東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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前回のあらすじ
黎人たちの前にジンが現れる。


107 ジンさん

黎人の持っていたバズーカを木っ端微塵に破壊したのは、目の前に現れた長谷川 仁という男である事は間違いない。バズーカを破壊された黎人も、それを近くで見ていた霊夢達もそれは分かっていた。

しかし、犯人は分かっていてもそれが可能であるとは思えない。バズーカに何かが刺さって爆発したのは分かるが、黎人と距離が開いている状態で、バズーカの発射口に正確に物を投げる事は簡単に出来る事じゃない。

だから目の前の男が不気味でしょうがない。簡単に出来ないと言っても出来なかったわけではない。少なくともそれをやったからいまバズーカが破壊されたのだ。そんな事が出来る男を、警戒しないわけがなかった。

 

「長谷川仁って…もしかして外の世界の…?」

 

そんな中1人だけビックリしている心境を隠さずにいる者がいた。黎人たちと一緒にここまでついて来た妖夢である。彼女の口ぶりから、彼のことを知っているようにも聞こえた。

 

「妖夢、何か知ってるのぜ?」

「えっと…実は外の世界にある本で読んだ事があるんです。長谷川仁…外の世界では伝説とされている剣豪の名前です」

「…伝説?」

 

霊夢は違和感を持った。外の世界の話を全く聞かないわけではないが、長谷川仁という男が登場してくる話を聞いた事がない。剣士である妖夢だから剣豪には詳しいのかもしれないが、伝説とされているにしては聞いた事がない。一体どういう伝説だと思わざるを得なかった。

 

「長谷川仁は()()()1()()()軍隊を全滅させた剣豪です。剣を二本だけ持って軍の施設に挑み、戦車や兵器の攻撃をかわしながら本拠地を壊滅させて、降伏させたと聞いた事があります」

「…それってあり得るのか?」

「私も、あり得ないと思いました。それは外の世界でも一緒で、軍の絵空事を描いたのだろうと言われて…現実味が全く無いその伝説は、外の世界ではあまり知られる事は無かったようです」

 

確かにたった1人で軍隊を全滅させるという話は信じがたいものがある。そもそも軍隊がいる時代に剣豪はいない。霊夢も魔理沙も、話を聞いただけでは信じようともしなかっただろう。

 

「けど理想にしろ妄想にしろ…その男が目の前にいるってことだろ?」

 

彼女がそれを嘘だと断言できない理由は、目の前の男の存在にあった。伝説とされている男と全く同じ名前、それが存在している以上、その話を否定することが出来なかった。

 

 

 

 

 

「いやぁ…まいったね………」

 

 

 

部下からジンと呼ばれている男は、笑いながら動き始めていた。剣を持っている両手の片方を上に上げる。攻撃の構えかと思い、警戒している。

 

 

「そう言われると…

 

 

 

 

照れるな」

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 

うっかり変な声が出たのは、魔理沙だった。急に照れるとか言われてもどう返したらいいのか分からなくて困るだろう。

 

「いやぁ、俺の事をそこまで褒めてくれるなんて始めてでな。こっぱずかしいことこの上ない。

しかも結構かわいこちゃんじゃねぇか。そんな子だったらテンションが上がってしまうよ」

「ちょ、ジンさん!?」

 

部下が思わず感慨に耽っているジンに大声をかける。戦いの場だと言うのに敵とおしゃべりしてるのは宜しくない。

 

「ジンさんって…ニックネームなの、それ…」

 

霊夢は部下の呼び方が気になった。リーフの事を『様』で呼んでいるのに対してジンは『さん』づけなのである。まさかニックネームをつけているのかと思い、聞いてみた。

 

「おう。お前たちもそう呼んでくれて結構だぜ。なんなら『ジンちゃん』でも良いぞ」

「……お断りするわ」

「うっ…最近断られてばっかりだな…」

 

尋ねただけだというのに余計な事まで喋ってくる男、最初の時とは別の意味で警戒してしまう。

 

「お、思っていたのと全然違う…てっきり、『万物万象斬れぬもの無し!』という人かと」

「妖夢のそれも違くね?」

 

妖夢は妖夢で何かショックを受けているようだった。

 

 

 

「おい、ジン」

「えっ呼び捨て…」

 

いつのまにか『火』の形態になっている黎人は、ショックを受けているジンを睨んでいる。

 

「ショートコントに付き合っているヒマはねぇんだよ。戦う気がねぇんならどいてくれ」

 

黎人としてみれば、自分たちを止めに来ているはずのジンがどうでも良い事で照れたり落ち込んだりするのは調子が狂う物でしかない。戦う気が無いのなら最初から邪魔しないで欲しいし、止めに来ているなら最初からそのつもりで来て欲しい。目の前のジンのような中途半端な邪魔は迷惑でしかない。

