記憶が朧げになり、10年経てば世代交代に入って、インターネットなどで検索をしたり、特番などで取り上げられない限り、語り継がれることはない。だから、この未確認生命体の事件も、第46号のことも、きっと世間はすぐに忘れてしまうだろう。

 

「もし、五代さんじゃない人が第4号だったら、どうなってたのかぁ……」

「あ?」

「いえ、五代さんじゃなかったら、最後まで戦えなかったかもって……」

 

 笹山の素朴な疑問に杉田と桜井は少しだけ考える。一条はもう結論が出ているらしく、遠い目で窓の外を見据えていた。

 

「はぁ……そうだね。いつでも笑顔で頑張れる五代さんだったから、最後の最後まで……」

「なんでだよって言うくらい、良いやつだったもんな」

 

 10秒くらいして、杉田と桜井は一条と同じ結論を出した。きっと彼だからこそ、彼のような男だったからこそ、ここまで自分たち警察と連携して未確認生命たちと戦うことができた。どんなに厳しいときも「大丈夫!」と言って笑顔にさせてくれる彼がいたからこそ、最後の最後まで戦うことができた。

 

「確かに、彼ほどの男はそうはいないだろう」

 

 いつからいたのか、本部長の松倉が入口の所に立っていた。松倉を見た4人は少し姿勢を正して彼に一礼をする。松倉は現場に赴くことこそなかったが、上層部からの圧力から一条たち捜査官とクウガである雄介を守り、責任を負い続け、いつも陰から支えてくれた人物だ。きっと彼が本部長でなければ、クウガと警察が手を組むことは絶望的だっただろう。

 

「だが、君たちも本当によく頑張ってくれた。それは誇りにしてもいいと、私は思っている」

 

 一条たちのほうへ歩み寄って来た松倉は彼らの雄姿を称賛し、「ん」と、もうここにはいない雄介のトレードマークだったサムズアップをした。そして……それを見た4人は穏やかに笑って松倉にサムズアップを返して「ありがとうございます」と再び一礼し、松倉もまた穏やかに笑う。この場に居ずともみんなを笑顔にさせてしまう雄介の魔法は優しく、温かく、そして力強いものであった。

 

「それにしても……彼は今、どこで何をしているんだろうなぁ……」

 

 最後の戦いを終えたとき。第46号の亡骸を大事そうに抱えていた雄介は、一条に彼女を預けてそのまま黙って冒険に行ってしまった。

 今彼がどこにいるのか、今彼がどんな心境なのか、それは誰にもわからない。けれど、きっと彼はこのどこまでも続く青空の下で上手くやっている。そう、思うことは出来た。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 青空は警視庁の上だけに広がってはいない。

 時刻は午前9時30分。

 文京区の喫茶、ポレポレ。

 ここのマスター、飾玉三郎は笑顔で鋏を動かしてなにかを切っては張って、そしてペンを動かしてなにかを作っていた。今彼が身に着けている、胸に戦士『クウガ』のリント文字が入った白いエプロンは、ここで手伝いをしていたときの雄介が作ったものだ。

 

「おはようございます!」

「遅いぞー!」

「すんません」

 

 開店時間の30分をオーバーして、上機嫌に店の中に入る奈々。彼女が入ってきた際、ドアに取り付けてあった鈴がカラカラーンと軽快な音を奏でる。

 

「なにしてんの、おっちゃん」

「ん? 夏目実加ろんから手紙が来てさ。希望の高校受かって、フルート続けて頑張ってますって」

 

 元気そうに笑顔で笑う実加が制服を着た写真が一緒に送られてきて、そして、手紙には自分を元気つけてくれたみんなへの感謝の言葉が綴られていた。

 

「これ俺のね、プリクラ!」

 

 どうやら玉三郎が書いていたのは実加への返事の手紙だったらしい。「どうだ」と言わんばかりに奈々にプリクラを見せようとする玉三郎だったが、「そんなことより」と流されてしまった。

 

「今日遅くなっためっちゃ嬉しい理由、聞きたない?」

「ん?」

 

