ぼっちではありません、エリートです。   作:サンダーボルト

19 / 33
初めて八幡視点で書いてみました。

見廻組の制服ってドレスコード突破できるんですかね?そればっかが気になる後編です。



襤褸切れドレスのシンデレラ(後編)

ホテル・ロイヤルオークラのホールのソファに座り、私は雪ノ下さんと由比ヶ浜さんを待っている。戸塚君はどうやらドレスコードを突破できる服が無いようで、残念ながら行けないというメールがさっき届きました。まあ、普通の高校生にはあまり縁のない場所ですし仕方がないでしょう。とか何とか考えていると、めかしこんだ二人組がこちらに向かって歩いてきました。

 

 

「お、お待たせ…」

 

 

深紅のドレスを着たいつもよりも大人っぽい由比ヶ浜さん。いつも見慣れている童顔の彼女の姿はここにはありませんでした。お団子ヘアーはアップに纏められていて、普段見えないうなじの白さは圧巻です。本当に彼女なのかと疑うレベルです。

 

 

「な、なんかピアノの発表会みたいになってるんだけど、変じゃない?」

 

 

ああ、よかった。頭の悪さは健在のようです。とはいえ、言わんとする事は分からなくもない。小学生くらいの子がそんな恰好をすれば、まさしく由比ヶ浜さんの言う通りピアノの発表会の格好です。あなた高校生ですけど。

 

 

「せめて結婚式くらいのこと言えないの?このレベルの服装をピアノの発表会と言われるのは少し複雑なのだけれど…」

 

 

由比ヶ浜さんをコーディネートしたであろう雪ノ下さんが身に纏っているのは漆黒のドレス。滑らかな光沢が彼女の白い肌を引き立て、長い黒髪は一つに纏められて胸元へと垂れ下がる。思い出すのは、初めて奉仕部へと連れてこられたあの日。やはり彼女は芸術品のような神秘的な美しさを秘めている。

 

 

「だって、こんな服着たの初めてだもん。ゆきのん、マジで何者?おっきいマンションで一人暮らしとか凄すぎだよ」

 

「大袈裟ね、たまに機会があるから持っているだけよ」

 

 

確か彼女、建設会社社長で県議会議員の父親がいましたね。……たまに、というのが少し引っかかりますね。一人娘なら、後継ぎということで結構色んな場所に連れて行って紹介するものだと思ってましたが。まあ、今は関係ないから忘れるとしましょうか。

 

 

「それにしても、ヒッキーの格好って…」

 

「何です?私、ベタ塗り忘れた真選組じゃありませんよ?」

 

「何を言っているのよ…。まあ、見ようによってはタキシードに見えなくもないけれど…」

 

 

はて、そんなにおかしいですかね、私の格好。あ、ひょっとしてこの間こぼしたカレーうどんのシミが残っていたとか?おかしいな、ちゃんとクリーニングに出したのに。

 

 

「ま、多少のことはエリートが目くらましになりますから大丈夫でしょう」

 

「……はあ。今更着替えてもらう時間も無いし、行きましょうか」

 

 

会話を打ち切って雪ノ下さんがエレベーターの最上階のボタンを押す。……ああ、この浮遊感はデパートのやつとは全然違う。音も無いし、こういうとこのエレベーターって気合い入ってますよね。

 

 

「由比ヶ浜さん。初めに言っておきますが、バーに入っても初めて遊園地に来た子供みたいにキョロキョロしないでくださいね。みっともないから」

 

「はぁ!?し、しないしそんなん!ヒッキーキモい!」

 

 

注意してあげたのに、何故私がキモい呼ばわりされなければならないのでしょうかね。というか、彼女らが使うキモいって明らかに本来の意味以外の意味が隠されてますよね。何でもかんでもキモいで済ますから、ギャルは馬鹿だって印象が拭えないんでしょう。由比ヶ浜さんはほんとに馬鹿ですけど。

 

最上階に着いて扉が開き、広がる光景はまさに別世界。薄暗い空間に灯された優しい光が、この店の格式の高さを物語っているようです。雰囲気があるというか、ムードがあるというか、LED電球で明るく照らされている店とは一線を画す内装です。ラウンジバーなんて行ったことありませんが、全部が全部こうなんでしょうかね。エリートじゃなければ足がすくんで動けなくなってしまいそうです。現に一般庶民で凡人の由比ヶ浜さんは、セレブっぽい雰囲気に呑まれてしまったようですし。

