仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】 作:スパークリング
※注意事項
・この物語は完全番外編です。
・どちらかと言えばギャグ路線です。
・本編終了後のテンションのまま読まないようにしてください。
以上です。
それでは、どうぞ。
番外話 『ゴ集団の日常』
時は大きく遡り……。
『ズ集団』のゲゲルが打ち切られて、『メ集団』のゲゲル……正確にはメ・バチス・バのゲゲルがスタートした頃。
時刻は午前7時21分。
長野県某所、とある廃屋敷の一室に10人の人影があった。
グランドピアノの美しい音色が奏でられている大きな室内にはどこから持ってきたのか、新品の高級素材でできたソファが大きな円卓の机を囲うように4つも置いてあり、贅沢なことに4人は座れるであろうその広いソファには、全員合わせても7人しか座っていなかった。
「
黒い帽子を被ったギャンブラー風の男が、真っ白なワンピースを着た金髪の少女が裏向きでカードの束の上に出した、1枚のトランプのカードを指差した。
「……
「
「……
しょんぼりとした顔でカードを捲る、ユニゴと呼ばれた少女。カードに書かれていた数字は『2』。残念ながら言い当てられてしまったため、今まで出してきたカードはすべて彼女の手札の中にリバース。せっかくあと4枚という所まで来たというのに。
「『
「
次のカードにもガメゴと呼ばれていた男が宣言。
そのカードを出した、紫の服を着たヤンキー風の女は『K』のカードを表にしながら「ちっ」と舌打ちをして、日本語を話した。
「てめぇ……ガメやがって」
「ふん、上手いことを。だがこれも立派な戦略だぞ、ザザル。……む、俺の番か。『
「
「ユニゴ……」
自分の番になって出したカードをユニゴに言い当てられ、悔しそうにカードの束を手札に戻すガメゴ。
「プッ、クスクス……」
「
「
「
黒い服を着て扇子を扇ぐ若い男がバカにするように笑い、赤いバンダナを額に巻いた男と緑のジャケットを着たアフロヘアーの男、そしてサングラスを掛けた知的な男が煽る。
「
「ぬ……」
と、こんな感じで呑気にトランプをしている7人と、その他3人は全員、九郎ヶ岳遺跡から復活したグロンギ族。しかもそのうちの9人は上位集団である『ゴ集団』の怪人たちだ。あと1人、リーダーの男がいるのだが、今はどこかに出かけていてここにはいない。
『ゴ集団』ゆえにゲゲルの順番が最後になってしまい、他の集団のゲゲルが終わるまで彼らが挑戦するゲリザギバス・ゲゲルを行えない。だからこの廃屋敷で、大人しくそのときがくるのを待っているというわけだ。
で、待っている間はぶっちゃけ暇なため、彼らはこうして人間たちの遊びに興じているのだ。
「なぁ、ドルド。今どこまでゲゲルが進んでんの?」
ヤンキー風の女ことゴ・ザザル・バは、後ろでダウトを黙って見ていたニット帽を深く被った男、この場に居る唯一の『ラ集団』のグロンギであるラ・ドルド・グに話しかける。
「まだバチスのゲゲルが始まったばかりだ」
「バチスって……はぁ? まだ『メ』に入ったばかりじゃねぇかよ。『
パシっと乱暴にカードを置くザザル。しかし少し勢いをつけてしまったからか、叩き付けられたカードは表になって絵札の『K』を晒す。
「
「ザザル、それ、
「ぐっ……」
凡ミスのせいで手札が増えてしまったザザル。
ちなみに直前に出したユニゴことゴ・ユニゴ・ダのカードは『Q』。出鱈目だった。普段は嘘をついたりしないくせに、こういうときはポーカーフェイスで嘘をついてくる。いい性格をしていた。
「……なぁ、このゲゲル。やめないか?」
お手上げのポーズを取ったアフロヘアーの男、ゴ・バダー・バ。それにザザルにユニゴ、そしてサングラスの男、ゴ・ブウロ・グが続いた。
「ああ、なんかイラついてきたし。止めだ止め」
「うん。このゲゲル、多分、終わらない」
「同意見だ」
そんな4人の意見を聞いて若い男、ゴ・ジャラジ・ダとバンダナの男、ゴ・バベル・ダはやれやれとギャンブラー風の男、ゴ・ガメゴ・レに尋ねた。
