冗談はさておき、何とか仕上がったホントに年内最後の更新となります。
IS学園は東京湾に突き出した人工島の上に建設されている。
この土地には200年ほど前にはテレビ局が置かれたり、ショッピングモールが軒を連ねたりした時期もあったが、マスメディアの移ろいの波に呑まれ移転や廃業を余儀なくされた。しかしこの土地は海に突き出した立地上、交通網は本土につながる橋一本のみで、再開発してもすぐに来客者数が見込めるようなものが見つからなかった。
仮に更地にしたとしてもゴミ捨て場くらいにしか使い道がなく、改修費用が撤去費用より安くつくという理由で、利用者が少ないまま施設が維持されて半世紀以上の時を越えてきた。
ところがこの土地に転機が訪れた。IS学園の建設である。
国連の合意の下に作られたこの学園は世界中の重要人物や兵器利用できるISなど、テロ組織や犯罪を企む輩にとっては格好の獲物だ。なにせ制圧できれば身代金でどの国でも脅迫でき、ISを横流しする取引さえすれば国家勢力のバランスを崩すことも可能、陰謀を企む者なら誰もが喉から手が出るほど欲しくなる条件がそろっている。
このような恐れを含んだ機関を建設するには、並大抵の設備や防御ではお話にならない。だが、この人工島は陸につながる経路が、先にも述べたように橋の一本に配備された道路と鉄道ぐらいで外敵への警戒が比較的容易なこと、寮生活にしてしまえば生徒の通学にも不便が出ないことなどから白羽の矢が立ったというわけであった。
そのIS学園から南に約20km。
領海ギリギリの海域で3機のISは、命を落としかねない戦いを再開していた。
◇
沖へ行くほど紺色の深くなる海の青は、空に広がる蒼にも負けない色彩をアピールしている。
突然、その青さの中に変化が生じた。白に近い光弾が次々飛来しては水面に突き刺さって、白く泡立つ水しぶきを上げる。魚たちにとって傍迷惑な、その嵐のような弾丸は自然のものではない。
太平洋上に舞台を移した【エクシア】VS【ガデッサ】&【ガラッゾ】の戦い。
その最中で回避に徹する【エクシア】の退路を断つべく、空から撃ちまくられている【ガラッゾ】の【GNバルカン】の弾丸が光弾の正体であった。
その弾丸は海面スレスレを高速で飛翔する【エクシア】を追いこそすれど、命中することはなく水だけが虚しく吹きあがる。
『攻めてこないのかしらぁ!』
「だったら撃つのをやめろ!」
『お断り!』
【GNソードライフルモード】を背泳ぎする様な姿勢で上に陣取る【ガラッゾ】を狙って放つ。所詮は威嚇なので距離がどんどん開くのもあわさって、少し機体を動かされただけでかわされる。
【ガラッゾ】の【GNバルカン】も射程距離が短く当たることは少ないが、小さな手から出るわりに威力は高いらしく【エクシア】の装甲を紙で出来ているように抉る。
リヴァイブの【ガデッサ】は変わらずに後方で2機の戦いを見守ることに終始しており、アリーナのシールドを破壊した【GNメガランチャー】も使ってはこない。そこは一夏にとって数少ない勝機なので、援護を始められる前に接近しようとしては【GNバルカン】の弾幕に阻まれるという繰り返しだった。
(【アストレア】の【プロトGNバズーカ】や【プロトGNハンドミサイルユニット】を出すか?・・・いや駄目だな、チャージやロックオンの間に壊されるのがオチだ。)
