怠け者の魔法使い   作:ゆうと00
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第4話 『才能』

「ねぇねぇ、昨日のテレビ観た?」

「観た! 美嘉ちゃん、凄く格好良かったぁ!」

「莉嘉ちゃんも可愛かったし! やっぱ“ファミリアツイン”は最高だよね!」

 

 場所は、とある中学校。時間は、ホームルームが始まる前の朝。

 とある教室にて、3人の女子生徒が入口を塞ぐように(たむろ)してお喋りしていた。教室に響くほどの大音量だが、教室にいる他の生徒も似たような感じで談笑しているので咎める者はいなかった。

 

「ああもう、美嘉ちゃんも莉嘉ちゃんも可愛すぎ! しかもファッションとか超イケてるしぃ!」

「あれで私達とほとんど同い歳なんだから凄いよねぇ! あれだけ人気もあったら相当稼いでるだろうし、本当に才能って持ってる人は持ってるんだねぇ……」

「本当だよ、アタシなんて全然冴えない生活送ってるっていうのに……」

「そんなことないってぇ! ユリすっごい可愛いんだから、アイドル目指せば良いじゃーん!」

「そうだよぉ! “ファミリアツイン”って346プロって所に所属してるんだっけ? そこのオーディション行ってみれば良いじゃーん! ユリだったら、絶対にすぐトップアイドルになれるよ!」

「何言ってんのよ2人共ー! そんなわけないでしょ、もー!」

 

 2人に褒められて口では否定している様子のユリだったが、その表情はまんざらでもない雰囲気がありありと滲み出ていた。確かに彼女は他の2人よりも顔が整っており、普通の同年代と並べたら人の目を惹くくらいには容姿が優れていると言えるだろう。その容姿も相まって、彼女はクラス女子の中でも中心的な立場にいる。

 だがせっかくのその顔も、何やら気配を感じて後ろを振り返った途端、醜悪に歪められた。

 

「何、星さん? 黙って後ろに立ってるとか、気持ち悪いんだけど」

 

 そこにいたのは、引きつった笑みを浮かべる輝子だった。142センチと小柄な体躯をしているため、彼女が顔を俯かせるとユリからはその表情が完全に見えなくなる。

 

「いや、その……、教室に入りたいんだけど……」

「あぁ? 別にここじゃなくて、前から入れば良いでしょ。そんなことも思いつかないの?」

「フ、フヒ……、ご、ごめん……」

 

 輝子は頭を下げるとすごすごと引き下がり、言われた通りに前のドアから教室へと入る。

 そしてそんな彼女の姿を、3人が蔑んでいることを隠しもしない下品な笑みで眺めていた。

 

「本当、星さんっていっつも暗いわよねぇ」

「“星が輝く子”とか言いながら、全然輝いてねぇじゃんってね」

「アッハッハッハッハ! 完全に名前負けしてんじゃないの!」

「まったく、ユリを見習えとは言わないけどさぁ、もっと性格どうにかならないの? 笑い声とかキモいし」

「ねぇ、知ってる? あいつってキノコが好きらしいわよ? この前図書室でにやにやしながら図鑑眺めてるの見たわ」

「マジで? うわ、引くわぁ」

 

 3人は自分達だけの中で会話をしているのかもしれないが、元々周りを気にせずに大声で話す癖がついているせいで、本人の輝子にもその会話はばっちり聞こえていた。そしてクラスメイトもそれに気づいているだろうに、ちらちらと輝子の方を見遣るだけで3人を止めようとしない。

 

「…………」

 

 そして自分の席に座っている輝子は、そんな会話に対して何の反応も見せず、自分の腕を枕に机に顔を突っ伏していた。普段教室にいるときの彼女の基本体勢であり、どんな会話が聞こえようと彼女はこれでやり過ごしてきた。

 

「……フヒ」

 

 いつものこと、と輝子はホームルーム開始のチャイムが鳴るまでそのままだった。

 

 

 *         *         *

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 腹の底からすべてを吐き出す勢いで声を絞り出し、ピックを持った右手を限界まで高速で往復させる。ピックが引っ掻いた弦から送られる電子信号がアンプへと送り出され、輝子の叫び声に追従する金切り声のような音が部屋全体に響き渡った。普段は単なる“音”でしか認識されない声や音色も、輝子の手に掛かれば空気を振るわせて伝わる振動であることを聞く者にその身で実感させることができる。

 

