仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】 作:スパークリング
皆さんから色々な感想をいただけて嬉しいです。
東京某所、関東医大病院にて。
時刻は午後4時7分。雄介と一条はそこの廊下を歩いていた。
第46号こと、ゴ・ユニゴ・ダとの一戦で気絶してしまった雄介を、グロンギの事件を通してかかりつけ医となった一条の悪友――椿秀一に身体の検査をしてもらっていたのだ。
「よかったですよ、何もなくて」
「ああ……だが、あんな激しい攻撃を受けていて、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。ほら」
笑顔で腕いっぱいに広げて背を伸ばしたりして、もうどこにも痛みがないことをアピールする雄介。それでも、あまり一条の顔は晴れなかった。
赤外線を通して行なった雄介の身体検査。その結果、雄介の身体のグロンギ化がさらに侵攻してしまっていることが明らかとなったのだ。変身をする度に、そして肉体を傷つけられる度に進んでいくクウガの呪い。みんなの笑顔を守るための力を手にした代償は、着実に雄介の体を蝕んでいたのだ。
そのことは雄介も知っている。椿に何度も何度も忠告を受け、「いつかおまえも、奴らと同じ存在になってしまうぞ」とまで言われてしまったのだ。
そしてそのことをさらに心に刻み込まれた事件、それがユニゴにも話した唯一『みんなの笑顔を守るため』でなく『誰かを殺すため』にクウガとなった未確認生命体第42号ことゴ・ジャラジ・ダとの戦い。憎しみに心を落とし、そして見たのは真っ黒な目をした四本角の究極の戦士の幻影。以来、雄介は自ら憎しみに飲まれないように細心の注意を払うようになった。
「五代くん!」
「もう、大丈夫なんですか?」
病院から出て出口付近に覆面パトカーを止めて待っていた杉田と桜井が、2人を向かえた。大丈夫かと聞かれた雄介は「はい。もう大丈夫ですよ」とサムズアップ。「そうか。それならよかった」と杉田は安堵した。
「ユニゴ……第46号は?」
「ダメだ。完全に姿を見失った。追跡は不可能だ」
「対策は?」
「それが……な」
「ターゲットがはっきりしたのはいいんですが……それ以上何もできないんですよ」
「え……あ、そうか……」
桜井の言った意味がわかった雄介。一条は溜息をついた。
「今回のターゲットは『犯罪者』。保護したいのは山々なんだが……名乗り出てくれる人間がそう何人もいるわけがない」
やけくそ気味に首を振りながら杉田も続ける。
「なにせ『犯罪者』だからな。自首してくるような物好きはでてこない。しかも潜伏先も疎らで何処を襲撃してくるかもわからねぇ。時間がわかってもどうしようもねぇんだ」
約1316万人の人間が暮らす東京23区。犯罪者なんて彼女が提示してきた700人を軽く上回っているだろうから、彼女のターゲットは無尽蔵にいるわけだ。その全員を守りきることなんて、とてもじゃないができない。
「つまり……」
「ああ。……はっきり言うと、どうしようもない。奴も獲物を必死になって探しているだろうがな。こっちも血眼になって奴を探し出して、倒すしかない。早撃ち勝負かってんだ、くそっ」
「今回の敵はある意味最悪の相手です。一番わかりやすいターゲットを指定して、しかも長い時間をかける必要があるから倒すチャンスは多いはずなのに、何処に現れるかがランダムすぎてわからない。奴が行動する時間帯に外出禁止を呼びかけるくらいしか……」
「だが、その時間帯もまだはっきりしていない。明日の午前2時を予告してきたが……」
「マスコミには発表しましたか?」
「いや、まだだ。第46号の人間態の写真なら公開したが、奴が狙っているターゲットが『犯罪者』という情報は流していない」
「えっ、どうしてですか?」
「……警察上層部が止めているんだ。奴らの標的が『犯罪者』と知られて下手に騒がせると警察の威信に関わるっつってな。威信と人命、どっちが大事だと思ってんだか……」
「それに、世間の第46号に対する目が変わってしまったらそれこそ問題です。ただでさえ今、ネット上で第46号のことを称える声が出てきているというのに……もし第46号が、今度は警察が捕まえられなかった悪党を粛清している、なんてことが知られたら……」
深く考えれば考えるほど、今回の相手があまりにも厄介なことが浮き彫りになる。もしこれが向こうの思惑通りだとしたら、相手は相当の知将だ。人間の考えること、感じることを全て逆手に取り、自分の有利な状況を作り上げている。
獲物が警察を頼れない。警察は獲物が何処にいるかがわからない。ゆえに、次に襲撃される場所がわからない。警察上層部の保守的な考えから、具体的なターゲットとなる人間たちに注意を呼びかけることもできない。仮に呼びかけることができたとしたら、今度は世間の民意が立ち塞がる。