「だってさ。どうするガメゴ。僕はどっちでもいいけど」
「俺も合わせる」
「ふむ……やめるか」
どうせやるなら大多数が楽しんでやったほうがいい。
それにようやく最適なアジトを見つけて、いいソファまで買ってきたというのに、派手に喧嘩でもして警察を呼ばれたら面倒だし勿体ない。
「ジャーザ。新しいトランプのゲゲルを探してくれ」
ダウトをやめることにしたガメゴは、部屋の端っこにあるデスクに座ってノートパソコンをいじっているスーツを着たインテリ系の眼鏡美人、ゴ・ジャーザ・ギに聞く。
「そうね……『7並べ』なんてゲゲルが面白いんじゃないのかしら?」
「シチナラベ?」
「ええ。これがそのルール」
意地悪そうな笑顔のジャーザが提案してきた新しいゲゲルのルールを覚えるため、ガメゴは立ち上がって彼女のノートパソコンを覗きに行く。
「? おい、ユニゴ。抜けんのか?」
隣に座っていたユニゴが立ち上がったのを見て、ザザルが彼女に問いかける
「……少しだけ、ね。見学、してる」
変わらぬ無表情ですたすたと少し遠くまであるくユニゴ。
彼女は『シチナラベ』を提案してきたときのジャーザが一瞬、ザザルに視線を向けたのを見逃しはしなかった。ジャーザがああやって笑うときは、大抵よからぬことを考えている。そしてその顔のまま視線をザザルに向けたということは、きっとジャーザは不機嫌になっているザザルをさらに刺激するつもりだ。
冗談じゃない。
ザザルはキレると、毒だらけの自分の体液を撒き散らしてくるのだ。そしてそんな彼女の隣に居たら、真っ先に自分が被害を受ける。ザザルの毒は洒落にならないほど凶悪な強酸性の猛毒だ。いくら頑丈な自分でも、文字通り、灼け付くほどに痛い思いをするのは目に見えている。そんなのは御免だ。
だからユニゴは『シチナラベ』というゲゲルが始まる前に避難したのだ。
「ふーん、じゃああれだ。ドルド、おまえ入れ」
「……応じよう」
抜けた穴にドルドが入り、しかもそのまま彼はザザルの隣に座る。
ユニゴは心の中で合掌していた。ドルド、頑張れ。なんとか空気を読んで、ザザルを刺激させないように頑張ってくれ、と。
「ベミウ。
若干速足で距離を取ったユニゴは、さっきからずっとピアノを弾いているチャイナドレスを着た妖艶な雰囲気の女に話しかける。
チャイナドレスの女……ゴ・ベミウ・ギは鍵盤を叩く指を止めて、ユニゴに顔を向ける。
「ユニゴ
「ピアノ……
「
「……
仲間たちとの遊びに興じすぎて、ベミウがピアノを弾いていることを気にしていなかったユニゴは、申し訳なさそうにしょんぼりとしてしまう。
笑うことはないし、怒ることも滅多になく、あまり感情を顔には出さない無表情なユニゴ。しかし感情がないわけではなく、しっかりとその能面のような顔の下に彼女の感情がある。そのことは、『ゴ集団』の全員……だけでなくゲゲルを監督している『ラ集団』まで理解していた。
年は離れていても、グロンギとしての経歴はほとんど同じ。ジャラジやザザルなんかは、『ゴ』になった順番的にいえばユニゴの後輩にあたるほどだ。
長く彼女と付き合っているから、多くのことを話しているから、そして仲がいいからこそわかる。
ユニゴは『ゴ集団』にとって、癒しの存在なのだ。
力の強い者が集まり、いずれザギバス・ゲゲルで衝突する運命である『ゴ集団』が殺伐としていないのは彼女がいるからだ。
普通のグロンギなら、ダグバから逃げて『ラ』になろうとしているユニゴを鼻で笑うだろう。事実彼女は、『ズ集団』や『メ集団』からは「臆病者」や「ガキ」と言われて嫌われている。
しかし彼女と話をして、本質を知った『ゴ集団』『ラ集団』のメンバーからは好感を持たれていた。
毒気などなく、純粋かつ素直で、しかも幼い彼女を、彼らはまるで自分の子供のように感じたのだ。ザギバス・ゲゲルに進まず『ラ』になろうとし、自分たちと敵対する気が彼女にないのも大きなポイントだったのかもしれない。
当然今、ユニゴと話をしているベミウも例外ではなかった。
「……
「
「