「いやぁ、やっぱり輝子ちゃんをスカウトしたのは間違いなかったねぇ」

「うう……、確かに輝子ちゃんは凄いですけど、ナナの体にこの音はちょっときついです……」

 

 現在輝子がいるのは、杏が劇場予定地として確保してある雑居ビルの地下室である。そして彼女がここにいるということは、当然ながら杏や菜々もそこにいるということであり、杏は楽しそうに笑いながら拍手を、菜々は苦しそうにしながらも拍手を贈っていた。

 

「フヒヒ……、あ、ありがとう……」

 

 そして拍手を贈られた輝子は、にへら、という擬音が似合いそうな気の抜けた笑顔を浮かべ、照れたように頭を下げた。

 

「それにしても輝子ちゃん、何か今日の演奏はいつもより気合いが入ってるような気がしたんだけど、何かあったの?」

「……べ、別に何も無かったぞ?」

 

 杏の言葉で輝子の脳裏に今朝の学校の出来事が浮かんだが、傍目には“何も起こっていない”ので嘘は言っていない、と輝子は自分に言い訳しながらそう言った。

 

「ふーん、まぁ良いか。――やっぱり輝子ちゃんは普通のアイドルみたいに踊ったりするよりも、そうやってギターを持って歌った方が良いね。曲も輝子ちゃんの好きなメタル路線で行こう」

「フヒ……、い、良いのか……? アイドルがこんな曲で……」

「良いじゃん、個性があって。ていうか、最初からそのつもりでスカウトしたんだから」

「……フヒ」

「ふふ、輝子ちゃん、照れちゃって可愛いですね」

 

 杏の言葉と菜々の追撃により、輝子の顔は真っ赤に染まりきっていた。輝子は顔を俯かせて、にやにやと口角の上がる口元を手で覆い隠している。

 と、そのとき、

 

「――――ん?」

 

 ふいに杏が入口へと顔を向けた。菜々と輝子がその行動に首をかしげるが、すぐに入口から誰かの足音が聞こえてきたため杏と同じように入口を見遣った。リズミカルに外の階段を下りていくその足音は、テンポが速く軽い音ながらも力強さを感じる。

 やがて入口のドアの前に、誰かがやって来た。そのシルエットはとても大きく、軽く見積もっても180台後半は確実に行っているだろう。

 

「……あれ、もしかして……」

 

 そしてそのシルエットに心当たりがあるのか、杏が何かに気づいたように声をあげたが、その声は直後にドアを開けて入ってきた人物に掻き消された。

 

「にょわ――――! 杏ちゃ――――ん! 会いたかったにぃ!」

 

 部屋に入ってきた女性――諸星きらりは、その瞬間杏に向かって一直線に駆け寄り、彼女が反応する前に抱き上げてその身に抱き寄せた。まるで自分の体に取り込もうとするかのような勢いで彼女を抱きしめ、体全体で彼女に対する愛おしさを表現しているようである。

 だが忘れてはならないのは、彼女は190センチに到達するほどに大柄であり、杏は140センチにも満たない超小柄な体だということだ。

 

「え? あ、あの! 杏ちゃんが大変なことに!」

「フヒ……! え、ええと……!」

「んにぃ? ――あぁ、杏ちゃん! ごめんねぇ!」

 

 自分の腕の中で杏がぐったりとしているのを見て、きらりが慌てて彼女を解放した。杏は床にべちゃりと倒れ、「死んだはずのお爺ちゃんが見えた……」と呟きながらゆっくりと立ち上がった。

 

「んで、どうしてきらりがここに来たの? というか、どうしてここが分かったの?」

「杏ちゃんがお仕事始めるって聞いて、きらり居ても立ってもいられなくて、色んな人に聞いて回ってたんだよぉ! そしたらきらりのお店の店員さんが、この辺りで杏ちゃんみたいな人を見掛けたって言ってたから、もしかしたらって思ったんだぁ!」

「あぁ、そういえばここからきらりの店って結構近かったっけ……」

「思わぬところから居場所がばれちゃいましたね」

 

 とはいえこの建物だと確定できる情報ではないし、きらりが来たこの時間に杏がいたという保証は無い。もしかしたら何日も同じ場所を懸命に探していたのかもしれないが、それでもこうして会えた時点でもの凄い巡り合わせだ。

 

「というか、普通に杏に電話で聞けば良かったのに」

「……だってだってぇ、杏ちゃん、忙しいかもしれないでしょ?」

「……別にきらりと電話する時間くらいあるんだから、変に気を回さなくて良いんだよ」

 

