東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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自我という言葉があります。これは親の元で育て続けられた子どもがやがて自分の意志で判断して動くようになった時に自我が芽生えてきたというらしいですね。しかし本当の意味で自分の意志で動くようになるのはかなり難しいものです。人と言うのはどうしても他人の意見に左右されてしまいます。今回はそれをテーマにしたお話です。


117 劉からの試練

時は少し遡る。

 

 

瑛矢にやられて、気を失った後の話である。刃燗はイシューの部下である劉に連れ出された。意識を取り戻した時は見知らぬ家の中であった。

 

 

「な…ここは……?」

 

 

動揺しながら周りをキョロキョロと見回す。博麗神社でも妖怪の山でもない。

 

木造で作られたそこそこ広い素朴な部屋ではある。しかし銃が置いてあったり、明らかに武器のようなものまで置いてあった。かなり殺風景な部屋であり、こんなところで寝ていたのかとビビっている。

 

 

「どうやら、目が覚めたみたいだな」

 

 

扉が開けられ、誰かが部屋の中に入ってきた。その人物は、刃燗の知らない人物である。

 

 

「誰…ウッ!」

 

「無茶するな。治療は済ませてあるが、万全に動ける状態ではない」

 

 

体を起こそうとした瞬間に激痛が走る。いま自分の体は包帯で巻かれている状態だ。部屋に入ってきた男、劉の言う通りである。無理に動いたら悪化する。

 

 

「お前は…一体……」

 

「俺は劉と言うんだよ。まずは落ち着け」

 

 

刃燗の横にお盆を置く。その盆の上に2つお茶が置いてあり、1つを劉がとった。

 

 

「そんでそれ飲め。安心しろ、毒はない」

 

 

劉はそのお茶を飲み始める。刃燗もお盆に載っているもう一つのお茶を手にして、口に含んだ。

 

 

「…これ、普通の茶じゃないよな」

 

「ほう。分かんのか」

 

 

 

一口飲んだだけで、刃燗はそれが人間の里で売られているようなお茶ではない事を見抜いた。自分で何回もお茶を作るせいかそれが正確に分かった。

 

お世辞にも美味しくはない。大抵の人間なら不味いと言って吐き出しそうだ。まるで苦い薬のように…

 

 

「…!まさか……」

 

 

さっきまで感じていた痛みがなくなっている。これを見て刃燗はそのお茶の効果を悟った。

 

 

「まぁ一種の痛み止めだ。怪我は治せないが、疲れはごまかせる。麻酔みたいなもんだ」

 

 

そのお茶は、いわゆる麻酔であった。飲めば体を動かさないほどのダメージを負ったとしても体を起こせる。

 

 

「これ、一体…」

 

「外に出ろよ。もう動けるだろ」

 

 

お茶をグイッと飲み干してから、劉は部屋の外に出た。

 

言われた通りに、刃燗はお茶を飲んでから外に出る。

 

 

「…ッ!ここは…!」

 

 

外に出た刃燗が見たのは、広場だった。周りは木で囲まれており、数軒だけ家がある。

 

そして、何人か人間がいるだけだった。

 

この時点で、ここは人間の里ではない事が分かる。少なくとも人間の里には木で囲まれているところはない。しかも木に囲まれていると言うことは、妖怪から守るための柵もないということだ。

 

 

「オイコラ!ボケっと突っ立ってんじゃねぇ!!」

 

「うお!」

 

 

思いっきり蹴られて刃燗は吹き飛ばされた。数メートル飛んだところで地面に不時着してしまう。

 

 

「何すんだテメェ!!」

 

「ああ!?俺の前にいんのが悪りぃんだよ!」

 

 

起き上がって蹴り飛ばした男を睨むと、その男も威圧し返した。顔がところどころ潰れているような感じである。

 

 

「蹴り飛ばすことはねぇだろうが!!」

 

「なんじゃこのガキ!ナメてるとぶち殺すぞ!!」

 

 

完全に喧嘩する勢いである。刃燗も完全に頭にきており、冷静さを失っていた。

 

 

《ガキュン!!》

 

 

男の目の前を、小さな物が通り過ぎる。同時に鳴った発砲音から、それが銃弾であると推測される。その銃弾が飛んできた方を目で追うと、そこには拳銃を持っている劉がいた。

 

 

「問題を起こすんじゃねぇぞ。まだ暴れたんねぇか」

 

