東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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こっちを更新するのは久しぶりですね。長らくお待たせしました。お気に入り登録数を含めればもう一つの作品の方が明らかに多いんですが、1番最初に書こうと思った作品ですから、出来る限り頑張りたいと思っております。


118 巨大な敵の前で

劉との訓練を続けている時に、異変は起こった。地面が突然凍り始め、一気に白くなった。

 

 

「なんだ…コリャ…!?」

 

「…氷、と言うよりも凍った地面か。ここまで大規模だと、能力によるものだと思って間違いないだろう」

 

 

地面を踏みつけながら劉は分析を始めている。特に驚いている様子はなく、恐ろしいほど冷静だった。

 

そんななか、空から大きな声が響く。

 

 

「幻想郷に住む哀れなアリさんたち。驚いてくれたかしら?」

 

 

女性の声だった。刃燗はその女性の声を聞いたことはなく、顔も知らない女性がしゃべっているようにしか感じない。

 

それに対して劉は顔をしかめていた。何か嫌な事でも思い出しているかのように。

 

 

そのまま話を聞き続け、刃燗は流れの全体を掴んだ。声の主が能力によってこの地域を結晶化させた。その上で女性が住民を挑発していた。もし元に戻して欲しければ、自分を倒してみせろ、と。

 

 

「……!」

 

 

この映像が幻想郷に流れたとなれば、黎人は間違いなく動くだろう。もしかしたら霊夢も一緒に動くかもしれない。

 

刃燗は焦り始めている。このままでは、自分は彼らの手助けになる事なく終わってしまう。

 

 

「…言っておくが、テメェが行く必要はねぇぞ。あの雪羅という女と前に会った事はあるが、少なくとも今のお前が勝てる相手ではないのは確かだ。行ったところで邪魔になるだけだぞ」

 

 

そんな刃燗の気持ちを読み取ったのか、劉は彼に釘をさす。彼から見れば刃燗はそれほど強くなってはいない。行ったところで邪魔になると考えていた。

 

劉の言うことに一理ある、とは思っている。今の自分の弱さを、刃燗は誰よりも実感しているのだ。行ったところで邪魔になる、と言うことは劉に言われなくても分かっていた。

 

 

「うるせぇ…」

 

 

だが、彼は止まらなかった。

 

 

「邪魔になるかどうか、テメェが決めることじゃねぇんだよ」

 

 

例え邪魔になったとしても、ここでジッとしているわけにはいかなかった。

 

 

「俺は、斐川黎人についていくと誓ったんだ。たかだか1人の女にビビって腰が引けるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!」

 

 

そう言って、刃燗は走り去っていく。一刻も早く黎人たちの手助けをするために。

 

その様子を、劉は後ろから見ている。彼は刃燗を引き止めようとしなかった。口ではああ言ったが、無理して止めるつもりは無かったのだ。

 

 

「監視とか随分趣味の悪い事をするようになったな。撃ち殺されてぇのか」

 

「いやなに、蛾溪 刃燗を力ずくで止めるかもしれないと思っていたからな。見守っていただけだ」

 

 

木陰から大柄の男が現れる。劉の上司であるイシューだ。彼は刃燗の様子を見守っていたのだ。

 

 

「行こうとしたところで別に止めるつもりは無かった。アレで死んだところで自業自得というやつだ」

 

「相変わらず厳しいな」

 

「フン、情けのかけ方なんてしらねぇしな」

 

 

タバコを取り出して一服吸う。劉はヒマな時にこうやってタバコを吸うのだ。ヘビースモーカーというほどではないが、吸う頻度は比較的高い方である。

 

 

「それにしても、刃燗の特訓などよくやろうと思ったな。最初その話を聞いた時は驚いたぞ」

 

「………」

 

 

イシューは、劉がまさか人間の鍛錬をさせるとは思っていなかったようだ。もとよりぶっきらぼうに見える劉が他人に関わろうとすること自体があり得ないことなのだが。

 

 

「…戦力は大きくするに越した事はねぇ。可能性があったから鍛えてやっただけの話だ」

 

 

