「…………」
「…………」
姉さんと二人で、母さんの部屋にやってきたものの、俺たち二人は無言になってしまっていた。
「部屋に訪れたはいいけど、母さんは留守だった~」とか、「身内でも見るに堪えないあられもない姿でいる~」とか、そういうことで言葉を発せずにいるわけではない。
母さんはちゃんと部屋に居てくれているし、俺たち二人にジュースを振る舞ってくれてた。
母さん自身が用意したわけではなく、母さんの世話係として仕えているという桜井 穂波さんが用意してくれたんだけど。
彼女の仕事は常に抜かりないものであるのは、普段からの仕事を見ていればわかる。
(きっとこのジュースも、普通に淹れただけなのに、すごく美味しく感じるんだろうなぁ……飲みたい)
けれど、何故か振る舞ってくれた側の母さんを前にすると、畏まってしまうため、俺と姉さんは未だに口を付けられていなかった。そのくらい、今の母さんからは重々しい空気が感じられる。
普段からこういう雰囲気なわけではない。けれど、こういった不穏な空気を発するときは決まっていて、面倒ごとやら、危ないこと、遠慮したい事が起こるか、既に起こっていることが多い。
「それは貴方たちが飲んでもいいんですよ。それとも別の物がよかった?」
「そ、そんなことないよ。いただきます……」
それまで息子と娘を前にしても、優雅に紅茶を飲んでいるだけだった母さんから発せられた言葉で、俺たちはようやくコップを手に取る。
「ふふっ。それにしても、こんな時間にこの部屋へ来るなんて珍しいですね。何かよっぽどの用事でもあるのかしら?」
全てを見透かすように、細めた瞳が俺たちを捉える。
母さん――司波 深夜は今でこそFLTの大株主をやってはいるものの、魔法師として高い才能を持っている人物だ。
旧名の「四葉 深夜」の頃には世界で唯一禁忌の系統外魔法「精神構造干渉」を扱っていたことから、「忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)」の異名で、魔法師の間で知らない者はいないとまでされている人物である。
ただ、今は身体を壊してしまっていて、療養中らしい。
そんな母さんに見つめられるのだ。
身体の調子が良くないから魔法は使用していないだろうけど、心中を見透かされているように感じてしまう。
「あ、あの……」
怯んでいた俺の隣に座る姉さんが、母さんへ話しかけた。
(自分だって話しかけるのも億劫なはずなのに……)
きっと、怯んでいる俺の代わりに話しかけるのは、姉の役目だとでも思っているのだろう。
ちらっと隣に視線を移すと、姉さんはスカートの裾をギュッと握っている。
その様子から、勇気を振り絞って話しかけているのは目に見えてわかった。
「お兄ちゃんのこと、なんですけど……」
姉さんが、兄さんのことを口にした瞬間、室内の空気ががらりと変わった。
「~~っ!」
先ほどよりもより一層重々しくなった空気に、姉さんの口から声にならない音が発せられる。
「深雪さん。どうかしました?」
母さんの声音はいたって優しいものではあったが、この空気は、明らかにそれ以上の詮索を許すものではなかった。
つまり、今、兄さんはそれぐらい大変な目にあっているのだろう。
ここは母さんが怖いとか、そんなことを言っている場合じゃない。
さっきまでは、言葉を交すどころか、この場にいるのにも気が引けていたけど、兄さんの現状を察すれば、そんなことはどうとでも良くなるものだ。
「お母さん」
姉さんの代わりに俺が話しかけても、母さんは視線をゆっくりとこちらに向けるのみ。
「単刀直入に聞くよ――兄さんに何をしているの?」
「…………」
しかし、母さんは何も言わず、ただそのまま俺のことを見つめたままだ。
俺から視線を逸らせば、本当にこれ以上、このことについて聞けなくなるように感じた。
そう直感した俺は、母さんの鋭い視線を耐え続ける。
「……白夜さん。何か勘違いをしていませんか?」
「何を、ですか?」
「私は少し仕事を手伝ってもらっているだけで、それ以上のことは行なっていません」
「…………」
どうにも嘘くさい。
そもそも、母さんからの呼び出しはいつも仕事の手伝いという「名目」なのだ。
今日は、そのことに疑問を持ったからこそ、こうしてこの場に居るわけで。
今更そんなことを言われても、納得のしようがない。
しかし、本当にそれ以上は何も言う気がないのか、母さんは俺から視線を逸らすと、穂波さんを呼んだ。
「そろそろこの子たちを寝かしつけてください」
「畏まりました」
「ちょっと待って――」
強引に話を終わらせようとする母さんに抗議しようとしたが、俺と姉さんは穂波さんに軽く手を引かれながら、その場を強制場させられてしまうのだった。
◆◇◆◇◆
それから一週間。俺たち姉弟は母さんと面会することがなかった。
あれ以来、ずっと書斎に引きこもっているのだ。
穂波さん曰く、仕事関係で多忙のためらしいから、俺たちも近づかないでほしいとのこと。
(兄さんも帰ってこない。本当、何をさせられてるんだよ……)
あれ以来、姉さんも元気がない。
最初は兄さんが帰ってこないからかと思っていたから、なんとかして元気づけようとした。
けれど、元気がないのはそれだけが理由じゃなかった。
というのも、確かに、兄さんが帰ってこないのも心配だけど、母さんと話したあの時、自分が気後れしてしまったことに後悔をしていたのだ。
「お、お姉ちゃん。そんなに自分を責めないでよ。あの時の母さんは怖かったもん。しょうがないよ」
精神年齢的に上の俺でさえ、あの時は精一杯だったのだ。
その俺よりも、年相応である姉さんが最初に会話を切り出しただけでも、賞賛ものであって、むしろ情けないのは俺のほうなわけである。
「でも、白夜は弟なのに、私の代わりにお兄ちゃんのことを聞いてたでしょ」
「結局はぐらかされちゃったけどね……」
じーっと姉さんから視線を感じる。
なにやら腑に落ちないといったご様子だ。
「白夜の方が弟なのに」
「だ、だからそう言われても……」
(あれ、なんか拗ねてない?)