 居心地悪そうにそっぽを向いてそう言う杏だったが、その視線の先では菜々と輝子が何か言いたげにニヤニヤと笑みを浮かべていたため、杏は改めて逆方向にそっぽを向く羽目になった。

 

「んでんでぇ、この2人が杏ちゃん所の新しいアイドルかにぃ?」

 

 そしてきらりはそんな杏に何も言わず、まじまじと菜々と輝子を観察し始めた。菜々も輝子も140センチ台と小柄な体格なので、190センチのきらりに迫られた2人は圧倒されて顔を引きつらせていた。もちろん、あの“奇跡の10人”の1人であるきらりと顔を合わせる緊張もある。

 

「は、はい! 安部菜々といいます! よろしくお願い致します!」

「ほ、星輝子……! よ、よろしく、お願いします……」

 

 2人が自己紹介をして頭を下げると、

 

「うっきゃあ! 2人共、すっごく可愛いにぃ!」

「ひぃっ!」

「フヒッ!」

 

 きらりはいきなりそう叫んで、がばりと勢いよく2人を抱きしめた。肉食動物が草食動物を補食するかのごとき素早い動きに、2人は目の前にいたにも拘わらずまったく反応できなかった。そして突然のことに驚いて身を捩らせるも、まるでコンクリートにでも固められたかのようにまったく動かない。

 

「はいはい、きらり。2人が可愛いのは分かるけど、そろそろ離さないと気絶しちゃうよ」

「うぅ……、またやっちゃったにぃ……。2人共、ごめんね?」

「はぁ……はぁ……、い、いえ……、気にしないでください……」

「……フヒ、うん、大丈夫……」

 

 口ではそう言ってる2人だが、体力を消耗させてぐったりとしているのは明らかだった。

 

「ねぇねぇ杏ちゃん、ここが杏ちゃんの事務所?」

「事務所っていうか、ここに劇場を作るんだよ。んで、菜々さん達にライブをしてもらうの」

「うっきゃあ! それ、すっごく面白そう! もしできたら、毎日観に行くよぉ!」

「いや、きらりも自分の仕事とかあるだろうし、それにライブだって土日くらいだからね」

 

 初めて杏の口から聞かされた劇場の仕様に、菜々が納得するように頷いた。

 

「確かに、輝子ちゃんはまだ中学生ですからね。授業のある平日に休むわけにもいきませんし」

「……フヒ、ご、ごめんな、菜々さん……。私のせいで、休日にしかライブができなくて……」

「いえいえ、輝子ちゃんが謝ることじゃありませんよ! 平日に溜め込んだエネルギーを、休日に爆発させれば良いんですから!」

「そうだよ、輝子ちゃん。それに毎日ライブをしたところで、菜々さんじゃ体力が保たないよ」

「な、何を言ってるんですか杏ちゃん! そ、その、が、頑張ればナナだって、ほら……!」

「そこは嘘でも断言するところでしょ……」

 

 あからさまに狼狽える菜々に呆れながら、杏は頭の中で考え込んでいた。

 確かに休日だけライブという日程にしたら、平日に菜々が暇を持て余すことになる。その分をレッスンに当てるという考えもあるが、せっかくの時間をそれだけに費やすというのも勿体ない。

 何か良い考えは無いものか、と杏が考えていると、きらりが満面の笑みを浮かべて、すすす、と杏の傍へと寄ってきた。

 

「んでんで、杏ちゃんはアイドルとしてステージには立たないの?」

「杏が? そんなの嫌に決まってんじゃん。杏の代わりに働いてもらうために、2人をアイドルにするんだよ? 杏がアイドルに戻ったら本末転倒じゃん」

「ちぇー。また杏ちゃんと一緒にお仕事できるって思って、すっごーく嬉しかったのになぁ」

 

 口を尖らせて不満をアピールするきらりに、杏はちらりと彼女を見遣るだけで特に何も言わなかった。

 しかしきらりはそれを気にする様子は無く、

 

「ねぇねぇ、杏ちゃん? いつから劇場はオープンするの?」

「うーん……、当分は先になるかなぁ……。色々と準備しなきゃいけないし」

「準備?」

「うん。ライブのスタッフとか集めなきゃいけないし、衣装も用意しなきゃいけないし……」

「衣装だったら、きらりが作ってあげるよ?」

「きらりの作る服って、可愛いやつが多いでしょ? 菜々さんはともかく、輝子ちゃんはそういう路線じゃないよ?」

「だいじょーぶ! お客さんのリクエストに応えるのが、きらりの役目だにぃ!」

 

