今回もセシリアの時と同じく未来かもしれないし、別の世界かもしれない話です。
それと今回は寝るまでの下りは入っておりません。
何だこの始まりと思う方は「FRIENDS 前編 別れの記憶」の冒頭みたいな下りが鈴にもあって寝た後だと考えてください。
基本夢の中の話です。
――西暦2125年 中東――
砂利と石が転がる道を彼女は駆けていた。
街の地形は熟知していたはずだが、もうどこをどう走ったか覚えていない。どこかから聞こえる怒号と銃声をその度に身をすくめながらも前を向いて走る。
「うおおおおお!ここは俺たちの土地だ!」
「死にやがれ異教徒ども!」
「神よ、我が雄姿をご覧あれえぇぇぇ!」
最期の絶叫あるいは末期の魂が燃え尽きる様を叫ぶ声は、統率された駆動音と銃声の後に静寂に変わる。
怖い。
推し量ることのできない死が近づいてくるというだけのことがとてつもなく怖かった。それでも逃げることは出来ないのだ、彼女もまた戦っているのだから。
走って5分くらい経った頃から右足が鈍い痛みを発している。
撒き散らされた瓦礫に何度となく躓いたのでそこでひねったのかもしれない。その痛みも気にかけることなく一心不乱に足を進ませ続ける。
生きるためか、死にたくないからなのか、走っている理由は彼女自身も分からなかった。
爆発で崩れたレンガ壁の裏に滑り込んで、ようやく息と身体から力を抜く。
「はっ・・・はっ・・・はっ!」
冷や汗にも似た汗が額から落ち、それを乱暴に拭う。
ここは戦場だ。暴力が全て、他には何もない。怯えれば死に、竦めば死ぬ。そんなこと言われるまでもなく理解している。
今また銃声に合わせて誰かが脳漿と血をぶちまけて倒れたのが聞こえる。死が日常茶飯事のこの場所になんと不似合いな自分か。
だが、
(死ぬために
足はそれほど重症ではない。まだシャツの裾を切り取って患部をグルグル巻きに。これでここから脱出するまでの間は痛み止めになる。
それより肩にかけた愛用の仕事道具が重くのしかかる。
学園にいたころより背の伸びた彼女でも、それは重りとなって体力を容赦なく奪っていく。1年の付き合いになるジャケットも身を掠めた銃弾で傷ついて、ぼろ切れといった方が正しい。日本に帰ったら新調しなくてはとても着れたものではない。
これを捨てたいが収入源を失ってしまう。悩んだ末に一度脱いだ装備を着直す。
「中東の太陽光紛争、ひどいって聞いてたけど確かに終わりが見えないわ。」
かつて起きたある事件に端を発する太陽光発電の利権を巡る現地住民との紛争。それは宗教や土地習慣などの要素も絡んでどこまでも根深く、中東そのものを蝕んでいた。
発展途上国の戦争で親を殺された少年兵や少女兵が自爆テロで先進国に悲しみを生み、そこから生まれた悲しみが新しい憎しみの芽を芽吹かせる。負の連鎖は止まることなく循環して世界中にその悪意と憎しみを届けることだろう。
悪すぎる偶然から紛争勃発中の地域と知らずに入り込み、まさにその場所で戦闘が始まってしまったのだから、今日の運勢は文句なしに最悪だったに違いない。
(・・・っと、マイナスに考えるとかあたしらしくないわ。それに・・・ここならやっとアイツも見つかるかもしれないし。)
銃声と怒号がおさまったのを感じ取り、辺りを観察するために腰を浮かせる。
攻めているのは(一応)味方の連合軍側だが、今目の前に飛び出せば敵と間違われて誤射されかねない。
無事に生き延びるためには自力でこの戦闘真っ只中を逃げ延びるほか道はない。
(【甲龍】があったらなあ。)
無いものねだりも止めて飛び出そうと足に力をこめたのと同じくして、横につながっていた壁の一角が崩れた。
トタン屋根でできたあばら家の様なものだったのだろう。飛び交った銃弾で穴だらけになった屋根が壁を滑り落ちて中身を晒す。
その小さな家の住人は小さな男の子だった。
見た目からして年は10歳前後。身に纏った服は傷を受けた彼女よりさらにボロボロ。同じく必死で駆け回ったのか、体のあちこちを擦りむいたり、流血したりしている。息は上がり、目が落ち着きなく辺りを警戒しながらも彼女を寄せ付けまいと威嚇している。
ここが日本ならためらうことなく彼女は少年に駆け寄り、迷いなく手当てをしただろう。だが少年の手に握られていたものが足を止めさせた。
