Das Duell zwischen Admiral und Ich 作:おかぴ1129
アカツキよ! 一人前のレディーとして扱ってよね! ……ウソよビスマルクよ。最近私のことを影で『デカいアカツキ』とか言う子が多いから、ちょっとへそを曲げてみたのよ。断っとくけど、アカツキとの仲は良好よ?
あの欲望の権化ともいえるぎょうざパーティーのあとも、私は相変わらず秘書艦を務めているわ。いい加減そろそろ新しい艦娘の子が来てくれないと、私は自分の身体を適正に維持し続けることが困難になってくるのだけれど、そんな様子はまったくないわね……
そういえば今日、私は3回目の改修を受けたわ。戦艦であることに代わりはないけど、なんと魚雷を発射出来るようになったの。これで戦闘力も向上するし、鎮守府の役に立てる機会も増えるわね。
「このビスマルク、出撃でも演習でも、付き合ってあげてもいいのよ」
ちょっと気分がいいから、こうやって提督に言ったの。だけど提督、相変わらず目が合うだけで命を奪われかねないあの冷酷な眼差しで私を見つめるだけで、結局演習も出撃も行かせてくれなかったわ。私を己の性癖のはけ口にしか考えてない、最低の男……本当に信じられない。
「そうクマな〜……ビス子の秘書艦歴、ちょっと長いクマ〜……」
甘味処『間宮』で冷やしおしるこを食べながら、私とクマは私の秘書艦歴の長さの話をしていたわ。パフェとかアイスクリームとかいろいろあるのに何のためらいもなく『冷やしおしるこ一つ』と注文した5分前の私を張り倒したいわ。ドイツ人なんだから『キルシュトルテはないかしら』とか言いなさいよ5分前の私!! 何が『やっぱあんこの甘みって冷やしてもサイコーよね』よ! 『塩昆布がたまらないわ…これで舌が蘇るのよ』とか口走るドイツ人なんて聞いたことないわよ!!
「でしょ? なぜ提督は私を秘書艦からはずさないのかしら……」
私は、この秘書艦に関する疑問をクマにぶつけてみたわ。彼女は普段はマイペースだけど、いざというとき頼りになることはよく知ってる。だから、古参でこのことを相談出来るのは、彼女以外にはいないと思って、間宮でデザートを一回おごることを条件に、彼女に相談に乗ってもらったわ。
ちなみに余談だけど、クマが注文したのはバウムクーヘンとオレンジジュースよ。もはやどっちがドイツ人か分からないわ……
「んー……なんとなくだけど、提督はビス子のことを気に入っているように見えるクマ」
ん? それはどういうこと?
「今まで何度か長い間秘書艦を勤めた子がいるけど、その子たちはみんなよく食べる子クマ。赤城、大和、加賀……」
確かに、名前だけを聞くと錚々たるメンバーね……
「んで、この前のぎょうざパーティーの時の話クマが、赤城や加賀たちが食べ終わってお腹パンパンになった後も、ビス子はまだぎょうざを平らげながらビールを水のように飲んでたクマ」
カガ、アカギ以上……我ながら恐ろしい食欲だわ……そら体型維持も大変よね……
「実際、提督もビス子のとこにぎょうざを持ってくる時が一番楽しそうだったクマよ?」
バカな……どう見ても殺人衝動を抑えている危険人物の眼差しにしか見えなかったわよ……
とはいえ、クマはこの鎮守府でも最古参の一人だし、あの提督との付き合いも長い。信ぴょう性は高いわね。
そうやってクマから貴重な証言を聞いていたら、オーヨドの声で放送が入ったわ。
―秘書艦ビスマルク。本日1800より執務室にお越しください。
「ほら。今日も提督が待ってるクマ」
「まったく……女の敵よ。いい迷惑だわ……それはそうとクマ、私のことをビス子と呼ぶのはやめることね」
「そういうことはクマに勝てるようになってから言うクマ」
「Scheiße!!」
その後クマと別れて自身の用事を済ませた後、私は提督に指定された1800になった頃合いで、執務室に向かったわ。
「秘書艦ビスマルク、入るわよ」
私はいつものように、提督の返事を待たずにドアを開け、執務室に入ったわ。執務室の中では、2つの寸胴鍋の前で静かに鍋の中身をかき混ぜる提督の姿があったのよ。信じられないことに、今日の提督はフリフリのフリルがついたピンク色のエプロンと、同じくフリフリのヘッドドレスをつけていたわ。あなた一体何を考えているの?