流れが停滞した状況を打破する鍵が見つからずに、威力の低い粒子ビームの射撃を続ける。
と、それまで濃かった弾幕に一か所薄い部分が出来る。
罠かどうかを確認する間も惜しみ、その空隙を起点に弾幕をかいくぐって距離を詰める。するとまた薄い部分が出来、【エクシア】を飛び込ませる。
明らかに罠の匂いがしていようと、近距離以外に有効な手段を持たない【エクシア】には距離を詰められるときに詰めることしかできない。
シールドは投げたので手元にないため、視覚と勘だけが頼りとなる。金属製の装甲が薄くなりシールドエネルギー自体も削られ始める中、ついにゲリラ豪雨のごとく振り続いていたビームの砲火を避けて、【ガラッゾ】を剣の間合いに取り込んだ。
「ここは俺の距離だ!」
『アタシの距離でもあるのよね!』
【GNソード】を装着したまま、【GNビームサーベル】を両手に抜剣。
弾幕を抜けきって左手の【GNビームサーベル】で斬りかかろうとした一夏を、【GNバルカン】の弾を放つのとは反対の手に【GNビームサーベル】を揃えたヒリングが迎え撃つ。
切り下ろしと突きが激突し、腕を突き出したままの【ガラッゾ】が【エクシア】の脇を通り抜けることでまた距離を離す。
せっかく近づいたにもかかわらず、結果は【エクシア】の左肩装甲が一部切り落とされただけだった。【ガラッゾ】はと言えば今のすれ違いにもダメージを負わず、また【GNバルカン】による射撃の密度を厚くして、重厚なる布陣を敷く。
(駄目か。IS学園を出た途端に近づかなくなったせいで攻めきれない。)
【GNビームサーベル】を後腰部に戻して、【GNソードライフルモード】での射撃をこちらも切り返す。
さて、アリーナの中ではインファイト重視のパワースタイルで圧倒してきた【ガラッゾ】。それがどういうわけか、今は接近を極端に避けるようになっている。
不調ならありがたいが、一瞬の交錯で【エクシア】を斬ったあたりからもその可能性は低い。むしろ不調というなら【エクシア】に起き始めているのだから、なお悪い。
(左手の感覚が・・・。)
アリーナでも起きていた、左手の負担による違和感が徐々に大きくなっている。もうしばらくもつだろうが、【ガデッサ】以前に【ガラッゾ】も倒せない今は不安材料に他ならない。
(考えても無駄だな。どうせ先のことなんて考えられるほどいい頭はしてないんだ。)
手の不安を考えることを止める。今は目の前の敵を倒すことに集中するべきだ。いつ襲うかわからない不安に引きずられて負けては、それこそ本末転倒だ。
戦闘状態に問題はないのだ、一度敵の手引きで接近できたなら次は自力で近づけばいい。そして切り裂いて打ち倒す。
一夏は次の機会を光の雨が降り注ぐ中で、かわすことだけに専念しながら待ち続ける。
◇
離れていく【エクシア】に【GNバルカン】の牽制を再開した【ガラッゾ】。牽制とは思えない程に正確な射撃をしながらも、ヒリングとしては驚きの感情が浮かび上がるのを押さえられなかった。
(アリーナ、タイイクカンだっけ?あそこで戦ってた時より動きの精度が良くなってる。
同じ強さのつもりだったらアタシがやられちゃうわ。)
(イオリア・シュヘンベルグが認めた博士から、強者のお墨付きをいただいている少年だ。張り合いが出てきたくらいだろう?)