 

 

「由比ヶ浜さん、私と同じようにして」

 

「うえ?う、うん…」

 

 

優秀な凡人セレブの雪ノ下さんが助け船を出したようで、私の右肘をそっと掴んできました。それに倣って、由比ヶ浜さんも私の左肘を掴んで指を絡みつけてきます。やれやれ、こういうことは信女さん以外にはしたくないんですがねェ。

 

歩きながらバーをぐるっと見渡すと、バーカウンターにポニテの女性が一人、グラスを磨いていました。ギャリソンの男性に導かれ、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんを先に座らせた後に私も座る。レディーファーストってここでも有効なんでしょうか。川崎さんのコースターとナッツを差し出した手が、私のところでピタッと止まった。

 

 

「……比企谷?」

 

 

どうやら私に気づいてしまったようですね。声音から歓迎していない事は明白ですが、特に慌ててもいないようです。

 

 

「こんばんわ、川崎さん。よく気づきましたね、服がかなり違うというのに」

 

「片眼鏡かけた珍しい顔なんて、そうそう忘れないでしょ」

 

「……確かに」

 

「そっちの二人は由比ヶ浜と……雪ノ下か」

 

「ど、どもー…」

 

「こんばんわ。探したわよ、川崎沙希さん」

 

 

雪ノ下さんを見る彼女の表情が険しい…。由比ヶ浜さんを呼んだときはそうでもなかったのに、雪ノ下さんを呼んだ声には敵意が込められていた。二人の視線が交差すると、何故だか火花が散っているように見えました。さして繋がりもないのに仲が悪いんでしょうか?別段不思議ではないですけどね。雪ノ下さんは敵を作りやすい人間ですから。

 

 

「そっか…ばれちゃったか」

 

 

隠し事がばれたにしては、思ったよりも冷静……いえ、諦めたといった方が正しいですかね。壁にもたれかかって虚空を眺める彼女の瞳…………あれを私は知っている。私がまだエリートとしての自覚がなかった頃、小町さんが家出をしてしまった直前の日の瞳に良く似ている…。

 

 

「……何か飲む?」

 

「私はペリエを」

 

「あ、あたしも同じのをっ!?」

 

「MAXコーヒー、ストレートで」

 

 

隣の二人が驚いた顔を私を見ていますが、川崎さんは少し吹き出して、かしこまりました、と言って用意を始める。このエリートジョークが通じるとは、川崎さんは中々できる人間のようです。小町さんに言っても、じゃあ小町はフォークで!とか言いそうですから。

 

コースターに飲み物を置くと、川崎さんは浅い溜息を吐いて我々を見る。

 

 

「で、何しに来たの?まさかそれとデートってわけじゃないんでしょ?」

 

「まさかね。横のコレを見て言っているのなら、冗談にしたって趣味が悪いわ」

 

「私もう未来の嫁いますから。それよりも川崎さん。あなた、最近帰るの遅いそうではありませんか。弟さんが心配していましたよ」

 

 

もう私の扱いについては何も言わないことにしましょう。時間の無駄です。川崎さんは私の言葉に、ハッと人を小馬鹿にした笑いを返した。

 

 

「そんな事わざわざ言いに来たの?ごくろー様。あのさ、ただのクラスメイトのあんたにそんな事言われたくらいでやめると思ってんの?」

 

「別にやめたくないならやめなくたっていいですよ。あなたが好きでこういう事やってるならね」

 

「……なっ…」

 

 

私の切り返し方を予想していなかったのか、川崎さんは言葉に詰まってしまったようです。ま、今の反応で彼女が好きでバイトしているわけじゃないって事が分かりましたけど。そもそもの依頼内容は川崎さんを優しい姉に戻すこと。バイトを続けるかどうかなんて本人次第ですから口出しする気はありません。私は。

 

雪ノ下さんは私を横目で睨んでいる。私の言い分が納得できないのでしょうね。川崎さんも負けじと私を睨んでいます。別に怖くもなんとも……やっぱりちょっと怖いです。

 

 

「やけに周りが小うるさいと思ってたらあんたたちのせいか。太志が何言ったか知らないけど、あたしから太志に言っとくから気にしないでいいよ。……だから、太志と関わんないでね」

