次で前置きは終わりにしてそろそろ試合に移りたいです
聞こえる。
聞き覚えのある、誰かの声だ。
それはラウラを目覚めさせようと体を揺らす声だった。
「――ん、――ラウ…ちゃ―――、ラウラちゃん!」
「ん・・・なーにーママー?」
「なあに、じゃないよ。この時間になったら起こしてって言っただろう。」
「!」
そこまで聞くとラウラは小さい体を飛び起こしてテレビの前に駆け寄る。電源をつけてチャンネルを操作すると、ほどなくお目当ての番組が始めるところだった。
今日は週に一度のアニメの放送する日だ。
お昼寝しすぎて忘れてしまっていた
『♪~』
「毎週欠かさず見るなんて、本当にラウラちゃんはこの番組が好きだね。」
「ママ、しー!テレビの時はしーなの!」
「はいはい、大人は静かにするとしようか。離れて見るんだよ。」
「うん分かった!」
肩をすくめてママが台所に引っ込んだのを見ると、ラウラは再びテレビに振り向いた。
◇
「そんなに面白いものかなぁ。」
ラウラが見ていたのは古いヒーローの特撮番組だった。シナリオも至ってシンプルで、悪の組織が悪いことをするたびにヒーローがそれを打ち破るだけ。
この類のアニメは男の子の方が好むものだが、何がどうしてラウラは同い年の子たちの中でもヒーローものが好きだった。
ヒーローの窮地や活躍に一喜一憂しては大騒ぎする。のめり込みすぎだと言えただろう。
台所の角でコーヒーを沸かす彼女の耳には、今日も興奮しているラウラの声が聞こえてきていた。
「静かに見るよう言い忘れたね。」
だがその元気さは不快ではない。
むしろ心地良かった。
「最初は興味本位だったはずなのに。やっぱり理解できないままのことも多いし。」
彼女の無茶を咎めることの多かった友人に思いをはせる。名前はゲオルグだったようなグレゴリウスだったような。
「興味を無くすとすぐ物忘れがひどくなるのは僕の悪い癖だね。」
彼も生真面目さだけでなく余裕を持つべきと昔は思ったが、今はどうしているだろうか。
「僕はお仕事をしているからね。テレビに近づきすぎないようにするんだよ。」
なおも興奮して番組を見ているラウラに苦笑を漏らす。彼女は沸いたお湯でコーヒーを入れると部屋を出た。
◇
白熱した放送時間が終わった。今日も心から満足できるカッコいいお話しだったとララは思っていた。
いつからヒーローが好きになったかは覚えていない。
好きだから好きになっていたという具合で明確な理由などないのかもしれなかった。
そこでぐ~っとお腹が鳴る。テレビに夢中の間は気づかなかったがもう夜だ。
「今日のごはん何かな~。」
部屋を出ていったママを追いかける。
探すまでもなくこの家にはテレビとご飯の部屋と、ラウラとママが寝る部屋しかない。寝る部屋ではママが『お仕事』をすることがあるので、そこにいるに違いない。
境のドアを見ると少しだけ開いていて、中からママの声が漏れていた。
『やはり【ペンドラゴン】を・・・所在は大英・・・奪取に・・・この生活も長くは・・・【シュヴァルツェア】を改造して・・・『企業』とのパイプで』
覗きこんでみると、パソコンに向かってコーヒーを飲みながら何かに取り組んでいる。
ひっそりと部屋に忍び込み、気づかれないようにゆっくり移動する。
彼女は机に置いたパソコンとにらめっこしながら何かを考えているようだ。机の上には他にも眼鏡やコンタクトレンズ、ディスクや眼帯など種類を問わずにモノがあふれかえっている。
ベッドの陰に沿いながら移動し、一気にママに飛び掛かった。
「ママ!」
「おっとと!?・・・ラウラちゃん、危ない真似はしちゃいけないと前にも言っただろう。」
「ラウラもお仕事するー!」
「聞きなさいと言っているのに。」
椅子に座る彼女の膝に乗って、手近な紙を手繰り寄せて絵をかき始める。
彼女は困ったような顔をしていたが、退く気配を見せないと諦めたように息を吐いた。そしてポンと軽くラウラの頭に手を載せた。
「ふふふーん♪ふふふーん♪」
「ラウラちゃんは本当にヒーローが好きだね。」
「うん、カッコイイもん!」
「ははは、そうだねその通りだ。」
純粋に好きだというラウラに彼女は目を細める。
何も言わないで黙るママへ、頭に疑問符を浮かべながら尋ねる。
「ママもヒーローさんすき?」
「嫌いではないかな。いてくれたらいいな、なんて何度も思ったものさ。」
母親の答えに安心したラウラは晴れやかに笑って見せる。
その笑顔を見て彼女の体が小さく震えた。もう片方の手もラウラの頭に重ねて、目を閉じたまま胸に抱く。