(まーね。強くなりすぎな気もしちゃうケド・・・)
肩装甲の一部を切り裂いた斬撃は一見狙いすました攻撃のようだが、本当は顔の左側をいただいていく予定だったのだ。それを【エクシア】の斬撃が精度を増していたせいで、回避せざるを得ずに中途半端に肩を切り落とすにとどまった。
守る対象が消えて雑念を振り払い、本来の力を振るえるようになったということだろうか。これだからニンゲンは油断ならない。
(油断してお陀仏なんて洒落にならないし、もうちょっと慎重に行こうかしら。)
同じ近接戦闘型の【エクシア】と【ガラッゾ】ではあるが、設計コンセプトというか要求される戦い方は若干違う。
【エクシア】はセブンソードを使っての近距離での斬り合いが主流の連続攻撃型。そのために幅も長さも違う剣を装備し、一夏は知らないだろうが【GNフィールド】を突破する機能すらも持ち得ている。一夏の戦い方と相まって、今まさにヒリングの警戒心を掻き立てている。無防備に接近させたが最後、かつての刹那・F・セイエイに並ぶ剣技がヒリングを襲うのは想像に難くない。
対して【ガラッゾ】はパワーと推進力にものを言わせた一撃離脱型。悠長に何度もバチバチと剣同士をぶつけあうことは考慮されていない。火力や近距離以外にも対応した装備やシステムなど、総合戦闘力では【エクシア】を上回るが、白兵戦能力だけを見ると上位互換とは言い切れないところがある。
海上に戦いの場を移してからは一夏の動きにキレが感じられるようになったので、無理な接近は避けて弾幕を張り、敵が近づいたところに一撃負わせるようにしている。
(死ぬ前なら「ニンゲンごときが!」なんて頭に血がのぼって突っ込んでるとこよ。)
死ぬ前、その言葉である光景がよみがえる。
『ヴェーダに依存しっぱなしで、俺達に勝てるわけねーだろ!』
『た、助けて、リボン―――!』
ギリ、と我知らずヒリングは奥歯をかみしめた。
たかが下等なニンゲンと軽んじた相手に浴びせられた、死を前にしての恐怖と優良種の尊厳をかなぐり捨てた姿を晒した屈辱。諸事情で体を取り戻し、イノベイターへのこだわりを放擲した今でもこのことは苦々しい思いなくしては回想せずにはいられない。
苛立ったヒリングの気配を察したわけでもないだろうが、追い立てていた【エクシア】が振り向きざまに撃った粒子ビームが機体をかすめて、血が上りかけた頭が冷える。
(・・・と集中集中!)
目を離すなと言った自分が目を離してやられては格好がつかない。
さて現状、目先の相手に集中するだけの力を取り戻させたのなら、リヴァイブが下した決断は織斑一夏に利することになってしまっている。ヒリング単独で戦うならそのことは別にいい。強敵や自分に近い実力の敵と思いの限りに戦い勝利すること、それはヒリングがイノベイターだった時から変わらないからだ。
だが今回に限ってはそうもいかない。
(味方がいない方が強くなるか・・・勝てそうかい?)
(やろうと思えばってトコ。機体の力が下がってるし、楽に勝てる相手じゃないわ。)
脳量子波で秘密裏にやり取りされるリヴァイブとの会話。
一夏はそこそこには強い。勝つだけならまだしも、圧勝を目指すのは隠し玉を使った上で全力を出さないと、今のままではできるとは言い切れなかった。
(まだ半年も戦ってない少年に本気を出すのは大人げないな。)
(そーなのよね。あっちも【アストレア】を出してこないから全力じゃないみたいだけど。)
(思っていたより弱ければ死なない程度に痛めつけろ、思っていたより強ければ勝て、と博士からの指示だ。・・・一つ目はね。
とりあえず彼の全力を引き出さないと話にならない。)
(どうするのよ?)
(僕も出るよ。二機がかりで戦えば彼も全力を出さないといけなくなるだろう。その上で彼の実力を評価させてもらう。)
(フーン。ま、アタシはいいけど。でも坊やを殺すのはナシよ。)
(善処するさ。人を殺す大義を僕らはもう持たない。)
腕組みをしたまま沈黙を保っていた【ガデッサ】がその腕を解いた。片手にビームサーベルを抜き、接近してくる。【GNメガランチャー】は使わないつもりのようで、腰に装備したまま手は付けない。
(さぁてと、ここからが本番。お仕事、頑張らないとね)
◇
――一夏が穴から飛び去った後――
教員席は空となり、座っているはずの教員たちは全員職員室で千冬が矢継ぎ早に飛ばす指示を受けては各所に散っていく。
「放送席に連絡、次の指示があるまで生徒に待機するようにと伝えろ!
生徒は各クラス担任の指示に従って教室に戻らせる。クラス担任は持ちクラスのところへ急げ!
