ファトラス死亡
部屋の外で、1人の男…スラックは壁に背をつけながら佇んでいた。その部屋の中には、治療をすると言う目的でクロロとファトラスが入っていった。
だが本当に治療をするわけでは無い。クロロの目的は聞かされていた。ファトラスに秘められている『弾幕を跳ね返す程度の能力』を取り出すためにこの部屋に連れて来たのだ。
その目的を聞かされたスラックだが、彼の計画を止めることはしなかった。ファトラスに情が無いわけでは無いが、クロロの計画は止めようとは思わなかった。そうした方が良いと言うならば、例え仲間を犠牲にすると言う手段も取らざるを得ない。それがスラックの考えだった。
(それにしても…相変わらず口達者だよな。クロロの旦那は)
スラックは、ファトラスが消滅している所に向かって黙祷を捧げているクロロを見て思った。
嘘をつく、と言うのは意外と難しい。真実とは違う事…すなわち仮装の話をするのだから、嘘をまるで本当のことのように話すことはレベルが高い。
クロロは、それが可能だ。凛々しい立ち居振る舞いや誠実な話し方、何よりもその神々しい雰囲気から話される事は、まるで全て本当のことのように聞こえてしまう。事実、ファトラスも騙されていたのだから。
悪人らしさでいえば、DWの中ではリヴァルが群を抜いている。だが性格の悪さではクロロも相当なものだ。好青年のようでありながら、その実は腹黒い悪人である。厄介さではリヴァルよりも上かもしれない。
その事を知っているのは、DWの中でも一握りの数しかいない。スラックも彼の様子を長い間観察し続けて、ようやくその事を知ったのだから。
もし知らなかったら、ファトラスのように利用されていたのかもしれない。そう思うと、流石のスラックも身震いがする。
「さて、スラックさん…あなたにお願いしたい事が有るんですが…」
「はいよ。なんだい、旦那」
部屋の中にいるクロロに呼ばれ、スラックは部屋の中に入っていった。その後、彼は重要な任務を言い渡されることになる。
◇
「ほーー、なかなか賑わってるね」
人里のとある店に、2人の男が入っていった。その店はうどんを食べる店であり、味も確かで有ることから、利用している人がかなり多い。空いてる席も僅かしかなかった。
「まぁな…何度か散歩している内に見つけた店ではあるが…」
空いてる席に座り、黎人はメニューをとる。
黎人も最近その店を知ったのだ。人里をブラブラと歩いている内にその店の存在を知り、定期的にその店に来ている。黎人の行きつけの店だ。
「いやー、良いねこう言う店は。その賑わいで楽しくなるよ」
「そうか」
黎人と一緒に来た男は、明るく話している。楽しい雰囲気がある場所が好きなようで、外から賑わっている様子を見ても凄くウキウキしているのが見えた。
「ところで…何で俺たちここにいるの?」
急に男は尋ねた。先ほどまで別の店にいたはずなのに、何で移動することになっているのかと。
そう言った途端、黎人の表情が変わった。
「テメェのせいで変えざるを得なかったんだろうがァァァ!!」
◆数刻前
「君ってさ…斐川 黎人だよね?」
男からそう言われ、黎人は困惑した。なぜ自分の名前を知っているのかと。もちろん、新聞で名前を出されるから、知っていても可笑しくは無いのだが、黎人は気になってしょうがなかった。
だが、その時事件は起こった。
「え…斐川 黎人!?」
「マジで!あの幻想郷の英雄の!?」
その男が言った台詞が原因で、その店の雰囲気がガラリと変わった。視線が一気に自分の方に向けられ、嫌な予感がするが、どうする事も出来なかった。
「なぁ、黎人さん!この幻想郷はどうなるんだ!?」
「俺たちは助かるの!?助からないの!?」
「彼女が欲しい!」
「ま…待て待て!一気に押しかけんな!そしてドサクサに紛れて欲望言ったやつ誰だ!?」
一気にその場にいる人から質問責めされる。
幻想郷が滅ぶかもしれないという不安と恐怖に駆られている住民たちは、いてもたってもいられない状態になっている。そんな中、いま最前線で戦っている人がいたら、問い詰めずには居られなくなるだろう。
