これからもどうかよろしくお願いいたします。
「……あんたさ、由比ヶ浜となんかあった?」
「…ふぁい?」
昼休み、教室で一緒に弁当を食べている沙希に聞かれ、八幡はふりかけご飯を頬張ったまま聞き返す。
「川崎さんも気づいてたんだ。僕も、ちょっと前から様子がおかしいなー、とは思ってたけど…」
ペットボトルのお茶を一口飲んで、沙希と同じく一緒に食べていた彩加も遠慮がちに話す。遊戯部での一件があってから、結衣は奉仕部に顔を出さなくなっていた。教室での様子も少しおかしい。上の空でいることが多くなり、優美子や隼人達にも心配されていた。
「なんかあったのは事実ですけど、私のせいじゃありませんよ」
「ふーん……なら、雪ノ下か…」
結衣を横目で見ながら、沙希がお茶に口を付ける。
「気になりますか?」
「そりゃあ…ね。あれから何回か話してるし、元気無いって分かってて知らんぷりってのもさ…」
「うん…それとなく話して理由を聞こうとしたけど、はぐらかされちゃったし…。でも無理に聞き出すのもね…」
「それが妥当な判断でしょう。これは当人同士の問題ですから。逆に言えば、当人同士でしか解決できません」
そう言って八幡は上手く焼けた卵焼きを口へ放り込む。
「そう…。なら、今はほっといた方がいいか」
「賢明な判断です、さきさきさん」
「さきさき言うな」
「あはは…」
沙希が八幡を睨み、彩加が苦笑いを浮かべる。形はどうあれ、結衣の事を心配している三人であった。
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放課後になり、八幡が部室へ行く前に結衣に声をかける。
「由比ヶ浜さん。今日はどうしますか?」
「あ…えっと…」
話しかけられておどおどした様子の結衣。申し訳なさそうに視線を逸らす結衣を八幡は気遣う。
「無理はしなくてよろしいですよ。どうせ仕事なんてありませんし」
「……ごめん」
暗い雰囲気をまとったまま、結衣は教室を出ていった。八幡は大きな溜息を一つ吐くと、奉仕部へと向かった。
部室のドアを開くと、本を読んでいた雪乃がはっとして勢いよく顔を上げる。入ってきたのが八幡だと分かると、あからさまにがっかりして肩を落とした。
「由比ヶ浜さん、今日も来ないんですって」
「……見れば分かるわ」
少し苛立ちを含めた声で返すと、雪乃は読書に戻る。八幡はそれを少しだけ観察した後、椅子に座って携帯をいじりだした。静寂が部室を包む。しかし、それはいつもの静寂とは明らかに違うものであった。由比ヶ浜結衣がいないだけで、この静かな部室の何かが変わってしまった。雪乃も八幡も、何が欠けてしまったのか具体的な言葉は出てこないものの、違和感ははっきりと感じていた。
ふと、雪乃がそわそわしながら八幡の方をちらりと見る。何度も何度も同じことを繰り返すので、流石に気になって八幡が携帯から雪乃に視線を移した。
「何か?」
「……その、由比ヶ浜さんの様子はどうなのかしら」
「ご自分で見に行ってはいかがですか?三浦さんの時みたいに」
「…………それができれば…」
言いかけて、雪乃は慌てて口を閉じる。
「様子はあまりよろしくはありませんね。彼女を知っている方々はその変化に気づいていますよ」
「……そう」
返事はそっけなかったが、その顔は辛そうに歪んでいる。
「……鍵を取りに行った時、平塚先生から聞かされたのだけれど…」
「はい?」
「もしもこのまま由比ヶ浜さんが部活に来なかったら、奉仕部を辞めさせることになるって…」
「……そうですか。まあ、妥当ではないですかね」
自ら入部を希望したのに、ずっと来ないままでは部員とはいえない。残酷とも当然とも言える処置を言い渡された事を思い出し、雪乃の手に無意識に力が入る。しわの生まれたブックカバーを見て、八幡は携帯を閉じた。
「……比企谷君、六月十八日って由比ヶ浜さんの誕生日なのかしら」
「…何ですいきなり」
雪乃は少し不安そうに、脈絡のない話を切り出した。
「アドレスに0618と入っていたから、そうではないかと思っているのだけれど……知ってる?」
「ええ、まあ確かにそうですよ。前にメールでそんな事言ってました」
自分の推理が正しい事が分かると、安心したようにホッと一息吐いた雪乃。八幡が訝しげに見ている事に気づくと、咳払いをして八幡に向き直る。
「もうすぐ由比ヶ浜さんの誕生日がくるから、そのお祝いをしてあげたいの。……例え奉仕部を辞める事になったとしても、これまでの感謝の気持ちも伝えたいし、この前、怖い思いをさせてしまったお詫びもしたいから…」
「……良いんじゃないでしょうか」
正直、雪乃がこういう提案をするのは八幡にとって意外だった。しかしよく考えれば納得もできる。その性格と能力の高さから常に嫉妬の炎に晒され続けてきた雪乃にとって、結衣は初めてできた友達に違いないのだ。もう来ないかもしれないと暗に言葉に含まれていながらも感謝と謝罪を伝えたいのなら、自分のせいでこうなってしまったのだから引き止められない。でも離れないでほしいという葛藤が表れているのだろう。
雪乃の心情に納得がいった八幡。そしてふと見ると、雪乃が本を置いて八幡の傍に歩み寄っていた。潤んだ瞳と腐った瞳が見つめ合い、雪乃がか細い声で絞り出すように声を発した。
「そ、その……つ、付き合ってくれないかしら…?」
「は?……ああ、プレゼント選びですか?」
「え、ええ…」
言い終ってから、居心地が悪そうに視線を逸らした。普段から毒を吐いている相手に頼み事など、虫がよすぎると自覚しているのだろう。
「別に一緒に買いに行く必要はないでしょう。私とあなたのプレゼントが被るとは思えませんし」
これは八幡の本心であり、決して雪乃の頼みを聞きたくないという旨の発言ではなかった。しかし、雪乃は遠回しに自分と一緒に行動したくないと受け取ってしまった。雪乃は若干、ショックを受けてたじろぎながらも自業自得だと受け入れる。そしてなお、縋るように八幡の服の袖をきゅっとつまんだ。
「……ずうずうしいお願いであるのは百も承知しているわ…。でも、私、こういうことであなた以外に頼れる人がいないの…。由比ヶ浜さんには色々と迷惑をかけてしまったから、適当な贈り物はしたくないのよ…。未来のお嫁さんがいるあなたなら、普通の女の子に何を贈れば喜んでくれるのか分かるでしょう?…だから………だから…」
懇願する震えた声を聞いて、比企谷八幡は初めて雪ノ下雪乃の偽りない本心をこの目で見た気がした。モノクルに映る雪ノ下雪乃の姿はいつもの堂々とした立ち振る舞いではなく、友達にどんなプレゼントを贈ればいいのか必死で悩む年相応の少女の姿だった。
それはまさしく比企谷八幡がなにより慈しんだものであり、雪ノ下雪乃に求めていた変化であった。
「いいですよ。では、次の日曜日にららぽーとでプレゼントを選びましょうか。あの青くてでっかい時計のとこに十時半くらいに集合ということで」
「…ええ、それで構わないわ。……ありがとう」
安心したように表情が穏やかになった雪乃を見て、比企谷八幡の瞳がほんの僅かだけ輝いた。
原作では由比ヶ浜が来なくなってから一週間経ってからの場面ですが、ゆきのんが自分のせいだと分かっているので早く行動しています。なので平塚先生の出番も消えました。