 自信満々に胸を叩くきらりの姿に、杏は素直に感心したように頷いていた。

 

「でも一番の問題は、やっぱり曲だよなぁ……」

「曲?」

 

 杏の言葉にきらりだけでなく、菜々や輝子も彼女へと顔を向ける。

 

「やっぱし一番重要なのって、曲でしょ? そりゃ衣装とかライブの演出でお客さんを呼び込むこともできなくはないけど、それだってある程度曲の完成度があって成立するものだし。それにライブをするからには、それなりの時間を保たせるくらいに曲の数を揃える必要があるしね」

「李衣菜ちゃんに作ってもらう?」

「うーん、やっぱりそれが現実的かなぁ……。1回李衣菜に会って打合せしておこうかな……」

「あ、あの……」

 

 そのとき、おずおずと輝子が手を挙げた。3人が一斉に彼女へ顔を向けたため、「フヒィッ!」と驚きの声をあげた。

 

「どうしたの、輝子ちゃん?」

「あ、あの……、その曲って……、じ、自分で作ることはできないのか……?」

「作る……って、まさか輝子ちゃん、自分で曲を作れるの?」

「う、うん……。単なる趣味で、人に聞かせられるものじゃないかもしれないけど……」

 

 自信なさげに、後半につれてどんどん声が小さくなっていくが、それを聞いた3人は一様に驚きの表情を浮かべていた。

 

「うっきゃあ! 輝子ちゃん、凄いにぃ!」

「自分で作れるんだったら、そっちの方が助かるよ。人に頼むより安く済むし」

「フ、フヒ……、そうか……」

「それで、その曲って聞くことはできる?」

「……えっと、自分の部屋にデータがあるから、一旦家に帰らないと……」

「よし、今から輝子ちゃんの家に行こう」

 

 即決だった。

 

「フヒ……! い、今からか……?」

「今からだと、さすがに親御さんの迷惑になりませんか?」

「あ、そ、それなら大丈夫……。今日は2人共、帰りが遅くなるらしいから……」

「おお、それは都合が良い。今からみんなで輝子ちゃんの家に行って、輝子ちゃんの曲をチェックしよう」

「すっごーい! 杏ちゃんがやる気満々だにぃ! アイドルのときにも、こんなにやる気になったことないのに!」

「余計な言葉だよ、きらり。まぁ、否定はできないけど……」

「それじゃよろしくお願いしますね、輝子ちゃん!」

 

 あっという間に輝子の家庭訪問が決まっていく中、

 

「……自分の部屋に人が来るなんて、こ、これがリア充か……!」

 

 1人顔を俯かせて、にやにやと笑みを浮かべていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 輝子の家は、ごく普通の住宅地に建てられたごく普通の家だった。周りの家と外観も大きさも特に変わったところはないし、玄関を潜ってからもその印象は変わらない。

 

「こ、ここが私の部屋だ……」

 

 輝子は2階の一番奥のドアに杏達3人を案内すると、おもむろにズボンのポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。それは鍵であり、ドアノブの鍵穴にそれを差し込んで捻ると、がちゃりと音を立てて錠が外れる。

 

「……輝子ちゃん、自分の部屋に鍵を掛けてるんですか?」

「フヒ……、そ、そうだぞ……。部屋の鍵は常に持ってて、絶対に手放さない……」

 

 輝子の言葉に、3人は互いに顔を見合わせて複雑な表情を見せた。しかし輝子がドアを開けて部屋の中へと入っていくので、今は何も言わないことにして彼女の後をついていくことにした。

 そして、

 

「……こ、これは何とも、個性的な部屋ですね……」

 

 一通り部屋を見渡した菜々が、思わず呟いた。

 部屋の大きさ自体はごく普通だが、その中にあるものが何とも異質だった。まず目を惹くのは、壁に立て掛けられている、杏が初めて輝子と会ったときに持っていたエレキギター。机の上にはパソコンがあり、その手前にはキーボードだけではなく、楽器の意味でのキーボードも置かれている。おそらくそれを使って、ギター以外の音色を打ち込むのだろう。

 しかし何といっても特筆すべきは、部屋のあちこちに視線を遣る度に目に入る、様々なキノコグッズだろう。ベッドに置かれたキノコ型のクッションだけでなく、キノコのポスターが壁のあちこちに貼られ、窓際にはガチャガチャの景品らしき小さなキノコのフィギュアが飾られている。

