兄さんが帰ってきてから一週間。
俺たち二人は離れていた三週間を埋めるように、ずっと兄さんとすごそうとしていた。
しかし、そうも上手くいかず、逆に前よりも一緒にいられる時間は少なくなっていた。
全く会えないということではなく、一時間一緒に過ごしたら、三時間は用事ということでどこかへと行ってしまう。
不満を感じていた俺たちだったが、そのことで兄さんを責めるわけにはいかない。
そして、帰ってきた兄さんと接しているうちに、気になることが二つできた。
まず一つは、兄さんが前みたいに喜怒哀楽を見せなくなったこと。
再会した時に姉さんに見せた微笑み以来、一度も泣いたり笑ったり怒ったりしないのだ。
元々感情を表にだすタイプではなかったけど、それでも笑顔だけは毎日見せてくれていたことから、どうも以前とは違うように思え、よく言えば冷静で、悪く言えば「感情が希薄」なように見えてしまう。
二つ目は、姉さんと俺への接し方が違うように思えること。
俺だけを気に掛け、姉さんを蔑ろにしているわけではない。
むしろ逆に姉さんに対する気遣いが過剰なものに思えるようになっているのだ。
だからといって、俺が蔑ろにされているわけではない。
言葉にするのは難しいけど、毎日接していると感じるような微かな違和感だから、俺の思い違いかもしれない。
以上の二つが、帰ってきてからの兄さんに対する違和感だ。
どれも俺の主観であって、姉さんに確認をとってはいないから、決めつけるようなことはしない。ほんのちょっと疑問に思っている程度なだけだ。
(だとしても、なんだろう……この胸騒ぎは)
もう、俺たち三人が笑い合いながら楽しく過ごす光景はやってこないだろうと、そう思えてしまうのだった。
◆◇◆◇◆
違和感を感じてからしばらく経ったある日。
珍しいことに、俺は母さんに呼び出されていた。
普段はそんな呼び出されるようなことはないため、話をする機械もそうそうない。
だからこれを機に、兄さんの様子についてちょっと聞いてみようと考えていた。
場所は、母さんの書斎。以前、姉さんと二人で来た場所だ。
仕事で多忙らしい母さんは、広い家の中でもこの部屋にいることが一番多い。
(いったいいつ自室に戻っていることやら)
母さんの部屋へやってきた俺は、穂波さんがいれてくれた紅茶を飲んでいた。
対面には母さんがいるけど、以前のような話しかけるのも躊躇うような雰囲気ではなく、そのおかげもあって、今日は気軽に話しかけることができた。
「それで、何か用事があったんでしょ?」
この家に限って、世間のようなご飯のおつかいなんかで呼び出した訳じゃないのはわかっていた。
穂波さんがいることからわかるとは思うが、この家には結構な数の使用人がいる。
そういった仕事は、使用人たちが全てやってくれるのだ。
「さっそく本題? 親子水入らずなのだから、もう少し紅茶を楽しみましょう?」
「…………」
(その親子水入らずを、この前は全く持って楽しむ様子がなかった人に言われても……)
「何か言いました?」
「ううん。なんにも言ってないし、思ってもいないよ」
「そうですか」
使用する魔法系統からなのか、相変わらず、人の思考を察することに関しては鋭い。
ここは開き直って、母さんの言うとおり、ゆっくり紅茶を楽しむくことにした。
「白夜さんは、まだ幼い割に大人びていますね。ただ背伸びしたい年頃なのか、はたまた、違った理由でもあるのか――。母親の観点からして、早く大人になりたい可愛い息子ということにはしていますけど」
「……は、はぁ。そう、なの?」
「えぇ。そうです」
紅茶のおかわりを貰っている最中に、いきなり母さんに話しかけられ、尚かつ、その内容に一瞬戸惑いかけたけど、すぐに冷静さを取り戻す。なんとか戸惑いを表に出すようなことは回避した。
「それが、話したかったことなの?」
「これは今から話すことについて、白夜さんなら落ち着いて話を聞いてくれると判断した結果です」
「…………」
何やら遠回しな話のもっていきかただけど、そこにはあまり触れずに、黙って母さんの話に耳を傾け続ける。
「最近の達也はどうですか?」
「……やっぱり何かしたんだね」
母さんは基本、息子である俺たちに対しても「さん付け」をする。
しかし、母さんの口から聞いた兄さんの名前は完全な呼び捨てであった。
兄さんに対する呼称の変化に、母さんが何かをしたということは確信的なものだった。
「白夜さん。私は質問をしています。わかりますね?」
有無を言わさない。
さっきまでとは打って変わり、今の母さんは、あの時と同じ重々しい空気をまとい始めていた。けど、今日は以前のように怖じ気づいてはいられない。
「わかってます。お兄ちゃんに再会して以来、ある二つの違和感がありました」
この頃の兄さんの様子から感じたことを素直に話していく。
俺が話す間、母さんは表情をぴくりとも動かすことはなかった。
そのポーカーフェイスに、何を考えているのかはわからないけど、「何か」を考えているということだけはわかった。
一通り話しを聞き終えた母さんは、黙ったままティーカップに手を伸ばす。
それにならって、俺も喉を潤すために一口飲んだ
「そうでしたか。私の息子と言うだけ合って、観察眼も中々なものですね」
(母さんの息子だから?)