しかし劉は、刃燗を鍛えさせるべきだと考えていた。今の幻想郷の人間たちだけでは戦力が不足している。そう思ったからこそ、豺弍を蘇らせたし、刃燗を鍛えていたのだ。

 

 

そしていま、刃燗は自分の意思で戦場に出た。その選択が正しいか否かは彼も分からない。

 

 

 

 

だが可能性があるなら、それに賭けた方がいいだろうと考えているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして暫くの時間が経ち、刃燗は黎人たちのもとにたどり着いた。人間なんかとは比べものにならないほどの大きさを持つ生物に、刃燗は1人立ちはだかっている。

 

 

『ウゥゥ…』

 

 

倒れていた巨大な生物が、ユックリと起き上がる。横になっている状態でも十分に大きかったが、立ち上がると想像を超えるほどの大きさである。この生物に1人で立ち向かうと考えると、大抵の人間は泣きたくなるほど過酷な状態である。

 

 

「……」

 

 

決して臆せず、刃燗は札を取り出した。その札の力で、捷疾鬼を身に纏う。蒼く暗いオーラに包まれ、目の色も赤く染まっていく。

 

 

『ウゥゥ…ガアッ!』

 

「っ!!」

 

 

突然の張り手。予備動作もない動きに一瞬だけ動揺してしまう。だがそれほど速くはないため避けるのは難しくなかった。

 

 

「くっ…!風が…ッ!」

 

 

獲物を捕らえられなかった張り手はそのまま空中に伸びていく。その時に生じる風圧ばかりは避けられず、そのまま吹き飛ばされた。

 

地面に不時着する。痛む身体に鞭打って無理やり起きると、怪人は刃燗をもう片方の腕でたたきつけようとしている。

 

 

(…!しめた……!)

 

 

ピンチにも見える状況の中、刃燗はチャンスを見つけた。先ほどと違い今度は攻撃を貯めている様子だ。腕を上げている動作により一瞬の隙が出来ている。

 

怪人の攻撃はかなり遅い。ならば捷疾鬼のスピードを持つ自分の方が相手よりも先に攻撃が出来る。先手必勝となるタイミングなのだ。

 

 

「くそったれェェ!!」

 

 

不時着したぐらいで痛みを訴えている体に叱咤し、刃燗は怪人の懐に向かって飛ぶ。刃燗のスピードについてこれている様子はなく、移動している事にすら気づいていなかった。

 

 

全く防御されでいない懐。ここから先あまりないチャンスと言えるだろう。ここを逃せばかなり厳しくなる。

 

 

「オラァ!!」

 

 

思いっきり力を込めて、拳を打ち込んだ。手応えはバッチリある。避けられた、とかではない。確実に当たった。

 

 

『ウゥゥ…?』

 

「嘘だろ…ビクともしねぇ」

 

 

だが、効いている様子はない。それどころか殴られた事にも気づいていない様子だ。

 

山を殴ったようなような感覚だ。思いっきり力を込めて殴ったというのに、何も起こらないどころか逆に自分の手が痛くなるだけだった。

 

手の痛さに加え、何も成果が出ないという現実を叩きつけられた事による屈辱により、思考が滞っていく。なんとも言えない虚無感に襲われ、考えようとする動きが取れなかった。

 

 

《バコン!!》

 

「ぐあ!!?」

 

 

だから攻撃が来ているという事にさえ気づかなかった。怪人の張り手をモロにくらい、先ほどとは比べものにならないほどの距離吹き飛ぶ。かなり遠くの方にたどり着いたところで、漸く刃燗は地面に着地した。

 

 

「あっ…!がっ、くっ……!」

 

 

もがいている、としか言えなかった。

 

全身の痛みに悶え、ピクリと動いただけでまた鋭い痛みが襲いかかる。何をしても痛みが蓄積されるような状態に、刃燗は苦しみ続けていた。

 

 

『アァァ…?』

 

 

怪人は辺りをキョロキョロと見渡している。吹き飛んだ刃燗を探しているのだろう。どの方向に吹き飛ばされたのかさえ判断がつかなくなっているのか、全く関係のないところまで探している様子だ。

 

 

「…くそ…クソ!!」

 

 

行く前に劉に言われた言葉を思い出す。行ったところで何も役に立たないと。今まさにその状態になっている。いま自分は役に立っていないと実感している。

 

