仮面ライダークウガ-白の執行者-【完結】 作:スパークリング
しかも評価のほうが凄いことになってます!? 10なんて、わざわざコメントを書かないといけないのに……本当に感謝感謝です! 頑張って完走を目指しますね!
時刻は午前7時11分。
とあるオープンカフェ。そこにいた全員はある1人の人物に視線を集めていた。
たまたまそこのオープンカフェで朝食をとっていたOLも、授業が始まるまでの間の勉強スペースとして利用していた大学生も、新聞を広げながら一服していた中年の男も、みんながみんな、その人物に視線が釘付けになっていた。
その人物とは……一番奥の席でノートパソコンを眺めている金髪の少女。全員その少女の顔に覚えがあった。昨日からワイドショーを騒がせている未確認生命体第46号。その人間態の姿が、あの少女と全く同じなのだ。つまりあの少女こそ、未確認生命体第46号本人なのだ。
店外にも、偶然オープンカフェの中に入っていく彼女を見た、通りすがりの人間が人だかりを作っていた。しかし、誰も警察に連絡しようとはしない。ただ興味深そうに、まるで珍しい動物を見るようにただただ眺めているだけだ。
そんな中、このオープンカフェのマスターがカウンターから厨房の中に入った。その中に入ってしまえば、今から自分がしようとすることを誰にも見られることはないからだ。
ポケットの中から携帯電話を取り出して、1・1・0と打ち込むマスター。彼は善良な市民であった。彼女がやっていることについて多少は容認していた自分がいたのは事実だが、所詮彼女がやっていることは立派な犯罪だ。そう考えたら警察に言わないといけないと思った。
一通りの事情と場所を連絡し終えたマスターはふぅっと一息。胸を撫で下ろしていると、チーンとオーダーが入ったことを伝えるベルが鳴った。
「はーい」と大きな声で返事をしていそいそとオーダーが入った席を確認……した瞬間、息がつまった。オーダーしてきた席はたった今通報した未確認生命体が座っている席だ。まさか、通報したのがバレた? この距離なら絶対に聞かれていないはずだが、相手は未確認生命体。そんな常識は通用しない。かといって行かないわけにもいかない。
マスターは大きく深呼吸した後、勇気を振り絞って未確認生命体が座る席へと向かった。
「失礼します」
メモ帳片手に硬い笑顔で問いかけると、未確認生命体は無表情でマスターを見つめる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
互いに黙ったまま10秒が経過した。
気まずくなり、今すぐにでも逃げたい気持ちが募るマスターは暖房が効きすぎてしまっているせいか、脂汗を額から滲ませはじめた。
と、そのとき未確認生命体の口が歪んだ。何かを喋ろうとしている。
何を言われるのだろうか。
自分がさっき通報したことを問いただすつもりか? もしそうならこのあと自分はどうなってしまうんだ? 悪い方向に考えれば考えるほど、額を流れる汗の加速度が上昇していくマスター。
「ねえ」
未確認生命体の口元が動いた。
「コーヒー、まだ?」
ちょこんと首を傾げて出てきた言葉に、マスターは目を点にした。そして2秒経ってようやく思い出した。
未確認生命体を席に案内した際、いつも通りコーヒーを頼んできたことを。今までこの店を利用してくれていた常連さんが未確認生命体だと知り、頭が真っ白になりながらオーダーを受けたマスターはすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
「はっ、はい。失礼しました。すぐにお持ちします」
「ん」
謝罪を聞いて短く返事をした未確認生命体は、再びその視線をノートパソコンへと戻した。どうやらそれだけを確認しただけだったようだ。今日何度目かわからない深い溜息を吐いたマスターはカウンターに戻って、彼女のオーダーどおりのコーヒーを淹れ始める。とここで、マスターの頭にあることを思いついた。
コーヒーを沸かせている間、マスターはカップを持って厨房へ、さらにその奥の控え室へと向かった。置いてある自分のバッグの中から錠剤がいくつか入った容器を取り出した。
錠剤の正体は睡眠薬だ。
最近寝つきがよくないためにマスター自身が服用しているもので、市販でありながら効果はなかなかに強力。飲めばたちまち睡魔がやってくるという、即効性の睡眠薬だ。しかも水などの液体に溶かすことも可能。
そう。マスターの思い付きとは、警察が来るまでの間に未確認生命体を眠らせてしまおうというものだった。そうすれば警察が来たときにすぐに確保させることができる。人間でないからどうなるかはわからないが、効かないなら効かないでもいい。
咄嗟の思いつきに従ったマスターは錠剤を1錠取り出してコーヒーカップの中に落とす。少し甲高い音が小さく控え室に響く。
その後すぐにカウンターに戻り、睡眠薬が入ったコーヒーカップの中に程よく出来上がったコーヒーを丁寧に淹れて行く。シュワァと睡眠薬が溶けていく音がするが、それはコポコポとコーヒーを淹れる音にかき消されてしまった。