 

ドスの聞いた声で刃燗に襲いかかろうとした男を脅す。さっきまで結果盛んだった男は真っ青になっていた。

 

 

「とっとと失せろ」

 

 

拳銃をしまって男に命を下した。男は劉に言われた通りにその場からいなくなった。

 

 

「悪いな。ここはああいった問題児ばかりいるから、気をつけておけよ」

 

「問題児…」

 

 

問題児と劉は言ったが、その言葉で片付けられるかどうかは甚だ疑問である。立っている人を思いっきり蹴り飛ばした挙句に謝るどころか逆ギレし返してくる。危険人物と言ったほうがシックリくる感じだった。

 

 

「ヒヒッ…!」

 

「ん……?」

 

 

不気味な笑い声が聞こえた。気になった刃燗がその声のした方を見ると木に向かって座り込んでいる男を見つけた。

 

一体何をしているんだろうかと男に近づいて手を見る。その時、刃燗はかなり気持ち悪そうにしていた。

 

 

「ミーアたん……腕がポキポキ砕けて、しゅてきでしゅねぇ……もっとしゅてきになりましゅよおぅ…」

 

 

男は女の子の形をしている人形を持っている。その人形を折り曲げたりナイフで切りつけたりして遊んでいたのだ。あまりにも不気味すぎる人形の姿に、刃燗は直視する事が出来なかった。

 

 

男から目を離してあたりを見ると、周りにいる人間も不気味な感じである。確かに人間ではあるのだが、人間の中ではとても異常な者たちばかりだった。

 

 

「ここって一体……」

 

 

思わず刃燗は狼狽える。人間の里に比べてかなり異様な景色だ。こんな場所が、幻想郷どころか、世界のどこかにあるとは到底思えなかった。

 

 

「人里とはまた別の住居だ。ここには人間の里に住む事が出来ない奴らの住処だ」

 

 

木に囲まれているこの住居区は、人間の里とはまた違う場所である。そこは人間の里に住めない場所が集う場所。里に住んでいる人間たちと接する事がないように山の中に隔離されてあるところだった。

 

 

「おかしいぞ。ここは必要な物が無さすぎる。働く奴もいないから、食材もないし店もない。しかもこんな山の中じゃ、妖怪にとって格好の餌食だ」

 

 

刃燗の指摘は最もだった。その場所は、生活するにはあまりにも不便すぎる。食べる物がないのがそもそもおかしいし、何より妖怪の対策は何もしていない。こんなところで人が住めるはずがないと、刃燗はそう思った。

 

 

「まぁ、普通はな。俺たちがここを管理していなければの話だが…」

 

「へっ…?」

 

「…そうだな。さっき自己紹介したが、情報が少なすぎた」

 

 

劉は刃燗の方に向き直った。目はまっすぐ刃燗の方を見ており、相手を威圧しているようにも見える。

 

 

「神の三児がひとり、イシュー ムラフェルの配下、名前を劉という」

 

「神の…三児…!?」

 

「流石にその名前くらいは知っているだろ?」

 

 

その名前は流石に知っている。黎人や惣一からある程度の話は聞いていたし、人間の里に行けばその名前は幾度か耳にする。

 

 

「じゃあここは……」

 

「ああ。イシューが管理しているところだ。とは言っても生活面の管理はほとんど俺がやっているけどな」

 

 

その地域はイシューによって作られた場所でもある。八雲紫と相談して作られたのがこの村だ。イシューやその部下である劉はそこに住んでいる者らの世話をしているのだ。

 

 

「特殊な結界を張っているから妖怪がここに来ることはないし、山奥のところに小さく存在しているからここに襲いかかろうとする奴もない。ある意味安全な場所だ」

 

 

外部から襲われることはないと劉は言った。山奥という特殊な環境に加えて、彼らの力による結界で外から来ることは出来ない。

 

 

「…ここなら、お前を鍛えるのに丁度いいと思ったしな」

 

「へ…?」

 

 

その意味がよく分からず、戸惑ってしまう。刃燗は劉の顔を見たまま固まってしまった。微動だにしない刃燗を見て、劉は口を開けた。

 

 

「ここなら攻撃される心配はない。それにここには痛みを和らげる効果がある雑草がある。さっき飲んだ茶もそれが入っているんだ。ここにいればいくらでもお前を鍛えることが出来る。だからお前をここに連れてきた」