黎人を先に進ませたはいいものの、この怪人を倒す事は出来ない。それどころかダメージを与えることすらも出来ていない。その程度の実力で黎人の助けになるといっても、身の程知らずとしか言いようがなかった。

 

自分に対する苛立ちのままに、地面を殴りつける。悔し紛れであり、特に何かを意図した訳ではない。

 

 

《ボフン!!》

 

 

だが、地面を殴った瞬間に風が強く吹いた。大きな音と同時に、地面に落ちている葉っぱが舞い散っていく。

 

 

「え……?」

 

 

刃燗は驚きを隠せないでいた。いま自分は何かをした訳ではない。それどころかいま起こった現象は今までに現れた事さえないのだ。殴った時に生じるのはせいぜい爆風であり、風が吹いたことはない。

 

 

「なんで…?」

 

 

自分が殴った場所を見ながら刃燗は考えている。突然風が起こった理由について。

 

だが、それをユックリ考える時間はなかった。

 

『ウウウゥゥゥ…』

 

 

先ほど起こった風により、怪人は刃燗を見つけた。ユックリと近づいていく。ノシ、ノシ、とノンビリと近づいている様子が、寧ろ恐怖を引き立てているようにも見える。

 

 

(…立ちやがれ……!いま立ち上がれなかったら、このままのたれ死んでしまうだけだろうが…!)

 

 

プルプルと、震える体を無理やり立たせる。この時点で既にキツそうだった。痛みを訴える体に鞭を打って立ち上がる。何度でもこうして刃燗は立ち上がり続けてきた。

 

 

「…ハァッ…ハァッ…!」

 

 

立っているだけでしんどい様子だ。そんな状態で刃燗は頭の中で考え続けている。どうすればあの巨体を倒せるのかと。

 

最も考えられる答えとしては、パワーで無理やり倒す、という事だった。だが先ほど全く効いていなかったため、それはほとんど不可能に近いような感じさえする。

 

そんな状態ではあるが、刃燗にはそのパワーを増大する方法がある。

 

 

「いっっくぜぇぇぇ!!!」

 

 

大きな声で怒鳴るように叫びながら、怪人との距離を詰める。捷疾鬼のスピードのせいか一瞬で懐にたどり着いた。

 

ここまでは問題なく来れる。問題はそこからだ。全く効いてなさそうな体に、どうにかして攻撃しなければならない。

 

 

刃燗はここでスペルカードを取り出す。刃燗がこれまでの戦いの中で最も使ってきたスペルカードだ。

 

 

「爆撃 ドン・ナックル!!」

 

 

拳を思いっきり殴りつける。その瞬間大きな爆風が生じた。その衝撃は、怪人にはもちろん刃燗にさえダメージを与えるものだった。

 

 

(まだだ…ここで終わっちゃならねぇんだよ!!)

 

 

隙を入れず二発目を繰り出す。一発目同様に大きな爆発が生じる。先ほどに比べれば少し小さいが、手にかかる負担が大きいことには変わりない。

 

 

「うおらぁぁぁあ!!!」

 

 

渾身の力を入れて、三発目を入れる。流石にダメージはあったようで怪人はそのまま後ろに傾いている。このまま追撃をすれば、そのまま地面に倒れさせることは出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「うぐ…!!ぐああああああああ!!!」

 

 

だが、流石にそれは出来なかった。

 

一発入れるだけでも腕が折れそうな痛みが生じる技なのだ。それを三発も連続で繰り出している。それも右腕を2回使っているのだ。腕が折れそうな痛みを乗り切る事は出来ず、刃燗は追撃する事が出来なかった。

 

 

 

 

『アぁ!!』

 

「!!」

 

 

倒れようとした怪人が、空中に浮かんでいる刃燗を掴んだ。大きな手で捻り潰すようだ。

 

 

「う…!あああ!!!」

 

 

大きな手に掴まれた刃燗は、握りつぶされる痛みに苦しんでいる。無茶して立った状態だと言うのに、体を握りつぶされるダメージを受けたら耐えられるどころか身体が原型を保っているかどうかさえ怪しいところだ。