保健室担当は保健室の備品と衛生状態チェック!擦り傷程度でも入ってくる可能性はあるぞ!
山田先生は校内に格納してある全【打鉄】と【ラファール・リヴァイヴ】の起動及び動作確認を!先に向かった織斑の座標特定後、生徒を教室に戻して点呼終了次第、動ける教師はテロリスト共の追撃に向かう!」
各所へ散っていく教員を目で送り、一人も職員室からいなくなったところで肩に入れていた力を抜いた。
自分の教員机へと歩み寄り、時代錯誤な堅い木の椅子に座っても、今の千冬にはその感触を気にするゆとりなど無かった。
「あの馬鹿弟・・・どれだけ私を心配させれば気が済む。」
頭にあるのは制止の声も聞かずに飛び出していった弟のことだけだ。
「・・・」
椅子と同じく木製の机の、一番上の鍵のかけた引き出しを開いた。
そこに仕舞われていたのは1冊の手帳。教師になってからずっと使い続けている教員簿と同じく、長年使い続けているものだ。
ペラッと捲られたページに挟まった写真を掴みあげる。
「昔は私の後をついてくるだけで心配させて、そうでなくなったと思えば私の手の届かない所へ行って心配させて。」
その写真は一夏が生まれたばかりの頃にとられた写真だ。ベッドで眠る一夏の隣で7歳の千冬も寝てしまっている。
一夏と離れて生活するようになって、弟の身を案じる都度この写真を眺めていた。
「成長したのか・・・間違ってしまったのか・・・。
私も経験不足だな。弟のことなら全てわかっているつもりがこの様か。」
自嘲しつつ眺める写真は千冬を責めてはくれない。慰めてもくれない。
ただそこにあって、自分にはこの世で一番大切な弟がいることだけを教えている。
「お前がいたならどう言うのだろうな。
弟を分かっていなかった姉を責めるか、周りを頼らない兄を責めるか。」
そう言って姉弟の写真に隠れた、もう一枚の写真を取り出して見つめようとした。
だがその手は点灯した内線電話のランプによって止まらざるを得なくなった。
『織斑先生!』
「山田先生、どうしました?」
『学園に配備された【打鉄】と【ラファール・リヴァイヴ】、全機起動できません!』
とった電話から半泣きの真耶が発した言葉に千冬は凍り付いた。
「どういうことだ、起動できないとは!?」
『全ての機体が起動しようとしても【SYSTEM ERROR】と表示されるだけで、全く操作を受け付けないんです!
解析しているところですが、外部から何らかのハッキングを受けたのかと。』
ISへのハッキング。
襲撃者たちが搭載していたGNドライヴ。
狙われたのは織斑一夏。
この3点をつなぐ答えは一つしかない。
「やはりお前の仕業か、束!
・・・すぐにそちらに向かいます。解除方法が無いか操作を続けてください!」
手帳に写真を戻し、真耶のいるIS保管庫へと走り出す。
「最悪の場合は―――」
◇
『未確認ISは学園から遠ざかりました。
会場にいる生徒の皆さんは先生方の指示に従って教室に戻ってください。すでに安全は確保されていますので、どうか焦らずゆっくりと避難指示に従うようお願いします。
指示があるまではきちんと着席して待っていてください。
繰り返し放送します。―――』
「大変なことになりましたわね。テロリストがやってきたかと思えば一夏さんまで行ってしまうなんて。」
セシリアは観客席から一連の流れをすべて見ていた。
アリーナで戦闘が続けば加勢する予定だったが、使用許可の下りていない学外に出てISを使えば外交問題に発展する。当然、そうなれば代表候補生の肩書きを失することもありうるだろう。
その肩書きに未練はないが、未だに遺産を狙う親族たちに付け入る隙を生んでしまうことや、肩書き剥奪によって強制送還の憂き目を見ることは避けたかった。
せっかく楽しめるようになった学園での友達と過ごす一時、できることなら失いたくはない。
「先生方が行かれるでしょうし、わたくしたちはこれから」
どうします、と隣に座る篠ノ之箒の意見を得ようと顔を向けたが、その席は空席になっていた。
試合が一気に一夏優勢になったところまでは隣にいたのを覚えている。いなくなったのはその後だろう。どこへ行ったのか周りを見渡していると、アリーナ出口へ通じる階段に向けて走る目立つポニーテールを見つけた。
着席している指示が出たにもかかわらず立ち歩いているのも気になるが、あそこから通じる出口はISの整備室や保管庫や控室にしか行けないはずだ。
「・・・」
