混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

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前回の投稿……去年の12月30日!?うせやろ!?


第二十五話 「これでいいのか」

それはきっと、運命と呼ばれる結末だった。

 

女神をも凌ぐ美貌を持つ三姉妹。その末妹。名をメデューサと呼ぶ。

 

不死である姉二人と違い、彼女は不死ではなかった。だが、姉二人に劣らぬ美しさを持っていた。

 

故に、彼女が()()()()()()のはある意味当然だったのだ。謙遜という言葉からは程遠い神の時代、その申し子たる彼女は特に。

 

男は誰もが彼女を褒めそやした。女は誰もがその美しさに羨望を覚えた。彼女は、それを是とした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そしてこれを非とする。この、理不尽なニャルラトホテプ()の裁きを。だから抗った。だから逆らった。それでも、届かない。

 

刃は絶え間なく首へと降り下ろされる。不気味な嘲笑が耳を叩く。

 

かつての生を思い出す。醜い自分を討ち、その首を高らかに掲げた英雄を思い出す。ならば、ニャルラトホテプがこの首を掲げたとて、それは果たして英雄か。

 

その様を思い浮かべて、アルゴールは失笑した。

 

「英雄も化け物も、所詮は同じか」

 

動かない体と痛みの中で、その呟きを放つ。ニャルラトホテプは一瞬刃を止め、感慨深そうに貌を歪めた。実に、愉しそうに。

 

「よくわかってるじゃないか、アルゴール。死に際に悟ったことがそれとは、お前もいい趣味してる」

 

鈍い音を立ててアルゴールの首を穿った刃が頸椎に到達した。メキリと、今までとは違った音をアルゴールの体が奏でる。

 

ニャルラトホテプは刃を鋸のように引いた。錆が荒く頸椎を削る。アルゴールが僅かな苦悶を漏らした。

 

「なら、その気付きを抱いて死ぬがいい。安心しろ、お前のいた証明は、()()俺が覚えてるさ」

 

最後まで厭らしくニャルラトホテプは笑い、剥き出しの首元へ致死の一撃を見舞う。頸椎がへし折れ、美しいパーツを揃えた顔が地に落ちる。綺麗な、とても綺麗な鮮血が真っ赤な円を描き上げ、ニャルラトホテプの足を侵す。

 

アルゴールの首は落ちると同時に小さなチョーカーの飾りに変化し、ささやかな金属音を響かせた。そこを起点にするかのように、灰色と化した宮殿は元の白亜を取り戻し、止まっていた無数の命の鼓動が動き出す。

 

それは、アルゴールの持つ石化の威光が、彼女の敗北によって消失したことを意味していた。

 

ニャルラトホテプは足下のアルゴールの首だった物を拾い、踵を返した。向かうのは、既に意識を取り戻したルイオスの眼前。

 

「……んで……なん……で」

 

ポツリポツリとルイオスの口から弱々しい言葉が漏れる。

 

「なんで僕だけこんな目に……、なんで……なんで……」

 

その声に涙が混じる。それこそが彼の本音。未だ未熟な彼が、怪物と出会いその心を侵された――――それに対する恨み言だった。

 

「僕は何も悪くないじゃないか……。コミュニティとして取引をして、その落とし前としてサウザンドアイズ傘下から抜けて……。通すべき道理は通したはずなのに……なんで……!」

 

その通り。彼は間違っていない。たとえサウザンドアイズ傘下のコミュニティとして正しくない振舞いをしても、その後彼はそれを〝脱退〟という形で償った。彼の言う通り、通すべき道理は通したのだ。

 

彼はただ不幸だっただけだ。その一番の不幸は、彼の言う〝道理〟から外れた邪神に()()()()()()()と思われたこと。

 

ニャルラトホテプはルイオスの目の前に錆び付いたハルパーとアルゴールの首だったものを落とした。ルイオスは懸命に折れた腕と砕けた身体をくねらせ、さながら芋虫の如くそれらに這いよると、失くした宝物を見つけた小さな子供のように抱え込んだ。

 

これは未だ彼がペルセウスの末裔であると証明してくれる数少ない物だ。どれだけ心を踏み躙られても、どれだけ泥に塗れようとも、これさえあれば誇りだけは失わずにいられる。

