違うんです。「SAO」内に閉じ込められて……すみませんでした!
「さてさて、どうしてこういうことになるんだろう」
周りはさっきとは打って変わって、緊迫とした空気になっていた。
操縦士の方は必死な形相で無線でやり取りをしているし、穂波さんは母さんをかばいながら沖を睨み付けている。兄さんも姉さんの前に立ち、戦闘態勢に入っていた。
そして、各々がこれから起こるであろう事態に備えていると、操縦席の方から怒声に近い声が上げられた。
セーリングを切り上げようと、クルーザーを引き返したその直後に潜水艦を探知したらしい。
ただ探知したぐらいだったらこんな事態にはならない。
きっと国防軍のじゃないのだろう。だとすると、外国の潜水艦だと考えられる。
「何が目的なんだろう……」
侵略だとすると、俺たちのことを捕虜にでもするつもりなのだろうか。
だとしたら見くびられたものだと思うのは、俺が兄さんや穂波さんの力量を知っているからだろうか。
なんにしても、侵略者の方々はご愁傷様と思わざる得ないだろう。
「白夜……」
そっと俺の袖を掴んでくる姉さん。
四葉の魔法師としてこれぐらいで動揺してはいけないという責任感からなのか、はたまた姉による義務感からなのか、姉さんは掴んでいた袖を引いて、俺を自身の後ろに来させようとする。
本人は震えを抑えているつもりなんだろうけど、掴まれた袖からは微かに震えが伝わってくる。こういった事態になってしまい、不安になっているんだろうということは充分に伝わってきた。
「大丈夫だよ、姉さん。姉さんのことは俺や兄さんが護る。だから今は無理に前へ立とうとしなくて良いから」
「で、でも私は白夜の――」
「それもわかってる。だけど、俺はその……姉さんの弟して、姉さんのことを護ってあげたいと思ってるんだ。こんな理由じゃ……駄目かな?」
「~~ッ。白夜! あのね、この前はごめ――」
姉さんが俺に何かを伝えてくれようとした瞬間、兄さんが船尾の前に立ち、水面に手を差し伸べた。
差し伸べ先に見えたのは泡を沸き立たせながら迫る二本の黒い影。
「警告もなしに魚雷!?」
「…………」
穂波さんが声に出しながらもCADを構える。
だがしかし、穂波さんが魔法を発動するよりも早く、兄さんの魔法が発動した。
その雲間に閃く稲妻の如き強力な魔法は魚雷を海中へと沈めるには充分すぎるものだった。
その光景を目の当たりにした姉さんは、あまりのことに呆然としてしまっていた。
きっとあまりにも一瞬のことで、あれが魔法が発動した兆候だったとすぐには理解できていないだろう。
(なるほど。これが兄さんの魔法――兄さんからあらゆる物を奪って与えられた魔法か)
俺は初めて目にした兄さんの魔法に胸が痛くなる。
けれど事態はそれで沈静化されたわけではない。まだ他にも潜水艦は潜んでいるかもしれないのだ。
「お疲れ様、兄さん。後は俺に任せて」
兄さんの前に立った俺は水面に視線を落としながら、左眼へと魔力を収束させる。
これは兄さん達の扱う魔法とは部類が違うもので、御伽噺に出てくる魔法使いが扱う魔法に近いものだ。
だから起動式なるものは存在しない。扱えるのは俺だけ。
「『先読み(さきよみ)の瞳』――」
魔力に順応した左眼に、指針と秒針が浮かび上がる。
『先読み(さきよみ)の瞳』
これは幾つもある未来から自身が辿るであろう未来を確定させ、その先の出来事を読み取れる魔法。未来予知とは違い、確実に読み取れる。
言ってしまえば、これから起ることを視られるのだ。
視られる未来の範囲は限りがある……けれど、人間の脳は膨大に読み取った情報を処理できるほど優れた物ではない。
だから自分で読み取る未来の範囲をセーブしなければならない。
今の俺が視られる未来の範囲は約五秒間ほど。それでも戦闘に置いて五秒間も先読みできるアドバンテージは大きい。
「まだ魚雷を発射するか……それならッ」
次に左眼と同じように、右眼へと魔力を収束させる。
こちらは『先読みの瞳』とは違い、見た目に変化はない。