先生方に見つかった時の言い訳を考えながら、行き先が気になったセシリアも席を立って箒を追いかける。
『あなたは彼のこと―――』
耳元で何かの声が囁かれたような気がしたが、セシリアがその声に気づくことはなかった。
◇
鈴はしまったシャッターに一門だけの衝撃砲とクローで、穴を開けられないかと奮闘している。
だがそこはIS学園の特別製。申し訳程度の装備品でどうにかなることはなく、凹みはしても穴が開かず、すべて徒労に終わっていた。
それでもシャッターを殴りつける手は止めない。感情をありのままぶつけていないと、泣き出したくなるくらいに心は荒れ狂っているからだ。
(一夏の馬鹿!一夏の馬鹿!一夏の馬鹿!一夏の馬鹿!
一人で解決しようとするなって言ったのに!)
あの少年はどうして自分のことを頼ってくれなかったのか。
弱く見えることは重々承知だった。衝撃砲を失い、青龍刀も折れたことで戦闘力が半減しているのだから当然だ。
それでも二人でならまだやりようがある。あのすみれ色相手なら今の【甲龍】でも時間稼ぎしてみせる自信はあった。肩から腰まで深々と斬られるという手痛い一撃こそもらいはしたが、機動に影響が出るようなものではない。
彼もそれは分かっているはずなのに、頼ってくれなかったことに腹が立ち、同じくらいには悲しかった。
困っている人を見捨てられないお人好しのくせして、自分が困っても他人に助けを求めない。いや困っても他人に迷惑がかかるようなことでは助けを求めない、といった方が正しい。小学校のころはこんな事件が起こることなどまずなかったせいで、彼がどうするかを分かっていなかった。
彼の性格はお人好しを通り越して、もはや自己犠牲の域にまで達している。
(あんな顔してまで行くなら、あたしのことを頼ればいいでしょ!)
シャッターがお互いの視線を遮る間際、今も冷たい床に刺さったままの剣を投げた彼の顔は、戦いに行くという決意一色に染まっていたが、その中に別の感情が混じっていた。
それは心細さ、寂しさ。
表現は人によるだろうが、強さばかりでなかったことだけは気づけた。
だからなお怒りが収まらない。素直に手伝ってほしいと言えば自分はついて行ったのに。
(あたしは巻き込まれたって気にしないのに、何で頼ってくれないのよ・・・)
勢いよく殴っていた拳から次第に力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
所在なく見つめる対象を探してさまよった視線は、彼の置いて行った【GNショートブレイド】に止まった。
(一夏は強かったもんね。あたしなんて戦力どころか、頼る価値もないのかな。)
床から、刺さって主を見失った【GNショートブレイド】を引き抜いた。薄くて軽そうな見た目に反して確かな重みがあり、一夏が武器として使いこんでいたことがよくわかる。
攻撃一辺倒に大成させた鈴の『衝撃砲による複次点加速攻撃』法は、これまでの模擬戦においては破られたことがなかった。
近づけば岩どころか鋼鉄すらも砕く斬撃が襲い、離れても衝撃砲による滅多打ち、射撃には青龍刀を臨時の盾にしての防御と、極めて高度な経験と修行を積む必要があったが、それに見合うだけの戦果を挙げたこの攻撃で、鈴は中亜連合でも指折りのIS操縦者の資格を得た。
多くは斬撃を受けたところでロクに受けられない【甲龍】のパワーに怖気づいて降参するか、遠距離射撃に切り替える。武装にしか使えないのでその選択は合っているのだが、鈴にとってはどいつもこいつも弱腰で話にならなかった。
その鈴に近距離で立ち向かい、衝撃砲を壊して自滅に追い込んだ一夏は鮮烈な強さを印象付けている。そして負けた鈴には力のなさを痛いほど実感させていた。
(それでも、一夏を放ってなんておけない。)
刀身の半ばにまで切れ込みを入れられたこの剣と同じだ。鋭いまでの覚悟と行動で自らの生き方を体現する一夏は、その力を一人で振るい続ける間に摩耗し、傷んで、やがていつかは耐え切れなくなって折れてしまいそうだ。
シャッターが降りてすぐに聞こえた轟音や振動のせいで焦りが募り、一夏の最後の姿もひどく胸騒ぎを掻き立てる。早く行かないと、何か取り返しのつかないことになってしまうような気がする。
今追いかけるのを止めてじっとしていたら、彼がもう戻ってこなくなるような、そんな気さえもした。
(まだ・・・まだよ。まだ間に合う!一夏を一人で戦わせたりなんてしない!)
