混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

22 / 27
ランキングに一年ぶりくらいに載りました!やった!


第二十二話 「それでこそお前だよ」

褐色の光が白亜の宮殿を包む。美しい白を湛えていた壁も床も全ては鈍色へと変わり、その中で侵入者を見逃さまいと目を凝らしていた兵士たちも皆ピタリと固まり命の脈動を止めた。

 

――――白亜の宮殿、最奥。

 

多数の星が頭上を彩る夜空が、褐色の光に照らされる。たちまち鈍色の物体が重力に従い落下してきて、それは一つ一つが不揃いな子供の粘土細工のようだった。

 

「どうだ!石化が通じなくてもこれなら痛いだろ!」

 

落ちてきているそれは雲だった。水蒸気と氷の粒の塊でしかないそれらはアルゴールの放つ威光に当てられ、質量を持つ鈍器としてニャルラトホテプを襲ったのだ。

 

ルイオスは勝利を確信したように目を光らせる。いくら相手が自らの切り札であるアルゴールの石化を無効にできるといっても、それによって副次的に発生した物質までは無効にできない。石化そのものは通じなくとも、石化によって生じた石をぶつければダメージは通ると踏んだのだ。

 

だから、一種絨毯爆撃にも似た〝雲の落石〟を起こしたのだ。元々形のない雲であっても、その性質を石にしてしまえば殺傷力は計り知れない。地上から見ればそれほど大きくは見えないものでも、それは遠近感がもたらす錯覚であって実際の大きさはとてつもない。ルイオスは空を飛んでいるので落ちてくる雲自体を避けることは簡単だったが、ニャルラトホテプはそうもいかないだろう。舞台は最奥と言われるだけあってそんなに広々としているわけではない。精々が直径数十メートル程度で、落ちてくる雲の群れはそれら全てを覆い尽くすには十分すぎる大きさであった。

 

砂煙がルイオスの眼下のステージに広がる。人の身では及びもつかない大質量の一撃を食らわせたのだ。とても無傷 では済まないであろう。そう思っていた。思いたかった。

 

しかし、その望みは届くことはなかった。

 

もうもうと立ち上る砂煙の中から、一本の触手が伸ばされた。それは真っ直ぐとルイオスのところへ届き、その左足に巻き付きすさまじい力で地上へ引っ張る。

 

「何ッ――」

 

抵抗する暇もなく落とされたルイオスは触手の向かうがままに踊らされ、数度砂煙の中を振り回された後地面に叩きつけられた。肺の中の空気が吐き出され、酸素の求めて口がパクパクと金魚のように無様に開閉した。

 

「ガハッ……」

 

左足に巻き付いた触手を目で辿ると、そこには右腕を異形に変化させたニャルラトホテプが嘲笑っていた。その見下すような視線と、全くの無傷の様子にルイオスは尋常ならざる怒りを露にし、

 

「ア……ルゴー…ル――!」

 

元・魔王の名を呼んだ。喉から絞り出されたようなその呼び掛けに応え、石化した雲を突き破って拘束具のアルゴールが砂煙の只中に踊り出る。そこは、ニャルラトホテプの真後ろだった。

 

「Ra……GEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

灰色の爪がニャルラトホテプに向けて放たれる。しかしそれはニャルラトホテプの左腕がアルゴールの手首を掴んだことで阻まれ、届くことはない。ニャルラトホテプはルイオスの左足を巻いていた触手を放し、アルゴールの顔に叩きつける。たちまちアルゴールは後ろへ吹き飛び、壁へと激突した。

 

「他愛ない――」

 

ニャルラトホテプの呟きがルイオスの耳を突く。額に浮かぶ青筋を増やした彼はハルパーを呼び出し、ニャルラトホテプへと振り下ろす。それは後ろを向いたニャルラトホテプの右の肩口から背中の中程まで深々と突き刺さり、ルイオスは深手を負わせたことに喜びを覚えるが、ニャルラトホテプの傷口からハルパーを伝う黒い粘着質な液体がルイオスの右腕を捕らえたところでその喜びは悪寒へと変わった。

 

パキ……

 

その黒い液体が、ルイオスの右腕を握り潰した。

 

