いろはす色な愛心   作:ぶーちゃん☆

24 / 25
愛川愛が今日踏み出すのは明日への第一歩

 

 

 

バレンタインの翌日、私は普段となんら変わりのない1日を過ごしていた。そう、放課後までは。

 

HRが終わると、普段の私であれば即座に部室へと急ぐところなんだけど、今日は別段急ぐ必要も無い。だって、更衣室でジャージに着替える必要がないのだから。

 

「あれ?愛ちん今日は珍しく急がないの?」

 

私はいつも、他の部員たちが揃う前には色々と準備しておきたい事があるから誰よりも早く部室に駆けていくんだけど、HRが終わってからも全く急ぐ様子の無い私に、友人たちが心配して声を掛けてきてくれた。

ちなみに昨日は平塚先生に呼び出しされちゃってたから、普段よりもさらに急いでたんだよね。

 

「うん。今日は急がなくても平気なんだ〜」

 

「へー、珍しいこともあるもんだねぇ」

 

「えっへへぇ、でも明日からはまたダッシュで教室飛び出してくからよろしくねっ!」

 

そうなのだ。今日はまず葉山先輩待ちになっちゃうから無理に急いでも仕方がないんだけど、明日からは今まで以上に早く部室に辿り着きたいんだぁ。無駄な時間はもう1分1秒だってないんだから。

明日からの自分……んーん?今日これからの自分に思いを馳せていると、友人たちがぽかーんとした表情で私を見つめていることに気が付いた。

 

「ど、どうかした?」

 

「……あ、いや、愛ちん……なんかあった……?」

 

「……ね、愛川さんて、そんな顔したっけ……?」

 

「へ?そんな顔……?」

 

なんだろう?私、変な顔してたかな……?

 

「いやね?『またダッシュで飛び出してくから』って言ってた時、なんかすごい楽しそうだったっていうか……」

 

「そうそう!楽しそうっていうか……なんかちょっと小悪魔?みたいな?いたずらっ子?みたいな?」

 

へ?小悪魔?いたずらっ子?

……私、そんな顔してたんだ。

 

「やっぱ最近愛ちゃんてちょっと変わったよね。特に今日はまたさらに輪をかけてって感じ」

 

「ねー!なんつーの?なんかすっごい生き生きしてる感じっつーの?」

 

「わかるー!なんか、愛ちんイイ表情するようになったよね!前ほどいい子って感じはなくなってきたけど、逆に今の方がいいかも」

 

 

 

……そっかぁ。私って、そんなにも変わってきてたのかぁ。

ふふっ、ホント恋ってすごいんだな〜。物心ついた頃からずっと変わりたいって思いながらも変われなかった“引っ込み思案の癖にお節介焼きのいい子ちゃん”が、ただほんの少し勇気を出せただけで、一歩前に踏み出せただけで、こんなにいとも容易く変われるんだ。

 

──変わる──

正確には違うんだろうな。元々私はこうだったんだろう。

だからこれは変わったんじゃなくて、自分を曝せる勇気が持てただけ。もしくは、本当の自分を見て欲しくなっちゃったのかもね。あの人に私を……愛川愛そのものを見て欲しいから……

 

 

「……えへへ、なにかあったといえばあったかなぁ」

 

だから私は、曝け出せるようになった自分をイイ感じになったって言ってくれる素敵な友人たちに、今自分に出来る最っ高の笑顔を向けてこう言ってあげるのだ!

 

「やっぱりね?……女の子には、素敵な恋が必要なんだね♪」

 

私は、「えぇぇぇっ!?」と驚く友人たちにじゃあねと背を向けて教室をあとにする。

もうそろそろ葉山先輩も来るころだよね。よし!まずは本日ひとつめの大仕事だぞぉ!

 

 

 

……あ……。明日ちゃんと友人たちに「振られちゃったんだけど」って訂正しとかなきゃね!

