それは刃だった。
刃のような青年だった。赤染めの着物に肩や手、腰などのみの最低限の甲冑。現代日本において時代錯誤な格好。青みが掛った髪や整った顔立ちは女と見間違うばかりだが骨格を見れば男だ。腰には刀が二振りあり、右の一刀はすでに抜き放たれ、血に塗れていた。
なんの血か、なんて言うまでもない。
『
魔力も気もまったく感じられなかった。隠している様子でもなく掛け値なしに魔力や気の類の異能の力は彼からは発せられておらず、実際に保有していなかった。存在すら知らない。彼自身の固有異能はたった一つであり、それは彼自身だけで完結しているがゆえに外界へと流れ出ることはない。
故に彼は刃である。
存在そのものが、魂のあり方が、精神の構造が。
精神が初めから常軌を逸してしまって肉体がそれに引っ張られるという、あるはずのない現象を引き起こしていた。
だからそれを目にしてヘルマンもシキも小太郎も動けない。先ほどの濃密な魔力故ではない。アレは言ってみれば既存のハイエンドだ。魔力が馬鹿みたいに膨大だったが、裏を返せば単純に魔力が多いだけだ。
しかし彼は違った。根本から、決定的に、圧倒的に間違っていた。
それは人間でなく刃だ。そんな存在は滅多にいるわけがなく、現代社会。あるいは魔法世界に於いても存在はほぼ零。もし仮にそういう種があったとしても芽吹くことはまずない。普通に生きていくだけでは困らないし、そういう同種に会うことは
だが、しかし。今宵その程度の絶対を覆す観劇者が存在したのが
●
「――あはっ」
シキたちからすればたまったものではないが――激動はいまだ終わっていなかった。
青年が敷宮を斬首した刀の血を払い、息を吸ってい吐いて、口を開こうとした瞬間に、
斬撃と共に
白とピンクのゴシックロリータ。帽子と首に巻いたマフラー。戦闘用ではなくただ単に小洒落ただけの服装。淡い緑の長髪に眼鏡は違う事無く見目麗しい少女。それに不釣り合いな小太刀二刀。
そして陶酔したように、狂ったように妖しく光る瞳。
さらには彼女から放たれる乱斬撃。
彼女のことはシキたちも知っていた。
「月詠!?」
シキたちが名を呼ぶが、しかし反応はなかった。
言うまでもなく彼女の存在は
「何だてめぇ」
いつの間にか抜き放たれていた二刀に小太刀が受け止められる。
彼女が放った斬撃はシキも小太郎も一瞬で細切れにしただろうし、ヘルマンでも魔界へ強制送還できるほどの密度があった。京都における戦闘で見せた剣技とは一線を画していた。
しかし青年は当たり前のように受け止めた。
「あはっ」
しかし月詠は口端を歪めて、
「あははははははははっ」
狂気を宿した哄笑と共に更なる斬撃を叩き込み、
「うぜぇ」
月詠の乱斬撃を意に介さず斬首の一閃が放たれ、
「……へぇ」
「あはっ。一緒に楽しみせんかぁ?」
月詠が青年を蹴り飛ばし、それに逆らわずに青年も背後に飛び去り、彼女もそれを追う。
秒数に換算すればわずか数秒で、即座に現れて、即座に消えた。残されたのは理解の追いつかない三人と首を絶たれた敷宮重一の遺体のみ。
三度に渡って戦闘を邪魔された三人は嫌な汗を流しつつ、それぞれの動きを伺う。
そしてさすがに、これ以上彼らの邪魔をする存在は、
「めんどうなことになってるなおい」
「ですが、先の御仁は中々かと」
いた。
●
音が響く。
それは鋼と鋼が激突する音。広大な学園都市の一角、外周付近の森の中において、その音が連続して響き渡っていた。鋼の刃が大気を、空間を切り裂き、殺していく。闘気も覇気もなくあるのはただ殺意と剣気のみ。そして、
「くはははははっ!」
「うふふふふふっ!」
修羅と羅刹の哄笑。
あるはずのない
「く、は、はははぁーー! 首ぃ、置いてけやぁ!」
「うふふ! いいどすぇ、できるものならなぁ!」
修羅と羅刹。二刀と小太刀二刀。刃と刃がただひたすらに交叉していく。他の場所で行われる他の戦闘のことなど完全に頭から置き去りにし、目の前の相手を切り刻むために身体を動かしていた。交わされる刃はとうに千を超え、万に域にすら達し、互いの全身は血と傷に塗れている。
修羅が身体を地面と密着するかのように、まるで蛇か蜘蛛のように屈める。右の順手で持った刀は左肩に担ぐように構え、左の逆手に持ったもう一刀は地面と水平に構えられ、
「ゼァッーー!」
飛びこむように、十字を描いて妖姫へと振られる。体当たり気味の斬撃。唯の人間でも、いや例え達人でもその身を四分割される十字閃。舜動という高速移動は用いられていないのも関わらず、斬撃速度はそれを用いた斬撃よりも速い。
