意識を失っているとき、人はどういう世界を見ているのか。
そんな物語を書いたつもりです。

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今日と、明日と、明後日と

もう五日目になる。空は陰り、雨音は近づいた。音の方向に眼を向けると、銀の竜が飛行機雲の様に細く長い尾で空を切り裂いていた。テープレコーダーの天気予報は、1時間後に嵐がくると言っている。この星で、生きている幾千もの木霊は樹の間から僕を見ている。

僕は、待っていた。明日が来るのを、明後日が来るのを。

眠たい僕の日々を、蛍が運んでくれるのを。進んでいく時間は、淀みなく流れていく。

回り続ける地球の呼吸を、僕はただ、聴いていた。風はまだやまない。

草原を駆け抜けるのは、紅い空。僕の血液。

まだ来ない、まだ来ない。僕はまだ戻れない。今日、明日、明後日。

連続していく自分の意識の未来は、あまりにも不確定。

澄んだ空気は、僕を不安にさせる。明日には、僕はいないんじゃないかと。

空の天辺から、僕のお母さんの泣き声がする。まだ、僕は生きていたい。

霞んでいる竜は、徐々に僕の方へ近づいてくる。

それに伴って雨の匂いは強くなっていき、雷鳴は光の足音を大きくしていった。

いよいよ、僕は覚悟を決める。自分のすべてを使って、耐える。歯を食いしばる。

地響きは鋭く僕を責め立て、赤黒い獅子が黒々とした雲から除く。

空気の震動は、心臓に鋭く針をとがらせる。巡る胎動が、あちこちを壊そうとする。

嗚呼、だめだ。僕は、白く靄が霞み始めた景色を振りほどく。

ピアノ線が霧のように張られ、僕の躰を傷つける。絡みつく線をほどいて逃れる。

ここで終わってしまっては、もう、明日も明後日も来ない。風も雨も木霊も心臓も。

鼓動も人生も存在も蛍も。お母さんも、尊さも静けさもすべて巻き込んで。

景色が歪む。メトロノームは、軸がずれ、暴走する。

計算不能の電子頭脳は、もう役に立たない。

地面と空の境界線は分からなくなり、その曖昧から黒が沸いた。

穴が開き始めた。僕は、眼を瞑った。竜はメスとなって、その躰を翻す。

耳に音が響く。劈く悲鳴の音が僕の頭をかき乱す。

意識は消えかけ、痺れる。心電図の音が、隙間から聞こえた。

すべての痛みが熱さに変わり、焦がしていく。涙も蒸発する。

耐えなければ。そう思った時、点々と蛍が無意識の闇に飛んでいることに気づいた。

その、淡い牡丹雪のような光を目指し、僕は空中を泳いだ。

煌びやかな虹色が天使の杖となって差し込んでいる。

僕は、足を動かして、雲を蹴った。やがて嵐は眼下へと遠ざかった。

脱力した躰は、蒼に溶け、薄まっていく。やっと、帰れる。

明日も。明後日も。

 

目が覚めると、そこは病院のベットであった。

黒く塗りつぶされたキャンバスに蛍光灯の虚像が半透明に存在している。

僕は、自分も泣いていたことに気づく。静寂があたりを満たす。

周りには眼を赤く腫らしたお母さんと、お父さん、兄がいた。

安堵が、病室に広がる。

僕には、人生がまだある。明日も、明後日もある。

第二の人生が出発した、今日から続いていく。

かけがえのない、毎日を。

おかえり。

蛍が、ちらちらと窓を通りすぎた気がした。

 


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