 

「そんな言葉鵜呑みにするとでも?弟と口きいても喧嘩や逆切れするようなあなたが言ったところで信用できませんね。エリートに戯言が通じると思わないように」

 

「……あんたに関係ないでしょ」

 

 

喧嘩ばかりという自覚があるのか、川崎さんは目を伏せてしまった。しかしその声からは、関係ない奴はひっこんでいろ、という意思表示がありありと感じられます。

 

 

「止める理由ならあるわ」

 

 

雪ノ下さんが左手につけた腕時計で時間を確認する。

 

 

「十時四十分……。シンデレラならあと一時間ちょっと猶予があったけれど、あなたの魔法はここで解けたみたいね」

 

「なら、最後は王子様が迎えに来てくれるハッピーエンドが待ってるだけなんじゃないの?」

 

「それはどうかしら、人魚姫さん。あなたに待ち構えているのはバッドエンドだと思うけれど」

 

 

横で繰り広げられる皮肉と当てこすりの舌戦を聞きながら、私は苦い気分を甘いMAXコーヒーで流し込む。

 

……見ていて痛々しい。川崎さんは王子様が迎えに来てくれると言ってましたが、それはありえない。そんな事は彼女が一番理解している筈なのに。彼女は虚勢を張ってまで、自分一人で抱え込んでいる。

 

 

「……ねぇ、ヒッキー。あの二人何言って…ヒッキー?」

 

 

由比ヶ浜さんが私に何か聞こうとして、再度私の名前を呼びながら顔を覗きこんでくる。ああ、今の私はさぞかし目が腐っていることでしょう。自覚していますよ。

 

 

「やめる気はないの?」

 

「ん?無いよ。……まあ、ここはやめるにしても他のところで働けばいいし」

 

 

酒瓶の手入れをしながらあっさりと言った川崎さんの態度が気に障ったのか、雪ノ下さんがペリエを軽く煽った。ピリピリした空気の中、由比ヶ浜さんが恐る恐る口を開く。

 

 

「あ、あのさ、なんでここでバイトしてんの?あ、やー、あたしもお金ないときバイトするけど、年誤魔化してまで夜働かないし…」

 

「別に、お金が必要なだけだけど」

 

 

由比ヶ浜さんはそんな事聞きたいんじゃありませんよ。あなたが何にお金を使うのか、それが知りたいだけですよ。……なんて、言わなくても分かってますよね、この人。どうやら理由については確固として話す気は無いようです。……いや、もうほとんど分かってはいるのですが。

 

 

「お金が必要なのは分かっているんですがね…」

 

「分かる筈ないじゃん。あんたに……いや、あんただけじゃない。雪ノ下も由比ヶ浜にも分からないよ。別に遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃない。そこらの馬鹿と一緒にしないで」

 

 

道化を演じて引き出した情報と、彼女の気持ち。どうせ誰にも理解してもらえないという諦め。理解してほしいという僅かな願望。邪魔をするなという力強い意思。助けてほしいという心の奥底に隠した叫び。彼女の中で相反する感情がせめぎあっているのは、こちらを鋭く睨みつけながらも潤んだ瞳が教えてくれました。

 

 

「でも、話してみないと分からない事ってあるじゃない?もしかしたら、何か力になれるかもしれないし、話すだけで楽になれることも…」

 

 

それは道理です。正しい考え方です。しかしね、恐らく彼女はその選択肢を自分の意思で断ち切りました。それは彼女が太志君の言っていた通り、優しい姉だったから。

 

 

「言ったところであんた達には絶対分かんないよ。力になる?楽になるかも?そう、それじゃ、あんた、あたしのためにお金用意できるんだ。うちの親が用意できないものをあんた達が用意できるんだ?」

 

「そ、それは……」

 

「……どうせできないんでしょ?できもしないのに綺麗事ばっか言わないでよ」

 

 

……親が用意できない程の大金。それを川崎さんは稼ごうとしている。大人が用意できない額のお金を高校生がバイトで稼ぐ、そんな事は無理だと分かっているはずなのに。

 

もうこれで確信が持てました。川崎さんは自分の学費のために働いているのですね。太志君によれば、家庭は兄弟が多く共働きでも生活はいっぱいいっぱい。加えて太志君は塾に通っている。しかし、生活はできているし塾にももう通っているのですから、生活費や太志君の塾の費用の足しにするために年齢を詐称してまで働くというのは考えにくい。