だが一気に聞かれても、回答することは難しい。取り敢えずは落ち着かせようとする。
「そういえば…敵の攻撃で死にかけたと聞いたけど、大丈夫なの?」
だがそこで、先ほどの男が爆弾発言をした。不安に駆られている状態になっている彼らの希望が、リーフという女性の敵によって死にかけたというブラックな情報を。
「やっぱりアレ本当なのか!?」
「もう黎人さんでも勝てないって事なの!?」
「終わった…幻想郷が…」
「…今年もボッチか」
結果、店の中は大混乱になり、黎人は先ほど話していた男を連れ、代金を机の上に置いて店を出て行った。
◇
「あんな状態になって落ち着いて飯を食えるか!」
「…食べれるんじゃ無い?」
「鬼かテメェは!」
店が混乱している状態では、落ち着いて話すことも食べることも出来ない。だから移動せざるを得なかったのである。
しかもその原因である男は一体何が問題なのかが分かっていない様子である。そのような男と話そうとすると頭が痛くなるという事を、黎人はこの時始めて実感した。
「…まぁ良い。とりあえず頼むぞ」
「あ、うん…すみませーん」
言いたい事を全て言うことは辞めて、とりあえず何かを頼むことにする。とりあえずは何かを食べてとりあえず落ち着いてからゆっくりと話すべきだと判断した。
男が呼びかけたことで、店員がその机の近くに来た。黎人は自分の食べたいものを頼んで、店員はもう1人の男に注文を尋ねる。
「えっと…まずかけうどんと、エビ天うどんと肉うどん。あと釜玉。それといなり飯というのもお願い。あ、刺身もある。じゃあそれと…」
「待て待て待て!どんだけ食う気だ!」
そこで再び声を荒げる。男は次から次に注文を多く頼もうとしていた。うどんを4つ以上頼む段階でもう既に一人分とは思えない量になる。
「テメェ全部食い尽くす気じゃねぇだろうな!」
「あ、うん」
「認めんな!」
「あ、でもごぼう天はいらないから」
「ごぼうは苦手なの!?」
まさかと思って尋ねてみたら、やはり全てのメニューを食べようとしているようだ。この男は、自分の好きなものは食い尽くすつもりだった。
結果、ごぼう天うどん以外のメニューを頼み、男はすべて食べきったのである。
「
食べるだけ食べて満足した男は、自分の名前を言った。
「ああ…そうかい」
それを聞いている黎人は、かなり疲れている様子だ。名前を聞くまでにかなりの量ツッコミを入れたので、体力がもはや限界に近いのである。
「…で?俺に何か用か?」
豺弍と名乗った男に、何のために黎人に会ったのかを聞いた。何の用事かは知らないが、少なくとも彼に会いに来たのは確かであると認識しているため、その用事を一番最初に尋ねたかった。
「…そうだね。劉さんに任務を言われてきた、て言ったら分かる?」
だがそれに対する豺弍の返答を聞いて、黎人は表情をガラリと変えた。劉に任務を言われた、と言うことは、間違いなく異変がらみの事である。惣一から、劉がその為に動いていることは聞かされているのだから。
「うん、伝わったみたいだね。じゃあその前に一言言っておかないといけない事がある」
黎人の表情が変わったのが分かったからなのだろう。黎人がその任務の内容について聞こうとしているのが分かった。だが豺弍としてはそれよりも先に言っておかないといけない事があった。
「僕は…死人だ」
◇
守谷神社で、洗濯物を干している少女がいた。守谷神社の巫女をしている早苗だ。守谷神社における家事は早苗が全般行なっている。
そしていま、洗濯物は全て干し終わったようで一息いれる。だがそのままでいられなかった。
彼女は、惣一の事が気になっていた。
瑛矢が畑に襲撃してから、惣一は鍛錬に励んでいる。自分で設計したトレーニング室にこもり続け、何時間も経っている。部屋の中で、過度な筋トレを行なっているのだろうと言うことは分かる。
あの日以来、惣一の目は怖くなった。別に誰かを威圧しているわけでは無いのだが、その目を見るだけで体が震えてしまうのでは無いかと思ってしまうほどだ。
惣一はあの出来事を通して、自分が力不足であると実感したのだろう。惣一は自分にもっと厳しくなり始めた。彼の性格上、中途半端なところで辞めようとはしないだろう。