誘いに乗ったユニゴは、彼女の近くにちょこんと正座。エメラルドグリーンの双眸に『興味』と『期待』の感情を乗せて、ベミウに向ける。
「…………」
ユニゴが聞く姿勢を取ったのを横目で見たベミウは、目を瞑って鍵盤の上に指を添え……動かし、ピアノを弾き始めた。
強い音色から連鎖的に羅列していき、まるで何かの怒りをそのまま鍵盤にぶつけたようにして始まった、その曲名はショパンのピアノ練習曲『革命のエチュード』。
左手のアルペジョ(和音を構成する音を一音ずつ順番に弾いていくことで、リズム感や深みを演出する演奏方法)と滑らかなポジションチェンジの練習を主に行う曲だ。しかし、右手も疎かにしてはいけない。むしろそちらのほうが割と重要だ。
右手にはユニゾンのとき、一定の器械的技巧を必要とするだけでなく、忙しい左手の上で充分に歌い聞かせなければならず、肉体的に、そして精神的にも高度な技術を要求される。
ただでさえ低音を激しく動かさなければならないので雑音に聞こえる場合も多く、落ち着いた演奏が必要な曲なのだ。
しかし、ベミウはそんなことはわかっていると言わんばかりに、余裕そうな表情を貫いたままピアノに集中。流れるように鍵盤を叩いて音を奏で続け……2分21秒経って、演奏が終了した。
「凄い。ベミウ、凄い。綺麗だった」
パチパチと正座のまま拍手をして、ベミウを褒めるユニゴ。笑顔こそ作っていないが、緑色の瞳がキラキラといつも以上に光っているのが、ベミウにはわかった。
それにさっきも言ったが、ユニゴは純粋かつ素直な性格をしているゆえに、こういう真剣な場では絶対に嘘をつかない。心の底から褒めてくれているのだ。
「そうか……それなら、よかった」
機嫌良さそうに薄く笑うベミウ。
自分が気に入っているものを、得意としているものを褒められて嬉しがるのは、人間もグロンギも共通の感性だったらしい。……いや、可愛がっている裏表のないユニゴに褒められたからこそ、上機嫌になれたのかもしれない。
「……あーっ! パスだ! 誰だクローバーの『
と、ピアノで盛り上がり、互いに上機嫌になっていたベミウとユニゴのもとに、ザザルの不機嫌そうな叫び声が聞こえてきた。
「あらあらザザル。もう
「うっせぇ、ジャーザ! てめぇかガメてんのは!」
トランプをやっているほうを見ると……丁度ザザルがジャーザに詰め寄っていた。パソコンをいじるのをやめて、ジャーザも参戦しているらしい。
ザザルからの苛立ちの視線を受けても、ジャーザは涼しい表情を崩さない。ザザルやジャーザ以外の他の5人も、どこかニヤニヤした嫌らしい笑みを浮かべていた。……これはあれだ。
ユニゴはすぐに理解し、冷や汗を掻き始める。あの7人はザザルを潰すつもりだ、と。
「違うわよ。ガメゴじゃないの? あ、私か。はい」
「さぁな。ほら、『A』だ」
「だから端っこを出すなっつの!」
「…………」
「ジャラジ! おまえも黙ってんなとこ出すんじゃねぇよ! もっと真ん中を出せよ!」
「じゃあ、ここなんてどうだ?」
「違うブウロ! ハートじゃねぇ! クローバーを出しやがれ!」
「おいおいザザル。それじゃあ、自分の手札を晒しているようなもんだぞ」
「さしずめ、その5枚の手札はクローバーの『
「なっ……バベル、どうしてそれを……」
「あら、図星?」
「……あっ、し、しまっ!」
どんどん墓穴を掘っていくザザル。彼女と仲が良いとは言い難いベミウは、ユニゴに向けていたものとは別の笑顔をザザルに向け、ユニゴは冷や汗が止まらない。
「そ、そうだ。ジョーカーだ。たしかドルド、おまえ持っていたよな!?」
「ああ。手札に温存してあるな」
ああ、ドルド。空気読んで。『ラ』らしく空気を読んで、ザザルに救いの手を差し伸べてあげて。ユニゴは心の中で祈る。
「それではお望み通り、ジョーカーを出してやろう」
すぅっと1枚のカードを抜いたドルド。表にしてさらしたそのカードはジョーカーだ。どうやら本当に使うらしい。流石ドルド、話が通じる。ほっと一息つくユニゴ……であったが。
ドルドがジョーカーを置いたのは……ダイヤの『Q』の場所。違う! そこじゃない!