 

「ちょっと待ってくれよ。なんでお前が俺を鍛える話になってるんだ」

 

 

鍛える場所として丁度いいとしても、劉が刃燗を鍛える理由が分からない。修行だったら惣一と一緒にしているし、なんなら黎人に鍛えてもらう事が出来る。特になんの関係もない男が刃燗を鍛える必要が一体どこにあるのだと、刃燗はそう思った。

 

 

「だらしねぇからだよ」

 

「は……?」

 

 

その劉の言葉に、刃燗は疑問よりも憤りを感じた。聞き返しているような言葉を出したが、劉の言葉は聞こえていた。

 

 

「あまりにもだらしないから、俺がテメェを鍛えようとしてるんだ。惣一とか黎人みてぇな若造は、お前の面倒は任せられないんだよ」

 

「テメェ…!」

 

 

さらに怒りが募っていく。自分のことだけでなく、自分の尊敬している黎人や惣一の悪口を言われた事が何より許せなかった。

 

 

「アニキや惣一さんに任せられねぇってどういう事だ!あの2人は迷惑ばかりかけている俺の面倒を見てくれているんだ!あの2人の指導を受けて俺がひたすら強くなれば良い!少なくとも、見ず知らずの男に面倒を見られる筋合いはない!!」

 

 

啖呵を切って劉に迫る。劉は微動だにしない。こういう喧嘩には慣れているのか、多少脅されたとしてもなんともないのだ。

 

 

「じゃあ試しに聞こうか。お前はなんで強くなりたい?」

 

「戦えるようになりたいからだ!強くなって、あの2人と一緒に戦いたい!あの2人の役に立ちたい!それが理由だ!」

 

 

かつて刃燗は同じ質問をされた事がある。自分がなんで強くなろうと思ったからなのか。それは、他の誰でもない自分の気持ちだった。

 

 

「だからダメなんだよ」

 

 

 

その言葉を、劉はバッサリ切り捨てた。その理由は、劉にとってはあまりにも酷すぎる解答だからだ。

 

 

「質問を変えようか。お前は、黎人や惣一が負ける事あると思うか?」

 

「何言ってるんだ!あの2人に限ってそんなことは…」

 

「じゃあ戦う必要性は無いよな」

 

 

言葉を失った。2人と一緒に戦いたいと刃燗は言ったが、その2人が誰にも負けないというなら、刃燗が一緒に戦う必要はなくなる。

 

 

「テメェはどこかで安心してるんだ。あの2人なら誰にも負けない、だから俺がいなくても大丈夫だってな。

 

誰かの役に立ちたい?バカじゃねぇのか。その程度で満足するんだったら家の掃除だけしてりゃ良いじゃねぇか。

 

戦場は、テメェの意志で動くところだ。そうじゃなきゃ、テメェはいざという時に戦う事が出来ねぇ」

 

 

刃燗はその言葉に思い当たるところがあった。つい先程、瑛矢と対面している時、刃燗は為すすべもなく敗退した。本当に何も出来なかったのだ。

 

自分の弱さに情けなくは感じた。だが刃燗はもっと別の心配をしないといけなかった。あの場で一緒にいた惣一や早苗は敵にやられているのでは無いかと。

 

そう思わなかったのは、惣一がいるならそうならないと思っていたからだ。

 

 

「テメェが呑気に寝ている間に、他の奴らは戦力を強化している。豺弍という新しいメンバーが加わり、更に魏音を味方につけようとしている」

 

「なっ…そんなの…」

 

「無理ってか。まぁ俺もそう思うがな。それでも戦える力を大きくしているのには変わらない。もし黎人たちだけで異変を解決したら、お前のいる場所は果たしてあるか?」

 

「それは……」

 

 

そんなものはない。黎人たちで解決するのなら、刃燗が一緒に戦う意味はない。黎人の役に立ちたいと言いながら、黎人の側にいるだけで満足してしまった。だから、刃燗はいつまでたっても上達しない。

 

 

「惣一はお前の問題に気づいていないだろうし、黎人は別に気にしていない。だが、俺は違う」

 

 

手に持っている銃の先を、刃燗に向けた。

 

 

「な…!」

 

 

刃燗が動揺している。それは当然だ。銃の先を向けられているということは、銃口がこっちに向いているということであり、引き金を引けば銃弾がまっすぐコッチに飛んでくる。それではまるで、自分を撃ち殺そうとしているみたいではないか。

