ぼっちではありません、エリートです。   作:サンダーボルト

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今回もご都合主義全開+銀魂キャラ登場回です。長いです。


エリートの救済と暗躍

総武高校の体育は三クラス合同で行われるものであり、本日はテニスとサッカーの二つの種目が選択されている。この前の依頼を受けた後から八幡は義輝と体育でペアを組む事が多かったが、今回は運悪く八幡がテニス、義輝がサッカーに振り分けられてしまった。義輝からの悲しげな視線を無視しつつ準備運動を終わらせた八幡は、ラケットとボールを手にテニスコートへ向かう。

 

体育教師の厚木からのレクチャーが終わり、それぞれペアになって始めろ、と言われたところで八幡が厚木に話しかける。

 

 

「すみません、エリートなので壁打ちをしていてもよろしいですか?組みたい人間がいないので」

 

 

本心を隠そうともしない物言いに呆気にとられる厚木をよそに、八幡はさっさと壁打ちを始めた。八幡が過去にクラスメイトから嫌がらせを受け、教師に相談したものの相手にされず、結局自分で解決した事は厚木も知っている事なので、こう理由付けされては無理矢理組めとも言えないのだ。

 

八幡は黙々と壁に向かってボールを打ち返す。一球打つごとにラケットを右手から左手、左手から右手へと持ち替えながら壁打ちを続けた。途中であさっての方向からボールが飛んできたが、戻ってきたボールを一旦高く打ち上げ、ラケットを左手に持ち替えながら振り向きざまに飛んできたボールを同じ方向に打ち返し、またラケットを右手に持ち替えて落ちてきたボールを壁へと打ち込んだ。

 

 

「悪い、ヒキタニ君。ありがとねー」

 

 

誰にお礼を言っているのか分からなかったので、比企谷八幡はただ黙って壁打ちを続けた。

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

昼休みに入り、八幡はいつものベストプレイスで昼食をとる。

 

 

「今日は多めに買っておいて正解でした。やはり体育があるといつも以上にお腹が空きます」

 

 

壁と打ち合ったテニスコートを眺めながら、八幡はサンドイッチにかぶりつく。傍らには大きめのチョココロネとメロンパンが置いてあった。そしていつものMAXコーヒー。なんとも甘ったるいメニューである。

 

 

「あれ、ヒッキーじゃん。なんでこんなとこにいんの?」

 

 

心地いい風を堪能しながらパンを食していると、いつからいたのか結衣が声をかけてきた。

 

 

「ご覧の通り食事中です」

 

「いっつも外で食べてんの?なんで?教室で食べればよくない?」

 

「好きなんですよ、外で食べるのが。それよりも、由比ヶ浜さんは何故ここに?」

 

「あ、そうそう!実はね、ゆきのんとジャンケンして、それで負けちゃったから罰ゲームやってんの!」

 

「罰ゲーム?校庭十週とかですか?いいですよ、カウントしてあげますから走ってきてください」

 

「いや違うし!?ただジュース買ってくるってだけだよ!」

 

 

結衣は八幡の隣に座ると、ベンチに背を預けて青空を見上げた。

 

 

「あたしさ、前にも何回か同じ罰ゲームやった事あるんだけど、今日初めて楽しいって思えたんだ」

 

「罰なのに楽しいとは、矛盾してますね」

 

「かもね!だってさ、ゆきのんってば、最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ。そんな行為でささやかな征服欲を満たして何が嬉しいの?』とか言ってたのに、あたしが『自信ないんだ?』って言ったらすぐに乗ってくるんだよ!」

 

「……やはり猪ですね」

 

「猪?まあいいや。でさ、ゆきのんが勝った瞬間、無言で小さくガッツポーズしててさ……すっごい可愛かった…」

 

「友情をすくすくと育んでいるようでなによりですねぇ」

 

 

えへへ、とはにかむ結衣を横目で眺めながら、八幡はサンドイッチを食べ終わり次のチョココロネへと手を伸ばす。

 

 

「あ、さいちゃんだ。おーい、さいちゃーん!」

 

 