「そこじゃねぇよ!」
ユニゴの心の叫びがザザルの口から飛び出した。
「ふん、そこは俺だ」
堂々とダイヤの『Q』を4枚の手札から出すバダー。出した後、ジョーカーは彼の手に渡ってしまう。
「さぁ、おまえの番だぞザザル」
「パスは3回までだぞ」
「出せなければ、チェックメイトだ」
「ワー、ザンネンネー」
「アー、マッタクザンネンダナー」
「~~~~~~っっっ!!!!」
上から順にバダー、ブウロ、ガメゴ、ジャーザ、バベルが煽り、ジャラジに至っては腹を抱えて大笑いをしていた。ベミウもベミウで、ピアノの楽譜台で顔を隠して笑っている。
一方晒し者になったザザルの顔は、もう怒りで真っ赤。そしてユニゴは顔を真っ青にしてそぉーと、部屋の外へ逃げる。
「ルールを守って楽しくゲゲル、というフレーズを知らないのか?」
そして容赦なくとどめを刺すドルド。白い布で口元は隠れてしまっているが、少し声が上がって、震えてしまっている。笑いを堪えている証拠だ。
ブチンッ。
「あたしゃ楽しくねえええぇぇぇぇ――っっ!!!」
手札をテーブルに投げつけたザザルは立ち上がって怪人体に変身した。
茶色の素肌に深緑色の鎧と一体化している服を身に着け、つっぱっていた髪の毛はなんとドレッドヘアーに変わっていた。
「あっ! なになに、次のゲゲルはプロレス!? それともボクシング!?」
「審判はドルド、任せた!」
「応じよう」
戦い大好き実力行使上等のグロンギ族である彼らは、もう大歓喜だ。
トランプ(というよりザザル弄り)も面白かったが、そろそろ身体を動かしたいなと思っていた頃なのだ。誰かがその気になってくれれば「暴走を止める」という名義で好き放題できる。
さぁ誰だ? 俺か? 誰にザザルは喧嘩を仕掛けるんだ? 誰がザザルを止めるんだ? ザザルの毒が飛ばないところまで避難をし、入り口のドアの陰から顔だけひょっこり出して見守っているユニゴ以外の8人はもう興奮しぱなっしである。
「このゴ・ザザル・バを舐めんなぁッ!」
しかし、その被害を目一杯喰らったザザルはもう怒り心頭。別の意味で興奮状態だ。
装飾品の1つをモーフィングパワーで鍵爪に変え、それを自身の右手拳に装備。サソリの特性を持つザザルの、強酸性の猛毒がそこから滴り始め、絨毯を溶かす。
「!」
「
こればっかりは予想外だった。
暴力だけでも普通に強いザザルが、最悪の武器である毒を使うなんて。これはちょっと、虐めすぎたと全員が反省した。
1回受けた攻撃に抗体ができるユニゴと違って、彼らにそんな能力はない。ザザルの毒なんて浴びたら、下手をすると死んでしまう。
「オラァッ!」
毒が流れる右腕を乱暴に振るザザル。鍵爪から飛び出した毒はまっすぐに進み……ピアノを弾いていたベミウのほうへ向かう。
「っ!?」
ほとんど無関係のベミウからしてみれば、不意打ちレベルの攻撃だった。といっても、ザザルはただ暴れているだけで、ベミウを狙ったわけではない。だから厳密には不意打ちではないのだが……とかそんなどうでもいいことを言っている場合ではない。
当たり所が悪ければ最悪死んでしまうザザルの毒が迫ってきたベミウは、椅子から飛び降りて絨毯の上に転がる。幸い、ザザルの毒にベミウ
「……あっ」
ベミウがさっきまで弾いていたグランドピアノがザザルの毒を被弾。脚が溶け、ピアノの中にまで毒が入ってしまい、異臭を漂わせながらジューッとピアノが形を崩していく……。
もうこれで、決まった。ザザルの対戦相手が。
「ふっふふふふふふ……」
溶けていくピアノを見て口をあんぐりさせていたベミウは暗く不気味に笑い……ザザルに明確な殺意の籠った、危険な眼光を向ける。
「
これまた無茶苦茶だった。
ベミウの鞭は、振れた物質を零下150度まで下げる能力がある。そんな攻撃、人間の状態で1回でも受けたら即死だ。許すも何も、黙って死ねと言っているようなものだった。