 

 

× × ×

 

 

教室でお話していたぶん遅れてグラウンドに到着すると、すでに部活は始まっていた。

いつもなら真っ先にあのグラウンドの中に居るはずの私がこうして外から眺めてるだけだなんて、なんだかすごく新鮮だな。

 

おっと、感傷に浸ってる場合じゃないんだった。私はグラウンドでストレッチを始めている選手たちへと歩み寄りながら、部長である葉山先輩の姿を探した。

背が高くて明るい茶髪の葉山先輩を見つけだすことなんて、一年近くマネージャーを続けていた私にはお手のもので、程なくして選手たちの中心に居る先輩を見つけだした。

 

「葉山先輩、お疲れさまです」

 

「……ああ、お疲れ」

 

制服のまま、髪もおろしたままの私に何事かとみんなの視線が集まる中、葉山先輩は笑顔で応えてくれた。でもその笑顔はどことなくぎこちない。

それはそうだよね。こんなの、異常事態だもん。

 

「どうかしたのか?愛」

 

いつもよりもずっと遅く顔を出したこと。制服のままでいること。

異常事態であることを表す私の状況には一切触れないで、ただ私からの言葉を待ってくれている葉山先輩。

 

渇く喉。小刻みに震える体。ここにきて……ここまできて、ようやく私は自分が緊張しているのだということを自覚する。

今から私がする事は、本当に身勝手極まりない行動だ。間違いなく部活にも迷惑が掛かるし、もしかしたら今まで共に汗をかいてきたみんなにも嫌われちゃうかもしれない。

 

──それでも……ここ数日間に味わった色んな緊張に比べたらなんてことないし、それに……、もういい子だなんて思われなくたっていいでしょ?嫌われたっていいでしょ?愛。

あなたはようやく本当に自分がやりたいことを見つけたんだから。

 

そして私は上手く声が出せるように、カラカラになった喉をこくりと潤す。

 

「…………葉山先輩。お話があります。少しだけお時間よろしいでしょうか……?」

 

 

× × ×

 

 

グラウンドから離れ、校庭の端に佇む私と葉山先輩。

他の部員たちはストレッチを終えて練習を始めてるけど、やっぱり気になるのかこちらにチラチラと視線を向けてくる。

 

「……愛、ホントにここでいいのか?言いづらい事なら、別に部室に戻ってでもいいんだぞ」

 

「はい、大丈夫です。お話が終わったら皆さんにもちゃんとご挨拶したいので、部室まで戻ってたら二度手間になっちゃいますしねっ」

 

「……そうか」

 

皆さんにもちゃんとご挨拶がしたい──私のそのセリフに疑問も持たずに「そうか」と返してくるくらいだ。私の目的には気が付いているんだろうな。

 

私はごそごそと鞄からひとつの封筒を取り出すと、失礼の無いよう封筒に両手を添えて葉山先輩へと向けた。封筒に書かれた文字が一目で分かるように。

 

「……誠に勝手ながら、本日をもってサッカー部を退部させていただきます。……今まで、大変お世話になりました」

 

深く頭を下げて封筒を差し出すと、葉山先輩はそっと封筒を受け取ってくれた。

 

「だろうな、とは思っていたよ。ここ最近の愛の様子を見ていたらな」

 

……あ、あれ?私って、そんなに辞めそうに見えてたのかな。

まぁ昨日の朝練はサボっちゃったし、午後練は先生からの呼び出しで遅刻しちゃったけど。

 

「……理由を聞いてもいいかな。まぁ部活に所属するかどうかは個人の自由だし、言いたくなければ言わなくてもいいんだけどね」

 

そう優しく問い掛けてきてくれる言葉とは裏腹に、どうしても気になるって気持ちがすごく流れ込んでくる。

 

「……えっと、ですね」

 

急な退部で迷惑を掛けてしまう以上、理由を聞かれるならちゃんと答えなきゃと思ってた私は、ふぅ〜と息を吐いて、一拍開けてから語りだす。

 

「私は……大好きな兄が楽しそうにサッカーをしてるのを見るのが大好きでした。……でも私は兄と一緒にプレイすることは出来ない。だから、そんな大好きな兄の姿を傍で見ているにはどうしたらいいのかな?って考えた時、思い浮かんだのが応援でした」

 

「……ああ」

 

「そしてその応援という手段は、次第に兄だけでなくサッカーが好きな人たち全てに向くようになって、一生懸命サッカーをしてる人たちの役に立てられれば、それは直接では無いにしても兄の役にも立てるってことにもなるのかな?って思い始めて、そして私はサッカー部のマネージャーになることを選びました」

 

「……そうか」

 

「そんな思いから始めたマネージャーというお仕事ですけど……、本当に……本っ当に楽しかったんですよ? 色々大変なこともあったけど、でも本当に楽しかったし本当に充足感がありました。サッカーが好きな人たちの近くで、一緒に汗かいて、一緒に喜んで、一緒に悔しがって……。始めはただ兄の背中を見ていたかっただけのはずなのに、気が付いたらホントに大好きになってました。このお仕事が」