足掻こうとすればするほど、敵を捕まえようとすればするほど深みに嵌っていってしまう。まるで底なしの泥沼のようだ。唯一良いことがあるとすれば、敵が無差別攻撃をしないような性格であることと、敵もまた大量の情報を仕入れなければゲームをすることができないということだけか。全く良いことではない。
「兎にも角にもだ。悔しいが奴の言葉を信じて、午前2時に都内を隈なく捜索させる。これほどの規模の殺戮が繰り返されているんだ。ヘリを飛ばす許可も取れるだろうし、所轄を総動員すれば被害を最小限までにとどめられるかもしれない」
「ええ。今夜はもう眠れませんよ」
「私も見回りをします」
「俺にもやらせてください! 場所が特定できればすぐに向かえますから」
「頼めるか?」
「はい!」
「……よし」
一般人であるはずなのに、事件解決に向けて積極的に協力をしてくれる雄介に感謝の意味を込めて、杉田は雄介の肩を二回叩いた。
――――・――――・――――
……12月21日、時刻は午前1時57分。
東京都品川区八潮二丁目、大井コンテナ埠頭。
1日中世界各国の国々からさまざまな製品を輸入、そして輸出をしている東京都の最大のコンテナ埠頭である。……そう、さまざまなモノが取引されていた。
見渡す限りクレーンとカラフルなコンテナ、そして何隻もの船が密集しているが、その中には何人かの人影も見えた。
「
「…………
パリッとしたスーツを着てサングラスをかけた外国人の男がトランクを開き、これまたスーツを見事に着こなした人相の悪い日本人の男が、その中身を目測で測って受け取り、代わりに現金の札束が入っていたトラッシュケースを外国人に渡す。
「おい」と日本人の男が言うと、その手下であるだろう男たちがせっせと幾つものトランクをワンボックスカーの中につめていった。
「
「
にやりと日本人の男が返すと、外国人の男も笑い返した。
「
「
「
「「Ha ha ha ha ha!!」」
遠くのほうに何機も飛んでいる日本警察のヘリを見て、自分たちでない別の人間が追い回されていると思ったのだろう。男たちは笑いあった。
「
「
最後に握手を交わす男たち。
背後に先程彼らが「ご愁傷様」と笑い飛ばした者がいて、そして最後の挨拶が最期の挨拶になるとは、この数秒の間は思いもよらなかった。
――――・――――・――――
午前2時27分。一条が運転していた覆面パトカーに杉田からの無線が入った。
『たった今、大井コンテナ埠頭で第46号の襲撃を受けたという情報が入った! 第46号は今、江戸川区に向かっているらしい!』
「江戸川に?」
『ああ。今回の第46号のターゲットは麻薬の売人だ。唯一被害を受けなかった麻取の潜入捜査官2人から通報があった。日本人、外国人問わず、皆殺しにされたらしい』
「それで、どうして江戸川に向かっていると?」
『それが……殺害された日本人は、江戸川区に拠点を構えている指定暴力団「鬼柳会」の組員だったんだ』
「暴力団!?」
『ああ……相変わらず皮肉だぜ。警察が暴力団を守るような真似をさせられるなんてよ』
「とにかく急いでそっちに向かいます!……五代!」
杉田からの無線を切った一条は、隣でビートチェイサー2000を走らせている雄介を呼ぶ。『はい!』と大きな声で返事が返ってきた。
『江戸川区ですよね!』
「ああ! 住所は――」
――――・――――・――――
時刻は午前2時48分。
東京都江戸川区某所、『鬼柳会』と掲げられた豪邸。その中では何人もの男の悲鳴と銃声が響きあっていた。爆発音も轟いた部屋からは炎が燃え上がり、カーペットや絨毯・カーテンを伝って少しずつ、だが確実に家中に広がっていく。
その炎が上がった部屋から抜け出し、廊下に飛び出した13の人影があった。13の人影は全員男だった。ゴホゴホと苦しそうに咳をしながら逃げるように走り、拳銃を構え、震える脚で後ろへ後ろへとたじろいで行く。
そしてその13の銃口を向けられている先には……男たちが出てきた部屋からゆっくりと出てきたたった1人の少女。自分たちよりも遥かに年下に見え、力を少し込めればポッキリと折れてしまいそうなほどに細い体型をした、そんな少女に向けて彼らは拳銃と恐怖の眼差しを向けていた。それもそのはず。
今までその少女が歩いてきた廊下・部屋の壁にはどこを見ても、首に1本の槍が突き刺さってぶら下がっているほんの数分前まで
カツ、カツ。季節外れの白いワンピース1枚を纏い、感情の込められていないエメラルドグリーンの瞳を男たちに向けながら一歩ずつゆっくりゆっくりと歩く少女は、まるで幽霊のようだ。