 

 

『行ったところで邪魔になるだけだぞ』

 

 

刃燗にとって、認めたくない言葉が頭の中に浮かぶ。それを認めたくないとここまで努力して来たというのに、なす術なく追い詰められていく。

 

少しでもダメージを与えることが出来たとしたら、どれだけ喜ばしいことだっただろうか。いま刃燗がやったのは、相手を倒れさせる直前まで行ったということだけだった。誇る事も出来ないどころか、敗北として報告するにしても情けなさすぎる内容である。

 

本当に自分は役立たずだ。

 

そんな気持ちが刃燗の中に存在した。

 

 

 

《ドゴォォォォン!!!》

 

 

『あぐ…!?』

 

 

腕が突然爆発する。唐突の出来事に動揺して右手で掴んでいた刃燗を手放した。刃燗はそのまま地面に落ちていく。

 

 

「GARDER no10『バウンドネット』解除」

 

 

地面に落下すると思いきや、地面に蜘蛛の巣のようなマットが現れる。刃燗はそのマットの上に落下し、衝撃をマットが吸い込んでダメージを受けずに済んだ。

 

 

『アウア…?』

 

 

「これ以上好き勝手にはさせませんよ」

 

 

 

怪人の視線の先には、1人の男が立っていた。男は遠くから巨漢を銃で狙っている。

 

黎人たちとしばらく一緒に行動をしていた彼は、ある準備をするために彼らの元を離れた。そしていま、彼は準備万端で巨漢の前に立ったのだ。

 

 

 

「稲田 惣一。あなたを…殲滅します」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら…救援が来たのね。命拾いしたじゃない。テッキリ死んでしまうと思っていたんだけど」

 

 

彼らの戦いの様子を、じっと眺めていたものがいる。幻想郷を氷漬けにした張本人である、雪羅だった。彼女は鏡に映っている刃燗たちの戦いの様子をただ眺めていた。

 

 

そんな彼女の元に、1人の男と1人の女性が現れた。

 

 

「ああ…来てくれると信じていたわ。こうすれば、あなたは間違いなく私の元に来てくれると思っていた」

 

 

雪羅は嬉しそうに男の方を見る。彼女の目的はその男だったのだ。彼をここに来させるためだけにこの異変を起こしたのだと言える。

 

それは彼女が好意を抱いている男、斐川 黎人だった。

 

 

「雪羅……」

 

「そう焦らないで。これからユックリと話をしたいの。あなたと会えなかった日のことを話しながら、2人で愛に沈みましょう」

 

 

やはりこの女は狂っている。霊夢は改めてそう思った。

 

ここに来る前からある程度予測はしていた。雪羅が黎人を目的としていることを。そのために幻想郷を氷漬けにしたということを。

 

ハッキリ言ってそれは正気の沙汰ではない。1人の男に会うためのだけにここまで大規模な事は普通はしない。会うだけなら直接会えばいいだけの話だ。突然博麗神社に来たところで自分が追い返すかもしれないが、幻想郷を凍らせるよりはマシだ。

 

だがこの女はそう思わない。この方が効率が良いと判断したのだ。

 

雪羅の目には、黎人以外の人物が映っていない。他人が怒ったり歯向かったり、それこそ死んだとしても知ったことではない。ただ黎人に会いたかった。そして異変を起こせば黎人が会いに来てくれる。だから異変を起こしたのだ。

 

まるで母に構ってもらいたい子どものようである。不満が溜まっている子どもが自分に構ってもらうためだけに問題を起こす。今の雪羅はそれと同じことをしているのだ。

 

それは明らかに異常である。いますぐにでもこの女を止めないといけない。

 

 

 

「勘違いすんじゃねぇぞ」

 

 

ズバッと、黎人は言い切った。

 

だが彼がその言葉を言うだろうと言うことは、霊夢はもちろんのこと雪羅にも分かっていた。彼がどういう行動に出るのかぐらい、彼としばらく一緒にいればそれだけですぐにわかる。

 

 

 

「俺はテメェを止めに来たんだよ」




怪人の前に惣一が、雪羅の前に黎人が現れました。はてさてこの後どうなるのか。次回も乞うご期待ください。

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