「お待たせしました」
なるべく普段通りの表情を作りながら、睡眠薬入りのコーヒーを未確認生命体の座る席の机に静かに置き、「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターへ戻る。ここからはマスターの視線も未確認生命体に、完全に釘付けになった。はたして睡眠薬の効果は効くのか、効かないのか。そんな好奇心も手伝って未確認生命体に注目するマスター。
と、早速未確認生命体がコーヒーカップの取っ手に指を入れた。そのままどんどん上がっていく右腕。そしてついに、未確認生命体の顔がある部分までコーヒーカップが辿り着いた。後は口をつけて、僅かに傾けさせれば睡眠薬入りコーヒーが未確認生命体の体内に入る。
ゆっくりと口元へとコーヒーカップを運んでいく未確認生命体。視線は完全にノートパソコンに釘付けになっており、特にコーヒーを警戒している様子も素振りも感じさせない。ということは気がついていない。
さぁ、結果はいかに? 力強い視線を未確認生命体に向けるマスター。
未確認生命体がコーヒーカップに口をつけた……そのとき――ピタッ。
「……え?」
思わず声が漏れてしまうマスター。それもそのはず。
未確認生命体はコーヒーカップの縁に口をつけた瞬間、ピタリと動かなくなったのだ。まだ中身を飲んでいないのに。
そんな未確認生命体は唇からコーヒーカップを離し、すんすんと匂いを嗅ぐと……ガシャンッ! 物凄い音が店内に響き、その場にいた人間全員がびくりと大きく肩を震わせる。そして一際驚いたのはマスターだった。まるで心臓が飛び跳ねたかのような、そんな感覚と共に身体中から鳥肌が立つ。
一体何が起こったのか、答えは簡単だ。
未確認生命体が受け皿に向けて、一直線にコーヒーカップを叩き付けた。ただそれだけだ。衝撃でコーヒーが跳ね、彼女の右手を僅かに濡らすがそんなのは関係ない。
ノートパソコンを乱暴に閉じ、バッグの中に入れた未確認生命体はつかつかといつもよりも速いペースでカウンター――マスターの元へと歩く。その顔は無表情であったが、どんな感情が彼女の中で渦巻いているのかはすぐにわかった。半端じゃない『怒り』。伝説の生き物違いであるが、今の彼女は逆鱗に触れられた龍だ。
やばい、殺されるっ! マスターは心の中でそう思った。
無味無臭の錠剤のはずなのだが、毎日何杯も飲んでいたコーヒーだ。味は勿論、匂いも色も全て覚えられていて当然だった。たとえ無臭だとしても、それは人間の嗅覚の範囲内ではの話。未確認生命体の五感ではそうはいかない。僅かに匂いが違い、異物が入っていることに気がついたのだろう。完全に未確認生命体の嗅覚を侮っていた。
生気のない真っ白な顔になってしまったマスター。ああ、もうお終いだ。ちょっとした出来心がまさか、彼女の怒りに触れてしまうとは思ってもみなかった。それほどまでに、自分の淹れるコーヒーを気に入ってくれていたのだろう。
「も、申し訳……ございませんでした……」
色々な意味を込めて、自分を睨みつけてくる未確認生命体に頭を下げて謝るマスター。すると、未確認生命体は握り拳を作っていた右手を上げる。
ああ、殴られる。そしてその一撃で、自分は死ぬ。
覚悟したマスターは目を瞑る……と、バンッ! 何かを叩き付けられる音がした。おそらく、未確認生命体の右手だろう。ただし、叩き付けられたのはマスターの顔ではない。腕でもない、胴体でもない。叩き付けられていたのは、カウンター台だった。
あ、あれ? 自分を殴るんじゃないのか? 困惑するマスターは、カウンター台の上を見てさらに困惑した。
未確認生命体が作っていた右拳は完全に開かれていて、手をどけるとそこには250円が乗っていた。
「……ご馳走様。もう、来ないから。安心、して」
それだけ言って、少し悲しそうな顔をした未確認生命体は身を翻らせ、いつも通りふらふらと歩きながらオープンカフェから出て行ってしまった。消費税分の13円が不足してしまっているが、マスターはそれを言及することはなかった。
入り口で未確認生命体を見ていた人間たちは、彼女がカフェから出ると知って一目散に散っていた。今の彼女の機嫌が最悪なのは、声を聞かなくとも店内の様子を見ればわかった。まだ犯罪者以外には手を出していないとはいえ、怖いものは怖い。触らぬ神に祟りなし。下手に刺激を与えないほうがいいと判断したのだ。
ドアを開けて外に出た未確認生命体第46号、ゴ・ユニゴ・ダ。カランカランという小さな鐘の音がどこか物寂しい。
少し振り返って店の看板を一瞥したユニゴはまた再び歩き出したそのとき、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。マスターが連絡したんだなと、ユニゴはすぐにわかった。だけどもう、殺意は消えてしまった上に、ゲゲルに関係のない
「どうしよう。……コーヒー」