 さらに言うと、そのキノコは椎茸やエリンギのような食用も少しはあるが、その大半はおどろおどろしい見た目をした毒キノコだった。明らかに毒だと分かる赤黒いものや、炎のようにうねうねと空に伸びるもの、さらには思わず目を覆いたくなるほどにグロテスクな見た目をしたものまで多種多様で、部屋の雰囲気を異様なものにするのに一役も二役も買っていた。

 

「……うっきゃあ、輝子ちゃんのお部屋、その……、凄いにぃ……」

 

 普段はパワフルに人を振り回すきらりも、このときばかりはその勢いをまるで失っていた。

 

「あ! で、でもこのキノコのフィギュアは綺麗ですよ! 白くて何だかシュッとしてるし、とても優雅な感じがしますね!」

「フヒ……、さすが菜々さん、お目が高い……」

「おお! 輝子ちゃんでも一押しのキノコなんですね! これって何ですか?」

「それはドクツルタケ……。世界でも中毒死の報告が絶えない代表的な毒キノコだ……。食べると24時間以内に腹痛・嘔吐・激しい下痢を引き起こす……。そして一旦は症状が沈静化して治ったと思わせたところで、24時間から72時間後に、肝臓や腎臓機能障害を引き起こして肝臓をスポンジ状に破壊、内臓をボロボロにして死に至らしめる……。ちょうどキノコ1本分が人間の致死量、しかも遺書を書く時間も与えてくれるという超親切設計の毒キノコだな……」

「ひいぃっ! なんでそんな怖いキノコのフィギュアを飾ってるんですか!」

「へぇ、これがドクツルタケなんだ。名前だけは聞いたことがあるけど、こんな見た目をしてるんだね」

「ちょっ! なんで杏ちゃんは平気な顔してるんですか!」

 

 平然とした表情でそのフィギュアを眺める杏に、すっかり怯えてしまった菜々が声を荒げる。

 

「いや、そりゃ怖い毒キノコかもしれないけど、所詮は作り物でしょ? 別に死ぬわけじゃないんだから、そんなに怖がることないじゃん」

「フヒ……、だったら、本物、見る……?」

「……え? 本物って?」

 

 杏が尋ねると、輝子は意味深な笑みを浮かべながらクローゼットの方へと歩いていく。

 そして彼女がそのドアを開けた瞬間、

 

「ひぃっ!」

「うわっ!」

「うきゃあ!」

 

 3人は一斉に悲鳴をあげた。

 クローゼットの中にぎっしりと詰まっていたのは、様々な種類のキノコだった。鉢に生えたキノコから丸太に生えたキノコまで豊富なラインナップを揃えており、ドアを開けた瞬間に腐った木の匂いやムワッと来るじめじめした空気などが杏達に襲い掛かる。

 そしてそのキノコの中に、先程フィギュアで見掛けたドクツルタケもあった。

 

「フヒ……、これが、ドクツルタケだよ……」

「……ま、まさしくフィギュアそのまんまですね……」

「でもでもぉ、こうして見ると結構綺麗だにぃ……」

「……確かに綺麗だけど、これ、毒キノコなんだよね?」

「洒落じゃ済まないほどの猛毒だ……。間違っても、食べてみようなんて思わない方が良い……」

 

 3人はこのときになってようやく、輝子が自分の部屋に鍵を掛けている意味が分かった。親などが部屋に入ってきて、万が一にもこうした毒キノコが口に入るのを防ぐためだったのである。

 

「フヒ……。で、でも……、一人で集中したいときとかでも、結構鍵を閉めてるけどな……。曲を作ってるときとか……」

「というか、その曲を聴くためにここに来たんだった。危うく忘れるところだったよ」

「うっきゃあ! 輝子ちゃんの曲、すっごい楽しみだにぃ!」

 

 いよいよ輝子の曲が聴けるということで、きらりが興奮したように声をあげた。パソコンを立ち上げて色々準備している輝子を、“わくわく”といった擬態語が今にも聞こえてきそうな様子で眺めている。

 そしてそれを見ていた菜々が、こっそりと杏に近づいて耳打ちする。

 

「あの、杏ちゃん。きらりさんって、輝子ちゃんがどんな曲をやるか知らないままですよね?」

「うん、そうだね。でも何か面白そうだから、このままにしておこう」

「杏ちゃん……」

 

 菜々が呆れ果てたそのとき、輝子の準備が終わった。

 