 

「はは、そんな愛のおかげで、俺たちは本当に助けられていたよ。実務面でも、そして精神面でも」

 

「……えへへ、そう言って頂けるとホント嬉しいですっ…………。でも……」

 

そこまで言って、私は一旦顔を伏せる。

これから言うことは、そんな頑張ってる人たちを冒涜することにならないだろうか?って。

たかが一時の迷いで、そこまで大好きだと断言したマネージャーというお仕事を、私は捨ててしまうんだから。

 

でも……むしろこんな気持ちのまま続けたら、それこそ冒涜になっちゃう気がする。頑張ってる人たちと、そして応援したいって気持ちに。

 

私は、一旦伏せてしまった顔を上げて葉山先輩をしっかりと見る。もう迷いはない!

 

「好きだったけど、本当に楽しかったけど、でもっ……! 私はそんなのよりもずっとずっと大好きなものを見つけちゃったんです! 自分が今一番したいこと。自分が、今一番大切なものを。その為には、このマネージャーというお仕事なんかしてる時間が勿体ないと思うくらいに!」

 

 

その大好きで大切なものってなんだ?……そんな風に聞かれると思っていた私なんだけど、葉山先輩の口から出た音は、とてもとても予想外……というか、予想の範疇を遥かに超えていたのだった。

 

 

「…………チッ」

 

 

× × ×

 

 

……えっとぉ……今、舌打ち聞こえた、よね……?

私は、葉山先輩から聞こえるはずもない音に、つい体が固まってしまう。

 

「あ、あの……」

 

恐る恐る視線を向けると、そこには頭をがしがしと掻きながら深く溜め息を吐いている葉山先輩の姿が……

 

「はぁぁぁ〜……また、かぁ……」

 

「……また?」

 

「ああ。また、だ」

 

……こんな葉山先輩は初めて見る。一体どういうことなんだろうか。

ワケが分からなくて、私は葉山先輩の次の言葉をただ待つばかり。

 

「愛の大好きで大切なもの……それは、あいつのことだろ?」

 

「へ!?……あ、あいつ……?」

 

「ああ、あのどうしようもない捻くれ者のことだよ」

 

その瞬間、私は顔も身体もカァァッと熱くなる。

 

「ななななんで!?な、なんでですか!?」

 

葉山先輩は捻くれ者としか言っていない。言ってはいないけど、でも葉山先輩には全てが見えている、全てが分かっているんだってすぐ分かった。

あまりの予想外の展開に、色々と覚悟を決めていたはずの私はわちゃわちゃと慌てふためいてしまった。

 

「……愛は文実に居たからね。確かにあいつはあそこで酷く嫌われていたが、愛みたいな子なら、もしかしたらあいつの真意に気付くかも知れないと思って、たまに様子を伺っていたんだ」

 

「そうなん……ですか?」

 

「ああ。そして文化祭が終わってからしばらくの落ち込み具合や体育祭を経ての気持ちの回復、そして極め付けはクリスマス前にあいつがいろはを訪ねてきた時の、普段の愛ではあり得ないような慌てた姿を見ていればさすがにね」

 

う、嘘……私の恋心、そんなに前からバレバレだったなんて……

その事実に、私の頬が真っ赤に燃え上がる。

 

「そこへ来てのバレンタイン当日の朝練を休んで、翌日には退部届けの提出。ははっ、こんなの誰にだって分かるさ」

 

「〜〜〜っ」

 

あまりの恥ずかしさに顔を上げられないでいる私に、葉山先輩が自身の意見を即座に否定した。

 

「いや……誰にだっては言い過ぎか。……俺だから、俺だからこそ分かったのかもな」

 

──葉山先輩だからこそ……?