彼女―――25歳になった凰鈴音と視線を合わせることとなった少年の手には、黒光りするマシンガンが握られていた。
向かい合った少年は兵士、少年兵であった。
額へ照準を合わせられたのを感じながら、鈴はどうしてここへ来ることになったのかを走馬灯のように思い返した。
◇
――2週間前 日本 五反田食堂――
「大将!酒持ってきてくれよ!」
「うるせえ!ツケ払ってから言え酔っ払い!」
五反田食堂では店主・五反田厳が客の一人と口論していた。
理由はよくある話で客の飲んだくれがツケも払わず酒を飲もうとしているために、厳にどやされている。慣れた光景だと鈴は一向に止める気配が無い。
やむなく弾が店を壊されまいと口出しをする。
「じいちゃん。仮にもお客さんなんだから、もうちょっと優しくしてやったら?」
「弾、テメエもだ。うちでアルバイトばっかしてねえで働きに出ろ!」
「蘭も働いてねえじゃんかよ。鈴だって休んでばっかだし・・・」
「あたしをアンタと一緒にすんな!」
「蘭は大学院で工学の勉強してんだろが!鈴もカメラマンで稼いでら!
年から年中何もしねえでグダったままのお前が人様に文句言ってんじゃねえ!」
仲裁しようとしてとんだ藪蛇になったと、弾はすごすご厨房に引っ込む。
決して俺は働いていないわけじゃないと自分に言い聞かせている。音楽家として地道に活動をしている。今はまだ売れていないだけなのだと。
「あー、鈴ちゃんの中華料理がまた食えなくなるなんて寂しくなるぜぇ・・・zzz」
「ったくよぉ、一夏の野郎は学園を卒業したと思ったらどこかへ雲隠れしやがるし、鈴もまた金が溜まったからって勝手に飛び出していきやがるし。うちで面倒見てた連中はどいつもこいつも。」
「・・・ごめん、親父さん。」
「謝って済むなら警察はいらねえんだよ。謝るくらいなら行かずにここにいりゃあいいじゃねえか。」
眠った客とうなだれる鈴を放置して、ドカッと座り込んだ厳が新聞を広げる。
見出しには、
『世界各地で太陽光紛争再発!連合国は一斉介入を検討』
『ISの後釜争いか。中亜、欧州、米国、いずれも軍事競争を強化』
『未曾有の大規模テロ事件より10年。世界各地に未だ癒えぬ爪跡』
ここ数年で世界の争いは緩やかに収束へと向かっている。10年前に起きた大惨事の影響を考えればようやくだが、一市民としては安息の日々が戻ってきたことへの喜びが大きい。
だが厳は自分を差し置いて、まだ争いの渦中にある世界へ飛び出していく少年少女を気にかけている。
文句を言っているように見えて彼なりに心配しているのだろう。
「10年かー。一夏が出てったのは7年前だっけな。セシリアさんたちには挨拶までしといて、俺達には声もかけずに行っちまうんだからひでえ奴だぜ。
帰ってきたら1発殴ってやんなきゃな。」
「テメエは働いてから偉そうなこと言いやがれ!」
「いってぇ!」
減らず口を叩いた弾が厳に殴られるのも、鈴が働くようになってからは見慣れたものだ。
そしてお品書きとして壁に高く書きつけたメニュー群を見る。
五反田食堂のメニューは2年前から中華系も広く不定期の期間限定で手掛けるようになった。鈴が大学を出てからこの食堂で働き始めたからだ。
ラーメン、炒飯、天津飯、中華丼・・・etc
日本でよく知られる中華料理のメニューが並ぶ中で、一つだけ上から大きく×印をつけて白い紙でメニューごと隠した項目があった。
そこには、
〈当店では酢豚は取り扱っておりません〉
と書かれていた。
鈴がメニューを見渡した時に酢豚だけは反応して、店中の書かれたものを消してしまったのだ。
弾にいくらその理由を聞かれても教えることはなかった。
『酢豚・・・酢豚だけは最初に食べていい人が決まってるの。』
いつもそうはぐらかしていた。
酢豚のこと以外はいたって普通で、ここで働いて旅費を溜めて十分に溜まると世界中へ出かけていく。だから期間限定な上に不定期でしか中華はやっていないのだ。
以前、旅の記録の写真を机に広げていたのを見られたことがある。
撮られた写真の前半は凍った大地にそびえる巨峰であったり、水鏡という言葉を体現したように空を反射した湖面であったりと実に美しい風景が揃っていた。