結衣が立ち上がって大きく手を振ると、丁度テニスコートから出てきた人影が手を振り返しながら向かってくる。

 

 

「由比ヶ浜さんと比企谷君?」

 

「よっす!テニスの練習?」

 

「うん。うちの部、すっごい弱いからお昼も練習しないと…。お昼休みにも使わせてくださいってずっとお願いしてて、ようやくOK出たんだ。由比ヶ浜さんと比企谷君はここで何してるの?」

 

「やー、別になにも?」

 

「あなた罰ゲームの最中でしょうが。私は見ての通り、チョココロネを食べています」

 

「あはは、そうなんだ」

 

「さいちゃん、授業でもテニス選んでるのに昼練もしてるんだ…大変だね」

 

「ううん、好きでやってるから平気だよ。あ、そういえば、比企谷君ってテニスうまいよね」

 

 

チョココロネを早くも食べ終え、最後のメロンパンに手を伸ばした八幡を、さいちゃんは尊敬の眼差しで見つめる。

 

 

「そーなん?」

 

「うん!打つ時のフォームがとっても綺麗だし、ボールを打つたびにラケットを持ち替えるなんて僕にはできないよ」

 

「私は両利きですからね。しかし私の事をよく見ていらっしゃいますね、戸塚彩加君」

 

 

名前を呼ばれたさいちゃんこと、戸塚彩加は笑顔を見せた。

 

 

「僕の事覚えててくれてたんだね。嬉しいなあ」

 

「最初お見かけした時、何故女子が男子の制服を着ているのか気になっていたものですから。記憶に強く残っていました」

 

「…あ、あはは…僕ってそんなに弱そうに見えるかな?」

 

「気にする事はありません。近頃は女性の方が強くなってますから」

 

「落ち込んでるのヒッキーのせいじゃん…」

 

 

女子と間違われていたことを知り、彩加は苦笑いを浮かべた。結衣はそんな八幡をジト目で責める。

 

 

「それよりさ、比企谷君ってテニス経験者だったりする?」

 

「まあ、嗜む程度ですが」

 

「そーなんだ。中学でテニス部だったりしたん?」

 

「いえ、部活には入ってませんでしたね。……それより、いいんですか?罰ゲーム」

 

「え?……うわっ!?ちょー忘れてた!!またねヒッキー、さいちゃん!」

 

 

慌ただしく走り去る結衣を彩加は手を振って見送る。そして八幡がメロンパンを食べ終わった頃に、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

 

 

「あ、もう終わりだね。戻ろっか」

 

「……ああ、はい。そうですね」

 

 

MAXコーヒーを一気飲みした八幡は、先に歩く戸塚の後に続いた。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

数日後、また体育の授業でテニスを選び、壁打ちをしていた八幡の肩を誰かが叩く。八幡が叩かれた方とは逆側から振り向くと、一瞬びくっとなってその後に残念そうに笑う彩加の顔があった。八幡の方に置かれた手は、振り向くと丁度頬に刺さるように人差し指が伸ばされていた。

 

 

「あ……えへへ、ひっかからなかったか」

 

「すいませんね、エリートで。ところで何か御用ですか?」

 

「うん。今日さ、いつもペア組んでる子がお休みなんだ。だから……よかったら一緒にやらない?」

 

「ふむ……まあ、いいですよ」

 

「ありがと。……やったぁ」

 

 

小さくガッツポーズをする彩加を見て、少し微笑ましい気分になりながら八幡は彩加とラリー練習を開始した。八幡は壁打ちの時と同様に、ボールを打つ度に持ち手を変える。

 

 

「やっぱり比企谷君、上手だね」

 

「エリートですから」

 

「あはは」

 

 

何度も何度も途切れぬラリーを続けていると、彩加がボールをキャッチしてラリーを止め、八幡の下へ走ってきた。

 

 

「少し休憩しようか」

 

「どうぞ。では私は壁打ちに戻りますので」

 

「うん!……あ、ちょ、ちょっと待って!比企谷君に相談があるの!」

 

「……相談?」

 

 