 

 

《バァン!!》

 

 

劉はその引き金を引いた。刃燗が思っていた通り、銃弾は真っ直ぐ刃燗の方に向かっていき、その命を取ろうとしていた。

 

反射的に横に逸れていく。だが充分に回避はできなかった。直撃こそ免れたものの、銃弾は刃燗の右肩を捉え、水風船が割れた時のように赤い液体が飛び散る。

 

肩に走る鋭い痛み。直接見なくても銃弾が当たったと実感する。横に逸れた勢いのまま地面に転がり、勢いをつけて体制を立て直す。

 

再び前を見れば、銃口から煙が出ている銃を持っている劉が、さっきと同じ体制のまま立っていた。

 

 

「お前がこのまま阿呆な考えを持ったままなら、いっそのこと俺の手で殺してやる。テメェの未来は、強くなるかここで死ぬかだ」

 

 

銃口が自分の方に向き変わる。再び銃を撃つつもりだ。

 

ヤバい男だ。

 

刃燗は不良ではあるが、劉はその彼から見てもヤバいやつだと思った。殺すことに何のためらいもない。刃燗は初めてヒヤリとした感情を持った。

 

だがそれとは別にメラメラと燃えるものもあった。黎人や惣一の悪口を言われ、更には自分の命を取ろうとした。尊敬をしている人を悪く言われた事に対する憤怒か、あるいは敵意を向けられた時の反発か。どちらとは言えない激しい感情が刃燗の中にあった。

 

 

「なめんじゃねぇぞ…!」

 

 

刃燗がここまでの怒りを感じたのは久々である。黎人と出会ってから、むやみに誰かと喧嘩をするような事は無かった。腹を立てたとしても、黎人や霊夢の迷惑になると思い、あえて刃燗は我慢していた。

 

だがこの男に対する怒りだけは押さえられそうになかった。

 

 

「テメェが俺を殺そうとしているんなら、俺がテメェを殺してやる…!」

 

 

 

 

 

そこから暫くの間特訓という名の殺し合いがあった。互いに向き合いながら戦い続けている。

 

構図としては、一方的に刃燗が押されていた。捷疾鬼の力で倒そうとしても、劉はそのスピードを目で追い、的確に撃ち抜いていく。体制が崩れたところで更に追撃。

 

その展開が何度も続いていた。

 

5回ぐらいその展開が続いたところで、刃燗の体は限界になり始めた。立ち上がろうとしても体に力が入らずにバタリと倒れる。

 

 

「まぁこんなところか」

 

 

倒れている刃燗を見ながら、劉は銃を収めた。今日の特訓は終わりと判断したのである。

 

 

「今日はここで終わりにする。明日もまた同じ事するぞ。野宿はするなよ。さっきの家に入っておけ」

 

 

その場から劉は離れていった。

 

刃燗は倒れながら、悪態をついている。コテンパンにされた事に腹が立っているようだ。

 

だが、それと同時に悔しい気持ちもあった。劉との戦いで、手も足も出なかった。己の非力さが情けなくてしょうがない。

 

薄々分かっていたつもりだったが、いざ実感してみると屈辱としか思えなかった。

 

 

「無事か?蛾溪 刃燗」

 

 

横に倒れているままの刃燗に、1人の男が近づいてきた。刃燗は顔を上げる事が出来ず、その顔を見ることが出来ない。

 

 

「なん…」

 

「先ずはこれを飲め。話はそれからだ」

 

 

男の手からコップを貰う。そのコップに見覚えがあった。

 

 

「…それって…!」

 

「…先ほどこれを飲んだのであろう」

 

 

それはついさっき刃燗が飲んでいたものだった。劉はそれを痛み止めと言っていた。

 

そのお茶をもらって一口含む。先ほどと同じように痛みが消えていった。

 

 

「痛みは消えたか?なら今から処置をする」

 

 

そう言って男は治療道具を取り出した。

 

 

「あ、あんたは…?」

 

 

その男は一体何者なのか。その質問に男は答えた。

 

 

「…イシュー ムラフェルだ。さっきの劉の上司になる」

 

 

 

 

 

「ひとまずはこれで充分だろう。後は少しでも寝て身体を回復させるのだ」

 

 

包帯を巻いてもらった。必要な処置を終え、イシューは治療道具をカバンの中に入れる。

 