 

……だとすれば、今後必要になるお金のために働いている。総武高校は進学校であり、ほとんどの生徒が大学受験を希望し、また実際に進学しています。高校二年のこの時期から受験を意識したり、夏期講習を受けようと思う人も多い。川崎さんもその一人だったのでしょう。しかし、大学の学費やその他諸々の費用…生活が厳しい家庭でそのことを切り出すのは難しい。親に言えばさらなる資金の問題に頭を悩ませることになり、太志君に知れれば自分が塾に行っているせいだと自分を責めるかもしれない。親にも、弟にも迷惑をかけたくなかった彼女は、一人で解決する道を選んだ。

 

 

……そんな道など無いと分かっていても。

 

 

薄々感づいてはいたんでしょう。自分がやっていることがどれだけ無謀なことか。いつか破綻すると分かっていたから、彼女の瞳には諦めの感情が映っていた。……あの時の小町さんと同じ、誰にも相談できず、それでも自分が何とかしようと足掻こうとした悲壮な決意の瞳。

 

 

「そのあたりでやめなさい。これ以上吠えるなら……」

 

 

……だというのに、何故あなたは彼女を敵視しているのでしょうか、雪ノ下さん。

 

 

確かに彼女の行いは褒められたものではない。彼女の態度は悪かったと言わざるを得ない。しかし、誰よりも救いを求めていたのは彼女自身なんですよ。誰よりも悩み、愚かな行為だと知りつつも突き進んだ。彼女は責められて然るべきでしょうが、それだけで終わってはいけない。あなたの言葉では断罪はできても救済はできない。正しくないからと切り捨てるべきではない。

 

 

――分かりませんか?彼女は魔法などかけられていない事が。

 

 

――見えないのですか?彼女が来ている襤褸切れのドレスが。

 

 

――想像できないのですか?舞踏会に行けず、それでも王子様に会いたいと願い続けて、ひたすら雑用をこなす哀れなシンデレラの姿を。

 

 

やはり、今のあなたには人を救うなんて不可能だ。世界はあなたの声に耳を傾けない。なぜならあなたもそうだから。氷の女王は庶民の声を聞こうとはしない。

 

 

「……吠えているのはあなたでしょう、雪ノ下さん」

 

 

横槍を入れられて、雪ノ下さんが私に黙れと目で言っている。由比ヶ浜さんも川崎さんも驚いている。知ったことではない。

 

 

「あなたの出る幕ではないわ。邪魔を…」

 

「邪魔なのはあなたの方なんですけど」

 

 

言葉を遮られ、邪魔だと言われた雪ノ下さんの視線がますます険しくなっていく。……こういう言い方、好きではないんですが致し方ありませんね。無理矢理にでも追い出さないと、この人は川崎さんを攻撃し続けそうですから。

 

 

「私の記憶が正しければ、あなたの父親は県議会議員で建設会社の社長さんでしたよね?お金に困ったことのないあなたが、お金に困っている川崎さんの心情なんて分からないでしょう?だから引っ込んでてくれませんかね」

 

 

カシャン、とグラスが倒れる音がする。やはり、家族の話題は彼女にとって何らかのタブーに引っかかるのでしょう。雪ノ下さんは唇を噛みしめ、顔ごと視線を下に落としている。

 

 

「ちょっとヒッキー!ゆきのんの家の事なんて今、関係ないじゃん!!」

 

「ええ、そうですね。ですがこうでも言わないと黙ってくれそうになかったもので」

 

 

由比ヶ浜さんが私に怒鳴る。しかし私の顔を見て何かを察したのか、不承不承という感じで黙った。

 

 

「すいませんが、下のホールで待っていてくれませんかね。彼女とサシで話がしたい」

 

「…………分かった。でも、あとでちゃんと説明してもらうからね。……いこ、ゆきのん」

 

 

由比ヶ浜さんが雪ノ下さんを連れ出してくれました。彼女には迷惑をかけてしまいましたね。さて、邪魔者が消えたところでゆっくりと話をしますか、事態についていけずに呆然と立ち尽くしている川崎さん?




ゆきのんファンの皆さんごめんなさい。ゆきのんには退場してもらいました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。