 多分「聞かない」と返しても一方的に話してきそうな勢いで自分のバッグから青い冊子を一冊取り出して、玉三郎に満面の笑顔で「これ!」と見せる奈々。

 

「受かったのかっ、オーディション!」

「うん!」

 

 なんと念願の役者を選抜するオーディションに、奈々が受かったのだ。それが届いたとき、まずは茫然、次に興奮してしまい、最後にあれこれ想像しているうちに時間が過ぎてしまい、30分も遅れてしまったのだ。

 

「なんだこいつぅ~やったじゃないかぁ!」

 

 右手でサムズアップを作った玉三郎は奈々の朗報に歓喜し、立てた親指で奈々の額をぐりぐりと弄る。玉三郎が喜んでくれて、さらに嬉しくなった奈々も右手でサムズアップをした。

 

「受けるとき、五代さんが前に言うてたこと思い出して、奈々ちゃんの笑顔でたっくさんの人が笑顔になるかもて思たら、やったるでって気になるんじゃないって」

「うん、そっかぁ」

 

 しばらくの間喜び合う2人。はたと、なにかを思い出した奈々が玉三郎に聞いた。

 

「そういえば……あの子が置いてったあの大金。今どれくらい残っとるん?」

「うん? ああ。えっと……まだまだ全然。いくら寄付してもなくならないよ……」

「ほんまかいな……」

 

 2人であの1億5000万の使い道を必死で考えた結果、募金活動をしている団体に1万円ずつ寄付することに決めたのだ。

 自分たちの私利私欲のために使うのは気が引けるし、だったら難病や飢餓、障害者施設や孤児園など、世界中で苦しむ人たちを少しでも笑顔にするために役立てたほうがいいと思ったのだ。

 

「値段上げたほうがいいんとちゃう?」

「いやいや、1万円でも充分に高いほうなのに10万とかボンっと出してみろって」

「……それもそやね」

 

 想像してみた。「募金お願いしまーす」と呼びかけている人たちの元に玉三郎が来て、懐から10万円の束を出してポイって投げたらどうなるか。

 きっと募金活動していた人たち「は?」って感じの顔になってドン引きの視線を送るか、それとも「いやいやいやいや!」とパニックになってしまうかのどっちかになってしまうだろう。とてもじゃないが「わぁ、ありがとうございますー」とか言って流すとは到底思えない。よほどの大富豪じゃない限り、1万円がやっぱり丁度いいくらいなのだろう。……いや、1万円でも、「あの……1000円と間違えていません?」と訊かれてしまったことが度々あった。かなりスレスレの範囲だった。

 

「いつになったら、全額寄付できる日が来るんやろね」

「さぁ、そればっかりはわかんないな。でも、いつかあのお金が全部なくなったときには、1つでもいいから募金した団体が笑顔になる結果が出てくれるといいな」

「せやね。天国におるあの子も、きっとそれを望んではるよね」

「ああ、きっとな。……さっ、仕事するぞ仕事!」

「ん、おっけー、おっちゃん!」

 

 今日もポレポレは、様々な人たちが来店しそうだった。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 青空は東京だけでなく、ここにも繋がっている。

 時刻は午前10時33分。

 千葉県市川市、とある公園。

 

「長野に帰るんだって?」

「ええ。それで一言、ご挨拶をと思いまして」

「そっか……。お疲れさまでした」

「はい。お疲れさまでした。色々と無理を聞いていただき、ありがとうございました」

 

 息子の(さゆる)とともに遊びに来ていた榎田のもとに、一条が挨拶にやってきていた。

 

「お母さん!」

 

 と、そこまで済んだところで、冴が母親である榎田を呼び……ポンッとサッカーボールを蹴った。きっとお母さんに向かって蹴ったのだろうが、まだまだ練習中ということもあって軌道がずれ、隣に立っていた一条のほうへ飛んでしまった。

 

「おっ」

 