壁打ちに戻ろうとした八幡の腕を慌てて彩加が掴み、そのままベンチへ引っ張る。

 

 

「で、何ですか相談って」

 

「うん……うちのテニス部の事なんだけど、すっごく弱いでしょ?それに人数も少なくて、今度の大会が終わって三年生が抜けたら、もっと弱くなると思う。一年生は高校から始めたって人が多くてまだあまり慣れてないし…。それに僕らが弱いせいでモチベーションがあがらないみたいなんだ。人が少ないと自然とレギュラーだし。……それで、比企谷君さえよければテニス部に入ってくれないかな?」

 

「……はぁ?」

 

 

何故そうなるのか、とでも言いたそうな顔で八幡は彩加を見る。彩加は萎縮したように体を縮こまらせながら、理由を話し出した。

 

 

「比企谷君、テニス上手だし、練習すればもっともっと上手になると思う。それに強い人が入れば、皆の刺激にもなると思うんだ。……僕も比企谷君と一緒なら、もっと頑張れると思うし…」

 

「そう言ってくださるのはありがたいのですがね、凡人の集まりにエリートが入ったところでカンフル剤にはならないと思いますよ。私以外の人間が惨めになるだけです。それに私はもう部活動に入っています。まあ暇を持て余しているような部活ですが、行かないと小うるさいので」

 

「そっか……それなら仕方ないよね…」

 

 

心底残念そうに項垂れる彩加。そこで八幡が二の句を告げる。

 

 

「テニス部に入るのは無理ですが、あなたを強くするお手伝いならできますよ」

 

「……え?」

 

「私のメル友にそういった事が得意な人いますから呼んであげますよ」

 

「ホントに!?」

 

「ええ。明日明後日休みですからその日に。部活は抜けられますか?」

 

「うん!今週の休みは顧問の先生が外せない用事があるから部活も休みなんだ!」

 

「それは結構。詳しい事は後でメールしますから、授業終わったらアドレス教えて下さいね」

 

「分かった!ありがとう比企谷君!」

 

 

こうして八幡のメル友がまた一人増えた。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

「と、いう訳でテニス部を強くする方法を一緒に考えて下さい」

 

「……意外ね。あなたが頼まれごとを進んで引き受けるなんて」

 

「戸塚君はあなたや平塚先生と違って良識的な凡人ですから。あなたも依頼が無いからって本ばかり読んでないで、その無駄に優秀な頭脳を人のために役立てて下さい」

 

 

放課後、八幡は雪乃に体育の時間の出来事を話し、テニス部を強くするためのアイデアを考えていた。

 

 

「戸塚君を強くするのは私の方でどうにか出来ますが、部活全体となると話は別です。まさか本当に私が入部するわけにはいきませんし」

 

「身の程を弁えているのね、感心だわ。もっとも、周りを見下すあなたが気に入らなくて、テニス部員が一致団結することはあるかもしれないけどね。でもそれは、あなたという敵を排除するための努力をするだけで、それが自身の向上に向けられることはないわ。ソースは私」

 

「……実体験ですか」

 

「ええ。私、中学の時に海外からこっちに戻ってきたの。当然転入という形になるのだけれど、そのクラスの女子…いえ、学校中の女子が私を排除しようと躍起になったわ。その中の誰一人として、私に負けないように自分を磨く努力をした人間はいなかったわ。……あの低能ども…」

 

 

雪乃の声音が一気に低くなり、背から黒い炎を噴き出している……ような錯覚がおきた。

 

 

「負けないようにって、どんな努力すればあなたと張り合えるんですか。まさかそれだけのために海外に行くわけにもいかないでしょうに」

 

「それは極論過ぎるでしょう…」

 

「まあそうですね。でも越えられない壁があるなら、その壁を崩して低くして乗り越えるのも一つの手だと思いますけどね。大体、雪ノ下さんなら努力の有無に関係なく、目の前に立ちふさがる者は平等に叩き潰しそうなものですけど」

 

