『あ、愛川と申ひまひゅっ……!ひゃ、ひゃひゃがいゃしぇんぴゃいきょんにちやっ…………』
…………我ながら酷すぎたよね。
私と比企谷先輩の邂逅の記憶は、あの酷い自己紹介の時点で一旦途切れちゃったくらいだもん……
でも……自分が思ってたよりもずっとずっと酷い邂逅だったけど、ホントにお話出来て良かった!
噛みまくっちゃって死ぬほど恥ずかしかったけど、嫌われるの覚悟で酷いこと言っちゃったりもしたけれど、ちゃんとお話出来た。ちゃんと自分のことを比企谷先輩に伝えられたって思う。
でも……
比企谷先輩とお別れしてから教室までの帰り道、私の心中ではとても満足な気持ちと、とても複雑な気持ちがせめぎあっていた。
満足な気持ちはもちろん比企谷先輩とたくさんお話出来たこと。
複雑な気持ちは……今私の隣を歩いてるいろはちゃんが、道中で一言も口にしないこと。
いろはちゃんに比企谷先輩を紹介して欲しいとお願いした時からもしかしたらって思ってたことだけど…………さっきの、比企谷先輩とお話をしてるいろはちゃんを見ていてたら、そのもしかしたらが一瞬で確信に変わった。
やっぱり、いろはちゃんが好きなのは葉山先輩なんかじゃなくって、いろはちゃんがホントに好きなのは…………比企谷先輩なんだね……
あんないろはちゃんは初めて見た。
普段男の子とお喋りする時は、もっとこう、可愛く居ようと、愛されようとしてる気がする。
だからなのか、男の子の前では本当のいろはちゃんを見せてはいない。
たぶんいろはちゃんが素を見せてるのは、限られた同性の友達の前だけなんだと思う。
でも比企谷先輩に対してだけは全然違ってた。
思いっきり素を見せながらも本当に楽しそうで、むしろ私や他の同性の友達に対してよりも本当の自分を曝け出してるように思えた。
どうでもいい……って言っちゃったらさすがに失礼かもだけど、戸部先輩に対してだけはかなり酷い扱いをしてる気もするけど、“それ”は比企谷先輩に対してとは全然別モノなんだよね。
戸部先輩に対しては、基本は可愛い後輩を見せながらも、ホントはどうでもいいって感じで接してるのに対して、比企谷先輩には、なんか安心して自分を曝け出してるような……この人なら大丈夫って、この人なら本当の自分を見せても全て受け入れてくれるって信頼してるんだなぁ……って、すごく感じられた。
───いろはちゃんは、なんで私を大好きな先輩に紹介してくれたんだろう?
友達だから?
お人好しだから?
今さら私を紹介したところで、大した障害にはならないって思ったから?
分からない。分からないけど、たぶんどれも合ってて……でもどれも違うような気がする。
もっと根本的な何か…………私には分からないけど、たぶんそれはいろはちゃんが比企谷先輩に惹かれた理由と関係あるんだと思う。
だって、普通いくら友達だって、いくらお人好しだって、いくら大した障害にならないって思ったって、好きな人に好きな人を狙ってる女の子なんて紹介なんか出来るわけ無いもん…………あんなに苦しい顔してまで……
それでも、いろはちゃんは比企谷先輩と私がお話出来るチャンスを与えてくれた。
とても嬉しくてとても有難くて、そしてとても心苦しいけど、私はいろはちゃんに告げなくちゃならない。
感謝の気持ちと……
「……いろはちゃん!……今日は本当にありがとうございました。私、ちゃんと比企谷先輩とお話出来てホント良かったっ!……ま、まぁ噛み噛みすぎてちゃんとお話出来たかどうかは疑問なんだけどねっ……あ〜恥ずかしかったぁ……えへへっ…………恥ずかしかったし情けなかったけどっ、でもホントに良かった……!やっぱり……比企谷先輩はとってもとっても素敵な人だったっ……」
「…………」
「だからホントにありがとう!私、頑張るっ!……雪ノ下先輩とか由比ヶ浜先輩とか、あ、あとは…………んーん、なんでもない。……とにかくっ……私頑張るからっ……勝ち目なんて無いの分かってるけど、でも頑張るからっ……だから、だから私……負けないよっ……!」
宣戦布告を……!