「アア……アアアアアアアアア!!!」

 

絶叫が木霊する。ハルパーはニャルラトホテプへ突き刺さったままルイオスが手放したため手元から失われた。醜く形を変えた己の右腕を押さえて蹲るルイオスだったが、ニャルラトホテプはそれを見下ろして自分の右腕を巨大な肉塊へと変え、ルイオスの体を掴む。それはまるで、巨人に捕らわれた人間が、食われるのを待っているようだった。

 

「やめっ……やめてくれ……やめて…ください……」

 

プライドと欲望が皮を被ったようなルイオスの口から出てきたのは、まあなんとも小物らしい命乞いだった。

 

「ぼ、僕が悪かった……アンタの欲しいもんは全部やるから…こ、殺さないで……」

 

「…………」

 

ニャルラトホテプは何も言わず、ただ悍ましく赤と黒の脈動を繰り返す右腕の肉塊に力を込めた。

 

ベキリ

 

「アギャアアアアア!!!」

 

ルイオスが人とは思えない絶叫をあげた。ニャルラトホテプの腕に掴まれた全身の骨が砕かれ、凡そ人生では経験できないような痛みを彼に齎したのだ。

 

「安心しろ。内臓は無事だ」

 

ルイオスが肉塊から解放される。彼の体の事など何も気にしていないとばかりに乱雑に落とされた衝撃で、既に折れている四肢がさらにあり得ない方向に曲がった。それは強い痛みを重ね、ルイオスをこれ以上なく苦しめる。

 

「さて、と…」

 

ニャルラトホテプは踵を返し、ルイオスに背を向け歩き出す。目指すのは、壁に半分めり込んだ状態で唸るアルゴールの元。

 

わざとらしく足音をたててニャルラトホテプはアルゴールの前に立つ。

 

「GI……Ra…aa…」

 

「無様だな、アルゴール」

 

アルゴールの顔から流れる暗緑色の血が、地面を濡らす。ネジの切れた人形のようにぎこちなく鈍色の胸を上下させ、湿った吐息が髪を揺らした。

 

それをニャルラトホテプは、ただ動くだけの壊れた玩具を眺めるように見下す。

 

「お前、いつまでルイオス(あんなゴミ)(しもべ)で甘んじてるつもりだ?誇り高き魔王が、そんな拘束具つけて封じられて、お前それでもアルゴールなのか?」

 

アルゴールは答えない。ただ自分に向けられた侮蔑を受けて、そこに佇んでいるだけだ。

 

「……そうか」

 

ニャルラトホテプは嘲笑う。悪戯を思い付いた子供のように、シナリオを書く作家のように、とびっきりの悪意と無邪気さを込めて。

 

「お前がそのつもりなら、()()()()()()()()()

 

ニャルラトホテプはアルゴールへ一歩踏み出し、拘束具に手をかける。ミチミチと、魔王を封じていた枷は千切れていく。ルイオスは何をしようとしているのかを察して、叫んだ。

 

「よせ……やめろ……それは…それだけは……やめろォォォォォ!!!」

 

しかし、

 

「さあ、目覚めろアルゴール。かつてのお前を思い出せ」

 

拘束具は引き裂かれる。布の切れ端が宙を舞い、ベルトを固定していた金具が砕けた。

 

そして魔王が、その姿を見せた。

 

「GEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

咆哮が轟く。アルゴールから先程よりも密度の濃い褐色の光が放たれ、地に伏すルイオスの時を止めた。

 

「……そうだ」

 

ニャルラトホテプは口を三日月のように歪め、喜悦に顔を染めた。

 

「それでこそお前だよ、アルゴール――――!」

 

光が収まったとき、そこにいたのは一人の美女だった。

 

灰色でありながらも艶のある髪に、一点の曇りもない肌。

 

服はなく、ただ丈の短い布切れを身に纏うだけではあったが、その美しさが損なわれることはない。

 

「――――アルちゃん、完全復活!」

 

そして、この余りにも場違いなソプラノボイスを意気揚々と放つその気概。

 

それこそが、〝メデューサ〟〝原初の悪魔(リリス)〟と呼ばれる箱庭三大問題児の一角にして、かつて箱庭を駆けた魔王の一人。

 