「ざっけんじゃねぇっ! てかベミウ、おまえムカつくからついでに死んどけ!」
「……そう。じゃあいいわ、正座しなくて。だけど……おまえ自身が星座になってもらうわッ!」
ベミウも怒りが頂点となり、怪人体に変身。
紫色の素肌に水着のような鎧を纏い、頭には緑のバンダナをしたウミヘビの特性を備えた怪人となり、足に括り付けていた装備品を外してそれを鞭に変えた。
いよいよやばい戦いになってきた。
この2人の能力はどちらも凶悪なのだ。無防備に巻き添えを喰らえば本当に死ぬ。
女は怒るとめちゃくちゃ怖い生き物というが、それもまた人間とグロンギの共通点らしい。
部屋にいる者は全員、ユニゴがいるドアまで逃げて彼女と同じように顔だけ出し、「いいぞー!」「やれやれー!」と楽しそうにヤジを飛ばす。
審判を任されたドルドは悲しいかな、その役目を全うすべく怪人となって、2人の間の宙を飛んで静観していた。
「
「
もはや一触即発。
決め台詞まで言ってしまった2人は己の得物を構えて――
「おまえたち、何をしている?」
攻撃しようとした瞬間に、はっきり聞こえた力強い声。
不思議なことに、その静かな声は妙に大きくこの部屋に木霊した。
「……が、ガドル」
「戻ってきたのか」
周りが見えていないほどヒートアップしていた2人は、その声のしたほうを見る。
そこには黒い軍服をきっちりと着こなした、厳格な雰囲気を醸し出している男――『ゴ集団』のリーダー、ゴ・ガドル・バが立っていた。
「少しは頭を冷やせ。俺が散歩に行っている間に、なにがあったのだ?」
とりあえずガドルはどういう経緯でこうなったのかを問いただす。短気なザザルはともかく、冷静なベミウまで変身して「死ね!」と本気で殺し合いをしようとしていたのだ。よほどのことでもなければこうはならない。
「っせぇよ、ガドル! これはあたしとベミウの喧嘩だ! すっこんで――」
ゴキッ!
ザザルがガドルに食らいついた瞬間、彼女の首から鳴ってはいけないような音がした。
「頭を冷やせと、言ったはずだ」
人間態のままザザルの首を死なない程度にへし折り、ガドルは彼女を気絶させた。力なく寄り掛かったザザルを丁寧に抱きかかえるガドルは、静かにベミウを見据える。「抵抗すればこうなるぞ」と、雄弁に語っていた。
「はぁ……わかった」
もう熱が冷めてしまい、戦う気力も失せたベミウは人間態に戻って、机の上をちらりと見た後、部屋の一角を悲しそうに見つめる。彼女の視線を追っていくと……そこには変わり果ててしまったグランドピアノの残骸があった。
「……なるほど、把握した」
机の上にあるトランプと、溶けてしまったグランドピアノで全部理解したガドルは、気絶しているザザルを担ぐ。
「ザザルには俺のほうから仕置きをしておく。あまり、暴れんでくれよ。やっといいアジトが見つかったのだからな」
それだけ言い残して、ガドルは部屋から出て行った。そのあまりの迫力に『ラ』であるドルドすら、引いてしまっていた。
気まずい空気になってしまったからか、全員が全員、バラバラに散っていく中、ベミウはいまだにグランドピアノを見つめている。
そんな彼女のもとにユニゴは歩み寄って、くいくいとチャイナドレスを引っ張った。
「ベミウ、新しいピアノ、買おう? お金、あるから」
「ユニゴ……」
「また曲、聞かせて?」
「……ああ。必ず聞かせてあげる」
このあと。
某音楽教室の最高級グランドピアノが忽然と姿を消し、その値段の倍近くの金額の札束が入った紙袋が代わりに置かれていたという事件が発生。
防犯カメラには、大きな紙袋を持った真っ白な少女がピアノに手を翳した瞬間にピアノが消え、代わりにそこに紙袋を置いて、何食わぬ顔でどこかへ行ってしまうという、マジックショーのような映像が記録されていたとかいなかったとか。
――To be continued…?