『へー、なかなかイケてんじゃないか。』
『あっちこっち行ってるだけなのももったいないから撮ってみただけ。プロには全然届いてないわ。』
だが後半に行くにつれて写真の世界には陰惨なものが増えていく。
災害で親を亡くした子供。
1つの食料を獲りあう子ども。
息絶えた子を抱く親。
戦場やそれに類する悲劇の地で撮られた写真が多かった。
『何で暗い写真も撮ってんだ?鈴らしくないんじゃね?』
『・・・現実ってさ、見ようとしたらいくらでも見える位置にあると思うの。アイツもきっとそう思ったんだと思う。』
『・・・一夏のことかよ。あいつは昔からのダチの俺らに何も言わずにいなくなったんだぜ。もう会いに来るつもりはねえんじゃねえのか。』
『セシリアやラウラはまた会えるのを待つって言ってたわ。でもあたしは我慢するタイプじゃない。いつか見つけて、何で置いて行ったのって怒らないと気が済まないのよ!
アイツは今も世界のどこかできっとこういう場所で戦い続けてる。だからあたしも写真を撮り続けるの。アイツがこの中に写る日が来るんじゃないかって。』
『鈴・・・』
『・・・なんてね。ホントは旅費の稼ぎになるから撮ってるだけよ。個展とか展覧会でもこういう写真の方がよく呼ばれるし。』
『っておい!今のちょっといい話は嘘かよ!?』
『さあ?自分で考えたら?』
『あ、待てよ鈴!
『次帰ってきた時に教えてあげる。それまでどっちか考えとくのね。』
その後すぐに出発し、中東で起きた太陽光紛争の発生地域と訪れた地域が近かったので足を踏み入れてしまったのだ。
◇
――再び中東――
緊張で震える手に握られたマシンガンへと意識が戻ってきた。
肩からとめどなく流れ出す血を少年は手の甲で乱暴にぬぐった。その間も鈴から目を離そうとしない。
泥沼に陥った紛争中には少年兵が生み出されるのは珍しくない。
戦争の惨禍にこの手のものはつきものだ。
てっきりもっと無感情な目をしているか、殺意に支配された目をしていると思っていた。だが、初めて目にする少年兵の姿は鈴にハリネズミを連想させた。
ISで銃を使ったことのある鈴だからわかる。構えられた銃口は照準が固定されていないし、少年の目も撃つ意思が感じられない。ただ傷つきたくない一心で身を守ろうとしているだけなのだ。
今日の戦いの中で仲間を失ったり、高揚感を消されるほどの暴力にさらされたりしたのだろうか。もう戦う者としての迫力は感じられなかった。
(一夏もこんな目をしてたわね。)
何でも一人で抱え込んで、そのくせ耐える強さもないのに強がって一人でいなくなった思い人を思い出させた。
(未練がましいわよね。写真に撮る振りして追いかけ続けてるんだから。)
「・・・ふふ。」
こらえきれなかった苦笑が口に出た。音に反応した少年が目つきを鋭くして銃を構え直す。刺激しないよう「なんでもない」とジェスチャーすると、また血が垂れてきたのを少年がぬぐった。
それを見計らったように少年の後ろにあったレンガ壁が吹き飛び、鈴の体を衝撃が貫く。
「―――っ!」
横に転がってきた少年の息を確認する。
さらに怪我が増えているが、気を失っただけのようだ。
さて、窮地を救ってくれた相手を見ようとすると、そこには12機のP.Aがライフルを鈴へと向けているところだった。
アメリカが後期生産型として配備した機体【RGM-96X ジェスタ】だ。
機体はいずれも全長10mを越える巨体、当然装備された武器もそのサイズに合わせてある。ライフルの銃弾といえども喰らったが最後、絶命は避けられないだろう。
よしんば命が残っても、死んだほうが楽に感じる怪我を負わされる。
IS無しで何かが出来る相手ではない。そして今、鈴の手元にかつて使っていた【甲龍】はいないのだ。
逃げるか接触を試みるか迷った鈴の耳にスピーカーのノイズが届く。
『・・・そこの娘、足元に転がっているテロリストを引き渡しなさい。両手は頭の上にあげて。』
「こんな子供に何するつもり?」
『答えが必要か?さあ、渡したまえ。』
「・・・嫌だと言ったら?」
『我々は民間人以外に対し独断で発砲する権限が与えられている。これで察せられないほど愚かではないだろう?