「あんたも一緒に行こ。」
剣、【GNショートブレイド】を握って、表示されたガイドの指示で一時所持扱いのままで格納庫に直す。そして【甲龍】を待機状態へと戻して、通路につながるドアを振り返った。頭に血が上っていてうっかりしていた。ここからでも遠回りでアリーナに侵入できるのだ。
作られて何年とたっていない扉はそっと力を入れただけで簡単に開く。鈴の心中とはまるで正反対だが、そんなことにかかずらう暇もなく鈴はアリーナへと急いだ。
◇
千冬、セシリア、鈴がそれぞれの思いを元に走り向かう中、アリーナの控室でも思いをぶつけあっている者たちがいた。
一夏VS鈴が始まってから画面を見つめて準備していた簪と本音である。
画面越しに起きた不測の事態について、彼女らは真っ向から意見が食い違い、言い争いになっていた。
「本音、お願いだから…そこをどいて。今ならまだ織斑君を追えるから。」
「いくらかんちゃんのお願いでも、それはきけないよ。」
瞳に強い意志の光を灯して一夏の後を追おうとする簪と、いつも通り朗らかな笑みを浮かべるも譲る気配を見せずに立ち塞がる本音。
簪は【打鉄弐式】を展開済みであり、力ずくで本音を押しのけることも可能だったが本音は寸分の怯えも見せることなくその場に立つ。
その覚悟を感じた簪も力では意味がないと考えて、睨むだけにとどめている。
「怖そうなテロリストさん達と友達が戦いに行くなんて言ったら、止めるのが普通じゃないかなー。」
「織斑君だけ戦ったら…一人だけでも勝ったら、それで…いいの?」
「そうは言ってないよー。
かんちゃんも心配しすぎ。先生たちが行ってくれるだろうし、待っていることも大事なことだと思うな。」
本音としても、もちろん行ってしまった一夏のことは気がかりである。しかしここで親友の簪まで行かせて、大惨事になったら目も当てられない。
その悪い予想を裏付ける証拠の一つが、すみれ色の機体の放った粒子ビーム。学園を覆うシールドを貫通して一部破壊したということは、直撃した場合はISすらも破壊できるということだ。
グレーの機体も同様のシステムや火器でも積んでいたら、シールドごと切り裂かれて一方的になぶり殺しにされる。
そんな危険な戦場に手を振って見送るほど、本音は楽観的でもお気楽でもなかった。
「本音の言っていることは…多分正しいんだと思う。
でも、だからって…待っているだけなのは…嫌。邪魔で足を引っ張るだけでも…織斑君だけに戦わせたくない。」
「頑固だね。」
本音の正論を前にしても今日の簪は引き下がらない。
いつも引っ込み思案の彼女でも、今は下がっていい場でないと理解していた。他でもない織斑一夏の命がかかっているとなれば、彼女に引くことを忘れさせるには十分だったのだ。
「私は…織斑君を助けに行く。たとえ本音が…ううん…誰が止めても。」
「今日が初実戦のかんちゃんが行っても足を引っ張るだけだよ。
試合じゃなくて実戦は死んじゃうんだよ!