かつて、惣一は彼女に言った。何が何でも誰かの為に動くと。その為の努力は惜しまない。
だが惣一は、自分自身を労わることはない。我が儘を言ってくれと言ったものの、彼はそのやり方を変えるつもりはないと言った。
早苗は、怖くなった。いつか惣一は、自分を犠牲にしようとするのではないかと。恐らく彼もそのつもりだと答えるだろう。
でもそれは、して欲しくなかった。彼女の救いである彼には、死んで欲しくない。
そんな彼女の想いは、未だにその男に届いてないままであった。
◇
「つまりは…転生ということか?」
店の中で、黎人と豺弍は話を続けていた。豺弍が死人であると言ったのを聞いて、黎人は転生と考える。
「うーん、ちょっと違うな。なんて言うんだろう。条件付きの生命活動と言うことかな」
それは違うと言われる。だが話だけ聞くと、一体何が違うのかが全く分からない。それを感じ取った豺弍は言葉を続けた。
「死んだ人が生き返る…それは普通は認められないんだよね。普通死んだら冥界にいくけど、冥界に行かずに亡霊として現世に生き残るという方法もある。
けど、一度冥界に行った人が人間として現世に戻ることは許されない。別の生命として転生することは出来るけど、前と同じ状態でいることは絶対に許されない」
そこを聞いて、何となく納得した。転生とは別の生命として生まれ変わるという意味であり、同じ存在で再び生きることは出来ない。
つまり、豺弍は転生では無い。では一体何なのだろうか。
「けど映姫さん…ああ、閻魔さんがいるんだけど、彼女は特別に僕の生命活動を許可した。内容は『幻想郷で起こっている異変が解決されるまで、生命活動を許す』というものだった」
映姫という閻魔が誰なのかは黎人は知らないが、豺弍が何故現世に来ているのかは分かった。
豺弍はいまの現状はだいたい抑えている。恐らくは劉が現状を説明したのだろう。その上で閻魔である映姫を説得したという事が考えられた。
「…ちょっと待て。異変が解決されるまで、てことは…もしこの異変が終わったら…」
ふと、黎人が豺弍の言っている1つの単語に引っかかった。その問いに、豺弍は表情を変えなかった。
「うん。冥界に返されるね」
アッサリと言った。自分の事だというのに、全く悲しむ様子はない。
「…随分アッサリ認めているが…もう少し生きたいとか無いのか?」
黎人の言うことは最もだ。任務の都合とはいえ生き返ったのなら、そのまま生き残りたいと思うはずだ。そんな感情を全く見せない豺弍に対して疑問を抱いた。
「そりゃ、折角現世に来たんだし、もっと生きたいし、もっと美味しいものを食べたいさ」
結局、食べることに結びつくのか…と思ったが、「けど」と豺弍が繋げたの聞いて、その後の豺弍の言葉を聞いた。
「それは僕だけじゃ無い。死んだ人の多くはそう思っているよ。
特別な力を持っているからと言って、僕だけ優遇されるのは、他のみんなに向ける顔がない」
返す言葉を失った。気楽な雰囲気を漂わせているが、この男は芯が強い。自分だけでなく他の人の気持ちを考えられる。
そう言われると、これ以上何かを言うことは出来ない。豺弍がそうと決心しているのなら、赤の他人である黎人がどうこう言えるものではないと感じた。
「…分かった。この話はここまでにしよう」
「うん。分かってくれてありがとね」
黎人は話を打ち切った。話がついたのなら直ぐに終わらせる。それが黎人のやり方である。
「それで、本題なんだけど…」
豺弍が、いよいよ本題の話をしようとした時だった。
《ビェェン!ビェェン!》
サイレンが鳴り始める。黎人のお守りの音だ。
「…何の音?」
「…!こんな時に敵襲かよ!クソ…!」
これから話の本題に入ると言うのに、打ち切らないといけない苛立ちを感じながら、『水』の索敵能力を発動する。
「…!紅魔館に行くまでの途中…霧の湖か!」
敵の場所が分かった。妖怪の山の麓にあり、昼まであっても霧が出ていて視界が悪い湖に来ている。あそこには人は近寄らないが、妖精や妖怪もいるし、何より近くには紅魔館がある。急いで行かないと被害が出ると言うことがいやでも分かる。