「越えられないなんて、越えようともしないうちに決めてどうするというの?そうやって簡単に諦めて、人のせいにして陥れる…馬鹿馬鹿しい。そんな人間の相手なんてしたくもないわ」

 

「事実バカなんだから仕方ないでしょう」

 

「…あなたって人が口に出すのを躊躇するような事もハッキリ言うのね。本来人間に備わっている筈の機能が欠けているのではなくて?」

 

「あなたに言われたくはないですね」

 

 

会話が少し途切れたところで、部室の扉が勢いよく開かれた。

 

 

「やっはろー!依頼人連れてきたよー!」

 

「こ、こんにちわ…」

 

 

入ってきたのは結衣と、その後ろでおどおどと挨拶をする彩加だった。

 

 

「あ、比企谷君っ!」

 

 

緊張のせいかどこか暗い表情をしていた彩加だったが、八幡の顔を見て笑顔を取り戻して近くへと歩み寄った。

 

 

「比企谷君が入ってた部活ってここだったんだね」

 

「ええ、まあ……それよりどうしてここに?」

 

「ほら、ヒッキーも聞いてたでしょ?さいちゃんがテニスの練習頑張ってるの。だからここは奉仕部の一員である私がここを紹介してあげようと思って、連れてきたわけよ!ふふん!」

 

 

満足げに腕を組んでドヤ顔を披露している結衣に、雪乃が少し言いにくそうに口を開く。

 

 

「あの、由比ヶ浜さん…」

 

「ゆきのん、お礼とか全然いらないから。部員として当たり前の事をしただけだし?」

 

「いえ、あなたは別に部員ではないのだけれど…」

 

「違うんだっ!?」

 

「入部届も貰ってないし、顧問の承認も無いから部員ではないわね…」

 

「書くよ、書く書く!入部届くらい何枚でも書くから仲間に入れてよ~!」

 

 

涙目になりながら鞄をまさぐり、ルーズリーフを一枚取り出したところで八幡が待ったをかけた。

 

 

「別にいいですよ、私がメールしておきますから。私も入部届なんて書いた覚えありませんし。新入部員なら歓迎してくれますよ、性格的に」

 

「へ、いいの?てか、ヒッキーって平塚先生のアドレス知ってたんだ…」

 

「殆ど来るのは愚痴ばかりでしたけどね。この前も、合コンで年齢誤魔化して出席したら同席していた同級生にあっさり嘘をバラされて大恥かいたんですって。笑えるでしょう?」

 

「うわぁ…」

 

「先生可哀想…」

 

 

静からのメールの内容に結衣は引き、彩加は憐れみの念を送った。微妙な空気に包まれた部室を、雪乃が咳払いをして仕切りなおす。

 

 

「それで、戸塚彩加君。奉仕部に何を依頼したいの?」

 

「…あ、あの…テニスを強くして、くれるん、だよね?」

 

「……それは確か、比企谷君が請け負った筈ではないの?」

 

「えと、休みの日にわざわざ練習に付き合ってくれるのに、学校の昼休みにまで付き合ってもらうのは悪いと思って…」

 

「そう…来た理由は分かったわ。だけど、奉仕部はあくまでもあなたの手伝いをして自立を促すだけ。強くなれるかどうかはあなた次第よ」

 

「……そう、なんだ」

 

「……由比ヶ浜さん、彼に奉仕部をどう説明したかは知らないけれど、あなたの無責任な発言のせいで一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたわよ」

 

「え?でもゆきのんとヒッキーならなんとかできるでしょ?」

 

 

結衣のこの発言は、意図せず雪乃の闘争心に火をつけた。言った本人は挑発のつもりが無くても、言われた方はそう受け取ってしまったのである。

 

 

「……ふぅん、あなたも言うようになったわね。いいわ、その依頼を受けましょう。戸塚君、あなたのテニスの技術向上を助ければいいのよね?」

 

「は、はい、そうです。僕が上手くなれば、みんな一緒に頑張ってくれると思う、から…」

 

 

雪乃の迫力に押され、彩加は八幡の背に隠れながら答える。八幡は静に入部希望のメールを送信すると、携帯をしまって雪乃に問いかけた。

 