なんでいろはちゃんが本当の気持ち……本当の好きな人の事を言わないのかは分からない。
いろはちゃんにも色々と事情があるんだろう。
でも、いろはちゃんがその事を言わないんなら、言えないんなら…………私はそれを利用する。利用してやる。
いろはちゃんの気持ちを知らないフリして、抜け駆けでもなんでもして、私は比企谷先輩との距離を少しでも縮めてみせるよ?
私はもう、ズルくたって汚なくたって構わないよ、いろはちゃん。
勝ち目のない戦いに臨む以上は、もうなりふりなんて構っていられない。恋はバトルなんだもん……!
しっかりといろはちゃんの目を見て気持ちを全部言い切って、いろはちゃんに背を向けた私はぱたぱたと自分の席へと戻る。
んー……でも慣れない事はするもんじゃないよね。
いろはちゃんに負けない宣言を叩きつけて戻ってきた私は、クラリと目眩をおぼえて、ばったんと机へと突っ伏してしまう。
「ま、愛ちゃんどしたの!?」「大丈夫!?」「一色さんとなにかあったの!?」
机にくてっとなった私を心配してくれる友達に、不安と高揚が入り交じる引きつった笑顔で、でも信念を込めた力強い瞳で私はこう答えるのだった。
「んーん、なんでもないよっ!ふふっ、ただ…………絶対に負けないんだから!って言ってきちゃっただけっ!えへへっ」
決戦は金曜日ならぬ明日の木曜日から始まる……!
明日、私は比企谷先輩と二人っきりでお話してみせるんだから!
× × ×
四時現目終了のチャイムが校内に鳴り響いたと同時に、私はあの場所へと歩み始める。
すっごいドキドキするけど、すっごい足が震えるけど、もう昨日のこの時間ほど酷い事もない。
だって、もう迷いは無いもん。
昨日お話してみて、改めて比企谷先輩が素敵な人なんだって知れたから。
そんな比企谷先輩に憶えて貰えてて、頑張りを見てくれてたってことも知れたから。
だからもう昨日みたいに噛み噛みで酷い会話にはなんないと思う。
迷いが無くなった女の子の強さを、比企谷先輩に見せてあげるんだからっ。
……ホントはゆうべお昼のこと思い出して、お布団被ってゴロゴロと悶えたり、比企谷先輩の写真と見つめ合って、噛まないように夜遅くまで会話の練習したりしたなんて事は、絶対に……ぜーったいに誰にも言えない、私だけの恥ずかしい秘密っ……
どっくんどっくんしながらたどり着いたベストプレイス?にはまだ先輩の姿は無く、私は昨日比企谷先輩が座っていた場所の隣にちょこんと腰掛けた。
二月の寒空の下、校外にあるこの場所で、さらに冷えきったコンクリート製の階段に座るのは正直気がひけたんだけど、今は心情的な問題で心も身体も熱すぎるくらいに熱くなってるから、このひんやりするコンクリートが思いのほか心地いいかもっ。
比企谷先輩は、今ごろ購買でパンとか買ってるのかな?
ホントは、今日先輩分のお弁当を作ってこようかどうしようか、朝からすっごく悩んでた。
作ってきたかったんだけど……でも昨日の今日でいきなりお弁当作ってくるとかさすがに引かれちゃうよね……って悩んだ末に、今日は泣く泣く止めておいたのだ……
うー……私もいろはちゃんみたいに、手作りのお弁当食べてもらいたかったなぁ……!
でもでも!もし今日の二人っきりのランチが上手くいったとしたら、明日作ってきましょうか!?なーんて提案出来ちゃうかもっ!えへへっ。
「お、おう、愛川じゃねぇか……。マジで来るとは思わなかったわ……」
「ひぃっ……!?」
「いやお前、いくらなんでも悲鳴は無いでしょ……」
不意の声掛けにびっくりしたけど、私はすぐさま立ち上がってペコペコと頭を下げる。
「わわわっ!!ち、違うんです違うんですすみません……!ちょっと考え事してたので油断してたといいますか不意打ちにびっくりしたといいますかっ……」
あわわ……なんてことだろう……!
