「……ちゃん?……愛ちゃん!?」
「ふぇ!?」
「どうかした?急にボーっとしちゃってたけど」
「へ?あ、えっと……」
わわわっ!いけないいけない!
いろはちゃん見てたら、つい考え事しちゃってた。
「えっとね、んーん?なんでもないよ〜。ただ、初恋失恋記念に比企谷先輩との出会いを思い出してただけ〜」
「ぐうっ……」
えへへ、ちょっと意地悪しちゃった♪
でもこれからいろはちゃんとの戦いは続いていくんだから、こうやってちょこちょこと、ツンツン突ついてこうかなっ?
「なんか最近愛ちゃんが恐いんだけど……」
「うふふ、気のせいだよー」
「……絶対わざとやってるでしょこの子……」
なんだかいろはちゃんがぽしょっと嘆いてるけど気にしなーい!
「…………えっと、出会いって事は、文実の時の?」
「えへへ、うんっ。私が男の人を格好良いな!って初めて思った時のこと。あと、初めて誰かを明確に嫌いと思えちゃった瞬間でもあったかも……」
「恐い恐いっ。愛ちゃんリアルで恐いからね!?その表情と声……!」
んー、なんだか最近よく顔に出るようになっちゃったみたいだなぁ。
クラスでも友達に「なんか愛ちゃん最近変わった?」って良く言われるようになったし。
ふふっ、誰かさんに似ちゃったのかも!
あの実行委員を決めるHRで変わりたいと思えた自分に、ほんの少しずつでも変わっていけてるのだとしたら、恋は破れちゃったけど、でもあの人に恋を出来たこと、そして告白出来たことは本当に良かったと思う。
「そんなことより、いろはちゃんはこれから生徒会?」
「うん。まぁこの間平塚先生に缶詰めにされて、蓄まってた仕事しこたま片付けさせられたから、大して仕事は残ってないんだけどねー」
「そっか〜。……えと、その……奉仕部は……?どうするの……?」
たぶんいろはちゃんの告白は成功するんだろうなって思ってたから、気になってたことを聞いてみることにした。
いろはちゃんから比企谷先輩のお話を聞いている時から分かってたことだけど、いろはちゃんは先輩のことはもちろん大好きだけど、奉仕部……雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も好きなんだろうなって思う。
だから気になってた。
結果的に奉仕部三人の関係性を壊してしまうことになるいろはちゃんが、今後どうするのか。どう考えてるのか。
するといろはちゃんはその表情に一瞬だけ隠しきれない暗い影を落としたけど、それを誤魔化すようににぱっと笑ってこう言った。
「やー、さすがのわたしでも、しばらくは顔だせないかなー。……まぁホラ!そこは先輩に任せてあると言うか押し付けてあると言うか、雪ノ下先輩たちの怒りは全部先輩に被って貰っといてー、わたしはこっそりと先輩の骨を拾う係?」
そうだよね……
いろはちゃんだって、思うところが無いわけない。
私は最初っから振られるの分かってたから当たって砕けろ精神でぶつかって砕け散っちゃったけど、もし……もしもあの告白が上手く行っちゃったとしたら、いろはちゃんに合わせる顔なんて無かったかも知れない。
でも、恋は戦いだもん!
奉仕部の二人だって、油断して悠長に構えてたからいろはちゃんに取られちゃったんだもん。それはやっぱり自業自得だと思う!
だから私は、いろはちゃんに『気にすること無いよ?』って意味合いを込めて、肩を優しくポンと叩いてこう声を掛けてあげよう。
「大丈夫!逃げ隠れしないで、いろはちゃんも正々堂々と比企谷先輩と一緒に骨になってね!私が比企谷先輩の骨だけ拾うからっ」
「そんな素敵な笑顔で酷いっ!?」
ふふふ……
振られた腹癒せにいろはちゃんをいじめるのは今日のところはこの辺にしといてあげようかなっ。
「ところで愛ちゃんはサッカー部のほう平気なの?」
「……あ」
すっかり忘れてたぁ!
そういえば今朝もサボっちゃったし、胸も頭もいっぱいいっぱいすぎて、放課後も遅れるとかって連絡一切してないよ〜……
「どどどどうしよういろはちゃ〜んっ……!私なんの連絡もしてないのに、朝も午後もサボり扱いになっちゃうよぉ……!まぁ朝は戸部先輩が悪いんだけど……それに今から行っても、平塚先生に呼び出されてただなんて、なんて言って説明すればいいのかな〜……!?ど、どうしよう!振られちゃったところから全部話さなきゃダメかなぁ!?」
涙目になってわちゃわちゃしてると、いろはちゃんが悪戯めいた笑顔になって助け船を出してくれた。
「ふふふ、わたしを虐めてばっかりだからそういう目に合うんだよ?愛ちゃん!……しょーがないなぁ、んじゃ今日のところはわたしも一緒に行って、適当に嘘ついて説明してあげるよー。愛ちゃんに任せといたら、全部正直に話しちゃいそうで恐いし。貸しだからねー」
「……うぅっ……ありがとういろはちゃ〜ん!…………って、今日のところはわたしも一緒にって、いろはちゃんだってサッカー部員じゃない!いつも生徒会を理由に部活サボって比企谷先輩のところに遊びに行ってたくせにぃ〜!」
「あ……えへへ?バレてた?」
「バレバレだよ……?もうっ!」
でも、いろはちゃんから比企谷先輩と奉仕部の事を教えて貰ったあの日までは、ちゃんといろはちゃんのこと信じてたんだからねっ!?ホントにもう!いろはちゃんったら!