 

「手伝うと言っても、具体的にどうするおつもりで?」

 

「死ぬまで走らせてから死ぬまで素振り、死ぬまで練習、ね」

 

「戸塚君、当日は世界樹の葉を三枚持ってくるか、蘇生呪文を三回以上唱えられる僧侶を連れてきてください」

 

「ええっ!?」

 

 

ニッコリと笑って特訓メニューを告げた雪乃に八幡も乗っかり、彩加は驚きのあまり大声を上げた。

 

 

「まあこれは冗談だとして…雪ノ下さん、死ぬまで走らせるの項目は削除して頂いて結構ですよ」

 

「あら、何故かしら。基礎体力はあらゆるスポーツで必要とされるものなのだけど」

 

「いえ、体力面は休み二日で恐らくどうにかなります」

 

 

八幡からの意外すぎる宣言に、結衣や彩加だけでなく雪乃も目をぱちくりさせて固まった。

 

 

「…どういう事?たった二日で体力が爆発的に増えるわけないでしょう?」

 

「それができるメル友がいるんですよ。ですから、雪ノ下さんは戸塚君にテニスの技術を身につけさせてください。まあ、急に言われても信じられないでしょうから、証拠は次の週でということで」

 

「……分かったわ。来週の昼休み、楽しみにしているわよ」

 

「あ、じゃあ雪ノ下さん達も参加しますって先生に言ってくるね。一応、男子テニス部の名前で使わせてもらってるから」

 

「それなら、奉仕部と共同で使用という形にした方がよさそうね。そのほうがすんなり通ると思うわ」

 

「分かった!」

 

 

こうして無事に許可も取れ、今日は解散となった。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

休日が終わって最初の学校、昼休みに雪乃と結衣は部室で手早く昼食を済ませてテニスコートへ向かう。そこにいたのは壁打ちをしている彩加と、それを見ている八幡。そして八幡の隣には袈裟を着た一人の男が同じく彩加を見守っていた。八幡は雪乃達に気が付くと、体の向きをそちらへと向けた。

 

 

「おや、ようやく来ましたか。待ちくたびれましたよ」

 

「…ヒ、ヒッキー……その人、誰?」

 

 

結衣が雪乃の背に隠れながら聞くと、八幡の隣にいる男がゆっくりと振り向く。その男の顔には、斜めに斬られたような傷跡があった。

 

 

「ご紹介します。私のメル友であり、経絡気功の達人でもある朧さんです」

 

「……よろしく」

 

 

袈裟を着た男……朧は軽い会釈をすると、彩加の方へ視線を戻した。

 

 

「け、経絡気功…?」

 

「簡単に言えば気の力、人体のツボを熟知した人です。前に由比ヶ浜さんのクッキー食べながら使ってたでしょ?それを戸塚君にも教えてもらいました」

 

「……それで、体力の方はどうなったの?」

 

「驚くほどに上がりましたよ。いやはや、まさかこんなに上達が早いとはね」

 

「戸塚は見て学ぶ能力が優れている。初日に猿真似で効果が不十分とは言え、俺の技を自ら再現した時は己が目を疑った」

 

「自身の活性の術だけ教えてもらうつもりでしたが、他にもいらない事教えてましたものね」

 

「あれ程の人材を腐らせておくのは惜しい。庭球選手に留めておくのは世の損失だ」

 

「弟子が少ないからって勧誘しないで下さい。戸塚君、雪ノ下さんが来ましたから本格的な練習を始めますよ」

 

「あ……はい!!」

 

 

それからは雪乃による地獄の特訓が始まった。結衣がライン傍やネット際の厳しいコースに向けて球を放り、それを彩加が打ち返していく。これは球出しと呼ばれる練習方法に近い。近いというのは、結衣の投げるボールの方向が結構な頻度で別の方向に逸れてしまっているので、ほとんど滅茶苦茶に投げられたボールにひたすら食いついている状態なのだ。

 

しかし、彩加にはあまり疲労の色が見られなかった。息は荒いものの、表情には少し余裕が見られる。それを見た雪乃は本気で驚いていた。

 

