というわけで、第二話 赤の剣です。
最初は誘拐された時と同じく、何が起きたのか全く分からなかった。
上の方で何かが光ったと思った瞬間、視界が白く染まり、同時に埃が舞い上がって何も見えなくなってしまった。
男達も同じだったようで、口々に罵声を飛ばしている。が、埃で咳き込んでろくに声を出せないものもいる。
何人かは転倒したのか、地面をのたうち回る音も聞こえた。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「くそッ、いきなりなんだ!」
「襲撃か!?どこにも連絡するなって書いたはずだぞ!」
「落ち着け、視界が戻った奴から状況を把握しろ!」
男たちが騒ぐ声を聴きながら、俺はようやく戻ってきた視界で周りを見渡す。
先程の光が降ってきたことで天井に大穴があき、太陽の光が倉庫の中を明るく照らしている。元から、自分たち以外は何もなかったので、今の衝撃でも周りは特に何も変わったところはない。
視界の端で、さっきまで話していた男が転がっているのが見える。横になっていた俺とは違いもろに衝撃を受けたらしい。喧しかったのでちょうどいい。
「いや、こんなやつのことより、いったい何が…」
そしてようやく、目の前に突きたてられた、赤い剣が目に入る。
いや、よく見るとそれは剣ではなくISだった。全身から立ち上るのは触れるもの全てを切り裂くようなオーラ。これが剣と錯覚した原因だろう。特に背中につけてあるらしい逆三角形の羽根が、強烈な存在感を放っている。
見える範囲では、全身を構成している色は黒と紫に近い赤。右腕と腰の両側にはそれぞれ、色や形の違う剣が装備され、おそらくこれが武器だろうと思わせる。
そこまで見たところで、俺は自分の周りに振る赤い粒子に気が付いた。
「…これって、雪?」
「雪じゃないぞ。」
「うおッ⁉」
口からこぼれた疑問に目の前のISが、首だけ少し振り返って答えてくれたが、まったく予想していなかった喋り方であったのと、声にノイズが入って、不気味な声になっているので驚いてしまう。
しかし、おかげで顔が見える。
顔は全体に仮面をつけているような形で、表情は見えない。唯一あいている、目の部分も赤い光を放っているところを見ると、素顔は見えない様になっているのかもしれない。頭にも、角などの装飾があり、頭部全体がヘルメットをかぶっているという方が正しい。
背中側だけなら騎士だが、前からは悪魔のようにも見える。
「おいおい、驚くようなこと言ったつもりはないぜ?
あんまりビビられると泣きたくなるから勘弁してくれ。」
観察している俺が怯えていると考えて、安心させようと考えたのだろうか。そのISは少しおどけたように、オーバーなリアクションをとる。
見た目からは怖そうな感じがしていたが、どうやら乗っている人はいい人らしい。
それでも声は少し怖い。自然と敬語になってしまう程度には。
「…少し声が怖いです。」
「・・・やべ、俺は普通にしゃべってるつもりなんだけど、もしかして変声器の設定間違えたか…」
その姿からは想像できない程に軽い口調で話すISは、どうやら変声器の使い方を間違えたらしい。敵か味方かわからないが一夏は何となくこの誰かに親しみが持てた。
「…いいや、今回だけだし。それよりそこを動くなよ、一夏」
「⁉なんで俺の名前!」
なぜ、俺の名前を知っているのか、聞こうとしたが彼はもう顔を正面に戻していた。
「さてと犯罪者ども。一応聞いとくが大人しく捕まる気はあるか?」
その声で男達のことを思い出した俺がISの前を見ると、既に最初の衝撃から立ち直ったらしい奴らが、武器を構えてISを睨みつけている。当たり前だが、全員武器を構えて戦う気のようにしか見えない。
「不意打ちか、卑怯な真似を!」
「どこのISだ⁉ロシアか、中華か!」
「人質とってる相手に正攻法で行くわけないだろ。というか、ガキを誘拐した奴が卑怯とか言ってんじゃねえ。
あと質問してるのは俺だ。それで答えは?」
その答えは言葉でなく行動で示される。
一人が銃を構えると、それにつられて周りも一斉に銃を乱射した。
「やっぱりこうなるか。」
男達の答えを見るより先に謎のISが動く。俺を抱えて後ろへと飛んだ。
「ッ‼」
「少し我慢しろよ。」