「フヒ……、準備、できたぞ……」

「おおっ、それじゃさっそく聴かせてー」

「わ、分かった……」

 

 輝子が再生ボタンをクリックする。そして部屋に流れたのは、不穏な雰囲気を漂わせるベース音とバスドラムだった。

 

「……あれ?」

 

 輝子の見た目からもっと可愛らしいポップなものを想像していたきらりは、思っていたのと違うイントロに首をかしげる。

 そして、次の瞬間、

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

「――ひぃっ!」

 

 空気を切り裂くようにして突如鳴り響いたギターとシャウトに、きらりはビクゥン! と思いっきり体を跳ねさせて驚いていた。それを隣で見ていた杏がしてやったりといった笑顔を浮かべ、さらに隣にいた菜々がそんな杏を見て大きな溜息をついていた。

 やがて前奏が終わり、輝子の歌声が流れてきた。同年代の少女に比べると声が低く、重低音がしっかり効いている伴奏と合わせても浮いた印象は無い。そしてそんな声から放たれるのは、常に誰かと連んで孤独な人間を見下している奴らに対する恨みや妬みや皮肉などが、一切オブラートに包まれることなく、しかしけっして安直な言葉を使うことなく描かれている。好き放題叫んでいるように思わせて、韻のつけ方や言葉遊びなどがしっかりと練られている。

 はっきり言って、素人のレベルを超えていた。しかもこれを作ったのが僅か15歳の少女というのが、彼女の才能の末恐ろしさを感じさせる。

 やがて数分間の曲が終わり、部屋に再び静寂が戻った。

 

「……ど、どうだった?」

 

 曲の再生中ずっと画面を凝視していた輝子が、恐る恐る振り返って感想を求めてきた。

 そしてそんな彼女に対して、真っ先に口を開いたのは、

 

「うっきゃあ! 輝子ちゃん、これすっごいよぉ!」

 

 意外なことに、きらりだった。勢いよく輝子に飛びつき、自分の感情をぶつけるように力強く抱きしめる。

 

「フヒィッ!」

「えっと、きらりさん……。その辺で……」

 

 菜々がきらりの肩を掴んで優しく引っ張ると、きらりは渋々ながらも輝子を解放した。

 

「輝子ちゃん、すっごく良かったよ! 何かこう、体の奥からグワー! って湧き上がってきて、ドッカーン! ってなる感じぃ!」

 

 それでも興奮は収まっていないようで、全身で感情を表現するかのように腕を振り回して感想を口にする。

 

「きらりは歌詞みたいなことを思ったことは無いけど、でもでも、ああいう風に思ってる人がいるっていうのは分かるよぉ? だから輝子ちゃんもこんな風に思うのかなぁって、胸がぎゅーって苦しくなったにぃ! でもそれだけじゃなくて、ドッカーン! って爆発させる感じが、すっごく気持ち良かったにぃ!」

「うんうん、私もその気持ちが分かります! メタルって聴いたことありませんでしたけど、何だかこう興奮してきますね! 熱狂する人がいるのも分かる気がしますよ!」

「フ、フヒ……、ありがとう……。あ、杏さんは、どうだった……?」

 

 輝子が尋ねた後も、杏は演奏が終わったときの気難しい表情で黙り込んだままだった。

 

「……杏さん?」

「杏ちゃん? 何か気になることでも?」

「え? あ、いや、問題とかそういうんじゃないよ? 曲も凄く良かったし、このままライブで披露しても全然問題無いよ。――杏が気になってるのは、むしろ自分に対してっていうか……」

「自分に対して?」

「うーん、何ていうか……。これだけ才能のある輝子ちゃんがこれから先どうなるか、それって杏の手に掛かってるわけでしょ? もちろん輝子ちゃんだけじゃなくて、菜々さんもそうなんだけどね。自分の手に2人の人生が掛かっているんだってことを改めて自覚したら、今になってプレッシャーになってきて……」

「杏ちゃん……」

 

 不安で表情を曇らせる杏という姿は、きらりでさえ見たことが無いものだった。アイドルデビューしてからほとんど下積みを経験することなく売れた杏は、失敗したときの責任というものをほとんど感じることなく過ごしてきたのである。

 そんな彼女の頭を優しく撫でるのは、きらりだった。

 

「杏ちゃん、きらりもね、新しくお店を始めるときは不安だったんだよ?」

 