まだまだ火照り続ける顔を上げて葉山先輩へと向けるのは恥ずかしくて堪らなかったんだけど、葉山先輩だからこそ……その意味がどうしても気になってしまい、なるべく顔を見られないようにチラリと上目遣いで覗き込んでみる。すると葉山先輩は何かを思い出しているかのように少し遠くを見ていた。

 

 

「俺は………………あいつが嫌いだ」

 

 

 

葉山先輩の口から出た衝撃的な言葉。この人が、誰かを嫌いだと明言することがあるだなんて……。でもなんでだろう?はっきりと嫌いと口にしているのに、その表情は……

 

「本当に忌々しい奴だよあいつは。俺のやり方とは全然違うやり方で、俺には出来ないことをいとも容易くやってのける。……あいつを見ていると、俺はどうしようもなく劣等感に苛まれるんだ。悔しくて堪らない……だから俺はあいつから目を逸らしたくなる。でも逸らしたくなればなるほど、気が付いたらあいつを意識して、対抗しようと藻掻いている自分に気が付いて、そしてまた劣等感に苛まれる」

 

「……」

 

「あいつは、雪ノ下さんも結衣も変えた。優美子や姫菜、戸部も少なからず影響を受けている。……そして気が付いたらいろはの目にもあいつしか映らなくなっていて、そしてとうとう愛までこんなにも強く変えてしまった。……まったく、本当に忌々しい。だから俺はあいつが大嫌いだ」

 

……葉山先輩がこんな風に自分の弱くて醜い部分を他人に曝す事があるだなんて……。でも、でも私はそんな風に弱さを曝している葉山先輩の表情を見て、ついつい微笑んでしまう。

 

「ぷっ!……ふふ、突然舌打ちしたり悪態吐いてるわりに、葉山先輩の顔はなんでそんなにも楽しそうなんですかっ?」

 

 

そう。葉山先輩は、舌打ちしてから比企谷先輩の悪口を吐き出している最中まで、悔しそうに苦々しそうにしながらも、その表情はなぜだかとても楽しそうな笑顔だったのだ。

 

 

× × ×

 

 

「酷いな、愛。こんなにも情けない胸の内を吐露している先輩を見て吹き出すなんて」

 

そう苦笑しながら嘆く葉山先輩だけど、そんな表情見たらどうしたって笑いこぼれちゃいますよ?

 

「ふふ、だってとても人の陰口を叩いてるようには見えないくらい笑顔なんですもん」

 

「俺、そんなに笑ってたか?……いや、笑っていたのかも知れないな」

 

「嫌い嫌い言うわりに、なぜそんなに嬉しそうに笑ってるんですか?」

 

私の質問に、腕を組んで少し考える素振りを見せる葉山先輩。でもすぐにでも答えが出たのだろう。また苦笑いに戻りこう答えた。

 

「……そう、だな。確かに悔しくて忌々しくて大嫌いな奴だけど、だからこそ楽しいのかもしれない。……ただの敵じゃなくて好敵手ってやつなのかもな。もっともあいつはライバルだなんて思ってもいないだろう。腹が立つことに眼中にないんじゃないかな」

 

そう悔しげな苦笑いを浮かべる葉山先輩を見て思う。

……葉山先輩みたいな人にはライバルなんていない。いつだって相手は敵対しようだなんて思わないから。

だからこそ……この人は悔しくてもそれがどこか嬉しいのかも。

 

「あぁ、あと愛。ひとつ誤解を解いておきたいな。言っておくが俺はあいつの陰口なんて叩いてないぞ? 俺はちゃんとあいつに直接嫌いだと伝えてあるんだ。だからこれは断じて陰口なんかじゃないんだからな?」

 

「ぷっ、そんなのどっちでもいいじゃないですか」

 

「そうはいかない。俺の沽券に関わるくらいだ」

 

あはは、なんか今日の葉山先輩はちょっと子供みたいだな。比企谷先輩が関わるとこうなっちゃうのかな?でも……

 

「……正直言いますと、私は今まで葉山先輩のことは特になんとも思ってませんでしたけど、もし始めからずっと今の葉山先輩だったら、出会う順番が違ってたらもしかしたら好きになっちゃってたかもしれないです。……えへへ、まぁ比企谷先輩には全っ然敵いませんけどねっ」

 

「あ、あはは……、それは俺は喜んでいいのか?」

 

「はい。よっぽどのことですよっ?」

 

 

× × ×

 

 

最初は緊張して、次に恥ずかしくて俯きっぱなしになっちゃったこの退部願いも、いつの間にか和やかな空気に包まれている。それもこれも、葉山先輩がホントは言いたくも無いであろう胸の内を打ち明けてくれたからなんだろうな。

 

「あれですね。私と葉山先輩は、比企谷先輩被害者の会の同士みたいなものですね」

 

「……被害者?……いや、でも愛は比企谷に告白したんじゃないのか?」

 

……うっ……痛いとこをっ……

それに、気持ちはずっと前からバレバレだったと言っても、直接そんな風に言われちゃうとさすがに恥ずかしいですよ……。意外とデリカシー無いのかな、この人。

 

「……うー、……そ、そこら辺は……その、察してください」

 

「……え?そ、そうなのか……?」

 

「だ、だから察してくださいってば……」

 

やっぱりちょっとデリカシー足りないかも!