「……貸しは、無しだよ……?」
「……はい」
そして「ホント愛ちゃん恐いー」と真顔で恐れるいろはちゃんを引っ張って、私は部活へと駆け出すのだった。
───それにしても、たったの四ヶ月くらいの出来事のはずなのに、ホント懐かしいな。
あの日あの時、初めて比企谷先輩の事を格好良いなぁ、って自覚しちゃった委員会から、なんだか世界が違って見えた。
恋をすると今までモノクロだった世界が美しく彩付き始めるってよく聞くけど、まさにそんな感じだった。
お仕事ぶりと功績からは有り得ないような文実での扱いに胸を傷めながらも、気が付いたらいつも目で追ってしまっていた。
でもその頃からは緊張で上手く喋れなくなっちゃった自分も自覚してたから、なかなか声も掛けられず、前みたいにお仕事を手伝うのも容易ではなくなっちゃってた。
だって……ちょっと挨拶しようとしただけなのに「お、お疲れさまでしゅ!」とかって噛んじゃうんだもん……
比企谷先輩が私の事を憶えてくれてたのが『こいつ変な奴だな』って理由なんだとしたら、もう恥ずかしくて死んじゃいそうっ……
でも…………そんな風に、ただ比企谷先輩を傍で見ていられるだけで幸せな気持ちでいられたのは、あの瞬間までだった。
あの日からしばらくの間は、比企谷先輩の事を想うだけで、胸が引き裂かれそうなくらいに苦しい日々が続いたっけな……
そう。文化祭二日目。エンディングセレモニーで起きたあの事件の瞬間まで……
× × ×
「ねぇねぇヤバくない!?ホントならもうエンディングセレモニー始まってる時間だってのに、相模さん居なくなっちゃったらしいよ!?」
「は?マジかよ!?だから予定になかったライブやってんのか……なんだよあの女……委員会の最中から居ても居なくてもいいような存在だった癖に、必要な時だけ居ないってなに?」
「オープニングでも酷かったし、そもそも雪ノ下さんに全部持ってかれちゃってたから、可愛い自分がいたたまれな過ぎて逃げ出しちゃったんじゃなーい?」
……大変なことになってしまった。
あれだけ成功が危ぶまれた文化祭がせっかく上手くいったのに、最後の最後でこんな事になるなんて……
現在エンディングセレモニー直前の舞台袖では、文実メンバー達が慌ただしく動揺している。
どうやら、エンディングセレモニーの最終打ち合わせをしようとしたら、相模実行委員長の姿がどこにも無かったらしい。
それから執行部が手分けして捜したらしいけど結局見つからず、今はついに時間稼ぎとして雪ノ下先輩を始めとするすっごいグループの、予定の無かったバンド演奏が執り行われている最中なのだ。
由比ヶ浜先輩のボーカル、雪ノ下先輩のギター&ダブルボーカル、雪ノ下先輩のお姉さんのドラム、城廻先輩のキーボード、そしてまさかの平塚先生のベースと、とても即興とは思えないような凄いライブで体育館中が盛り上がってるんだけど、文実メンバーは勿体ない事にそれどころでは無かった。
『よろしくね』
そんな状態なんだと聞きつけて、私が舞台袖に到着した時は、ちょうど雪ノ下先輩の声援を受けて、振り返りもせずに右手を挙げて体育館から出ていく比企谷先輩とすれ違うところだった。
つまりはエンディングセレモニーが……文化祭が成功するかどうかは、比企谷先輩に託されたってことなんだろう。
雪ノ下先輩は、比企谷先輩なら誰も見つけられなかった相模先輩を見つけられるって信じてるんだ。
やっぱり雪ノ下先輩は比企谷先輩を信頼してるんだなぁ……やっぱり比企谷先輩は、あの雪ノ下先輩にここまで信頼される程に凄い人なんだなぁ……
そんな謎の高揚感で、意味不明に鼻が高くなっちゃった気持ちと同時に、私はとても不安な気持ちも抱いてしまっていた。
相模先輩は比企谷先輩の事が大嫌いなのは一目瞭然。
仮に比企谷先輩が本当に発見出来たとしても、たぶん精神的な問題で全てを捨てて逃げ出しちゃったであろう相模先輩が、比企谷先輩の説得で戻ってくるの?