「ああんっ」
それ羅刹を避ける。叩きこまれる刃に、笑みすら浮かべながら飛びこむ。正気の沙汰ではない。それどころか狂気一色。十字の斬撃を飛びこむことで回避し、
「にとーれんげきざんくーせんっ」
小太刀二刀にて奥義を放つ。それは本来ならば化外相手に考案された奥義。人の身を遥かに凌駕した化生を撃ち滅ぼすための剣だ。しかし羅刹の放つソレは人斬りの奥義。化外を狩る為では無く人を斬る為。生家においてその才覚と人斬りの性故に忌子とされながらしかし研鑽を怠ることなく磨き上げられた羅刹の理。気の抜けた声と裏腹に剣閃には吐き気を催すほどの剣気と殺意が乗せられていた。
羅刹の刃が修羅に届く寸前、
「――うるせぇ」
喝采音。
それと共に修羅はただの一凪で打ち砕いた。
「ほぇ?」
肉も骨も服も剣もなにも斬られたわけではない。それでも何かが斬られたという感覚はある。痛みはなく、殺意と剣気は未だにあるがしかし羅刹の身体は未だに健在。ならば、なにが斬られたのか。彼女はそれを気付かず思い出せず、そしてそれこそが答えだ。
「分けわかんねぇよなぁ、おい。名前とか概念だとか斬れるとか訳のわからんこと言われて持たされたけどよぉ、気持ち悪いわマジで」
名は力を持つ。故、名を持たぬものに力はない。それがその力。
彼が神から与えられた特典。
「臭い、臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い! なんだこりゃあ何時から俺の身体は糞になりやがった! 臭いんだよ! どうやったら消えんだよ、おい! 使いまくったら擦り切れんのかぁ!?」
「っ……ざんが」
「なぁおい! お前はどうだ! あぁ、名前なんつったけぇ?」
「――っ!」
斬られた。羅刹が体得する奥義の内の一つは修羅の刃に斬り裂かれ、名すら思い出せずに概念そのものが消えていく。
くはっ、と羅刹が笑みを浮かべた。
「かんにんやぁ。そんなこと言われて名乗るわけあらへんわ。それに、人の名聞きたいんなら、あんさんからどうでっか?」
「あぁ? あぁ、そりゃもっともだけどよぉ」
羅刹の言葉に修羅は僅か納得しかけるが、しかし首を振り、
「こんな糞まみれの俺に名乗る名はなぇ。あぁ、そうだ。俺は、あの糞を殺す、首刈り取ってやる。――それまでは、修羅でいい」
「かっこいいわぁ」
笑い、次の刹那には今の会話を切り刻むように刃を交叉させていた。
羅刹に奥義は使えない。使ったら修羅に名を切り刻まれるだけだから。だからそれは、羅刹に大きく不利であると、誰もが理解できるだろう。奥義とは決殺にして必殺の技。それを封じられることは決め手を奪われることなのだから。
にもかかわらず――
「とぉ!?」
羅刹の刃は致命の威力を保有していた。派手な効果はない。斬撃が飛ぶわけでも、雷が生まれるわけでも、大地を切り裂くわけでもない。故、だからこそその一閃は人の命を刈り取る為だけの理を有していた。修羅の首へと叩き込まれた刃は慌てて引き戻された刀に受けられる。
「いややわぁ、名に驚いとるん? 名前? 必殺技? 奥義? アカンわぁ、そんなもん叫ばな力入れられんあほぅの小手先やろぉ? 舐めんでほしいわぁ、人斬るのに、そんな掛け声はいらんでぇ?」
浮かべて笑みは血と刃に狂い。瞳は潤み、頬を紅潮し、全身から鮮血を流しながらも、彼女は嗤う。
「か、は……」
その艶姿を見ながら、修羅は息を吐く。こぼれた息は連続し、嗤う。
「く、ははははは! いいなぁ、お前。あぁこんな場合じゃなかったら今すぐ押し倒して俺の女にしてんだけどなぁ。あぁ残念だな。あの糞殺すまでは他のことやってられねぇんだよ」
それでも。
血とはすなわち命の滴。生の証明だ。だからこそ、月光に照らされながら鮮血に塗れ、肉体という器を顧みず、魂を燃焼させるその姿は。
「あぁ――綺麗だ」
「いやぁん照れるわぁ」
「それでも今は――首置いてけ」
「かんにんやわぁ――そっちが置いていきぃ」
地雷面子その3
我が輩は修羅である。名前は出すと拙い。
身内クロスって地雷ぽいよね枠その2友情出演編
どこぞの浮遊城の妖怪とは関係ありません。たぶん、まじで、きっと、そうだといいな。某所で深夜テンションひゃっはーしててたら生まれたというか現れた。将来本気出すと宇宙がやばいことになる可能性を秘めた人。ここでは普通に妖怪首おいてけで終わるはず。普通っなんや。