「信じてみたこと・・・裏切られたこと・・・いっぱいあった。でも助けてはもらえなかった。」
ラウラをあやしながらの独り言が口から聞こえている。
まだ子どものラウラには何を言っているのか理解することが出来ない。
だがその言葉の響きを知る者にはわかっただろう。そこに好意も嫌悪もなかった。過ぎ去った過去への思いだけが詰まっていた。
もっとも子どものラウラにはわかるわけがない。好き放題に机の上で手を振り回す。すると動かしていた手が、コーヒーの入っていたコップを倒してしまう。
「「あ」」
コップは割れなかったが、ラウラの広げた紙にコーヒーが染みて判別不能になってしまう。パソコンまで茶色の液体が飛び、濡れた液晶画面が不安定に光った。
遊びのつもりだったことが『お仕事』の邪魔をしてしまった、とラウラの頭が真っ白になる。
ママから怒られるのを助けてほしいと心の中でヒーローを呼ぶが、当然出てきたりはしない。
「正義の味方はこんな時には来てくれはしないよ。」
娘の考えることなどお見通しと言わんばかりに気持ちを言われてしまう。
言葉の端も先程までよりも冷たくなっていた。
◇
ティッシュを2、3枚抜いて、茶色く染みこんだ部分を丁寧に拭いていく。あっという間にきれいになった。ここ数年で生活関係の技能も劇的に向上した。
「ラウラちゃん、よく覚えておくんだ。正義の味方、ヒーローさんはどんなに頼んでも来てくれないこともある。
それはラウラちゃんが悪いことをした時だ。言いたいことはわかるね。」
「・・・ごめんなさい、ママ。」
「うん、理解が早く出来るいい子だね。」
「・・・ママ、ヒーローさんは、ラウラが良い子だったら会えるのかな?」
画面の向こう側にいるヒーローを実在のものと信じての言葉だ。あるいはあの活躍ではなく、あれだけの行動をして見せる心の持ち主をいるとは思っていないのか。
そんなことを思う彼女は苦笑しながら、ラウラの不安を否定した。
「そうだね。いい子にしていたらきっと会えるさ。」
「ほんと!?じゃあラウラ、もっといい子になる!」
「まあ、会えたとしても必殺技は出せないかもしれないし、パンチやキックも強くないかもしれないけどね。」
「えー。」
「あんなに強い人はお話の中にしかいちゃいけないんだよ。」
思っていたものと違うと口を尖らせる。
怯えたり、喜んだり、がっかりしたり、1つに固定されることなく多様な表情を浮かべて、見る者を退屈させない。
こういうコロコロ表情を変えるのは天真爛漫というのかなぁ、と考察するように彼女が上を見つめる。
反省した次にはもう笑える無邪気さに、ついつい彼女は一つだけ意地悪な質問を繰り出した。
「ねえ、ラウラちゃん。もしヒーローさんに会える代わり、ママとはもう会えなくなるとしらどっちがいい?それでもヒーローさんに会いたいかな?」
「ヒーローさんに会いたい!」
「う、案外効くものだねえ、無邪気な発言というのも。」
今の一言はなかなか胸に突き刺さった。
即答で自分より憧れのものを優先された彼女には落胆を隠すこともできない。いつも通りのひねくれた喋り方にも翳りが出る。
だが、落ち込む彼女の表情は次のラウラの一言でまた動かされる。
「だってラウラとママはずっと一緒だから!!」
背中に手を回して、ギュッと抱きつくラウラの言葉にまたしばらく口をつぐむ。
質問の意図をまるで理解していない子どもの答えだ。
どちらかしか選べないと言っているのに、ありえないから考えもしないとは。
だが、温かった。
「ふふ・・・そうだね、ママはラウラちゃんと一緒にいるよ。
いつかラウラちゃんのヒーローが現れる。そんな彼と一緒に笑って生きていく——―—そんな日を見るまで。」
「だから・・・だからその時が来るまでは―――」
『ママがラウラちゃんのこと、必ず守るからね。』
どこか願いですらあるように、その声は切実に絞り出した声だった。
彼女はもう一度、ラウラを強く抱きしめた。
その言葉を反芻しているうちにラウラはまた眠くなって寝てしまった。
◇
「―――ん?」
体が倒れそうになった反動で目が覚めた。
自分でも気づかないうちに疲れが蓄積していたようだ。
「あの声・・・」
夢に馴染んだ錯覚までしたのは、見過ぎたために感化されたのか。
だがその内容を思い出すと、ラウラには怒りが芽生えただけだった。
『だから・・・』
(私は知らないこんな記憶―――さびしいよ)
「・・・れ」
『だからその時までは』
(だって私は創りもの―――嘘ついたの?)