 しかし一条は臆することなくサッカーボールは胸で受けて真下に落とし、そのまま冴に蹴り返した。しっかりと手加減して蹴ったためボールの速度は緩く、冴も簡単に足で取ることができた。

 「おぉー」と意外にサッカーが上手い一条を拍手する榎田、そして、ボールを受け止めた冴は笑顔で一条にグッとサムズアップ。その姿は、雄介にそっくりだった。冴も笑顔がよく似合っている少年だ。そんなことを思いながら、一条は冴にサムズアップを返す。

 

「最近はまあまあかな。早起きしたときは一緒にホットケーキを焼いたりして。だいぶ上手くなったしね。明日はとあるテーマパークに行くんだ」

 

 ドリブルの練習を再開させた冴を見ながら、榎田は話す。未確認生命体との戦いは終わり、ようやく訪れた日常。ほとんど仕事に打ち込んでいた榎田は有給休暇をとって、冴と一緒に過ごしていた。寂しい思いをさせた償いの気持ちもあるが、何より榎田自身が冴と一緒に居たいと心の底から思ったからだ。

 

「五代くん、なんであんなにすぐ冒険に行っちゃったんだろ? なんか未確認とは関係なく、普通のときの2人のコンビ、見てみたかったな」

 

 話を変えた榎田は、雄介を話題に出した。第46号を倒した雄介は、そのまま冒険に出てしまった。最終決戦前の、あのやり取りが本当に最後の別れだったのだ。

 

「第46号の遺体を俺に預けたときの五代は……笑って、こう言っていました」

 

 ――俺、やりたいことがまた1つ増えちゃいました。だから、もう行きます。本当にありがとうございました。

 

「……やりたいこと」

「はい。第46号を倒すことに、五代は大分抵抗がありましたから彼女を倒して傷心しているのかと思いましたが、意外にも明るくて。なにか、希望のような光を五代の目に宿っていたと感じたんです」

「希望……。ふっ、なんかわかる気がするな」

「ええ。なんででしょうね……私もです」

 

 だってあの五代雄介だから。理由なんて、それで充分だった。いつもいつも前向きに、ポジティブに生きてきた彼が明るく振舞っていたのだ。きっと大丈夫。彼は今日も明日も……何年経っても笑顔のままだろう。

 そう、この青空のように。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

「あいつ……凄すぎるよなぁ……」

 

 青空は病気と闘っている人間たちの上にも広がっている。

 時刻は午後12時6分。

 関東医大病院、椿の診察室にて。一条と椿は、雄介の身体のレントゲン写真を見ていた。

 

「おそらく、『凄まじき戦士』になったあいつの身体はこれ以上に変わっていたはずだ」

 

 雄介の腰辺りにあるベルト……アークルがほぼ完全に彼と一体となっており、さらにそこからまるで血管のように彼の身体と連結してしまっていた。もしベルトが完全に破壊された場合、雄介も第0号や第46号のような最期を迎えてしまうだろう。

 

「それでも、みんなの笑顔のために……あいつは戦ってくれた……」

 

 くるりと、回転式の椅子を回してレントゲン写真にそっぽを向ける椿は続ける。

 

「未確認達が自分の笑顔のためだけにあんなことをしたおかげで、あいつは自分の笑顔を削らなきゃならなくなった」

「…………」

「…………」

 

 改めて、雄介がこの戦いの中でどれだけの傷を負ってきたのかを知ってしまい、どんよりとしてしまう。そんな雰囲気を払拭させるためか、レントゲン写真を見るために閉め切っていたカーテンを椿は開いて、さらに窓も開ける。眩しい日差しと4月下旬の少し冷たくも心地よい風が診察室に入ってきた。

 

「まぁただ。世の中救いがなくなったわけじゃないかもな」

 

 ベッドの上に座って白衣の右ポケットから1つの封筒を取り出した椿は、向き合うようにして座っている一条にそれを渡す。

 

「蝶野からだ」

「蝶野?」

「ああ」

 