「…紅魔館?」
「話は後だ。お前、戦えるのか?」
「あ、うん」
黎人は直ぐに紅魔館に行こうとする。だがその前に、豺弍に戦闘技術の有無を聞く。異変解決の為に呼ばれたのだから、戦えるのは間違いないのだが、念のため聞いた。
「そうか。じゃあ行くぞ」
「そうだね」
2人は店から出て、霧の湖に向かって走り出した。
◇
「あはは、見ててよ。大ちゃん。アタイの最強さを見せるから」
「チルノちゃん、辞めようよ〜」
霧の湖で、2人の妖精が遊んでいた。氷の妖精チルノと、その友達大妖精だ。彼女たちはよくこの湖で遊んでいる。
「いっくよ〜!」
チルノが声をあげると、冷気が巻き起こり、湖が凍った。この広大な湖を一気に凍らせるのはなかなか難しいだろう。
近くにいた大妖精も凍っているのは触れずにしておこう。
「へっへーん。どうだ。アタイったら最強ね」
誰も答える人がいないと言うのに、自信満々に答える彼女は、やはり⑨であるとしか言えないだろう。
「もー、ひどいよチルノちゃん。それに湖を凍らせたらお魚さんが可哀想だよ〜」
大妖精の氷が溶けて、チルノに文句を言っているが、チルノは全く聞いていない。
「知らないもーん。水の中にいるのが悪い!」
「お魚さんは水の中にしか行けないよ〜」
チルノに付き合うのもなかなか大変そうである。
「そうだな。水を凍らせれば魚は凍るから困るよな」
その時、第三者の声が響いた。それは、チルノが凍らせた湖の方から聞こえる。
「けど俺にはいい足場になるぜ。ここらへんにいい着地地点が無かったからな」
湖の方を見ると、1人の男が氷の上に立っていた。
「誰だ?おまえ…」
「俺の名はスラック ハルトレス。スラックでいいぜ」
チルノがその男の名前を聞くと、その男は答えた。
「そうか。じゃあスナック!アタイと勝負だ」
「スラックだ」
聞いた直後に相手の名前を間違える。なかなか失礼だった。だが妖精にマナーや失礼を教えても、何の意味もないのだろう。
「行くぞ!『アイシクルフォール』!」
チルノが巨大な氷塊を生み出し、スラックに向けて飛ばす。まともにくらえばひとたまりもない。
《ズドン!》
《ボシュ!》
「え…?」
だが、一瞬にして氷塊は粉々に崩れる。一体どうしたんだろうかと、大妖精が先ほどまでチルノがいた方を見ると
チルノは後ろの方に飛ばされていた。
「え…!?」
いまの一瞬に何が起こったのか。そんな事さえ考えられなかった。
「悪いな。ガキの遊びに付き合ってるヒマはねぇんだよ」
チルノにそう吐く。攻撃されたので反撃したが、目的は彼女ではない。もともと妖精は死ぬことはない。一緒にいた大妖精には何もするつもりは無かった。
彼はふと気配を感じた。その姿を見て、面白そうな顔をしている。
「妖精の次は、メイドさんが俺の相手をしてくれるのかい?」
「からかわないで。私は遊びに来てはない。お嬢様の食事の邪魔をする輩を始末しに来たのよ」
湖に来たのは、紅魔館のメイド長、咲夜だった。紅魔館で食事をしていた時、大きな音が紅魔館にも響いた。食事中に大きな音を立てる不届き者を始末するために、咲夜はこの場所に来たのである。
「後悔しなさい。この紅魔館の近くに現れたことを。ここで暴れることは私が許さないわ」
咲夜は怒っていた。レミリアの食事を邪魔する者は決して許さない。この男を真っ先に殺す事を決心していた。
「後悔するのはお前だ」
だが、スラックの声質が変わったのを聞いて少し鳥肌が立つ。先ほどまでと全く違う雰囲気。こんなに離れているにも関わらず、命の危機を感じるのだから。
「俺にたった1人で倒せると思っているその奢り、その後悔を…
死ぬ時に味わせてやるよ」
1人の男がいた。
たった1人で100の兵を屠った男がいた。
その男と戦って、死ぬ時に誰もが思うことがある。
その男は人間ではない。
獣である、と…
というわけで新キャラ、新田 豺弍を登場させました。幽々子に負けない食欲を持ち、命について特別視しない、公平なキャラクターです。フィクションの中で主人公っぽいキャラクターを作ってみました。
そしてスラックとの戦闘が開始されました。果たしてどうなるのでしょうか。