 

「…そうか。回り道するのが苦手なタイプというわけね」

 

黎人がイラついているのを読みとり、表情がさっきまでと打って変わる。ジンは切り替えが早いタイプだ。ふざける時と真面目な時が一瞬で交代してくるので、それに付き合っている部下はかなり負担がかかってしまうものだった。

 

 

 

 

 

「それじゃ、仕事を始めるとしようか。どっからでもかかって来い」

 

 

 

 

 

その言葉が試合開始の合図になっている事は、その場の全員が分かった。もともと勝負に開始の合図は無いのだが、挑発する言葉を言えばその時点で勝負に入る事になり、相手の攻撃を警戒する。

 

しかし、黎人は誰の意識に留まる事が出来ない速さでジンに斬りかかる。

 

味方である霊夢たちにも見えないスピード、何もわからない人は突然突風が吹いて来たような感じがする。

その攻撃を受ける立場であるジンは、彼の攻撃を見事に躱していた。剣豪と言われるだけある反応速度である。

もちろん一撃で終わりという訳でなく、更に攻撃が続く。最初の攻撃と同じ、たまにそれよりも速い攻撃が続けて出てくる。ジンはその全てを見事に躱していく。

その様子を見て、部下たちは士気が上がる。やはりジンさんは強い、と。霊夢と魔理沙は焦っていた。まさか黎人のスピードについてくるなんて、と。どちらもジンの強さを認めている故の感想だった。

 

だが1人、妖夢だけは違和感があった。ジンの躱し方を見て抱かずにはいられなかった。

 

(何ですか…?確かに上手ですけど、ジンさんは()()()()()()()気がする。なのに、なんで当たらない…!?)

 

烏天狗の文すらも凌ぐスピードで襲いかかってくる攻撃を躱すなら、それに劣らないほどのスピードが出てないとおかしい。だが、ジンはそれほどのスピードが出ているように見えなかった。文より若干劣っている速さ、なのに黎人の攻撃を躱せている。それがおかしいと思う理由だった。

 

 

 

反撃もせずにジンはひたすら黎人の攻撃を躱していた。狙いは黎人の体力切れではない。

 

(…よし、()()だな)

 

突然、右腕を前に伸ばす。その腕は()()黎人の左腕に当たる。

ただ、当たっただけだった。だが、それは決定的な隙を作り出す。

 

「…ッ!?」

 

何かに当たった感触と共に、黎人は動きが一瞬乱れてしまったと認識した。

もちろんそれを見逃す相手ではない。体制を立て直す時間を与えずに斬りかかる。死に物狂いで避けているため致命傷は受けていないが、ダメージが蓄積していくばかりだった。

 

「クソッ…!」

 

スペルカードの『熱線ロッド』を使い、炎の槍で相手の勢いを止める。目論見通り若干出来た隙に黎人はジンから離れる。距離が出来てしまった以上、ジンは追撃をする事が出来ない。

 

 

 

「…いま、どうしたの…?」

 

時間にして、僅か数秒。ひょっとすると5秒もいかないほどかなり短い間、それだけで信じられない出来事が起こった事が霊夢にも分かった。

黎人がピンチになった事に驚いているわけではない。寧ろ黎人はそうなる以外の展開が少ないほどだ。

 

ピンチになるのは、当然だが相手が強い時だ。鵞羅にしてもリヴァルにしてもドベルにしても、見ているだけで彼らが強いことを思い知る。

だがジンは、彼らのようなものは全くない。寧ろ平凡すぎる。黎人の攻撃を躱しつつ攻撃を仕掛けただけだ。

なんの特徴もない、平凡な戦闘。しかし、いま黎人が一方的にやられていた事も分かる。

なんの掴み所もない強さ…霊夢はそれが不気味でしょうがない。

 

 

 

 

「テメェ……()()()やがるのか」

 

 

 

そのジンと勝負し続けていた黎人は、何かに気づいたようだった。ジンに対して警戒の視線を向けるようになり、さっきのように斬りかからずにジンの出方を伺っていた。

 

「なぁ、見えるってどういう事だ…?」

 

彼の言葉の意味が気になった魔理沙は、その場にいる全員に尋ねる。だが、彼女の抱いていた疑問はすぐ別の内容に変わった。

 

「アレ?豺弍は…?」

 

魔理沙に言われて、霊夢と妖夢は周りを見渡す。ここに来るまでは確かに居たはずなのに、いまそこに豺弍の姿が無かった。

 