「撃てぇっ! 撃ちまくれっ!」
パンッパンッ! 少し少女が歩いただけで13の拳銃全てが火を噴く。狙いを外した弾もあったが、8割ほどが少女に直撃していた。脚・腕・腹・胸・頭、彼女の全身のありとあらゆる箇所に弾が喰い込み、貫通し、身体に穴を開ける。が、なぜか、少女は何もなかったかのように代わらぬ無表情のまま男たちに歩み寄る。歩いていく最中、拳銃に撃たれた身体は傷が見る見るうちに塞がっていき、貫通せずに体内に残ったままの銃弾を弾き出し、カランカランと虚しい音が、水滴が落ちた水面のように空気を伝う。
ありえない現象に男たちは顎が外れそうなほどに口を、そして目玉が飛び出てしまいそうなほどに限界まで目を開かせ、『驚愕』という漢字二文字を見事に現していた。
丁度腕1本分くらいまで少女が近づくと、少女は1人ずつ右から左へ順番に人差し指を差し……、
「おまえ、悪いリント」
と、呟く。
次の瞬間には少女の目の前にいた男の身体が後方へ吹き飛んだ。何が起こったのか、少女以外にはわからなかった。
吹き飛び、壁に激突した男を見ると、その喉元から長く、真っ黒な三叉戟が生えて絶命してしまっていた。
「う、うああああぁぁぁ――――っ!!」
「く、来るなァッ!」
ようやくなにが起こったのかがわかり、少女への恐怖が最高潮になった男たちは必死に走る。ある者は、誰かを突き飛ばして時間稼ぎに使い、ある者は発狂しながら無我夢中で走り回り、ある者は隠し持っていたダイナマイトを使って撹乱しようとした。だが、結果は皆同じ。多少の時間の差はあったといっても長くて20秒も無いだろう。12人の男たちは皆、少女――未確認生命体第46号ことゴ・ユニゴ・ダの手に掛かり、壁に突き立てられた屍と化した。
「…………」
パチンッパチンッ。無言で1つずつバグンダダにカウントしていくドルド。律儀に自分の足で歩いて、部屋・廊下にある人間の死体を自分の目で見て正確に計測しているのだ。
もう少しで完全に炎に包まれるであろう壊滅させた暴力団『鬼柳会』の屋敷から、普通に歩いて出て行くユニゴ。どうやらもう襲撃はお終いらしい。
大きな音と叫び声、そして真っ赤に燃える揺れ狂う炎で目が覚めてしまったのか、深夜だというのに遠巻きに野次馬たちがいた。よくよく見れば、カーテンを開けてこっそり見ている住民もいる。
たった今豪邸の入り口から出てきたユニゴは、野次馬たちの視線の的、釘付けになっていた。普段は厳つい顔した暴力団団員が出入りする家から、見た目こんなに清楚でか弱そうな少女が平気な顔をして出てきたのだ。しかも彼女の顔写真は既にニュースで出回っていて、人間たちの記憶に新しい存在なのだ。目立たないほうが逆におかしい。
彼女に向ける視線に篭った感情はさまざまなものであった。
恐怖・呆然・好奇・感謝・畏怖・期待・幸運……他にいくつもの感情がぐちゃぐちゃと混ざり合っている。
遠くのほうからサイレンの音が聞こえる。住民たちが通報したパトカーか、消防車か、はたまたその両方かはまだわからない。ただ、ユニゴの耳にはしっかりと届いていた。昼間に港区の倉庫で聞いたバイクの音と全く同じ音が。
「……クウガ」
もう動けるようになったんだ。ユニゴはそう思った。
彼女は手加減というものを知らないために結構本気で戦ったつもりだった。だからまさか、ここまで早く復帰してくるとは思っていなかったのだ。
「面倒」
溜息を吐いた。
ユニゴにとってクウガと戦うことはなんのメリットもない。
ゲゲルの点数にもならないし、もし負けてしまったら死んでしまうし、自分の力を見せつけようという欲は彼女にはないし、そもそも強い相手と戦いたいと考える戦闘狂でもない。それに昼間のこともあって、自分はクウガを殺せない可能性がある。痛めつけたとしても、こうしてすぐに復活してしまう。
そこで、彼女が出した結論は。
「逃げる」
とっとと姿を眩まして追跡から撒く。危険な道を歩かない。歩く必要はない。遠回りになってもいい。
全ては自分が生き残るため。
『ザギバス・ゲゲル』に棄権して『ラ』となる彼女にとって、自分の力量などどうでもいいことだった。誇りなんてものも彼女にはない。とにかく制限時間内に決められた人数の人間を殺害し、ゲゲルをクリアする。これが彼女の目標だった。そのためだけに頭を使って念入りに計画し、より確実なものにするために人間の深層心理についての勉強もしたのだ。その成果がそろそろ顕れる。こんなところでのんびりしている場合ではないのだ。
怪人体へ変化したユニゴは目の色を青くしてフォームチェンジ。俊敏体となり、一瞬で姿を消した。
雄介と一条がここに辿り着いたのは、今から3分後。すでに鬼柳会の本拠地全体に炎が回り、焼け落ちてしまった後だった。
――To be continued…