黒羽家が用意してくれた車は、兄妹三人が乗るには充分な広さだった。
後部座席と言っていいのか疑問を持ちそうなほどのスペースに三人並んで座る。
母さんは身体の調子が良くないらしく、穂波さんと二人で留守番中だ。
姉ねえさんと兄さん挟まれるように座り、揺られること数十分で黒羽家の所有する別荘へと到着した。
移動中の車内は会話がなかったことは言うまでもない。
(にしても、俺って車に乗る度に会話というものをしていない気がする)
そこそこに大きな別荘を前に、どうでもいいことを考えながら、姉さんの様子を窺う。
すると、一瞬だけ視線が合ったが、直ぐに姉さんの方が顔を背けてしまった。
(さっきのやり取りがあった直後にこれだもんね。気まずいよね)
以前よりは姉さんに対する不安が薄らいでいることは、黒羽家の別荘を目にした感想なんかでわかるとは思う。
多少なら姉さんを前にしても、馬鹿なことを考えられるぐらいにはなっていた。
ただまぁ、視線を合わせたり直接話すとなると、まだぎこちなくはなりそうではある。
「叔父様、本日は――」
横で姉さんが黒家の当主である、黒羽 貢と話している。
兄さんはというと、ガーディアンとしてこの場に来ているため、俺たちとは距離を置いた壁際に立っていた。
そのことに何も思うところがない訳ではない。
けれど、流石にこういった公の場で口にしても兄さんに迷惑を掛けるだけだ。
だからこそ、俺はなるべく気にしていない風に接することにしていた。
「白夜君も久しぶりだね。もう深雪ちゃんと一緒に暮らしているんだったかな?」
「……えっ」
姉さんの対応の後、次は俺の方へと言葉を投げかけてくれる。
そのことは別に良いのだが、内容が思いっきり爆弾だったため、返答するのに間を開けてしまう。
「ま、まだ真夜さんの元でお世話になっています。はい」
「そうか。二人とも昔から仲が良かったからね。白夜君が別居すると決まってからは亜夜も文弥も驚いていたよ」
「そ、そうですか」
何やら隣から視線を感じる。
これは飛行機の中でも感じていたものと同じ類の視線だ。
きっと姉さんとしては、この話題に関してはもの申したい気分なのだろう。
ただ、まだ俺とは気まずいため会話には入ってこられない感じだ。
その空気を察したわけではないだろうけど、貢さんは俺たち二人を奥のテーブルへと案内してくれた。
そこには先に名前があがった、貢さんの娘である亜夜子ちゃんと、息子の文弥君の姿があった。
「白夜兄様、深雪姉様!」
俺たちに気がついた二人は、声を掛けるよりも早くにこちらへやってきた。
キラキラした瞳をしている文弥君とは対照的に、相変わらず俺とはあまり目を合わせてくれない亜夜ちゃん。
二人とは結構面識があり、親戚の中では歳も近いこともあって会えばよく遊んだりしていた。
だから亜夜ちゃんとも仲が悪いわけではないんだけど……うん。今もまったくこっちを見てくれない。
(にしても……)
二人の着ている衣装を見ると、なんというかその……とても暑そうである。
文弥君はカジュアル風のメスジャケットにカマーバンドで、隣の亜夜ちゃんにいたってはいつも通りのリボンとフリルと飾りボタンをふんだんに使ったワンピースだ。
膝上まであるソックスも履いているというおまけ付き。
今の季節は夏――しかもここは沖縄だ。
いくら冷房が効いている室内だとしても、この季節、この場所にはどうも浮く衣装に見える。
隣にいる姉さんをチラ見するとどうやら俺と同じことを思っているらしく、その表情は笑顔と言うよりも苦笑いのようにも見える。
「えっと二人とも……暑くないの?」
「はい! 室内は冷房が効いてますから!」
我慢できずに聞いてみれば、文弥君が元気よく答えてくれた。
その発言は、なんともまぁ……引きこもり特有の考えのように思えるが、本人は至って真面目なご様子。
「そ、そっか。外に出なければ関係ないよね」
「そうですよ、白夜兄様!」
文弥君の満面な笑みを見た俺は、その隣でいまだに視線を合わせてくれない亜夜ちゃんの方を見る。
「そういえば亜夜ちゃん」
「ひゃいっ!」
身体をびくっと震わせ裏返った声で返事をされる。
たぶんいきなり話しかけたもんだから驚かせちゃったかな。
「あ、驚かせちゃったね。ごめんね」
「い、いえ……そんなことはありません!」
ちらっとこちらを見た亜夜ちゃんは、直ぐに視線を逸らしてしまう。
心なしか頬がほんのり紅潮しているように見えるのはきっと暑さのせいだろう。
だからこんな場所で、そんな暑くなるような格好にならなければいいのに。
「あの、白夜兄様。そんなに見つめられると……その、恥ずかしいです」
無意識にうちにジッと見つめてしまっていたようで、先ほどよりも頬を――というよりは顔全体が紅くなってしまっている亜夜ちゃんの声で我に返る。
「ああ、ごめんね。失礼だったよね」
「失礼とは思いません! むしろ、白夜兄様にならいくら見ていただいても――」
「え? そうなの?」
「だ、だからといって、意識して見られるのも……う~ん」
自分でもなんて言えばいいのかわからないのか、どうやら混乱させてしまったようだ。
それにしても、今日は幾分か亜夜ちゃんと話せているような気がする――視線は合わないけど。
二人で料理の練習をしたりすることもあるけど、その時の亜夜ちゃんは視線も合わなければ、緊張しているようで身体の動きもぎこちない。
(きっとこういう場所だと開放的な気分になって話しやすくなったりするものなのかな)
だからといってその格好は――などともう何度目になるかわからないが、くだらないことを考えていると……。
「ねぇ、亜夜子さん。文弥くん」
今まで黙っていた姉さんが微笑みながら会話に入ってきた。
なんだか嫌な予感がするけど、ここは変なことを言わないように少し黙っていよう。
「二人はよく白夜と会っていたりするのかしら?」
「そんな毎日は会っていませんけど、親戚の中では会っていると思います!」
(案の定そのことか!! ていうか文弥君も素直なのは時として美点じゃなくなるからね!?)
「へぇ。そうだったのね。知らなかったわ。それで二人は、白夜と会って何をしているのかしら? わたし、とっても気になるの」
「そうですね――」
姉さんの質問に、文弥君は余すことなく全部話し始める。
その様子を見ていた俺の額からは嫌な汗が垂れ落ちていたが、そんなことを気にする余裕もない。
「あら、白夜兄様。お暑いですか? そのよろしければ……」
普段からは絶対にやらないであろう。
なのに今日に限って、亜夜ちゃんが自分のハンカチで俺の額の汗を拭き始めたのだ。
咄嗟のことに上手く反応が出来ずに、拭かれるままの形になってしまう。
「ちょ、亜夜ちゃん!?」
「あ、あとで冷房の温度を下げるように伝えておきますね!」
一通り拭き終わった亜夜ちゃんが俺から離れる。
照れ笑いのような微笑みでそう言うと、彼女はその場から駆け足で離れて行ってしまった。
「今日の亜夜ちゃんはなんだか様子がおかしかったなぁ」
そう呟きながら、姉さんからの冷たい視線を受け止める。
「…………」
何も言わずにただただこちらを見続ける姿は最早定番だ。
(はぁ。何でか知らないけど、結果的に、また姉さんを怒らせてしまった……)
ここ数分でたまった疲労感で、肩を落としながら、ため息を一つ。
文弥君はというと、兄さんの姿を見つけ、駆け寄っているところだった。