 

「す、すまない!俺はてっきり……あ、いや、これ以上は藪蛇だな」

 

「ヘビ突つき過ぎですよ、もうっ……」

 

「……すまん。そ、それにしても」

 

ホントに申し訳なさそうに頬をポリポリと掻きながらも、まださらに追及してくる葉山先輩は、デリカシーが足りないんじゃなくて中々の意地悪さんなんじゃないのだろうか?

 

「……愛を振るだなんて、ホントあいつは身の程知らずな奴だな」

 

ふふっ、それともようやく被害者の会の仲間を見つけて本音で愚痴を溢せる嬉しさから、ついつい口が滑らかになっちゃってるのかもね。

 

「……それどころか、他の誰かさんに取られちゃいましたしねっ!」

 

「……え?そうなの……か?……それはまた、なんというか」

 

もうなんとも言わなくてもいいですってば!

 

「ていうか……それなのに、なのか……? そんな状況なのに、愛は自分からあいつの所に?」

 

──葉山先輩の口から漏れた言葉、それは当然の疑問だろう。私ももしも他人事だったら、同じように驚いちゃったり呆れちゃったりすると思う。

でもね?本当の恋を知っちゃったら、居ても立ってもいられなくなっちゃうんですよ?恋する乙女は。

 

「……それでも、です」

 

だから私は、そんなのもう覚悟済みだよ?って決意の笑顔を向ける。

 

「……そうか、本当に強いな、君は。……その、なんて言ったらいいか俺には良く分からないんだけど、愛も大変なんだな」

 

「そうですよ。強くもなるし、すっごく大変なんですよ?本物の恋心を知っちゃった女の子は。……理屈じゃないんです。……それに」

 

そして私は、取って置きの決めゼリフを葉山先輩にぶつけてやる。

昔、お兄ちゃんの部屋で読ませてもらった漫画に出てきた、とても素敵な監督さんのとても素敵なセリフを。

 

「……諦めたらそこで試合終了ですよ?」

 

「ぷっ、それバスケだろ」

 

むっ!……どうやら葉山先輩も知ってたみたいです……ちょっと恥ずかしいかも。

 

 

 

私がサッカー部に所属してから、あと一ヶ月とちょっともすれば、一年という中々に長い月日が経つ。

残念ながらその一年は迎えられなかったけれど、それでもこの決して短くはない時間の中で、こんなにも葉山先輩とお話したのって初めてだよね。

マネージャーの代表みたいな存在の私と、選手の代表な存在の葉山先輩は、言わばお仕事上の関係?みたいに部活動に関するやり取りはしてたけど、こうやって真正面から向き合ったのは初めてな気がする。

 

初めて向き合った葉山先輩との会合は、私が思っていたよりもずっと心地の良いものだった。今日の葉山先輩をいつも出してれば、この人はもっともっと人を惹き付けちゃうのかも。ふふっ、そういう良さがちゃんと分かる人には、ねっ。

 

 

そんな葉山先輩との最初で最後の向き合いも、そろそろ終わりを告げようとしている。

 

「……葉山先輩」

 

さっきまでの弛緩した空気を少しだけ引き締めて、私はこの素敵な先輩へと深々と頭を下げた。

 

「短い間ではありましたが、本当に本当にお世話になりました。……この度は私のどうしようもない私情による突然の退部願いで部活に多大なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ありません。……にも関わらず、こうして気持ち良く退部を認めて頂けて、私は本当に幸せ者です」

 

私は心からの感謝とお礼を述べて満足気に頭をあげる。すると葉山先輩はとても優しい笑顔でこう答えてくれた。

 

「いや、それは全然構わないんだ。俺たちサッカー部員は、多かれ少なかれ愛に助けられてきた。だから愛が本当にやりたいことを見つけたっていうんなら、本心から快く送り出してやりたいよ。……やりたい気持ちは山々なんだけど……」

 

「?」

 

なんだけど?と小首を傾げていると、

 

「……はぁ……正直なところ、やっぱり愛が抜けるってのは痛いなぁ……。最近はいろはもたまにしか顔を出さないし、これからちょっと不安だよ……」

 