おりむーは誰かを巻き込んで傷つけたくないから、だから学園を出ていったのに!」
本音の脳裏に、入試で一夏が見せた行動がフラッシュバックしていた。
本音には助けを呼びに行かせて、すべて一人で片づけてしまった一夏。だが代償として彼も少なくない怪我を負うことになった。
今回も彼にとっては変わらないのだろう。一番誰も、知っている人を傷つけることのない道を彼は選んでいる。本音が知らないだけでこれまでもやってきたのかもしれないし、これからもやっていくかもしれない。
彼の生き方がどっちだろうと、その隣に立とうとするのは生半可なことではない。
あの自らを省みない態度が、簪に後を追わせられないもう一つの理由だった。
生まれた不安が影を落として、本音に怒鳴り声にも近い、怒りの声を上げさせたことで2人の間に沈黙が満ちる。
静寂を破り、次に言葉を紡いだのは簪だった。
「・・・でも…逆だから…入試の時と。」
「・・・」
「織斑君は…私が友達でもなくて…知りもしなかったのに…助けに来てくれた。
何があったかは覚えてないし…織斑君も…私を問い詰めないから…そのままにしてあったけど…きっと命を落とすようなことになっても…おかしくなかったのに。」
本音は簪の言い様を黙って聞くことに転じた。
簪がここまで強く感情を見せるのは、長い付き合いの彼女にとっても稀だったから。それも自分のためではなく他人のために。
「私が…私がいたから…織斑君は巻き込まれたの。その責任は…ちゃんととりたい。ううん…それだけじゃない。私が…織斑君と一緒に戦いたいから!」
勇気や恐れ、その他にも大小さまざまな万感の思いを目に乗せて、簪は本音へと宣言する。
それは宣誓だ。誰でもない自らに誓うための言葉。自分を助けてくれた人のために、危機へと飛び込もうとする己への誓い。
その眼の前には、本音も折れるしかなくなった。
「あーあ、わたしの周りの人はどうしてこうなのかなー。わたしがいっぱい心配しても、みんな危ないところに行っちゃうんだもん。」
「ごめん…絶対…無事に帰ってくるから。」
「怪我しないでなんて言わないからね。おりむーも守ってくれなかったし。
生きて帰ってきてくれたらそれでいいからー。」
落ち込みを見せた声も最後には普段通りへと戻り、誰にも作り笑顔と分かる顔で三機が抜けた穴へ向かう簪を見送った。
一人残された控室に本音はため息を漏らす。
「・・・行っちゃったかー。」
法律違反や代表候補生の地位を剥奪される可能性で制止するやり方もあったが、前者は『楯無』継承を抜けるいい機会だと見かねないし、後者は簪には地位への執着があまりないのでどちらもマイナスにはとられない。よって説得材料にならない。
結局自分がどれだけ心配するか、一夏が助けに来ることを望んでいないと伝えることでしか止める手立ては浮かばなかった。
「神様仏様を祈るタイプじゃないけどー、どうか皆が無事に帰ってこれますように。」
目をつぶって、本音には珍しく真剣に祈る。
皆、簪以外に一夏を追うであろう彼女らのことも含めて無事の帰還を切に願う。
一夏が独断専行をして一人で行ってしまったことに、簪しか動こうとしないのはありえない。クラスや学園でみんなと関わる本音にはそれがよくわかっていたからだ。
◇
すでに退避も済み、人っ子一人いなくなったアリーナに侵入した簪は、なぜ制止勧告の声すら聞こえてこないことを不思議に思ったが、飛び立つためにシステムを起動させる。
軽やかな電子音が響くとともに、新着表示が視界に現れた。
「・・・メール?」
飛び立とうとした簪の元に差出人不明でメールが一通表示される。ISではなく、彼女の持つ端末宛のものだが、今のタイミングで送ってくる主に心当たりはない。
「座標…?」