 

だからニャルラトホテプはそれをあえて壊さなかった。その誇りが、復讐心の燃料となるように。

 

ルイオスに耳の近くに屈み、数多のものを失ったことで空いた〝心の隙間〟に、ニャルラトホテプはそっと混沌を差し込んでいく。

 

「なあペルセウス、これでいいのか?」

 

甘く、蕩けるような声。どんなオーケストラも、どんな歌姫もこの声には勝てない。それはまさしく、()()()()()()()()()なのだから。

 

「悔しいだろう、憎いだろう。お前をここまで貶めた奴が。お前をここまで陥れた奴が」

 

侵されていく。ルイオスの誇りを、ニャルラトホテプが復讐心に塗り替えていく。

 

ルイオスはただ、その甘言を身動ぎもせず聞いているだけ。

 

「教えてやろうか。お前に理不尽を叩き付け、俺を差し向けた黒幕ってやつを」

 

勿論、嘘だ。そんな黒幕などいない。しかし、このニャルラトホテプという神性は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして、さも揺らぎもしない事実のように、虚構を真実の如く吐き出した。

 

「――――白夜叉だよ」

 

ハッとルイオスが顔を上げた。ニャルラトホテプはそれを見て満足そうに顔を歪め、続ける。

 

「ああそうだ、心当たりがあるだろう。あの身内贔屓、名無し贔屓の白夜叉が、お前をここまで追い詰めた。吸血鬼を逃がし、手を汚さずにお前を潰す為に、ここへと俺を差し向けた」

 

嘘だ。レティシアを逃がすのに白夜叉は加担したが、ニャルラトホテプの引き起こしたこの一件(ペルセウス潰し)に白夜叉は一切関わっていない。しかし、たとえ嘘でも十分なのだ。

 

何故なら、ルイオスの心は、既にニャルラトホテプの掌中にある。

 

「これでいいわけないよなぁ?なあペルセウス。お前には権利があるはずだ。英雄の末裔として、策謀に嵌められた者として、あの卑怯な元・魔王を討つ権利が!」

 

その言葉が決め手だった。ルイオスの瞳は怒りに曇り、目の前の邪神ではなく、ここにいない白夜叉へと憎しみを向ける。

 

満身創痍だ。それでも、闘志(復讐心)だけは灼熱に燃えている。それが、ニャルラトホテプに植え付けられたものだとも知らずに。

 

――――なあ、見てみろよアルゴール。

 

――――お前を下した英雄の末裔は、こんな簡単に堕ちてしまった。

 

「そうだ、怒りに燃えろペルセウス。復讐(そのため)の戦力は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう、白亜の宮殿の攻略中、ニャルラトホテプが誰も手にかけなかったのはこのためだ。蹂躙することも心を折ることもできたはずなのにそれをしなかったのは、全てこのとき――――ルイオスに、〝部下の負傷〟を復讐しない言い訳にさせないため。

 

その効果は如実に現れた。

 

「オォ……オ……オォォォオォォオオ……!!!」

 

苦痛、苦悶、苦汁に満ちた唸り声。さながら獣のような声をあげるルイオスは、最早英雄の末裔などと輝かしいものではない。

 

それは、とある邪神によって運命を狂わされた、哀れな一人の被害者(にんげん)だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

後日、サウザンドアイズ支店を〝ペルセウス〟が襲撃する事件が起きた。

 

幸いにして死者は出ず、その主犯であるルイオスもすぐに捕らえられることになる。が、そのルイオスの証言があまりにも意味不明で、正気を失っているとして厳罰に処されることはなかった。それは、被害を受けた白夜叉からの要請だったという。

 

ルイオスの証言は以下の通りだ。

 

「お前らには見えないのか……?あれが、あの()()()()が」

 

「ああ、こっちを見た!よせ、来るな!」

 

「ああ、這いよってくる!僕の体を這いずっている!」

 

「やめろ、やめろ!見るんじゃない!」

 

「あの障子の向こうにも、あの窓の向こうにもいる!」

 

「僕は悪くない!僕は嵌められただけだ!あの()()()()()に嵌められただけだ!」

 

「だから、だから、もう許してくれよ!」

 

その意味を理解できた者はほとんどいなかった。唯一、白夜叉を除いて。

 