比企谷先輩を待つ間に比企谷先輩のことを考えてたら、夢中になりすぎて到着に気が付かなかっただなんて……あまつさえ悲鳴まであげちゃうだなんて……私最悪だよぉ……
「……ああ、いや、なんだ……気付いて無かったとこに、いきなり声掛けちまった俺も悪いから気にすんな」
「そそそんなこと無いですっ!ここは比企谷先輩の場所なのに、そこで勝手に待ってた私がボーっとしてたのが一番悪いんですからっ!」
「いや別にここは俺専用の場所ってわけでも無いしな。ほんとすまん」
「な、なんで比企谷先輩が謝るんですか!?せ、先輩はなんにも謝ることなんて無いんでやめてくださいっ……!」
……?
なんで私達はお互いにペコペコと謝り合ってるんだろ……?
なんだか意味が分からなくて、ちょっと可笑しくなってきちゃった。
ふふっ、でもおかげで少しだけリラックス出来たかも。
うん!これならちゃんとお話出来そう……かもっ。
だから私はこれからのランチを少しでも楽しめる為の皮切りにと、昨日まともに出来なかった分、ペコリと頭を下げてきちんと挨拶をするのだった。
「えと……お言葉に甘えて今日も来ちゃいました!……あの、比企谷先輩っ、こんにちはです!」
× × ×
謎の謝罪合戦とご挨拶を一段落させると、私達は隣り合わせに腰掛けてランチタイムを始めた。
昨日は間にいろはちゃんが居たからまだ良かったけど、さすがに隣に座るって恥ずかしい……
だから私達の間には一人分くらいのスペースを空けてるんだけど、それでも昨日よりはずっと近くに感じる。
緊張でなかなか話掛けられずに黙々とお弁当を食べているだけの私だけど、私にはもうほとんど時間が残されてはいないから……バレンタインまでもう四日しかないから……
だからほんの少しだけでも距離を縮めなきゃ!頑張らなくちゃ!
もし、もしも今ここにいろはちゃんが来ちゃったら、たぶん私は空気になっちゃう。
もうこんな状態なんだもん。いろはちゃんだってガンガンに攻めてくるはずだもん。
だからもしいろはちゃんが来ても、ここに入って来づらいと思えるくらいに楽しく盛り上げなくちゃ、私には付け入る隙なんてないんだもんね……
「……あの」
「ん?お、おう」
「昨日の今日なのに、ホントにお邪魔しちゃってスミマセンっ」
「……それこそ別に謝る必要なんて無いだろ。昨日も言ったように、ここに来るも来ないも個人の自由だしな。……まぁマジで来るとは思わなかったが」
「……そ、そのっ……いつもお弁当は教室で食べてて、昨日お外で食べてみたら結構気持ち良くってハマっちゃいまして〜……あ、あはははは……」
「気持ちいいって……こんなとこで食ったってただ寒みーだけだろ……」
「そ、それを言ったら比企谷先輩だって、寒い思いしてここでお昼を過ごしてるじゃないですかっ……!」
「俺は教室で食ってる時のクラスの連中からの寒い眼差しよりは、外の空気の寒さの方がマシだから我慢してるだけだ」
「ふふっ、もう!比企谷先輩ってば!」
「いや、別に冗談とかのつもりで言ったわけでは……」
「大丈夫ですよ。私、女子マネで朝も日が暮れてからも外で立ってる事が多くて外の寒さには慣れてるんで、お昼のこんな寒さくらいへっちゃらなんですよ?全っ然我慢出来ちゃいます!」
「そうか。……って気持ちいいんじゃねぇのかよ。我慢しちゃってんのかよ」
「……あ。えへへ〜」
わぁっ……私ちゃんと楽しくお喋り出来ちゃってるよっ!
ていうか……信じられないくらいに楽しい……!こんなにも楽しいんだ、好きな人と過ごせる時間って。
こうして、私と比企谷先輩の初めての二人っきりのランチは、心配してた気持ちとは裏腹に、とても穏やかに、とても幸せに過ぎていったのだった。
一度この幸せを知っちゃったら…………もう、あとには戻れそうもないよねっ……
続く
ありがとうございました!
6話目にして、愛ちゃんはようやく八幡と会話をすることが出来ました(^皿^)
んー、やっぱり10話くらいにはなっちゃいそうですね〜……orz
なぜいつもいつも延びるのか(白目)
ではまた次回お会いしましょう☆