風の抵抗があるかと思ったがそうでもない。むしろ機体は無風の中を進むように、倉庫の中を入り口ではなく、奥へと突っ込んでいく。
「バカが‼行き止まりなのが見えねえか!」
後ろから男の一人が、銃を撃ちつつそう嘲笑うのが聞こえた。確かにこのままいけば、倉庫の壁に激突は間違いない。
どうするのかと一夏が聞く前に、謎のISは新たな動きを見せる。
俺を右手で抱えたまま、左腰に備え付けられた剣を逆手で抜き放つ。そして、手の中で回転させ順手に直すと、目の前まで迫ってきていた壁に向け振り下ろした。
切っ先が壁に触れた瞬間、刀身に炎が巻き起こる。
男達が監禁場所に選んだということは、それなりに頑丈なはずだ、と一夏は思った。
一夏の想像通りに壁は分厚く、普通の剣や銃弾などなら耐えたかもしれない。だが、この剣はそんな彼の予想ごと壁を切り裂く。
刀身に触れた場所から次々と淵が燃え上がり、溶け、切り裂かれる。時間にして5秒と持たず、壁は縦に人一人が余裕で通れる穴を開ける。
その裂け目にISは飛び込んで倉庫から脱出してしまった。
◇
外はどうやら港の倉庫街だったようで、磯の香りが漂う中、周りにも無数の同じ形の倉庫が並んでいる。
一気に空でも飛んで逃げるのかと思ったが、ISは高度を上げずに細く入り組んだ倉庫の間を高速で飛行していく。
「…」
「どうした一夏?あんまり間抜け面してると男が下がるぞ。」
ポカーン、と口を開けていた俺をちらりと見て、そのISは楽しそうに顔をかすかに上下させる。どうやら笑っているらしい。
「いや、さっきまで捕まってて、かと思ったら助けられて。ピンチかと思ったら、そうでもなくて。正直頭がついていかないんですが…」
「そこら辺は気にすんな。助けに来たのが強かっただけだ。」
俺の葛藤をあっさり片づけてしまうと、
「で、何か聞いておきたいこととかあるか?」
顔を前へと戻しつつ、そう聞いてきた。
聞きたいこと。そう言われると色々とある。
なぜ、すぐに逃げないのか。
なぜ、誰も知らない筈なのに助けに来られたのか。
なぜ、名前を知っているのか。
このISは何なのか。
背中から出ている赤色の粒子の様なものは何なのか。
だが、やはり一番に聞きたいことは決まっていた。
「…千冬姉は、どうしてますか?」
すると意外だったようで、ISは俺の方を見た。
「…そこはお前は誰だ、とか聞いてくると思ったんだがな」
「さっき言ったじゃないですか、助けに来たって。だったら味方じゃないですか。」
「あー、なるほどな。そう言う考え方もあるか。」
今度は納得するように頭を上下させる。表情が一切見えないというのに、頭を動かすだけで感情をわからせるとは、器用な人だ。
「それで、千冬姉は…」
「ああ確か、千冬…さんなら、そろそろ表彰式に出てるころだろ。試合にも勝った筈だしな。」
「そう…ですか。」
それを聞いて一夏は安心する。今回は足を引っ張らずに済んだ、と。
しかし、そこで何故か悲しい気持ちになった。
(え、どうしてこんな気持ちになるんだ、俺…)
姉が試合に出て優勝し、栄光を手にしている。何も問題はない、その筈なのに。
俯いたまま話さなくなった俺を心配したのか、ISが声をかけてくる。
「…お前が優勝したんじゃないからって、落ち込むなよ。」
「………え?」
それはどういうことか、と聞こうとしたところで、急に減速し着陸した。
「うわッ‼」
「とりあえず、このあたりに隠れてろ。巻き込まれてもマズいしな。」
そういって、あっさり近くにあった倉庫の陰に放り出された。
相変わらず倉庫街の中だが、さっきまでの倉庫と異なるのは空が見えていることと、ある程度開けた場所だということぐらいか。
「さっきまでの場所だと、暴れすぎて天井落ちてくる可能性もあったからな。
あと俺の後ろから動くなよ。」
倉庫の壁際に隠れるよう指示をして、自分は道の真ん中に立ちはだかる。
遠くなったので、俺はもう一つ聞きたかったことを大声で訊いた。
「あの、何て呼べばいいですか!」
「イ——いやそうだな。イクサ・・・イクサだ。そう呼んでくれ。あと敬語はなしでいい。」
その言葉を最後に、IS操縦者『イクサ』は追ってくる男達に顔を向けた。
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