なんて、頬を掻きながら苦笑する葉山先輩。せっかくいいところだったのに〜……

 

「もうっ……そこは「あとのことは心配するな。俺たちに任せておけ」って胸を張って背中を押してくれるところですよ?……それに……」

 

本当に申し訳ないけれど、私はさらに追い打ちをかけなければならない。

 

「……非っ常に申し上げにくいんですけどっ……その……い、いろはちゃんも、たぶん近いうちに退部届けを持ってくるんじゃないかな〜……と」

 

「……え……。そ、そうなのか!?そ、それはさらにキツい……っていうか……いろはも退部って、もしかして比企谷とって……えっと……そ、そういうことなのか……?」

 

「……だからもぉ……察してください……ってば……」

 

「すまん!」

 

うー、せっかくの気持ちのいい去りぎわが台無しになっちゃったじゃないですかもー。

 

「……大体ですよ?」

 

だから、今度は私がずっと言いたかったことを言って葉山先輩を責め立ててやるんだー!えへへ。

 

「そもそもひとつの運動部に4人も女子マネが居る時点で恵まれ過ぎてるのに、その状況に胡坐をかいて真面目に部活動してる私といろはちゃんにだけ頼りきって、真面目にやってない子たちを怒りもしないで教育を怠っていたのは部長である葉山先輩の責任なんですからねっ? 私たち真面目組ばっかり、今までどれだけ大変だったと思ってるんですか!? そんなに皆にいい顔ばっかりしてたらあとで皺寄せきちゃうのなんて当然なんですから、真面目組の退部を嘆く前に不真面目組にきっちり仕事をさせてくださいねっ!」

 

左手を腰にあてて、びしぃっ!と右手の人差し指を葉山先輩に突き付け、ふんすっと頬っぺたを膨らませた。

 

「め、面目ない……申し開きも無いよ。……ははっ、ホントに変わったな、愛」

 

「……ま、まぁそこはあの子たちに不満があっても、恐くて言いだせずにいた私の責任でもありますし……? これから皆さんに退部報告するんで、この際だから最後くらいはあの子たちにもびしっと言っていってあげますけどもっ……」

 

「はは、宜しく頼むよ」

 

「もう!だからそこは俺に任せとけじゃないんですか!?……ぷっ」

 

「ははっ」

 

 

こうして私 愛川愛は、11ヶ月という長いようで短かったサッカー部マネージャー生活に幕を閉じたのでした。

 

 

× × ×

 

 

私は校内に戻り、特別棟へと伸びる渡り廊下を迷わず進む。ブレザーのポケットから取り出したシュシュで髪をまとめながら。

 

今までサイドに髪をまとめるのは、部活動に邪魔になるからまとめていただけだけど、これからの私は常にこれで居ようと思う。

あの人の印象の中での私は常にサイドポニーなんだってことが昨日判明したから、こんな些細な印象でも、あの人に私の印象を強く持って貰えるんならなんだって利用したいし、何よりも髪を結ぶって行為が私の気持ちを引き締めてくれる気がする。

今から私が向かう場所は、生半可な気持ちのままじゃ一瞬で心が折れちゃう戦場。これからは毎日が戦いみたいなものだから。

 

 

……こんこん、と、とある教室の扉を叩く。

その教室のプレートには何も書かれておらず、一見しただけでは何の為の教室なのか分からないし、ここが私の目的地で合っているのかどうかさえとても分かりづらい。それでもそのプレートに貼られた何枚かの可愛らしいシールが、ここが目的地で合っているのだということを教えてくれている。

 

「……どうぞ」

 

 

そして私は昨夜用意したもう一通の封筒を握り締めてその扉に手をかけた。私の最終決戦の、そして戦いの始まりの地へと続くその扉へ。

 

 

続く







読者さま達の予想を覆して、愛ちゃんが前回ラストで書いていた用紙はなんとっ!まさかの退部届けでした(棒)
それではもう一通の用紙には、一体なにが書かれているというのかっ!?(棒)



さ、茶番はここら辺にしておきまして、今回も誠にありがとうございました!
元々は新いろはすSSとして、短編として書いたものを無理やり長編連載版として始めた作品なのに、気が付いたらいつのまにやらオリキャラがヒロインになってしまったこの謎作品も、ついに次回で(たぶん)最終回を迎えます☆


それでは皆様、この愛川愛ちゃんの成長物語、あともうちょっとだけお付き合いくださいませ(^^)



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。