日も昇らぬ早朝に目覚めた一夏の元に亡国機業に降ったはずのアリーシャが現れる。
※IS10巻のネタバレ注意
修学旅行の前にふと思い立ち、久し振りに古いアナログカメラを引っ張り出した。思えばそれが始まりだったのかもしれない。
――いつ、誰と共に居たのかを記録しておけ。
そう千冬姉に言われて、昔は機会があればこのカメラで写真を撮っていた。中学時代までは特別なイベントでなくてもカメラを持ち出して、弾とか数馬とか付き合いのある友達と一緒に写ってる姿を片っ端から集めて、実家には大量のアルバムが眠っている。
どちらかといえばカメラ小僧だった俺だけど、IS学園に来てからはさっぱりカメラに触れてこなかった。初日に寮に持ち込んだ荷物の中に入れるにはかさばっていたという理由がある。でも入れようと思えば入れられたわけで、そうしなかった理由はきっとIS学園に来ることを心のどこかで拒んでいたからだと思う。IS学園を俺の居場所だと認めたくなかったんだ。
最初は無理矢理入学させられただけだった。周りはISに乗るために必死に努力してきた女の子たちばかりで、自分は一切ISと関わったことのないド素人。女の中に男1人というだけじゃない。そうした意識の差が俺を孤立させるのだと心のどこかで思っていた。
でも、今は違う。セシリアやラウラとか最初は喧嘩をしたけど、皆と仲良くなって楽しく過ごせていた。男の友達が欲しいとは今でも思うけど、かといってIS学園以外に通っている自分になりたいと思うような俺はどこにもいない。いつの間にかIS学園は俺の居場所になっていたんだ。
ずっと楽しい時間が続くと思っていた。だから半年も千冬姉の言葉を忘れていて、愛用のアナログカメラには埃が被ってた。
だけどずっとこんな時間は続かない。今、傍に居る皆ともいずれは別れの時が来る。そうなったとき、手元に何も残っていないのはやっぱり寂しいと思えた。
今からでも写真を撮っていこう。俺という人間を形作る人間関係を目で見える形に残しておこう。それが俺である証なのだ。
修学旅行の下見の一件はそう思っていた矢先の出来事だった。
「……なんでだよ」
寮の自分の部屋。まだ日が昇る前の早朝に目が覚めた俺は枕元に置いていた写真を手に取って呟く。
京都駅で撮った集合写真。そこにはもう既に俺たちの傍からいなくなった人たちも写っている。
ダリル・ケイシー。
フォルテ・サファイア。
2人はIS学園も祖国も裏切って亡国機業についてしまった。
次に会うときは互いに剣を向けあうことになる。特別に親しい先輩というわけじゃなかったけど、こんな簡単に別れの時が来るかもしれない事実を見せつけられると気が重くなった。
これで本当に最後なのだろうか。
今残っている皆はちゃんと自分の傍に居てくれるのだろうか。
ありえないと信じようとしても、心のどこかではまた誰かいなくなるかもしれないと不安を抱えていた。
そうやって写真を眺めていると部屋の中で、にゃあと鳴き声がする。
声のした方を見ると部屋の中を我が物顔で歩く白猫がベッドの上に飛び乗ってきた。
「シャイニィか」
両手を差し出すと白猫は自ら進んで抱かれに来る。頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じた。
この猫はあの人から預かっている。
隻眼隻腕のブリュンヒルデ、アリーシャ・ジョセスターフ。
京都で俺たちに手を貸してくれた後、彼女もまた亡国機業へ去っていってしまった。
ひどい置き土産を残してくれたものだ。シャイニィは写真と違って捨てるわけにもいかない。嫌でも飼い主のことを思い出させられてしまう。
シャイニィに罪はないけれど、顔を見る度に沈んだ気持ちにさせられてしまう。
「浮かない顔をしてるネぇ」
「……え?」
その声は本当に唐突だった。いや、俺が気付いてなかっただけなのか。
俺は開いた口が塞がらない。目が点になっている俺の腕からするりと抜けだしたシャイニィが軽快な足で俺の部屋にいる侵入者の元へと駆けていく。
シャイニィが俺よりもそちらへ行った理由は単純明快。そこにいるのは本来の飼い主だからだった。
「アーリィさん。どうして……」
「なぁに。近くに来たからシャイニィの様子を見に寄っただけサね。キミがこんな時間に起きているのは予定外だったのサ」
「そうじゃなくて。どうして亡国機業なんかに?」
亡国機業側についた人間がIS学園に侵入している。普通なら俺はこの事実を周りに伝えなければならない。
だけど今の俺はそんな気になれず、あの決別した日にした同じ疑問を口にする。
「前に言った通りサ。私の目的は織斑千冬と戦うこと。亡国機業につく方が都合がいいのサ」
アーリィさんからの返答も同じ。あのときはそういうものなんだと漠然と受け入れた。
でも今の俺には少しだけ引っかかってることがある。
「どうして千冬姉と戦わなきゃいけないんですか?」
修学旅行の本番に行く前にスコールに言われた。
――織斑千冬には気を付けなさい。
敵の言ったことだと割り切ることは簡単なはずだった。しかしそうできずにいる俺が居る。度重なった裏切りが俺を不安に誘い込む。
誰が敵で誰が味方なのか、お前は本当にわかっているのか? そう問われている気がしてならなかった。
そして、こうも思う。
俺にとっての敵とは何だ?
しばらく部屋の中は沈黙に包まれる。その間、アーリィさんは笑顔のまま俺の顔を見つめていた。
先に沈黙を破ったのはアーリィさん。
「戦いたいと思ったからサ」
もしかしたらアーリィさんには俺に見えてないことが見えてるのかもしれない。だから今までの地位を捨ててまで亡国機業について千冬姉と敵対する道を選んだ。そう俺は踏んでいる。
アーリィさんは自分のことをただの戦闘狂だと笑って誤魔化すけど、この人が戦いだけに生きているようには見えなかった。
これ以上、深く聞こうとしても決して話してはくれない。そんな気がした俺は違う質問をぶつける。どうしてもこれだけは聞きたかった。
「アーリィさんは、俺の敵なんですか?」
「私が戦うべき相手は織斑千冬だけサね」
即答だった。亡国機業についたのに俺の敵だと明言しなかった。
俺の願望かもしれないけど、この人は単純に俺の敵になったわけじゃない。そう思えた。
俺は愛用のアナログカメラを取り出す。
「写真、取りませんか?」
言ってしまってから自分の言動に苦笑する。
自分との絆の証を残すという趣旨で写真を撮っていたのに、裏切りを宣言した人の写真を欲した。
「それは良い提案なのサ」
快く承諾してくれた。俺がベッドから立ち上がって近寄ると、アーリィさんはシャイニィを肩に乗せて隣に並ぶ。
カシャッ。
シャッターの切る音。幾度となく俺の絆の記録を残してきた音に俺は安らぎすらも覚えていた。
「じゃあね」
自然に、とても自然に出てきた言葉に俺は何も返せなかった。
アーリィさんはシャイニィを置いて俺の部屋を出ていく。
俺は引き留めることもなく、再びベッドに横になった。
今更何を言ったところで変わらない。写真撮影は俺の精神安定剤みたいなものに過ぎず、真実はどうあれアーリィさんが亡国機業側についた。俺は諦めにも似た心境で納得せざるを得なかった。
後日、現像した写真の中にアーリィさんの姿はない。