責任を放棄して居なくなっちゃった相模先輩は、今さら発見されて連れてこられても、皆に責められる事からは逃れられない。
それなのに、大嫌いな比企谷先輩が迎えに来たからって、大人しく従うなんて到底思えないよ……
それだけで済むんならまだいい。
でも、比企谷先輩は果たしてそれを良しとするだろうか?
答えは否。とてもそうは思えない……
あの人は絶対になんとかしてしまう。それも、自分を投げ出してでも……自分を悪者にしてでも……
だから私は不安で仕方がないよ……
──神様、お願いしますっ……!どうか比企谷先輩に、スローガン決めの時みたいな辛い思いをさせないで……
× × ×
私は今、この光景を見て、──ああ……神様なんか居ないんだ──って絶望している……
だって、本当に神様が居るのだとしたら、こんなの酷すぎるよ……
なんで?なんであんなに素敵な人なのに、なんであんなに一生懸命やってる人なのに、なんで比企谷先輩ばかりがこんなに辛い目に遭わなければならないの……?
「だいじょうぶー?」「あいつがなんか言わなかったら平気だったのにね」「あれで調子くるったよねー」
無事とは言えないまでも、なんとかセレモニーを終えて舞台袖に降りてきた、涙まみれの相模先輩に寄り添っていく文実メンバーたち。
その人たちの目は、相模先輩を可哀想な目で見ると同時に、比企谷先輩に向けて隠そうともしない嫌悪の眼差しを向けている。
『……ううっ……』
『さがみん大丈夫!?』
『ねぇ!みんな聞いてよ!あのヒキタニ?とかいう奴がさぁ、南ちゃんに酷い暴言吐いてさぁ!』
『スローガンん時もそうだったけどさぁ、あんなクズのくせして、さがみんに『かまってほしいんだろ?』とか『最低辺の世界の住人』とか『お前なんかその程度の存在』とかって言いやがって!さがみん超可哀想〜』
『ホント最低だよあいつ!』
即興ライブが終わりかけたちょうどその時、相模先輩は二人の友達に支えられて泣きながら戻ってきた。
最初相模先輩が現れた瞬間は非難の眼差しを向けた文実メンバーたちも、そのあまりにも酷い泣き顔と、二人の友達の相模先輩擁護とも比企谷先輩への罵りとも取れない悪態にすぐさま態度を軟化させて、あれほど相模叩きをしていた場の空気は、信じられない事に一気に相模擁護の空気へと一変した。
それと同時に、スローガン決めで悪印象のある比企谷先輩が、本来相模先輩が負うべき非難を一身に受ける形となってしまったのだ。
エンディングセレモニーを泣きながら締めた相模先輩が舞台袖に降りてきた時、責任を放棄して逃避した相模先輩に向けられた視線と言葉は哀れみ。
そして、誰も見つけられなかった逃亡者を捜し当てて戻ってきた比企谷先輩に向けられた視線と言葉は、侮蔑と断罪だった。
──なんで……?だって、さっきまであなたたちは、散々相模先輩を非難してたじゃないっ……
さっきまで、居なくなった相模先輩の捜索を、比企谷先輩に一任してたじゃないっ……
なのに、なんでそんな風に相模先輩を気遣うフリが出来るの……?
なんで比企谷先輩に、そんなに冷たい視線を向けられるの……?
エンディングセレモニーも終わり、私たち文実も後片付けを終えて、ようやく長い長い文化祭が幕を閉じた舞台袖で、城廻先輩に悲しい笑顔でありがとうと言われた比企谷先輩の姿を見たとき、知らず知らず私の頬には涙がつたっていた……
──比企谷先輩、お疲れさまでした……
私は、誰にも向けられる事のないであろう、比企谷先輩の真意と功績に対する親愛と感謝の意を込めて、少し離れた場所から、一人頭を下げるのだった。
続く
愛ちゃん編の第3話でした!
こんな感じで、現在(後日談)と過去(愛ちゃんの記憶)を交錯させながら物語を進めていくスタイルでやっていきたいと思っております(・ω<)☆
過去編の真面目で堅物な愛ちゃんと、たまの現在編の悪に目覚めた(笑)愛ちゃんの対比をお楽しみくださいw
でもここでお詫びがっ!!
諸事情によりこの愛ちゃんSSは…………………………………………………………………………………………次回、もしくは次次回の更新が結構遅れるかもですっ(οдО;)
とはいえ今年中には更新するとは思いますが(汗)
未完のまま休載しちゃうかと思った?残念!まだ続きます(笑)
ではでは良いお年を!オイッ
PS.それにしても相模ってホント最悪な女だなっ……(`・д・';)