 

「…凄いわね」

 

「気功で筋繊維の回復を早めていますからね。休み中にも朧さんと信女さんの二人にしごかれていましたから」

 

「打ち返せた球の数は全体の五分の一……ただの学生にしては中々の好成績だ」

 

「たったそれだけで好成績なの?少し腑抜けているんじゃないかしら?」

 

「抜かせ、女。気功も使えん貴様など10分も持たぬうちにへばるだろう。奴はまだ使い方が荒い気功でも五時間耐え抜いたぞ」

 

「ごっ…!?」

 

 

雪乃は絶句した。彩加に素質があったとはいえ、僅か二日でそれほどの持久力を身につけられるなど夢にも思っていなかったのだから。

 

 

「あっ…!?」

 

「さいちゃん!!」

 

 

結衣の叫びに全員がそちらを向く。どうやら彩加が足をもつれさせて転んでしまったようだった。結衣は慌てて彩加に駆け寄って心配そうに声をかける。

 

 

「さいちゃん大丈夫?」

 

「うん。咄嗟に経絡を歪めたから大したことはないよ。さっ、続けよ?」

 

「う、うん…」

 

「……由比ヶ浜さん、少しここをお願い」

 

「えっ、ゆきのん!?」

 

 

膝を少し擦りむいてしまっていたが、気にすることなく練習を続けようとする彩加を見て、雪乃は顔を顰めさせると結衣に後を任せて校舎に戻ってしまった。

 

 

「ど、どうしよ…。僕、何か怒らせるような事、しちゃったかな?」

 

「や、それは無いと思うよー。ゆきのん、頼ってくる人を見捨てたりしないもん」

 

「まあ、あの人なりに考えがあるのでしょう。私達は練習を続けますよ」

 

「ね~ヒッキー、交代してよ。さっきからヒッキー何にもしてないじゃん」

 

「いいですよ。戸塚君、私の球は由比ヶ浜さんと違って厳しいですからそのつもりで」

 

「どういう意味だっ!!」

 

 

ぷんすか怒る結衣をなだめてその手からボールを受け取ろうとした瞬間、結衣の表情が暗くなった。

 

 

「あ、テニスしてんじゃんテニス!」

 

 

声のした方を振り返ると、三浦優美子と葉山隼人を中心にした集団がこちらへ向かってきていた。

 

 

「あ……ユイ達だったんだね…」

 

 

優美子の隣にいた眼鏡をかけた女子生徒がそう呟く。優美子は結衣や八幡の方をちらりと見ると、軽く無視して彩加の方へ話しかけた。

 

 

「ね、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいい?」

 

「三浦さん…僕は別に、遊んでるんじゃなくて、練習を…」

 

「え?何?聞こえないんだけど?」

 

「だから…練習を…」

 

 

彩加は優美子の威圧的な態度に気圧されてしまったらしく、それでも小さな声で反論する。

 

 

「ふーん、でもさ、部外者混じってるんだし、別に男テニだけで使ってるってわけじゃないんでしょ?じゃ、別にあーしらも使ってもよくない?ねぇ、どうなの?」

 

「…それは…」

 

 

彩加が困ったように八幡の方を見るが……八幡は既に動いていた。

 

 

「その部外者が我々だと言っているのなら、それは間違いです。このテニスコートは男子テニス部と我々奉仕部が共同で使えるように許可は取ってあります。ちなみに我が校の生徒じゃない人も混じっていますが、これもちゃんと申請を出していますから問題ありません」

 

「はぁ?あーしは今戸塚と喋ってるんだから入ってくんなし。つか奉仕部って何?何意味わかんないこと言ってんの?キモいんだけど」

 

「おっとすいません、凡人のあなたにも分かりやすいように意味を噛み砕いて説明したつもりでしたが、どうやらまだ足りなかったようですね」

 

 

優美子が攻撃的な視線を向け、八幡の腐った瞳がそれを飲み込む。そこに隼人が両人に両手を向けてなだめながら割り込んできた。

 

 