カバンを持ったままイシューは立ち上がろうとした。すると先ほどまで動こうとしなかった刃燗が口を開いた。

 

 

「なぁ、オッサン」

 

「……どうした?」

 

「あんた、アイツの上司なんだよな」

 

「…そうだが」

 

 

イシューは少し困った顔になっている。アイツというのは先ほどまで刃燗と一緒にいた劉の事で間違いなかった。

 

 

「…アイツを部下にして、困ったりはしないのか?」

 

 

それは刃燗にとって純粋な疑問だった。少ししか接していないが、あの男は危険すぎると感じた。容赦なく銃で攻撃をし、躊躇いもなく殺そうとした。そんな男を危険視しない筈がない。

 

 

「…困るのは確かだ。いつも誰かと喧嘩をしていたり、泣かせたりする事もある。その度に私が責任を取る事になるのだ。

 

しかも私の言うことはちっとも聞いてくれない。それどころか何かあったら文句を言われるし、容赦なく悪口も言われる。

 

この前なんか普通に歩いていたら『邪魔だ消えろ』なんて言われたし…」

 

「あ、もう良いよ。色々と大変なんだな…」

 

 

予想以上に苦労しており、刃燗は少し同情した。最後の方は涙目になっていた。

 

しかし、そうだとすればやはりおかしいと刃燗は感じた。そんな男をなぜ部下にしているのだろうかと。そんなに苦労をしているなら、追い出せば良い筈で、そのくらいの権利はあるはずだった。

 

 

「だが、頼りにはしている」

 

「頼りに…」

 

「あの男は、与えられた使命はやり遂げる。その実行力と計画性は他に比べて突出しているのだ。あの男がいなければ、私の隊はとっくに消え去っていた」

 

「………」

 

 

先ほどの劉のセリフを思い出す。戦場は自分の意思で立つところだと。

 

劉はその信念を全うしていた。他の誰でもない、自分の意志で動いている。上司に逆らうのも、他の誰かと喧嘩するのも、自分で考えて動いているからこそ起こりうる。

 

だから、劉はイシューにとっての要なのだ。その意志の強さこそが、彼の何よりの長所なのだから。

 

 

ならば自分はどうか。自分は黎人の隣に居るだけで何もしていない。ガイラが攻め込んできた時も、瑛矢が攻め込んだ時も、刃燗は何も出来なかった。

 

薄々感じていた。自分がだんだんと役立たずになっていることを。

 

敵はどんどん強くなり、黎人たちも強くなっている。変わっていないのは自分だけだ。

 

そして最近になって気づいた。黎人の目に刃燗が入っていない事を。

 

黎人は惣一に何かを頼もうとはするが、刃燗になにかを頼もうとする様子はない。それは、刃燗に頼ることが出来ないことの表れだった。

 

 

「…言っておくが、劉を意識する必要はないぞ」

 

「へ…?」

 

 

考え込んでいる刃燗に、イシューは語り始めた。突然なにを話しているんだという顔で、刃燗はその話を聞いていた。

 

 

「劉はあまりにも特殊すぎる。あそこまで喧嘩っぱやいのはそういないし、仮に劉のようになったとしても活躍できるとは限らない」

 

 

ある意味その通りなのだ。劉みたいに自分の意見を容赦なく言うのはかなり難しい。もし言ったとしても逆に敵を増やしてしまう可能性がある。

 

何しろ、イシューの部下になる前の劉は、敵ばかりだったのだから。

 

 

「じゃあ、どうすれば良いんだ?」

 

 

ならばどうすればいいのか。刃燗はそれが分からない。今の彼はなにも見えない状態になっていた。与えられた問題に対する答えを出すことなどできる筈がない。

 

 

「それはここで出すことは出来ない。何しろ答えはお前自身が導き出さなければならないのだからな」

 

 

そう言ってイシューはその場から離れようとした。

 

 

 

「だがしかし、いま進めている足は止めるな」

 

「え…?」

 

「答えは進む道の先にある。答えが欲しいのならば、ひたすら進め」

 

 

 

2日目以降も同じように特訓がされ続ける。相変わらず劉の攻撃をかわし続けている日々だ。

 

 

そして、雪羅による異変が始まった時になる。

 

 




次は元々の時間軸に戻ります。果たしてこの修行を経た刃燗は何を思ったのか、次回もお楽しみにしていてください。

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