 蝶野潤一。病気のせいで自暴自棄になり、あろうことかグロンギ族を敬愛して、彼らを真似てタトゥまでしていた男だ。

 封筒の中には一通の手紙。開いて読んでみると、そこにはイラストレーターとなって、色々な人たちのために日々絵を描き続けていると綴られていた。

 

「こいつも一緒に入ってた」

 

 左ポケットから椿が取り出したのは、なんと小型ナイフ。それは蝶野が常に携帯していたものだった。

 

「きっぱり別れたってことだろう。他人のことなんて、どうでもよかいいと思っていた頃の自分とな」

 

 彼の主治医だった椿は安心したように頬を綻ばせ……そして再び引き締めた。

 

「確かに、他人のことを考えないほうが楽かもしれない。……だが、そんな奴らがいたから、五代はああなった」

 

 再びレントゲン写真を見て、グロンギたちを恨めしく思う椿。しかし、もう彼らはこの世にいない。全員、倒されてしまった。やり場のない怒りだけが渦巻くが、どうしようもないことはわかっているためにすぐに振り払う。

 

「なぁ、五代は今。笑顔でいると思うか?」

 

 なんとなく、椿は一条に尋ねてみた。しかし一条は、意味深に笑うだけで答えはしなかった。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 青空は子供たちの上にも広がっている。

 時刻は午後1時24分。

 豊島区、わかば幼稚園。

 雄介の妹であるみのりのもとに一条は足を運んだ。丁度遊ぶ時間だったらしく、子供たちはみんな元気に外で遊んでいる。

 

「一条さん。兄が、本当にお世話になりました」

 

 90度頭を下げて、みのりは満面の笑顔で感謝の言葉を伝えた。

 

「いえ、五代くんには、辛い思いばかりさせてしまって」

「そんなことないですよ」

「……え?」

「兄は、信じて、やったんですから。いつか……みんなが笑顔になる日が来るって」

「…………」

 

 思い当たる節があった一条は、みのりから視線を外してぼんやりと園内で遊ぶ子供たちを見る。

 雄介が抱きしめていた第46号の遺体。目を瞑って眠る彼女は、笑っているように見えた。上野の公園で第46号は笑ったことはないと言っていたのに、生きるために必死だったはずの彼女はその目的を達成できずに死んでしまったというのに、どこか満足気で、幸せそうな、安らかな顔をしていた。

 雄介は本来、敵であるはずの第46号と言葉を交え、理解し合い、そして笑ったことなどなかった無表情の彼女を笑顔にさせてしまったのだ。

 いつか、みんなが笑顔になる日が来る。みのりの言葉は、そのせいで物凄く現実味を帯びていた。

 

「でも……今度はしばらく、帰ってこない気がします」

「…………」

 

 その言葉も、なんとなくその通りなんだろうなと一条は思った。少し寂し気に目を伏せる一条。雄介が冒険に行くことを、おそらく誰よりも喜んでいたはずなのに、いざ行ってしまって、そして当分会えないと思ってしまうと、寂しいものがあった。雄介が一条との時間を楽しかったと感じたように、一条もまた、雄介との時間が楽しかったのだ。

 

「ねぇ先生。第4号、どこ行っちゃったの? ねぇ?」

 

 園の中を自由に走って遊んでいた1人の園児の男の子が、みのりのエプロンを引っ張って聞いてきた。もう第4号が姿を晦まして3ヶ月以上が経過したのだ。この1年間、ずっとどこかに現れて、自分たちのために未確認生命体と戦い続けてくれた第4号がいなくなって、少し寂しくなってしまったのかもしれない。

 

「どこだろうね」

 

 その第4号の正体を知っているみのりは笑顔で答えた。実際、どこに行ってしまったのか本当にわからないから、自分が見ている子供に嘘をつかなくていいと感じて気が楽になったのだろう。

 

「やっぱりいい奴だったんだよね」

「そうだね。……でもね、第4号は本当はいちゃいけないって先生は思っているの」

 

 自分たちの慕う先生の意外な言葉に、園児は首を傾げた。

 