そう。まだこの日、一度もコーヒーを飲んでいないのだユニゴは。そしてこれから何処でコーヒーを飲むか、真剣に考えながら歩いていた。
ゲゲルのほうに関しては問題ない。計画通り、全て自分の思うままに進行することができている。後は時間になった瞬間に殺戮を行なえばいい。だけど、流石にコーヒーのケアまでは出来ていなかった。
おそらく何処の店に入っても同じような対応をされてしまうだろうし、そもそも長い間飲み続けて染み付いたお気に入りのコーヒーの味を上回るコーヒーなど、そう簡単には見つからないだろう。
色々言ったが、今のユニゴの心境を一言で纏めてしまうと。
「コーヒー、飲みたい」
以上だった。
それだけ呟くと、ユニゴはふらふらした足取りでどこかへ消えてしまった。
通報を受けた一条たちがカフェに着いたのは、ちょうどすれ違い。残念ながら、すでに彼女は姿を晦ませてしまった。
――――・――――・――――
「そうですか。すれ違ってしまいましたか……」
「ええ……」
午前8時4分。
通報してくれたマスターから事情を聞いた一条と杉田は、警視庁前で雄介と桜井に合流していた。
よく一緒に行動している4人でのミニ会議。その間にいくつもゲームについての謎を解き明かしてきた。特に意識はしていないのだが、もしかしたらこの間にまた1つ謎が解かれるのかもしれない。
「まだ第46号のゲームについて、謎が多いですよね」
「ああ。最大の謎は、なぜ詐欺グループを全滅せずに1つだけ残したのかだ」
そう。この事件の最大の謎は昨日の詐欺グループ襲撃の際に、アジトを1つだけ見逃したことだ。
悪い意味で平等に殺人を繰り返すグロンギのゲーム。それはどんなに第46号が変わり者であろうと揺るぎはしない。ならばなぜ、1つだけ見逃したのか。見落とすなど、そんな凡ミスをするほど第46号には余裕がない。向こうも命が賭かっているのだ。
ふと、何か思いついた雄介は「もしかしたら」と前置きした。
「残したんじゃなくて、残さないといけない理由があったんじゃないでしょうか?」
「世田谷のグループを引っ張って全員に聴取を取ったが、特に変わったところはなかったぞ?」
「うーん……だったら、残さないとルール違反になる、とか」
「ルール違反、ですか?」
「はい。第46号もこれまでの未確認と同じで、ある一定のルールに従ってゲームをしているはずです。きっと、世田谷のアジトを襲わなかったのは、そのルールに反する行為だから。それか、襲ったとしても意味がないから」
「ゲームを難しくするための制限かなにかか」
「制限をかけられるとすれば、人数、場所。あとはそれから……」
「……時間」
一条が思い出したかのように桜井に続く。
雄介とユニゴが話をした後、彼女が残したヒント。それは『時間』だった。
一条は自らの手帳を見る。そこには第46号の襲撃先や、どんな人物が狙われたのかをきっちりと書かれていた。当然、時間もだ。少しの間、犯行が行なわれた時間と終了した時間を見ていると……「あっ」と何かに気がついたような声を上げた。
「一条さん?」
「どうした一条?」
「わかりましたよ! 第46号の犯行時刻の法則が!」
「! なに?」
「本当ですか!」
胸ポケットからボールペンを取り出し、手帳の新しいページを開いて一条は説明する。
「最初の西多摩刑務所襲撃が、犯行時刻は午前0時から午前1時までの間。次の詐欺グループ襲撃が午後1時から午後2時までの間。そして最後の暴力団襲撃が」
「……あ!」
「……そうか」
「そういうことだったのか!」
そこまで説明されて3人共理解できた。
最後に暴力団襲撃の犯行時刻は午前2時から午前2時52分。つまり、午前2時から午前3時までの間だった。
「おそらく奴は午前と午後、それぞれ順番に指定した時刻から1時間をタイムリミットとしてゲームを行なっていると思われます」
「だから世田谷のアジトを襲わなかったんですね。最後に確認されたのが午後1時57分。行ってもタイムオーバーで意味がなかったから」
最大の謎が明かされ、同時に第46号の行動時間も明かされた。
「ということは次の時刻は……今日の午後3時から午後4時までの間ということですか」
「ええ、おそらくは」
「よし。正確な時間がわかった以上、奴の行動をいくつか縛ることができる」
「ですね。第46号の目的はネット上に犯罪者のアジトと名前を掲載させ、虱潰しに潰していくこと」
「ということは、一番人数の多いグループから襲っていくかもしれませんね」
「だな。残り402人……奴だってとっととゲームを終わらせようと急いでいるはずだ。1時間しか一度に行動できないんだからな」
「五代、俺たちは一旦、本部に戻る。次に被害者が出ると思われる場所がわかったら連絡する。だから、それまで休んでいてくれ」
「わかりました!」
各自やるべきことが決まり、雄介はビートチェイサーで下宿先であるポレポレに戻り、一条はいつも乗っている黒い覆面パトカーで、杉田と桜井は銀色の覆面パトカーで警視庁へ戻っていった。
――To be continued…