太陽とは日常の象徴なのよ。
もちろんそれは遥か彼方天上暗い宙で煌々と輝く巨大な火の玉のことじゃないわ。
太陽のような笑顔。陽だまりの空気。かけがえのない閃光。穏やかな温もり。
これらは結局のところ比喩であり、実際に物理的な熱を持っているわけではない。もっと言えば誰にでも伝わるものではなく、場合によっては誰か特定の人間にしか伝わらないこともあって、人によっては何も感じないということはあるわ。あるいは一方通行であったりすることもあるでしょうね。けどね、その実態のないものに命を懸けることがあるというのもまた真なのよ。それが汚されるから、それが傷つけられるから、それが砕かれるから。形が伴わず、目に見える結果がないにも関わらず。命や魂を懸け、時に命を落とす。
だからそれは心の温度。
たとえばとある少年にとってはとある少女が日常を過ごすことである。
たとえばとある吸血鬼にとってはどこにいるかも解らなかった英雄のことである。
たとえばとある剣士にとっては守護を誓った少女が表側の世界にあり続けることである。
それは確かに誰かの心には存在する。
それがあれば何でもできると、思う者は存在するの。それのためにならどれだけ堕ちても構わないという者もまた。
「でもそれには限度があるわ。愛しているから何より大事だから壊れないように全て凍らせて後生大事に抱える? 愛しているから何度も壊して何度も蘇らせて無限に砕き壊して愛で続ける? 愛しているからこの出会いをなかったことにしたくないから同じ生を繰り返し続ける? えぇそれらは美しいわ。喝采しましょう心から。――そんなの邪悪極まれりだけどね」
狂気に至った想い、そこに善悪は存在しないのよ。あるのは純度と強度。
しかしだからこそ、そこまで行き着くことの無かった者たちには善悪の基準は必要なのよ。善悪という二元論だけでなく、もっとはちゃめちゃでぐちゃぐちゃでしっちゃかめっちゃかな混沌がニンゲンには必要なの。
どうにもならない。なるようにならない。説明できない。論理性なんて欠片もない。
「ニンゲンにはたった一つの祈りを世界を変えるほどに抱くのは不可能なのよ」
だから、ねぇ。
「ネギ・スプリングフィールド――あんたはいったい何なのかしら……?」
だから私は、古津凛華は、■■の■■、■■■■■は彼らを観劇する。
そして今宵麻帆良に太陽はない。
天を覆うのは漆黒の闇であり、眼下蔓延るのは百鬼連なる魑魅魍魎。煮え滾る冷血と激情の涙が支配する魔の都。誰にとっての陽だまりも存在しない。
魔界より訪れし悪魔とその僕たち。
全てを殺す目を持つ殺人鬼。
記憶を失った人狼。
表舞台は彼らであり、
「……舞台裏のほうはどうでしょうねぇ? 彼は言うに及ばす、随分と面白い役者が来ているようよ? くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす!」
●
麻帆良学園のとあるステージである。日中軽音楽部の活動や子供向けのヒーローショーの舞台として使われているそこは正しい目的には使われていなかった。
ステージの上でたたずむ老獪な紳士。全身を黒いコートで包み、同じく真っ黒なシルクハット。
彼に相対するのは少年が二人。
黒髪黒目、さらには黒い犬の耳を持った徒手空拳の少年。
紅茶色の髪に真っ蒼な瞳。藍色の着物に真紅のレザージャケット。右手には無骨なナイフが一振り。
ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン、犬上小太郎、そしてシキ・スプリングフィールドである。
三者とも全身ところどころに傷を被っていて、周囲の破壊痕より彼らが戦闘中であることがうかがえた。
空気は張りつめていたが、しかしヘルマンはシルクハットの鍔を抑えながら嘆息し、
「やれやれ……困ったものだ。暇だからと引き受けただけなのだがこんなにも剣呑な仕事になるとは……年寄りはいたわるものだよ?」
「黙れ悪魔が。年寄り? どうせ何百年も生きてるような奴が喚くんじゃない。お前のような奴は老害って言うんだよ」
「はっはっは。これは手厳しいねシキ君」
シキの毒舌も笑って流すが、しかしまたすぐに苦笑して、
「まったくなんでこうなったのやら……本当だったらお姫様や他の生徒を人質にする予定だったにも関わらずスラ子たちが女子寮に入れないとわね……一体どういう結界を敷いたのかな?」
「なんやシキ、いったいいつの間にそんなすごい結界張ったんや」
「知らないよ、少なくとも俺じゃない。誰が張ったかも、な」
知らないどこか、この時シキはそんな結界があったことさえ知らなかった。彼自身、ヘルマンの襲撃があることは知っていたが、この展開は
故彼は焦燥を隠し、ヘルマンに視線を向ける。
己の特典である魔眼はまだ未使用。霊的なものを見る下位の『淨眼』だけ。原作から外れた状態にどう動くのか判断しきれないが故に。
そしてそんな戸惑いを現実は待たない。
「――!」
ヘルマンの背後。ステージの天頂部。そこにいつの間にか、それは存在していた。
蒼の長衣の男だった。黒と白の髪に鋭い目。遠目でもはっきりとわかる鍛えこまれた筋肉質の肉体。
そして何より破格の魔力。
どうしてそこにいることをそれまで気づかなかったのか不思議でたまらないほどの濃密な魔力。ただそこにいるだけで空間が歪んでいく。数百年を生きるヘルマンでさえも初めて見るほどの馬鹿げた魔力。シキも小太郎もヘルマンも悟る。視界に入れたあの男は容易く自分たちを殺せる。シキたちの力量差なんて関係ない。一も十も千や万からすれば誤差の範囲だ。まるで神話の世界や神代の時代からそのまま飛び出してきたような圧倒的存在。たとえ、そうやって言われても彼らは納得しただろう。そして実際、その男は神話を再現するほどの魔法行使も可能だった。あるいは限定的ならば星を砕くほどの力も発揮できるだろう。さらにシキ・スプリングフィールドの『直死の魔眼』ですらほとんど死が見えない。エヴァンジェリンやアドルフですら直接戦闘すれば勝機は薄く四月朔日でやっとの実力を保有しているであろうというのを理解させるほどの化け物。
それほどの、世界の異物とすら言える埒外の存在は、静かに、そして厳かに口を開き、
「我が名は『
名乗り、そして、
「うるせぇ黙れ臭ぇぞ首置いていけ」
背後に現れた男の一刀に首を撥ねられて即死した。
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