 きらりはアイドルとして大ブレイクを果たし、一時期は杏ともバラエティ番組で名コンビを発揮するほどであったが、現在は長身を活かしたファッションモデルの仕事だけでなく、自分がデザインした服を販売するアパレルショップの経営も行うようになった。現在は全国に幾つもの店を構えるほどの人気を博し、本社ビルが346プロの敷地内に建てられるほどの力の入れようである。

 

「きらりのお店を作るとき、すっごーくたくさんの人が協力してくれたんだぁ。もしお店が失敗しちゃったら、その人達にもすっごく迷惑が掛かっちゃうでしょ? アイドルのときにも色々な人が協力してくれたけど、お店の経営ってもの凄く責任のあるお仕事だと思うんだぁ」

「…………」

「でも、だからこそ、そのお仕事を一生懸命やらなくちゃいけないと思うんだぁ。きらりも一生懸命頑張って、お店にいーっぱいお客さんが入ってくれたのを見たとき、嬉しくて泣いちゃったんだぁ。杏ちゃんにも、そんな“嬉しい”って気持ちを味わってほしいなぁ」

「……一生懸命頑張る、か。杏が一番嫌いな言葉だね」

 

 その言葉を聞いてきらりが表情を曇らせるが、杏の表情を見てそれはすぐに笑顔へと変わった。

 彼女の表情は、アイドル時代によく浮かべていた得意満面の笑み――いわゆる“ドヤ顔”だった。

 

「でも杏は、自分の劇場を成功させるつもりだよ。杏なりのやり方でね」

「……そうですね! ナナも微力ながら、お手伝いさせていただきますよ!」

「わ、私も! 杏さんの期待に応えられるように頑張る!」

 

 力強く拳を握りしめる菜々と輝子の姿を、きらりはとても嬉しそうに、そしてほんの少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて眺めていた。

 

 

 *         *         *

 

 

「あー、だるっ。塾とか超めんどくさー」

「本当、かったるいよねー」

「ねーねー、この後どっか遊びに行かない? どうせ明日学校休みだし」

 

 すっかり日も暮れて空が真っ黒に染まった頃、ユリとその友人2人が横に並んで歩いていた。狭い歩道でそんなことをしているものだから、周りの通行人が非常に迷惑そうに彼女達を睨みつけているが、3人はそのことにまったく気づいていない。

 

「あーあ、受験とか超怠い! 本当にアイドルになっちゃおっかなー」

「なっちゃえなっちゃえ! ユリだったらまじでトップアイドルになれるって!」

「そうそう! そんなに可愛いんだからさ!」

「えー、まじでー? そんなに言ったら本気に――あん?」

 

 にこにことご機嫌な笑みを浮かべていたユリだったが、何かに気づいたように前へ目を凝らした途端、その表情は不機嫌そうに歪められた。

 

「どうしたの、ユリ?」

「ん」

 

 その表情のまま前を指差すユリに倣って前方を見遣ると、見知った後ろ姿が見えた。

 銀色のような灰色のような長い髪は、紛れもなく輝子のものだった。

 

「……へぇ、学校ではいつもぼっちのくせに」

 

 そして彼女の周りには、3人の人物がいた。背の低い彼女よりもさらに低い女性と、それより少しだけ背の高いポニーテールの女性、そして飛び抜けて背の高い女性だった。

 ユリ達3人は互いに顔を見合わせると、にやぁっと意地の悪い笑みを浮かべた。足音を立てないようにこっそりと歩きながら、輝子の背中へと近づいていく。

 そして、

 

「あっれー? 誰かと思ったら星さんじゃーん? こんな所で何してんの?」

「誰かと一緒なんて珍しいじゃーん! 学校ではいっつもぼっちなくせに!」

「ねーねー、私達にも紹介してよー!」

「フヒッ!」

 

 代表してユリが輝子の背中にタックルする勢いで抱きつくと、輝子は悲鳴をあげて仰け反った。彼女のその反応に、周りにいた3人の女性が不思議そうに後ろを振り返る。

 

「あれぇ? 輝子ちゃんのお友達かにぃ?」

「あ、どうも初めまして-! 私達、星さんのクラスメイ……ト……で……」

 

 一番背の高い女性に挨拶しようとしたユリだったが、その女性の顔をじっと見ている内にその勢いがみるみる萎み、顔を引き攣らせていく。

 

「え……、ま、まさか……、諸星きらり……?」

「え! 嘘! なんでこんな所に!」

「んー? 何、輝子ちゃん? この子達、輝子ちゃんのクラスメイトなの?」

「って、こっちはもしかして双葉杏! え! なんで引退したアイドルがここにいるの!」

「んで、こっちにいるのが……誰?」

「いや、そりゃナナを知らないのは当然ですけど……」

 