しかし、魔法としては同等の物だ。
「『異読み(ことよみ)の瞳』――」
自身を含めたその周辺へ向けられる、自身にとって悪意/殺意といった害ある気配を明確に感知する、言わばレーダーのようなものだ。
有り体に言うと直感のようなものだけど、感知できる範囲は"直感"の非じゃない。
「ざっと六隻ぐらいか」
周辺に潜んでいる潜水艦の数を瞬時に把握する。
今回潜水艦を探知するのに捜索した範囲は約十キロ。その範囲内に存在する、自らに向けられる殺気を頼りに迎撃する潜水艦を絞り込んだ。
あとは――
「母さん」
「任せます」
最後に母さんに許可をとる。
これから発動する魔法は四葉家の許可無く使用することを禁じられているからだ。
更にこれから俺がやろうとしていることは、"魚雷"のみに魔法を放った兄さんと違い、六隻の"潜水艦"を一度に沈める――人を殺す行為。
感知した六隻の潜水艦の座標及び、発射された十二もの魚雷を即座に感知。
迫り来る魚雷と、発射した潜水艦へ魔法を発動した。
「『消滅』」
兄さんを真似する訳じゃないけど、水面に向けた手のひらから眩い閃光が放たれる。
発動した魔法光はそれぞれの座標へと四散、そして音もなく全てを"何もなかった"ことにした。
「ふぅ。もう大丈夫そうだね」
最後に一度『異読みの瞳』で辺りを探るも、これ以上の心配はなさそうだ。
全てを片付けた俺はそれぞれの魔法を解き、姉さんへと向き直る。
「ほら、俺でも姉さんのことを護られたでしょう?」
「…………」
しかし、兄さんの魔法から立て続けに見せられた魔法に呆然としてしまった姉さんからの返答はなかった。
◆◇◆◇◆
無事に別荘へと帰宅した俺たちはそれぞれの自室へと戻っていた。
姉さんなんかは精神的に疲れていたようで終始言葉を発することはなかった。
「『消滅』……か」
ベッドに横になりながら今日発動した魔法を思い出す。
『消滅』。
構造情報があるものなら元素レベルまで分解できる『分解』とは異なり、『消滅』は構造情報は関係なくその場に初めから何もなかったことにする。粒子ほども残さずに跡形もなく滅してしまうのだ。
例えるならブラックホールに飲み込まれる、またはその場から転移させて消すようなものだ。
これの利点は構造情報を持たない未知のものにも有効であること。まぁそんなのに出くわす事なんてまずないだろうけど。
更に『消滅』を扱えるのは『分解』を扱えてしまうことと同義にもなる。
なにせ、加減をすればその場から消すこともないのだ。
ただそれを行なうには、対象の構造を把握できていることが必要だ。
なので微量の調整が必要になるから楽に消すことの出来る『消滅』のほうが俺には性に合っていた。
「多様性で言えば、『分解』も便利なんだけどね」
「そうか? 俺としては、お前の扱った魔法の異質さには『分解』も敵わないと思ったんだが――」
「うわっ、兄さん! いつのまに?」
「部屋のドアはノックしたし、お前はちゃんと返事したから入ったんだ。まぁ、お前の返事は明らかに考え事していての曖昧な感じな物だったけどな」
「…………」
兄さんに言われて思い出してみれば、確かに返事をした……ような、していないような。
それすらも思い出せないんだから、きっと本当に条件反射で返事をしていたんだろうなぁと思う。
「で、兄さん。何か用事でも」
「深雪がお前のことを呼んでる」
「姉さんが? でも今日は疲れたって言ってたし、部屋で休んでるんじゃ――」
「そうは言っても、俺は深雪に「白夜のことを連れてきてください」としか言われてないんだ。俺はそれに従うほかない」
「……従うって。それは四葉のガーディアンとして? 妹のお願いを聞く兄としてではなく?」
「どちらとしてもだよ。ほら、早く着いてきてくれないか? でないと、深雪に怒られるぞ」
「はぁ。まぁ俺としては姉さんとちゃんと話せるんならありがたいんだけど」
こうして俺は、兄さんに連れられて姉さんの部屋へと向うことになった。