執務室内の香りを確認したわ。これはホワイトソースとデミグラスソースね……否応なしに私の食欲を刺激する香りに私は己の自制心のなさを呪ったわ。
―座るんだ
提督はいつの間にか私の姿を確認していたようで、いつの間にか私にあの殺人的な眼差しを向けていたわ。私もあの視線に慣れてきたということかしら。でも見てしまうとダメね。恐怖で体がすくんでくるわ。
私が秘書艦の席についた途端、提督はそのフリフリのエプロンをなびかせて一つの皿とスプーンを運んできたわ。これが女の子なら文句なくかわいい仕草なのに、女の子じゃなくて数々の修羅場をくぐった者特有の、見たものすべてを確実に殺す眼差しをした提督だけに、その姿は恐怖以外の何物でもないわ。
提督が持ってきた皿には、ホワイトソースがたっぷりとかけられたオムライスが盛られていたわ。ホワイトソースの優しく芳醇な香りが私の鼻腔をくすぐり、私のお腹が反応する。卵の下から覗くのはケチャップで味付けられたチキンライス……そしてその上に載っているのは、半熟状態でなんとかまとまっている、ふわふわとろとろの卵……とろふわな卵とチキンライス、そしてそれらを美しくまとめあげる、シルクのように美しいホワイトソースの優しい味……食べなくても分かる、この世でもっとも優しい存在たちが織りなす、女神のハーモニー……
いけない。
この優しさに身を委ねてはいけない。
このままでは私はさらに堕落してしまう。
私は戦艦ビスマルク! 誇り高きドイツの艦娘! ここで堕ちるわけにはいかないのよ!!
そんな風に私が気持ちを強く持たんとしていたとき、私の耳元で提督が囁いたわ……
―召し上がれ
「うわぁぁああああああああ!!!!」
堕ちてしまった私は、女神の優しさを讃えたオムライスを貪り食ったわ。なんて…なんて優しい味なの……ぎょうざを味の暴力だとすれば、このオムライスはまさに味のヒーリング……もし食べ物の世界にアスクレピオスの杖があるとすれば、このオムライスがそれよ……チキンライスと卵とホワイトソースをまとめて口の中に頬張ると、その優しくまとめあげられた3つの味が、私の口の中にゆっくりと優しく広がっていく……世界はこんなにも優しくて、私はこんなに優しい世界に生まれてくる事ができたのね……この時ほど、新たに艦娘として生を受けたことを、神に感謝した瞬間はなかったわ。
オムライス本体を食べ終わり、皿に残るホワイトソースをスプーンですべてすくい取り口に運んだその時、提督は二皿目のオムライスを持ってきたわ。さっきと香りが違うことに、私の体はすぐに反応したの。そして、ホワイトソースとは異なる喜びを享受出来ることに、私の細胞一つ一つが歓喜しているのを感じたわ。
「デミグラスね……これはデミグラスね?!!」
オムライスを包み込むソースは先程の純白とは異なり、美しいブラウンの輝きを見せていたわ。私には分かる。これは何時間も何日もかけて丹念に作り上げられたデミグラス……私は疾る気持ちを抑えきれず、デミグラスと卵とライスを一緒にスプーンにすくい、それを口に運んだわ。
「なんて……なんて男らしい優しさなの……?」
気付いた時、私は涙を流していたわ。先ほどのホワイトソースを母の優しさだとすれば、このデミグラスの味は父の威厳……酸味とほのかな渋みが織りなす味のハーモニーは、まさに父親が子供に見せる、優しさを讃えた厳しさと言ってもいい……止まらない。優しさがもっとほしい。母さん、父さん、私はここにいます。私、艦娘だから両親なんていないけど。
オムライスをすべて食べ終え、皿に残るデミグラスをすべてスプーンですくい取ったあと、私の心は、ある満たされない思いに支配されたわ。第三の欲望に支配され、私の心は乾いていたの。
―何が欲しいんだ……
私をジッと見据えていた提督が、私にこう囁いたわ。
「あ……あの……」
―ハッキリと言うんだ……
私は我慢できず、羞恥心をかなぐり捨てて叫んでしまったわ……
「ケチャップよ!! 私にケチャップのオムライスを食べさせてッ!!」
提督は私のそのセリフをきいて、一際に目を鋭くしたわ。そして調理場に行き、すみやかにオムライスを作って、それを私の元に持ってきたの。