「そんな、いつのまに居なくなってるんですか…?」

「そういえば、ここに着いた時からいなかったわね」

「マジかよ。真っ先にどこかに行った訳じゃねぇよな…!」

 

3人は同じ予想をしていた。洞窟のように続く長い空洞からここに着いたと同時にどこかに移動したのでは無いかと。彼が好奇心旺盛で猪突猛進に突っ込んで行くタイプであるのは見ただけで分かり、それが充分にあり得ると3人とも認めた。

 

「ったく…!他の奴らも黎人の勝負に夢中みたいだし、私が探してくるぜ」

「気をつけてください。万が一の時にはフォローしますので」

 

豺弍を探すために、魔理沙は箒に乗ってその場から離れる。何人かはそれに気づいたのだが、黎人の『大地』の攻撃で満身創痍な状態になっている彼らは彼女を追いかける気力は無かった。

 

「とりあえずは行ったみたいね…」

「はい。しかし…」

 

魔理沙が移動に成功したからと言って安心できる訳では無い。肝心要の疑問がまだ残っている。

 

「はっ!」

「チッ……!」

 

勝負の方を見ると、黎人が間一髪でジンの攻撃を躱していた。

今の攻撃でさえも違和感を感じずにはいられない。ただの攻撃を躱す事で精一杯なようにも見える。ここまで数々の敵を倒してきた黎人が避けにくい攻撃とは思えなかった。

 

「この野郎が…!」

 

黎人は再び熱線ロッドを出す。今度は牽制ではなく、当てる為に出したものだ。黎人はジンの顔面を狙って炎の槍を伸ばす。

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

狙いは顔面

 

右手の槍を飛ばした時右手がしばらく動けなくなる。

 

肩に一撃

 

体制が崩れそうになり、追撃

 

苦し紛れのもう一つの槍を投げ

 

 

 

 

斐川 黎人は膝をつく。

 

▲▲▲▲▲▲

 

 

黎人が投げ飛ばした炎の槍は、ジンの顔を捉える事が出来なかった。槍とスレスレの位置に避けたジンは、槍を飛ばした衝撃で動けなくなっている右腕の肩に刀で一撃入れる。

 

「がっ…!?」

 

激痛と共に黎人は体制が崩れていた。その隙を逃さずに続けて攻撃を当てられる。

 

今すぐに倒れそうになっている身体に喝を入れて、まだ飛ばしていない炎の槍を投げる。

 

ジンに躱された炎の槍は遠くまで飛んで行く。飛ばした時に力を入れすぎたのか、黎人は膝から崩れ落ちた。

 

「…!黎人!」

 

まるで詰め将棋のように黎人が追い込まれている。ここまで黎人を追い詰めた敵は何人といるが、ジンほど確実に追い込んだものは居なかった。

 

「よく見抜いたな。正直驚いたぜ」

 

倒れている黎人を、ジンは感心しながら見ていた。彼も驚いている事がある。黎人が早い段階で気づいたからだ。

いままで何人と戦ってきたが、彼ほど速く自分の能力を見抜いたものは居ない。

 

 

 

「…未来視か」

「ああ。俺は『見ている対象の未来を先読みする程度の能力』だ。10年後とかは無理だが、10秒後までなら見ることが出来る」

 

 

10秒はかなり短い時間のように感じるが、戦闘の場においては大きく動く時間だ。そこまでの動きを先読み出来るなら、かなり有利な状況に持っていける。

例え素早い攻撃でも、最小限の動きでかわす事が出来る。動きを少し鈍らせる事で僅かな隙を作る事が出来る。そして、相手の大技を逆に理解する事も可能。

 

「なるほどね。軍隊を1人で壊滅出来るのも頷ける…けど」

 

それだけじゃない。ジンがその能力だけに頼っている訳ではない事を霊夢は見抜いている。妖夢に遅れを取らない剣術の技術も、ジンの強さの一つだ。

 

「悪く思うなよ。これも任務だからな」

 

 

 

 

 

 

地下の街を凄まじい速さで魔理沙は移動していた。誰かが彼女の前にいたら間違いなく吹き飛ぶだろう。

その勢いの中、魔理沙は町中を探していた。あまり時間が経っていないため、豺弍はその街にいる可能性が高いと思ったからだ。

 

だが彼女は別の問題に出くわした。

 

「…っ!!」

 

かなり出ていたスピードを殺し、急ブレーキをかける。その時にかかる負担を気にする余裕は無かった。

 

 

 

彼女は見てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

この町に住んでいる鬼の星熊勇儀が、倒されているところを。

 

 




ジンの能力は『見ている対象の未来を先読みする程度の能力』でした。果たしてそれを打開する策はあるのでしょうか?

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