魔王、アルゴール。その存在に他ならなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

アルゴールは喜んだ。かつて自らの犯した失態でつけられた拘束具。長年自分をずっと戒めてきたそれからようやく自由になったのだ。心は踊り、血肉が騒ぐ。

 

そして、それを行った者へ目を向ける。

 

「感謝するよニャルラトホテプ。おかげでアルちゃんは待ち望んだ自由を手に入れたよ!」

 

小さく、それでいて陶器のように美しい掌を試すように開閉させて、アルゴールは礼を述べる。が、ニャルラトホテプは様子を変えずにケラケラ笑っているだけだ。しかし彼女自身解き放たれたことに感謝こそしているが、ニャルラトホテプ自身に感謝するつもりなど毛頭ない。むしろこのくらいの反応の方が変に気負わなくて楽でよかった。

 

「でもお前も変なことするね。わざわざアルちゃんの拘束解くなんてさ。何?マゾ?」

 

ふざけたようにそう言って、そんなわけないかー、と可愛らしく笑うアルゴール。その度に布切れが風に煽られてはだけそうになるも、今ここにそんなことを気にする者はいない。

 

まるで昔馴染みと遊ぶように、アルゴールとニャルラトホテプは会話を交わす。それは一種異様で、微笑ましくもあり、悍ましくもあった。

 

自らの美しさに傲り、怪物へとその身を変えたアルゴール。

 

自らの欲に忠実で、人と怪物の狭間を漂うニャルラトホテプ。

 

なるほど、人に害を為す者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。が、それは通じることはあっても決して相容れることはないのだ。

 

「まあ世間話はこれくらいでいいよね?アルちゃんも早く外に出たいしさ。――――とりあえず死ね」

 

「ああそうだな。俺も昔のお前がまだ生きてたことに〝感激〟したから――――とりあえず死ね」

 

解放への欲求と、嘘で塗り固められた虚言。

 

決して相容れることのない二人は、お互いの愉悦を求めて相対した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

――――同時刻、ノーネーム本拠。

 

鈍色の石像が無数に点在するその異様な空間で、動くものが一つあった。

 

植物だ。

 

表面が金属のように光り、枝に当たる部分をうねうねと躍動させる植物が、ノーネーム本拠の廊下を進んでいた。それは首とも幹ともつかない異形の体を曲げて、何かを探すかのように付近を見回す。少しずつ、少しずつ、先へと動くその異形は、一つの扉の前でその動きをとめた。

 

枝を伸ばし、扉を押し開ける。そこにあったのは三つの石像で、一つは目付きの悪い男、一つは兎の耳が頭についている女、一つは幼い少女のものだった。

 

植物はそれら全てを一度に視界に収めることができる窓際付近に移動し、体の中から褐色の光を放つ物体を取り出して石像に向けた。

 

その光に当てられた箇所から石像に色が戻り、やがて三つの石像は三人の人となった。

 

「……これは」

 

男が己の掌や体を触って呟く。何か確認し終えたのか、窓際に立っている金属質な植物に目を向けた。

 

「……」

 

植物は何も言わない。ただのそのそと不器用に枝を動かし、歩みを進めていく。男がそれを遮るように前に立てば、植物はぎこちなく体を動かし男を見上げた。

 

「なあニャルラトホテプ、お前は……」

 

男はそれ以上言葉が続かなかった。自分を見上げる植物に空いた虚無のような空洞を見て、それ以上言葉を紡ぐのをやめたのだ。

 

「……いいよ。行け。どうせお前じゃなきゃ石化(これ)は解けない」

 

その言葉を理解したのだろうか。植物は男の横を通り抜け、扉を潜る。周りの部屋から声が聞こえるということは、あの植物は他のノーネームメンバーの石化を解除して回っているのだろう。

 

男はソファに投げ出すように腰を下ろし、天井についた照明を見て目を細める。

 

思い出すのは、先程飲み込んだ言葉だ。

 

――――なあニャルラトホテプ、お前は……

 

――――一体、何をしたいんだ…………?




ニャル様「久し振り、死ね!」

大体こんな感じでしたね、ええ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。