「精神構造干渉」を得意としていた母さんの息子だからということなのだろう。
何度も言っているが、母さんの得意魔法は知覚系や予知系ではなく、精神干渉系の魔法だ。「精神」関わる魔法の使い手は、「アカシックレコード」と密接にリンクしているという仮説がある。
つまるところ、高い直感力を有していることがあることから、心情の機微に敏感だったりする傾向があるのだ。
「白夜さんが感じたということについて、答え合わせをしましょうか。まずは達也に施した実験について――」
「実験……?」
「えぇ。「人造魔法師計画」について」
それから、母さんから聞いた話は、想像していたもの以上に冷酷で、自分の息子に行なうようなものではないほど非人道的な内容だった。
人造魔法師計画――魔法師でない人間の意識領域に、人工の魔法演算領域を植え付けて魔法師の能力を与えるプロジェクト。
兄さんは生まれつき二種類の「魔法」しか使えなかった。
情報体を分解すること、情報体を再構築すること。
理論上、この二つの概念の範疇なら、様々な技術を編み出したり、使い分けたりすることができるらしい。
しかし、兄さんは何処まで突き詰めても、この二つ以外を使用することができなかった。
「「魔法」とは本来、情報体を改変し、事象を改変する技術。それがどんな些細な変化であっても、何かを別の物に変えるのが「魔法」です。でも達也にはそれができない。あの子にできるのは情報体をバラバラに分解するのと、情報体を元の形に作り直すことだけ。情報体を変化させる術を持たないあの子は、魔法師として紛れもなく欠陥品です」
四葉は十師族に名を連ねる魔法師で、魔法師でなければ四葉の人間ではいられない。
魔法が使えない兄さんは四葉の人間として生きられない。
だから、今回の実験に兄さんが抜擢された。そして――
「実験の結果、あの子の感情に欠落が生じてしまったのです」
あまりの内容に、言葉が出てこない。
「いえ。感情と言うよりは、衝動と言った方が適切かしら。強い怒り、深い悲しみ、激しい嫉妬、怨恨、憎悪、過剰な食欲に、行き過ぎた性欲、盲目の恋愛感情。そういう「我を忘れる」ような衝動を、一つだけの例外を除いて失ってしまった代わりに、達也は魔法を操る力を得ました――残念ながら、人工魔法演算領域の性能は、先天的な魔法演算領域の性能に著しく劣っていましたけど」
だから結局はガーディアンとしてしか使い物になりませんでしたが、と付け加えた母さんは、俺のことを見ていなかった。
虚空を見つめる先に何が見えているというのか。
母さんの話は続く。
「達也の深雪さんへの態度はもっと徹底させなければいけませんね。でないと、せっかく深雪さんの「ガーディアン」として作り上げたのに意味がないもの」
「……っ」
ガーデイアン。
母さんたちが子供のころにあった、母さんの妹「四葉 真夜」が誘拐され、強姦された事件を切っ掛けにできた、四葉家の伝統。
「ここまでが、白夜さんの感じていた違和感の一つ答えになります。そしてもう一つ――深雪さんへの接する態度ですね」
これ以上は聞きたくなかった。
これまでの話から、ある程度の答えは導き出される。
「先ほど「達也は一つだけの例外を除いて、衝動を失った」と話しましたね。それが二つ目の違和感の答えになります」
自分で導き出した答えを否定するように、母さんから目を背けるが、いくら母さんを視覚から追い出したところ、話は耳に入ってくる。
「あの子の中に残った唯一の衝動は兄妹愛――厳密に言えば、「深雪さんを愛し、護ろうとする感情」、以上があの子に残された本物の感情であり、白夜さんと深雪さんに接する態度の違いとなります」
03話です。
達也の身に起きた事を書きました。
今後、達也や深雪はどうなってしまうのか。
次話もなるべく早くに更新できたらと思っています。
(追憶編までもうすぐだぞ~!)
そして、今回も感想を頂きました。
佐天様、毎度ながらご感想を送ってくださりありがとうございます。
とっても励みになっております。
では、次話も宜しくお願いします!
感想もお待ちしていますね。