故に、白夜叉はルイオスに情けを与えたのだ。彼も、ニャルラトホテプに弄ばれた、ただ不幸なだけの人間なのだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

〝ペルセウス〟の解体と同時刻。名実共に解放されたレティシアは、ノーネーム本拠にて十六夜達と共に歓迎会に列席していた。

 

夜空がきらびやかな星に彩られる中、レティシアは人目につかないように十六夜に呼び出し、一枚の紙片を渡す。そこに書かれていたのは一つの数式だった。

 

「これは?」

 

「詳しくはわからない。ただ、これを渡せと言われた」

 

レティシアが頭を振る。それを確認して、十六夜は単身部屋に戻った。

 

備え付けられた机に紙片を置き、それを解き進める。そして最後の一文字を書き終えたとき、十六夜の背後に何かが現れた。

 

十六夜はそれを知っている。知らないわけがない。わざとらしく音を立ててベッドに座り込むその人影は、間違いなくニャルラトホテプそのものだった。

 

「……やっぱりクルーシュチャ方程式か。悪趣味なことだ」

 

〝クルーシュチャ方程式〟

 

それはニャルラトホテプの化身の一つだ。人でもなければ化物でもない、〝数式〟としての化身。

 

この数式に過去様々な数学者が挑み、敗れてきた。その中でただ一人解読に成功した者がいる。そして、その末路は――――

 

()()()()()()()()()()()()()()。今回俺をそうしなかったのは、また何かの気紛れか」

 

「よくわかってるじゃないか、十六夜。それを知りつつ解くお前も相当な狂人だよ」

 

そう言ってニャルラトホテプは嘲笑う。気持ちの悪い声が部屋に木霊した。

 

「……それで」

 

十六夜は空気を変えるべく話題の転換を図った。

 

「お前は何でここに来た」

 

「三つ、知らせがあるから」

 

ニャルラトホテプは指を三本立てる。その内、一本ずつ折っていき、

 

「一つ目。ペルセウスが崩壊した」

 

一つ目から盛大な爆弾を落とした。しかし、もうこの程度では十六夜は動じない。どうせニャルラトホテプに目を付けられた時点でこうなることはわかっていたのだ。

 

「二つ目。ペルセウスの崩壊ついでに白夜叉の支店を襲わせた」

 

「何やってんだテメェ」

 

「まあ聞け。この二つは前座だ」

 

そしてニャルラトホテプは最後の指を折り曲げる。

 

「三つ目。()()()()()()()()()()()()()()()

 

その瞬間、空気が凍った。十六夜は完全に動きを止め、ニャルラトホテプを見詰める。

 

「……呪い、だと」

 

「ああそうだとも。お前はわかっていたはずだろう。邪神と取引した者がどうなるのか」

 

ニャルラトホテプの言葉は言い知れぬ重みを持っていた。数多の作品で語られた末路。そして、つい最近ガルドに襲いかかったその末路。その結末は、等しく並大抵の悲劇では語り尽くせないほどの〝悲劇〟。

 

「発動するのはいつになるだろうな。まあ、精々()()()()()()姿を見せてくれることに期待しよう」

 

再び嘲笑う。その笑い声は、実に愉しそうだった。

 

居心地の悪い空気だけを残して、ニャルラトホテプは影へと消える。まるでそこには元々何もなかったかのように痕跡は消え去り、その部屋は十六夜だけになった。

 

十六夜は窓から〝ノーネーム〟の庭を覗き、その中で楽しそうに喋るレティシアを見た。しかし、彼にはどうしても、その後ろに死神の影が纏わりつくように見えて仕方がなかった。

 

「……お前は、どこまで」

 

脳裏にニャルラトホテプの姿が過る。思わず壁を拳で撃ち据え、衝撃で皹が丸く広がった。

 

「俺たちをバカにすれば気が済むんだ……!!!」

 

その問いは、虚しく響いて虚空に消えた。




この小説、第一話投稿してからもう二年経つんですよ。ええ、二年経つんですよ。

……ウッソマジで?これで漸く一巻終わりなのに?二年経っちゃったの?

そういえば竜ノ湖先生がミリオン・クラウン発表しましたよね。楽しみ。

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