とある休日の昼間。季節は12月である。私は自分の部屋でオンラインゲームをしていた。
バーチャル世界で飛び交う銃弾、爆弾。日常ではあり得ない世界が画面に映し出されていた。耳にはオレンジのイヤホン。
自分の思い通りに自機を動かし、目の前の敵を蹴散らす。
なんと爽快なのだろう。現実と隔離されているからこそ出来ることだ。
キーボードを巧みに操作し、いとも簡単に最後のステージをクリアする。
10年間ゲームキャリアは伊達じゃない。
ふん、と鼻を鳴らした。生ぬるいゲームめ。
どれもこれも簡単過ぎる。もっと私を楽しませておくれよ。
このゲームにも飽きたので、私は新たなるゲームを探す事にした。
そのとき、ぷつん、とイヤホンから急に音が消えた。
あれ、と思った時にはホワイトノイズしか聞こえなくなってしまった。
ッチ、と舌打ちをした、ついにイヤホンが壊れやがった。このポンコツが。
また新しいイヤホンを手に入れなければ。さすがに買うのはもったい無いので、
家の中でイヤホン探しの旅をすることにした。
ごそごそと自室の箪笥を漁ってみる。
タンスの中には、筆箱やら、財布やら写真やらいろいろ入っている。
すると、奥の方になにやら白いコードがあることに気がついた。
あれは、イヤホンでは無いか?ほぼ確信を持ちながら、それを引っ張る。
すると、重たい音とともに縦に長い長方形の物が出てきた。
おや、これはipodではないか。その端子穴からは白いイヤホンが伸びている。
長年放置されたであろうipodには、画面の端っこの方に小さいひびが入っていた。
はて、どこかで見たことあるな。これは私の物だっけ。
記憶を辿って行くうちに、これは高校生の時に使っていた物だと言うことを思い出した。
不意に、電源を入れたくなる衝動に駆られた。思い出したとほぼ同じタイミングで体に
電撃が走った。つけなければ。何故かは分からない。が、私は脅迫概念にとりつかれていた。ボタンを押す。画面にリンゴのマークが浮かび上がった。
しばらく待つと、ホーム画面にかわる。
そこには、猫の画像を背景に、幾つものアプリが並んでいた。
写真編集、twitter、パズドラなどの、雑多な四角形達。
それらは、いやに無機質だった。無表情で、こちらをじっと見つめていた。
それらの、冷たい温度の中で、微かに暖かさを感じた。
その発信源は何処かと、第六感をはたらかせる。
すると、その暖かさを感じるのは、画面下にある、音楽を聴くアプリだった。
迷わずそれを開くと、そこにも雑多な音楽たちが蔓延っていた。
ゲームのbgm、レミオロメン、コブクロなどの無機質な文字列。
どうやら、先ほどの温もりオーラは、この中の1曲から出ているらしい。
そんなに強いオーラではない。滲み出ているというくらいの微弱なオーラである。
なおも、私は感覚を研ぎ澄ませる。
そして、はっきりとその存在を知る。
曲一覧の表の一番下。英文字の並び。
その曲は、ジョン・レノンの「イマジン」だった。
-この曲を聴かなければ。私は、そう直感した。
明確な理由があったわけではない。きっと、私の潜在意識にある大事な物が、この気持ちをかき立てたのだろう。
私は、ipodに付いている白いイヤホンを耳にはめた。
再生ボタンを、押した。
雨で湿った土の様な中性的な重さであり、何処か優しいピアノイントロ。やがて歌い出す、ジョンレノンのゆっくりと語りかけるような声。
私は、その曲を暫く聴いていると、なにか頭の中でざわめく物があった。
それが何かは分からない。
それを何とか探ろうと、繰り返し繰り返し何回も聴いた。
聴く度、抽象的だったものが、徐々に具体的な物へと変異していくのが分かった。
しかし、表層へと出る前に、またその何かは、内側へと閉じこもってしまう。
私は、根気強く聴き続けた。
ジョン・レノンはその度歌い続けた。
どれだけイマジンが流れただろう。気づけば、外は夕刻の陽であった。
もう、あきらめようかと思い、イヤホンを外そうとすると、イマジンの歌詞がふと確かな輪郭をもって頭を廻り始めた。
「想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって」
その、生きた歌詞は、私の記憶を探り、ある人の言葉に繋がり、そこを着火点に、
一気に私の脳を駆けめぐった。
そのとき私は、忘れかけていた事情が今、確実に姿を表したのだった。
そうだ、思い出した。この曲は、あの人の好きな曲だった。
次々と浮かぶ情景。
白いイヤホン、黒い黒板、白い雪、チョーク、長い話。
その一つ一つが、昔の私を蘇らせた。
私は、泣いていた。
古い、大事な指切りがそこにはあった。
せき止められた川が、一気に堤防を超した。
でも、その川は、清い色で透き通っていた。
「ごめんね。僕は、行かなきゃいけない」
そう、彼は私に伝えた。
「僕は、貧困の人々を救いたい。」
だから暫く会えない-と彼は言った。
あれから、何年が経ったのだろう。
確か、あのときは渋谷の駅で。
そうだ、あの人は茶色いトレンチコートを来ていたんだっけ。
私は、ただ黙って、彼の言葉を聞いていたのだ。
わたしは、家に帰ると、思いっきりipodを叩き付け、この引き出しに入れたのだった。
全てを、思い出した。と同時に、切実な思いが沸き上がった。
―あの人に、会いたい。
だけど、本当に会えるだろうか。
何処にいるかも分からないし、何をしているかも分からない。
待ち続ける苦痛。いつ来るか分からない再会。もしかしたら、それは永遠にやってこないかもしれない。希望的観測も、悲観的観測も会えなければどちらも同じである。
全ては、結果論なのだ。
割れたipodのひびが、写り込む私の顔を切断していた。
夕焼けが血に見えた。
呑気に動く鈍い雲。それに寄り添う黒い鳥。そして何より、吹き出した血だまりの夕。
全てが痛々しい静けさで居座って居た。
気軽なもんだな。と私は悪態をつく。
そんな無意味な文句も、すべて寂寞な焼け野原に吸い込まれる。
そのとき。数秒後のこと。
一瞬、音が割れた。いや、一瞬ではない。
ずっと、持続的に音が鳴っていた。鋭い音だった。
―電話だ。
その音は、悄然とした地獄のなかで唯一死ななかった。
私は、走った。早く電話に出なければ。
電話は、今すぐ消えそうな予感がした。
断線した白いイヤホンと、壊れたオレンジのイヤホン。
その対比が、雲と夕陽の様だった。
がちゃ。受話器を取った。