「どうして? 第0号を倒してくれたのに」

「ううーん、でも第4号なんかいなくてもいい世の中が、一番いいと思うんだ」

 

 その言葉に、一条は頬を緩めた。第4号なんかいなくてもいい世の中。つまり、雄介が大嫌いな暴力を振るうために第4号ことクウガに変身する必要のない世の中ということだ。みのりの言う通り、そんな世の中が一番いいに決まっている。ただ自由に、雄介が笑顔で冒険してほしいと一条はそれだけを願っていたのだから。

 だけど、それは第4号の正体を知っている一部の大人たちの考えだ。未確認生命体の事件の背景など詳しく知らず、かつ第4号の正体を知らない子供である園児は、納得していなさそうな顔のまま。

 

「じゃあ第46号は? 第46号は……どうなの?」

「……!」

「!」

 

 第46号。その未確認生命体のナンバーを聞いた瞬間、みのりと一条は凍った。

 

「昨日、テレビで言ってたよ。事件が少なくなったのは第46号の影響が大きいって」

「…………」

「…………」

「第46号も……この世にいちゃいけなかったのかな」

 

 何も知らないというのはここまで残酷なものなのかと、2人の大人は押し黙る。

 言えない。言い切れない。否定できない。確かにここ数ヶ月の間の事件が減ったのは、第46号の影響がかなり大きい。

 大きな犯罪組織を壊滅させ、さらにはどんなに些細なことでも『悪人』と定義された瞬間に処刑対象に選んでいた第46号が生死不明と報道されたおかげで、積極的に犯罪行為に及ぶことを躊躇する世の中が出来上がった。一般家庭だと、「悪いことをしたら第46号が来る」なんて子供に言いつけをしている親もいるほどに。

 一条にとって、まったく皮肉なものだった。基本一般人を守ろうと汗水たらして働いている警察官にとって、今のこの世の中は間違いなくいいものだ。しかし、それを作り上げた張本人がよりにもよって未確認生命体だったなんて。

 一方のみのりは、ついさっきの第4号は本当はいちゃいけなかったという発言が揺らいでしまう。第4号の存在を否定するということは、第46号の存在を否定してしまうということだ。第46号がどんなことを考えていて、どのようにこの世から去ったのかを、みのりはこれでもかというほど知っている。なにせ第46号は、みのりの胸の中で今まで自分がやってきたことを全て後悔し、泣いてしまったのだから。

 

「そうだなぁ……」

 

 第46号の事情や境遇、人格を少し考えて……みのりは笑顔で返した。

 

「でも、やっぱりいちゃいけないと先生は思うよ。あんな悲しいものを背負って生まれてきた人間(・・)なんて。笑顔になったことが今までなかった子供なんて」

 

 みのりは第46号の遺体を見ている。みのりだけじゃない。一条が機転を利かして、第46号と少しでも関わって接触していた人物を任意で集めて、真実を話して第46号の最期を看取らせたのだ。集まったのは桜子や玉三郎、奈々、みのり、そして1ヶ月間第46号と同棲していた板橋京子の5人だ。全員2つ返事で、永遠の眠りにつく第46号と出会った。

 そして……全員共通で出た最初の感想が、「笑っているみたい」だった。感情があるのはわかっていたけれど、無表情を崩すことはなかった第46号の亡骸を見た板橋は、「幸せそうに、眠っていますね」と涙を一筋流していた。

 

「だからさ、第46号がこの世の中を作ってくれたみたいに、私たちも第46号みたいな人間がいない、そんな世の中を作らないといけないって、先生は思うな」

 

 死ぬ直前に初めて笑顔になった、そんな悲しい子供なんていちゃいけない。そういう意味を込めて、みのりは園児に返す。

 しかし、やっぱり男の子にとっては難しすぎる話だったらしく、「よくわかんない」と首を傾げるだけ。

 

「いつか、君も大人になったらわかる時が来るさ」

 

 腰を下ろして園児と視線を合わした一条は、大人びた笑顔で彼にそう告げた。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 青空は関東だけでなくここにも続いている。