「・・・黙れ」
『ママがラウラちゃんのこと』
(もしこの夢が本当なら―――ママの嘘つき)
「黙れ!」
『必ず守るからね』
(ここにいる私は誰?―――ずっと一緒だって言ったのに)
「黙れえええええ!!!」
【シュヴァルツェア・レーゲン】の全武装を周囲めがけて撃ちまくる。
身体の内に生まれた怒りに突き動かされるような感覚だった。例の頭に響く声がいつになく苛立ちを生ませ、引き金にかかる指を軽くさせた。
今までは夢で現実ではないと認めないだけだったのに、なぜ怒るのか。ラウラにもわからなかった。頭がごちゃごちゃ思考にかき乱され、気持ちを抑えることが出来ない。
(私は強い!・・・良い子にならなくちゃ・・・誰よりも強く!・・・もうヒーローさんに会いたいなんて言わないから・・・ドイツが誇れる存在になる!・・・ママに会いたい・・・でなければ私は・・・)
「うるさいうるさいうるさい!!!私は私だ、貴様など知らない!!!」
わけのわからない怒りのままにレールカノンの砲弾が穿ち、ワイヤーブレードが壁に傷を刻んで暴れ狂う。
やっと怒りが静まった時には周りにあったオブジェクトが一掃されていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ―――誰だ!」
誰かに見られている感覚を察知して、警戒を強める。響いていた声もいつの間にか消えていた。
ISのセンサーを頼りに探していると、アリーナの入り口から誰かが歩いてくるのが分かった。
「貴様は・・・・」
静かに歩み寄ってきた
「・・・」
「タッグマッチの事?」
「・・・」
「・・・そう・・・か、こちらとしても助かるが・・・なぜ私だ?
他に候補はいたと思うがな。例えばあの織斑一夏あたりが。」
「・・・」
「企業秘密、だと?・・・ふん、分かった、確かに詮索してもメリットもない。」
「・・・」
「ああ、また明日だな。」
「これで準備も整った、後は試合の日が来るのを待つだけだ。」
(・・・わたしがラウラ、あなただあれ?)
また聞こえた声を振り払って、ラウラは寮へと戻る。頭痛がまたし始めた。
一夏に出会って消えていた悩みが再び表面化してきていた。
◇
――宇宙 束のラボ――
束が所有している宇宙にあるラボ。
その中の一か所、IS用の発着場で束は追い出――もとい見送りをしに来ていた。
「じゃ、いってらっしゃい。」
『説明不足ッテ知ッテイルカイ?』
発進口から星の瞬く宇宙に叩き出されそうになっているのは、リボンズだ。
落ち着いた口調にはいつもの彼と変わらない印象を受けるが、彼がおかれた状況は決して楽観できるものではない。
ヒリングたちが学園に最初に降り立った際に入っていた箱がある。彼もまたそこに入れられて今にも発進させられそうになっているのだ。しかも彼はハロのままケーブルで拘束される厳重さも追加されている。
「やだなーリっちゃんは。気づいてないと思ってたの?」
『何ノ事ヤラ。』
「ヒー君たちの時に細工、してたよねん?」
『・・・サア?僕ガ何カシタ証拠デモ?』
「束さんは未来に生きている人だよ?分かると言えば分かる、証拠なんていらないのさー。」
『独裁者ダ!』
「束さんだって起こってやってるんじゃないよう。でもルール違反には厳しいのも束さんなのです。
気づかれていたのか、そう理解した動揺で滑らかだった口調がわずかに乱れる。
対して束には毛ほどの緊張もない。判決を下す裁判長のようにどこまでも自分のペースを守っている。
「と、いうわけで早く送らないと!箒ちゃんの入学祝いも兼ねてるんだから
・・・ではでは、リっちゃんにもこれから現場作業に行ってもらいまーす!」
『チョ・・・ット―――』
「大丈夫大丈夫、機体の起動権は箒ちゃんにしかないし好き勝手できないから。」
待て、とリボンズが言う事は叶わなかった。
束が横のスイッチを押すと同時に、箱に接続されたカタパルトがラボの外へと弾きだす。
隔壁が下りて行くのを束が見守る中で、箱がくるくる回りながら徐々に小さくなっていった。
◇
「ふうー、さて見送り終わりっと。デッカちゃんのも早く完成させてあげないとねん。」
閉まりきった隔壁の閉じまりを点検して、工廠に戻ろうとするとポケットの中でピロリンと音がした。
「この音はデッカちゃんだね。メールメールっと・・・ふむふむ、『最近怪しい電波を受信することが多いから通信には気をつけろ』ねえ。」
宇宙のとある場所で隠れ住んでいる束たちも十分怪しいが・・・しかし怪しい電波というのも気になる。
「まーさかこの場所を探ってる?・・・そんなわけないよねー、バレてもそう簡単には来られないし。
さーて、お仕事に戻ろーっと。でもなんか忘れてる気がするんだよね。」
来ていたメールを読み終わり、床を蹴って部屋へと戻る束。
彼女の忘れていたことは先程押した発射用のボタンのすぐ横に答えがあった。
『目標座標を設定してください。』
行き先の指定を忘れた束が珍しく大慌てするのは、このすぐあとのことである。
リボンズの明日はどっちだ!?
また次回