今度のオムライスには、ホワイトソートもデミグラスもかかってなかったわ。代わりにケチャップで『びすまるくだいすき』と書かれていたわ。
そのオムライスを見た瞬間、私の心に一陣の風が吹いたのを感じたの。私の意識は遠い世界に旅立ち、別世界の自分と意識がリンクしたわ……
……
…………
………………
心地よい春風に頬を撫でられ、私は目を覚ました。ソファで横になっている間眠ってしまってていた私は、どうやら夢を見ていたみたい。私が戦艦の名前を冠して化け物と戦っているだなんて、おかしくて不思議な夢ね。
『ママ~!!』
息子のケチャップが私を呼ぶ声が聞こえたわ。ふふ……いつもはあの人に似て無愛想なのに、今日はどうしたというのかしら。
ケチャップが玄関から走ってきて、私の足にしがみついたわ。私とあの人との、大切な宝物……そして私とあの人のすべて……あの人に似て人を殺しそうな眼差しだけは珠に傷だけど……でもそれすら愛おしいわ。
『ママ! グランパとグランマが来たよ!!』
『あら。早かったわね』
玄関が開き、ホワイト母さんとデミグラ父さんが優しい微笑みを称えて入ってきたわ。そういえば今日は、母さんと父さんが来る日だったわね。あの人と一緒になっても、私の父デミグラスと母ホワイトは、私とあの人、そしてケチャップに惜しみない愛を注いでくれる……私とあの人も、この二人のような、ケチャップにとって素晴らしい親になれるかしら…
『ビス子……久しぶりね』
『ええ……ホワイト母さん』
『やあビス子。幸せそうで何よりだ』
『デミグラ父さん……私、幸せよ』
唐突に来客を告げるチャイムが鳴ったわ。そのチャイムが来客ではなく、あの人の帰還だと言うのが、私には分かったの。
『父さん母さんちょっとまって。あの人が帰ってきたわ!』
『そうか。早速迎えて上げなさい』
『ええ!! ケチャップ。行くわよ!』
『うん! ママ!!』
私とケチャップは玄関に駆けて行ったわ。待ち遠しかった。朝仕事に出掛けてから、一日会えないことで私の心は沈んでいたけど、やっと今会える! あの人が帰ってくる!!
玄関のドアがゆっくりと開き、光り輝く外の世界から、フリフリのエプロンとヘッドドレスをつけたあの人が戻ってきたわ。いつものように険しい顔つきだけど、私には分かる。あの人は今、私と再会できたことに喜んでいる!!
『提督! おかえりなさい!! 今日もあなたの帰りが待ち遠しかったわ!!!』
………………
…………
……
「待ち遠しくなんかないわよ!!!!」
気がついた時、私は入渠していたわ。
なんという恐るべき兵器……オムライスを食べただけで別世界に意識が飛ぶだなんて、提督は一体どういう存在なのよ。
冷静になって思い出してみると、あの後私は、ホワイトソースとデミグラスとプレーンなケチャップ……少なくとも30セットは食してるわね。単純個数でオムライス90人前ってどういうことよ。どうなってるの私の胃袋は……
それにしても、あのホワイトソースやデミグラスに引けをとらない出来だったわ……あのケチャップのオムライス。
あの酸味の効いた無邪気なハーモニーは、まさに年端もいかぬ子供の一途さ。『美味しいという気持ちを届けたい』という一途で真摯な思いが、あのケチャップには込められていたわ……そのせいよ。あんな夢を見たのは……。
しかも私があの提督と家庭を築いてるってどういうことよ?! 人間と艦娘の間で子供が出来るかどうかは知らないけど、ありえない! ありえないわ!! ホワイト母さんって誰よ! デミグラ父さんなんか知らないわよ!!
「今日の提督の料理は美味しかったクマ?」
湯船に浸かりながら憤慨している私の背後に、自身のアホ毛を丹念にシャンプーしているクマがいたわ。
「……オムライスよ。美味は美味だけどありえないわ……意識が別世界にダイブする味よ……」
「そら一大事だクマ」
クマはケラケラと笑いながらシャカシャカとシャンプーしている。あなた、私の言うこと信用してないわね?
「いや信用してるクマよ? 今日もたくさん食べたクマ?」
……?!!
私は弾かれるように湯船から出て、脱衣所に戻って体重計に乗ったわ。もう恒例になりつつあるわね。
……私、今が遅れてやってきた成長期だと思うことにするわ。背は伸びてないけど……ぐすっ