 時刻は午後2時47分。

 窓を開放し、心地よい風が真っ白なカーテンを揺らしている、長野県、城南大学考古学研究室。沢渡桜子のもとに、一条は訪れていた。パソコンに向かって座っている桜子は、そこに書かれている碑文を読み上げる。

 

「心清き戦士枯れ果てし時、我崩れ去らん。聖なる泉が枯れ果てて、五代くんが『凄まじき戦士』になると、ゴウラムはそれを感じて自動的に砂になってしまうメカニズムがあるそうなんです」

「砂に?」

「ええ。凄まじき力が悪用されないための、安全装置のようなものでしょうか」

「……なるほど」

 

 たしかに、あんな凄い力を使ってゴウラムを使ったら……震えが止まらない。

 

「でも、ゴウラムは今も科警研にちゃんとあるんですよね」

「ええ。しっかりと」

 

 雄介が『凄まじき戦士』に変身したというのに、本来ならこの碑文に従って砂になるはずのゴウラムは、その原型を留めたまま科警研で眠りについている。

 

「てことは五代くん、身体は黒くなって4本角の凄まじき力を手に入れたけど、いつもの優しさはあのままで、なくならなかったということですよね」

「ええ……。そういえば、五代は幻影で見た『凄まじき戦士』のことを全身が黒かったと言っていましたが、実際には、目がいつものように赤いままでした」

 

 一条が彼を見て安心することができた最大の要因。それが、彼の目の色だった。まるでこの先の破滅の未来のように真っ黒に塗り潰されたブラックアイズでなく、鮮やかに彩るレッドアイズだったからこそ、一条は彼を最後まで信じることができた。

 

「五代くん、みんなの笑顔を守りたいっていう優しい気持ちを力にして『凄まじき戦士』になったんですよ。憎しみの力でしかなれなかったはずの、『凄まじき戦士』に」

 

 直前で自分と交わした約束を、しっかり守っていてくれたことが嬉しくなった桜子は微笑を浮かべて立ち上がり、少しだけ歩く。座っていた桜子と対面になるように座っていた一条も立ち上がって彼女を見ると……、

 

「伝説を、塗り変えちゃったんですよ」

 

 と言って、桜子は満面の笑顔で振り向いた。

 

「五代くんは優しさで、心の力で最後の最後まで頑張って……第46号すらも、幸せそうな笑顔にさせちゃいました」

「……ええ」

 

 本当に、大した男だった五代雄介は。生きることに執着し、「死んでたまるか」と燃えていた第46号が、あんな笑顔を作って息を引き取ったのだから。きっと彼でなければ、第46号とは永遠に決着がつくことがなく、第46号もまた、笑顔を作ることは出来なかっただろう。

 

 

「頑張れば、願いは叶えられるんですね」

 

 

「……ええ」

 

 月並みのセリフなのかもしれない。だけど、その言葉は大きな説得力があった。その説得力が生まれたのも、全部雄介のおかげだ。有言実行で、誰よりも優しい彼が実際にそれをやり遂げた。やり遂げることができた。だから、もしかしたら自分たちも、彼と同じことをすればできるかもしれない。

 

「五代くん、絶対笑顔を取り戻して、帰ってきますよね」

「五代は信じていますから。世界中の、みんな(・・・)の笑顔を」

 

 希望は絶対に捨てない。どんなに絶望的な願いであっても、本人たちが真剣になってそれと向き合って、そして笑顔になればきっと実現する。

 桜子と一条は、きっと今も雄介が見ているだろう青空を見上げて、微笑んだ。

 

 

     ――――・――――・――――

 

 

 それからさらに時が過ぎ、13年後。

 どれだけ時間が経ち、日本でなくともこの青空は続いている。

 とある国の太陽がギンギンに照りつける海の浜辺に、彼は歩いていた。

 赤と白のチェックのジャケット、白い半袖のシャツを着て、青いジーンズを穿き、黒いバッグを背中に担いで、そして首からは金色の小さな懐中時計を下げた彼はゆっくりゆっくりと歩を進める。