 いくら2人がサングラスを掛けているとはいえ、片や身長190センチ、片や140センチ未満という特徴的な体格に加え、手を伸ばせば届く距離まで近づいたらさすがに気づいたようだ。最初は輝子をからかうつもりだった3人も、思わぬ大物の遭遇に完全に萎縮してしまっていた。

 

「んで、輝子ちゃん。友達?」

「フヒ……、ち、違う……。友達って言ったら、怒られる……」

「――ちょ、ちょっとー! 輝子ったらー、何そんな冗談言ってるのよー!」

「そうそう! 私達、学校ではいつも一緒じゃーん!」

「そ、それでさ! なんであん……輝子はこの2人と一緒に歩いてたのよ! ていうか、どういう関係よ!」

 

 途端に不自然な笑みを浮かべて馴れ馴れしく輝子に抱きつくクラスメイトに、輝子は不審を通り越して恐怖を感じて縮こまってしまっていた。

 それを見た杏は「ああ、成程ね……」と何かを察したようで、

 

「そりゃ、輝子ちゃんは杏がアイドルとしてスカウトしたからね。あ、これ、あまり言い触らさないでね」

「は、はぁっ! な、なんでこんな奴がアイドルに……!」

「もちろん、ティンと来たからさ」

 

 杏の言葉に、ユリは納得できないといった感じで輝子を睨みつけていた。卑屈っぽくニタニタと笑う輝子から、アイドルのイメージがまったく湧かないのだろう。

 

「ほら、ユリ! チャンスじゃん!」

「そうだよ! ここで2人にアピールしとけば、アイドルになれるかもしれないよ!」

「そうそう! あいつをスカウトするくらいなんだから、ユリなら余裕だって!」

 

 後ろの友人達に背中を押され、ユリが1歩杏の前へ躍り出た。さすがに昔一世を風靡したアイドルを目の前にしているだけあって、普段の勝ち気な性格もなりを潜めている。

 

「何々、アイドルになりたいの?」

「え、えっと……! どうも、初めまして! ユリって言います! アイドル……には興味があります! よろしくお願いします!」

「うんうん、よろしくー!」

「ふーん……」

 

 ユリの自己紹介にきらりは元気よく挨拶を返し、杏は値踏みするようにじっと見つめている。

 

「この子、すっごく可愛いでしょ! もう学校でも人気なんだから!」

「そうそう! そいつなんかよりも、ずっとアイドルに向いてると思うし!」

 

 その間にも、後ろの友人2人の援護射撃が行われていた。そして引き合いに出された輝子がぴくりと反応し、横で菜々が心配そうに視線を向けている。

 やがて杏はポケットに手を突っ込んで、何かを探すようにがさごそとまさぐった。そして菜々に「手帳と書く物持ってない?」と尋ね、呆れたような表情を浮かべる彼女から紙とペンを貰うと、さらさらと何かを書き殴ってそれをユリに渡した。

 

「346プロって知ってる? 杏が昔所属してた事務所で、きらりが今もいる所なんだけど」

「は、はい! 知ってます!」

「そこに住所を書いておいたから、時間の空いてるときに訪ねてみると良いよ。いつでもオーディションをやってるから、見込みがあれば候補生になれると思う」

「――はい! ありがとうございます!」

 

 ユリは嬉しそうに頭を下げると、後ろにいた2人と一緒にその場を離れていった。だんだんと小さくなっていく彼女達の会話を聞いてみると、「ユリなら絶対受かるって!」とか「あいつより絶対売れるから!」とか「そもそもあいつ、アイドルなんてやれんの?」とか喋っていた。

 

「さてと、さっさとどっかの店に入ろうよ。お腹空いちゃった」

 

 そして杏はそんな彼女達にまるで興味が無いように、くるりと反転して歩き出した。きらり達3人が慌てたように彼女の後を追い掛ける。

 

「フヒ……、杏さん、スカウトしないのか?」

「うん。ティンと来なかったから」

「……あの子、アイドルになれますかね?」

「さぁねー。プロデューサーがどう判断するかだけど……、ちょっと厳しいかもなぁ」

「うにぃ? どうして?」

 

 きらりが首をかしげて尋ねると、杏は意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。

 

 

 

「だって杏、もうあの子の顔を憶えてないもん」



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