さっきまで落ち込んでいた様子の姉さんだったが、いつのまにか拗ね始めていたことに気がつく。。
こうなった姉さんは嫌というほどしつこく、簡単には機嫌を直してくれない。
「私のほうがお姉ちゃんなのに……」
「お、お姉ちゃん。機嫌直してよ~。ね? ね?」
それから何度かお願いしても機嫌は直らず、しかし今後なにか一つだけ言うことを聞くという提案でなんとか機嫌を戻してもらえた。
何をさせられるかわからないけど、どうやらそれで姉の威厳を取り戻そうと考えてるみたいだ。
(姉さんは俺にとって立派な自慢の姉なんだから、そんなことをする必要はないんだけどなぁ)
◆◇◆◇◆
それから更に半月ほど経った頃、穂波さんから兄さんが帰ってきたことを知らされた。
俺たちはその場で喜び、早く会いに行こうと、兄さんがいるという部屋まで駆け足でむかった。
期間的にみれば会えなかったのは三週間ほどだけど、それまでこんなに会わない日が続くことはなかった。
そのことから酷いことをさせられていなかったのか、という心配もありはしたが、それ以上に早く会いたいという気持ちの方が勝っていた。
それは姉さんも同じらしく、今はここ最近で一番の笑顔を見せている。
「兄さん。入るよ?」
「あぁ……」
ドアをノックすると、中から兄さんの声が聞こえる。
俺たちはドアを開け、椅子に座って読書をしていた兄さんの元へ駆け寄った。
「兄さん!!」
思いあまって抱きつくと、蹌踉めくことなく、がっしりと俺のことを受け止めてくれる。
「白夜。いきなり抱きつくなんて危ないじゃないか」
「ご、ごめん。嬉しくってつい」
「……そうか」
兄さんは軽く俺の頭を撫でると、直ぐに姉さんの方へと歩み寄った。
(あれ? なんだろう……?)
やけに淡白な兄さんの反応に微かな違和感を感じる。
「お、お兄ちゃん……大丈夫だったの?」
「あぁ。問題ないよ。少し手が離せない仕事だっただけで、それ以上のことはなかったから」
「よかった……深雪も白夜も心配したんだから」
「心配掛けてたようで、すまなかったね。これからはちゃんと"お前の"側にいるから、それで許してくれ」
「う、うん!」
今まで我慢していたのか、嬉しさあまって溢れんばかりの笑顔だった姉さんの瞳からは涙が伝っていた。
兄さんはそっと、その涙を指先ですくい上げると、いつも以上に柔和な微笑みをしながら、姉さんの頭を撫でていた。
その、いつもの優しい兄さんの様子に――
(気のせい、だよね)
引っかかりはとれないものの、とりあえずは気にはしないようにするのだった。
というわけで、第02話になります。
未だ原作に突入出来ていませんね。
自分でも「展開おっそいな」なんて思いながら書いています……。
なるべく早く、原作面を描けるように頑張る所存です、はい。
そして、前話でたくさんの感想を頂きました。
佐天様、バララ様、紅 幽鹿様、平和島静雄様、ありがとうございます。
皆様の感想があるからこそ、書く気力が湧いてくると言っても過言ではありません。
なのでこれからも、たっくさんの感想をお待ちしています!
では、次話もなるべく早く投稿する予定ですので、宜しくお願いしますね。