 13年前よりも背が伸び、少し落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、彼の本質はあの頃と全く変わってなどいなかった。あと2年もすれば40歳になるというのに、その姿は鍛えられているからか、まだまだ若々しい。

 彼……五代雄介はあれからずっと、日本に戻っていない。世界中、様々な場所を渡り歩いていた。ジャングルに砂漠はもちろん、海もほとんどを制して、世界を回っている雄介はずっとずっと、ある人物を探していた。13年前、いつかまたどこかで再会しようと約束をした『彼女』を。

 叶うことなんて、1パーセントにも満たないであろうその約束を果たすために、雄介は世界各国を隈なく歩きまわって『彼女』を探し続けていた。今まで通りたくさんの笑顔を与え、貰って、そして楽しみながら『彼女』を探し続けた。

 そして……

 

「……やっと、会えたね」

 

 見つけた。

 『彼女』の姿は、声は一時たりとも忘れたことはない。だから間違いない。

 今、自分の目の前で流暢な日本語で話す少女は、髪の毛は肩のあたりまで伸ばした綺麗な金髪で、エメラルドのような輝きを放つ緑色の瞳を持ち、季節に合った白いワンピースを1枚着ている。声も鈴が鳴るような美声だけど、どこか幼さが残っている静かなもの。姿も声も、13年前とちっとも変わってはいなかった。ただ1つ、変わっているとすれば、頭に向日葵の花が飾られている麦わら帽子を被っている程度であろうか。

 

「うん、やっと会えたね」

 

 この13年間、ずっと探していた『彼女』と再会を果たすことができて嬉しくて、雄介はにこっと心の底から笑った。多分『彼女』と別れた後のこの13年間浮かべてきたどの笑顔よりも、今の笑顔は輝いているだろう。

 

「不思議、だよね。私、物心ついたときからずっと、あなたの顔を知っていたんだよ?……ううん、顔だけじゃない。名前も、性格も全部……」

 

 そんな素敵な笑顔を向けられた『彼女』は顔を赤くして、嬉しそうに、そして照れくさそうにはにかむ。ふと、雄介が首から下げているものに『彼女』は気が付いた。

 

「時計、ずっと持っていてくれたんだね」

「うん。今もほら、動いているよ」

 

 首から下げていた懐中時計を外して、文字盤を少女に見せる雄介。カチッカチッと、時計は正確な時を刻み、時刻は日本時間で午後8時48分。……丁度13年前、雄介とこの少女が別れた時間だった。だけどもう、2人は離れることはないだろう。これから2人は、同じ時間を刻むことになるのだから。

 

「…………」

 

 にこりと、可愛らしい笑顔を自然と作った少女は雄介に向かって右手を伸ばす。

 

「…………」

 

 そして少女が伸ばした右手を、雄介は両手でしっかりと握りしめた。もう二度と離さないように強く、だけど力を籠めすぎて痛くしないように優しく、丁寧に。

 

 

「さぁ、私を連れて行って。どこまでも青空が続く、冒険に。――雄介」

「うん。君を連れて行こう。悲しみも、争いもない未来まで。――ユニゴ」

 

 

 雄介とユニゴ。

 2人の長く、そして自由な冒険はここから始まる。

 

 

 

 

     ――True end…




……はい、いかがでしたでしょうか。

以上を持ちまして、『仮面ライダークウガ-白の執行者-』は完結いたしました。
他のエンディングにつきましてはまたいつか、しっかりと構造を纏められて、書く時間ができましたら、投稿しようと思います。
また、活動報告にて、この物語を作った経緯やどんなことを意識して書いたか、また反省点や書いて感じたことを後日掲載したいと思っております。もしよろしければ、そちらも見てやってください。

約1ヶ月、ほぼ毎日投稿で紆余曲折もありましたが、これにて閉幕。
またいつか、どこかで会いましょう。

ここまでのご愛読、そして読者の皆様の笑顔に感謝いたします。
それでは、また。
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