渡すのに罪の意識を感じるならそのまま後ろに下がるんだ。さあ早く。』
明言しない脅しだ。
従わねば撃つ、と責任を取りたくないからはっきり言わないだけなのだ。
やり方に怒りは覚えるが鈴も命は惜しい。
この子どもには悪いと思いながらも足をゆっくりと離れる為に後退させ始める。いやさせようとした。
(逃げちゃいたいとこなのに。戦いもできないし。)
だが、どうしても下げられなかった。
(一夏がどこかへ行く前に告白しとけばよかったなあ。後悔しなくて済んだのに)
命を見捨てることは『正義の味方』を目指した織斑一夏から最も遠い行為だ。
もしまた一夏と再会できたとき、わずかでも恐怖以外の感情を持った少年兵を見殺しにした鈴は果たして彼と再会を喜べるか。
もっといえば人殺しを彼は受け入れてくれるだろうか。
それだけが気がかりで後には引けなかった。
このそばに倒れた子供のためではなく、自分のために彼女は味方のP.Aへと足を踏み出した。
(一夏にちゃんと酢豚、食べてもらいたかったな。)
◇
P.A、【ジェスタ】のコックピットから指揮官は信じられないものを見るような心地でいた。民間人だと判断した女性がテロリストを庇うかのように前へと進んだのだ。
「・・・やっていることの意味が分かっているのか?」
『あたしだって引けないのよ!』
向けられた12の銃口を前にしても怯えることなく発言する在り様には、軌道エレベーターのあったころから軍にいる指揮官も思わずたじろぐほどの迫力があった。
『隊長!これでは民間人を・・・』
「分かっている。分かっているが・・・やむをえん。彼女と子供をテロリストとして処理する。」
『し、しかし!』
「我々は軍人だ。上の命令通りに戦うことしかできん。全機攻撃準備!」
それぞれの機体が構えたライフルに弾丸がリロードされ狙いを定める。
少年が鈴に構えたのとは違って、寸分の狂いもなく鈴たちを正確に照準したのが肌で鈴にも伝わった。
「―――発射!」
そして引き金は引かれ、攻撃の嵐が炸裂した。
P.Aのライフル
突如の事態に混乱する部隊全体の通信機に新しい通信回線の信号が一つ追加された。
〈CODE-UNKNOWN〉
所属不明機はたった一言でその存在を宣告した。
『【ガンダムエクシア】、目標を駆逐する。』
銃が撃たれたところで切るか、エクシア登場で切るか悩みましたがこうなりました。次回戦闘はあってもそこまで長くしないつもりです。
今回は前編なんでこの辺で。
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――どうでもいい余談――
大学出て2,3年経ってる設定です。(一夏は学園卒業後すぐにどこかへ行ってしまった)
セシリアは分かれた時に待つことを選び、別れの挨拶もなかった鈴は追いかけることにしました。何で別れを告げなかったのか、次回明らかになる予定。
それとこの世界で起きたことも徐々に見えてきています。