「まぁまぁ、あんま喧嘩腰になんないでさ。ほら、みんなでやった方が楽しいし」

 

「葉山君、別に我々は楽しかろうが苦しかろうがどうだっていいんですよ。ただ戸塚君のテニス技術が向上できればそれでいいんです」

 

「ねー隼人ー、何だらだらやってんの?あーし、早くテニスしたいんだけど」

 

「うーん……あ、じゃあこうしないか?俺達側とヒキタニ君達側で勝負して、勝った方が今後昼休みにテニスコート使えるって事で。もちろん戸塚の練習にも付き合う。強い奴と練習したほうが戸塚のためにもなるし、みんなも楽しめる」

 

 

八幡が黙り込み、モノクル越しに隼人達を観察する。そして優美子が獰猛な笑みを浮かべながらそれに賛同した。

 

 

「テニス勝負?……なにそれ面白そう」

 

「…え、優美子やんの?向こう多分男子が出てくると思うけど。そしたら不利だろ」

 

「えー?あ、じゃさ、男女混合ダブルスにすればいいんじゃん?うそやだあーし頭よくない?っつっても、ヒキタニ君と組んでくれる子いんの?とかマジウケるんですけど」

 

 

優美子が甲高い声で笑うと、周りにいたギャラリーにもどっと笑いが巻き起こった。結衣と彩加は気まずそうに八幡を見るが、当の本人はどこ吹く風。笑っている人間達を冷やかな目で眺めていた。まだ笑いが続く中、八幡は口を開く。

 

 

「―――人が練習しているところに厚かましくずけずけ入り込んできた挙句、我が物顔してでかい口叩かないでくれませんか?何様のつもりですか、あなた方は。テニス勝負?男女混合ダブルス?それをやるか決める決定権があなた方にあるとでも?勘違いも甚だしい……それでも高校生ですか?」

 

 

さっきとは違う、底冷えするような冷たい声に喧騒が止む。

 

 

「とはいえ、理が無い訳でもない。確かに強い人と練習したほうが戸塚君のためになりますからね」

 

 

結衣と彩加はその言葉に驚き、隼人は理解を示してくれたのかと息を吐く。

 

 

「ただしそれは、あなた方が戸塚君より強ければの話。羽虫を二匹踏みつぶしたところで、脚力が強くなるわけでもなし。練習に付き合うというのなら、まずは自分の強さを証明してくださいよ。葉山君と三浦さん、あなた方二人で戸塚君を倒してみて下さい。それができたのなら、戸塚君の練習に付き合う権利を差し上げます」

 

 

二対一での勝負を提案してきた八幡に、優美子が噛みついた。

 

 

「ちょっとあんた、あーしらのこと舐めてんの?」

 

「いいえ?ただ取るに足らないだけです。文句があるなら倒してみて下さいよ、出来る物ならね」

 

「……っ!隼人!こうなったらやってやろうじゃん!!」

 

「あ、ああ…」

 

 

そう言って優美子はテニスウェアに着替えに行った。八幡はそれを見て、彩加に話しかける。

 

 

「すいませんね、巻き込んでしまって。しかし、こうでもしないと恐らく引き下がらないでしょうから」

 

「……ううん、僕がちゃんと断ってればよかったのに、それができなかったし…。それに、任せっぱなしにするのも何か違うと思うし」

 

「戸塚」

 

 

沈黙を保っていた朧が口を開く。

 

 

「これは試合ではない、勝負だ。この意味は分かるな?」

 

「……うん、分かってるよ、朧さん」

 

「ならばよし。案ずるな、お前が負ける事は無い」

 

「ありがと」

 

 

ラケットを手にテニスコートへ向かう彩加を、結衣は心配そうに見送る。優美子が着替えを終えて戻ってきて、ぽつぽつとギャラリーも増え始めた。中には隼人にコールを送る者もいる。

 

 

―――この時すでに、リア充二人が断頭台に頭を固定された状態であったことなど、誰も知る由は無かった…。




実際、戸塚と葉山三浦ってどっちが強いんでしょうね?

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