経度と緯度と思われる数字だけが表示された無味乾燥な文だった。
もしやと思って、書かれた座標の位置を測定してみれば、一夏が恐らくいるであろう方角を向いている。信用に足る相手からかも不明な文だが、もしこれが一夏のいる正確な座標なら到着までの時間を大きく減らすことが出来る。
迷った末に、このメールに賭けてみることにする。行き先が海の上な為に、向かう場所への指針は無いのだから。
「織斑君…今…行くからね。」
◇
「・・・適当に頭に入れといたメアドが役立つとは。捨てたと思っていてもどこかに残ってたりするもんだな。
それにしてもあのバカ、人があれだけ忘れるなっていったことが頭から抜けてるじゃねえか。」
IS学園からも、一夏達が激戦を演じている場所からも離れた場所で『彼』は全身から力が抜けたようなため息を吐いた。
「お膳立てはしてやったんだ。オレと同じ過ちを繰り返すなよ、一夏。」
『彼』の声は誰にも届かない。
それでも本音と同じく、彼もまた今は祈りをつづけた。
◇
「――――駄目です! やっぱりこちらからの操作を受け付けません!」
「諦めるな! もう一度コード『0001』からやり直すんだ!」
半泣きを通り越してパニックになりかけた山田真耶に、織斑千冬は激を飛ばす。
ISが保管された室内では千冬たち教師が、ISに仕掛けられたハッキングを解除して、制御を取り戻そうと躍起になっていたが、依然好転する要素は見つからなかった。
「こうなったら専用機持ちの生徒に追いかけさせるしか・・・」
遅々として進まない状況に、教師の一人が誰ともなく弱音を吐いた。
そしてそれを千冬は聞き咎めた。
「ふざけるな! 生徒を危険な場に行かせて教師が指示だけ出すなど絶対に許さん!」
「ですが! 誰も助けに行けない今のままでは織斑先生の弟さんが!」
その言葉には千冬も詰まる。
千冬とて一夏を見捨てたいわけではない。だが身内を救うために教師が行けないからと生徒を向かわせることは彼女の教師観が絶対に許さなかった。
やがて彼女も覚悟を決めた顔で、部屋にいる全員の顔を見回した。
「先生方はここを。私は用事を済ませてきます。」
「どちらへ?」
「・・・つてがあります。」
困惑した顔をする山田真耶以下の教師たちを見た後、再び職員室めがけて駆けだす。
保管庫へ来る途中から考えていた最終手段の1つだ。今使わなくていつ使うかわからない手だからこそ、千冬も使う覚悟を決めた。
使った後に何を要求されるかわからないが、背に腹は代えられなかった。
弟の成長を見られる機会だとだけしか思っていなかったクラス代表対抗戦は、学園だけに収まらず日本規模で問題を引き起こしつつある。その原因が知り合いなら、知り合いの予想、手の内を越えていかなければできることはない。
たとえ織斑千冬の教師人生が断たれるとしても、やらねばならないと彼女も覚悟を決めた。
今回は覚悟を決める前編みたいのものです。
後編で箒とセシリアがどうするかを書く予定。
次回はリヴァイブ&ヒリングがタッグを組んでの猛攻開始。
簪は間に合うのか、他のヒロインズはどうするのか、千冬の頼る先は何処なのか、またお考え下さい。
感想・質問・評価、何でもよろしくお願いします。
――どうでもいい余談――
セシリアはまだ恋心ではなく友情なので、その関係を無くす危険を冒してまで助けに行くのを恐れるという風にしています。
打鉄とラファール・リヴァイヴが起動不能なのを知らないので教師が行くなら出る幕はないと思っているのもあり、決して薄情なわけではないです。
というかテロリストが来て即座に生徒だけで追いかけるのを許容したり、生徒だけで戦わせて何も思わないのは教師として問題なので今回の千冬がこの様に描写されてもいます。
え、IS学園がある場所は『お〇場』?
知りません。