本文が長いですが、後書きの後に次回への前振り的な戦闘が入ります。ラウラ、というかドイツの本気が次回現れます。
シャルル関連と暗いか鬱な話はひとまず今回まででいったん終わりです。
――医務室――
「いたたた!もっと優しく塗りなさいよ!」
「文句が多いぞ。」
第一試合の終了後、俺達はセシリアと鈴の怪我の具合を知るために医務室にやってきていた。今は別のタッグで試合が行われているらしいので、選手の俺にとってはまだ自由時間の内である。
セシリアも鈴もひどくダメージを喰らって負けていたので心配していたが、鈴の方は心配する必要はなさそうだ。入院着みたいな服に着替えて顔や手足に湿布や包帯を巻いているが、元気さにはわずかの翳りもない。
今は医務室の先生が『疲れてるから塗り薬塗ったって。セクハラ?彼氏やろ、問題ない。』と言ったきり寝てしまったので、俺が鈴の背中に何かの薬を塗ってやっている。
怪我の治療は早期に限るので引き受けたが、あの先生の顔からして楽しんで押し付けた気がしないでもなかった。
で、楽しいことと聞くと黙ってない奴がいるわけで。
『唾塗ットケバ?唾塗ットケバ?』
「ヒリング、無駄に煽るなって。」
「あ、さっきあたしのこと貧乳って言ったでしょ!聞こえてるんだからね!」
『何デ聞コエンノヨ!?何デ聞コエンノヨ!?』
他にも悪行のバレたらしいヒリングがボールみたいに振り回されている。
元気なのはいいけど、そいつ一応先生だぞ?
まあ大事になるとも思えないので先にセシリアも見舞うことにした。
「っと、セシリアは・・・」
「ご心配には及びませんわ。」
声をかける前にベッドに付いたカーテンを開けて顔を見せた。
入院着から巻かれた包帯の跡などが見えたときは痛々しかったが重傷という程ではない。もっとも疲れた顔からしても気楽な状態とは口が裂けても言えなかった。
「不甲斐ない所をお見せしましたわね。・・・」
「あの奥の手は誰にも分からないだろ。セシリアに限った話じゃない。」
「一夏さん、気をつけた方がいいですわ。あの人・・・まだ底を見せていない気がしますの。」
底、底か。
セシリアから顔を背けて考えてみる。
ビームを止めるほどの動きを縛る結界。あれだけでも機体の容量を大きく制限するほどの強力な能力だが・・・まだ何か隠しているのだろうか。
(待てよ、そういえば。)
「私も本気の一端を出そう・・・ってラウラは言ってたけど、何で最初から本気を出さなかったんだろうな?」
「格上相手に余力を残すなと言ってましたもの。格下には逆に全力がもったいないということでしょう。」
そんな理由だろうか。
まだ頭をひねっていると、セシリアに服の裾をつままれた。
「どうした?」
「鈴さんのついでですし、私にも薬を塗ってくださるかしら?」
「いや、それはちょっと。」
「あら、鈴さんには塗れるのに、私には嫌ですの?」
鈴は幼なじみの面があるのでそこまで気にしないが、年頃の女の子に男が触れすぎるのはどうなんだ?
しばらく触れていいのか悪いのか葛藤したが、結局ただの医療行為と割り切ることにした。
◇
異性を意識しないように塗っていると、ふと呟くようにセシリアが言葉を漏らした。
「・・・少し不安に感じてましたの。」
「不安?」
「負けそうになった時、また一夏さんとの距離が開いていく気がして。」
「別にセシリアが誰に負けたって俺はセシリアのことを見下したりしないぞ。」
「知っていますわ。だから友達にと思いましたもの。でも」
「でも?」
そこで会話を切るとセシリアは窓を眺める。曇りガラスなので外は見えないが、セシリアの見ているのは差し込んでくる光のようだ。
手をかざして、指の間から漏れてくる光にぼうっと見入っている。
「今話していて思い出しましたわ。前に夢を見ましたの。一夏さんがどこかへ旅立っていって、私は帰ってくるのを待っている・・・そんな夢でしたわ」
「何だその夢。俺は旅人じゃないっての。」
「でも手の届かないように見えるのは同じですわ。こうして手から透けていく光と同じ。戦うたびに強くなって、」
「なんだか友達のできることが出来ない私が悔しかったんですの。」
だから無理をしてしまったのかもしれませんわね。そう苦く笑うセシリアに俺は何も返せなかった。
いつかそんな日が来るんだろうか。俺がみんなの前から去る日が。
「未来は俺にはわからない。セシリアの言うような未来もあるかもしれない。」
でも、と続ける。後ろから伸ばした俺の手がセシリアの手と重なる。透けていた光を重なったことでさえぎった。
「今の俺はここにいる。どこにもいかない。それは確かだ。」
「・・・ふふふ、本気にし過ぎでしてよ。ただの夢ですわ。でも少し安心できました。」
明るく微笑んで見せる顔を見て、ほっと心に温かいものが灯った。
そこでカーテンの隙間から顔を覗かせる怪しい影に気が付く。
トーテムポールかと思うほど見事に顔を上下に並べたそれらは顔色が正反対の色をしていた。
上の方は激昂寸前の赤色。何か刺激を与えたら即座に爆発しそうだ。
下の方はグレーの色合いに似合わないニヤニヤした表情。機械だから表情なんてないはずなのに。
・・・ここまで現実逃避。トーテムポールの正体は鈴とヒリングだ。
『青春ネ!青春ネ!』
「い・ち・か・ー、セシリアと何してんのよ!」
「なにって・・・」
服の前をはだけたセシリア。
後ろから抱き着いている(ように見える)俺。
互いの手を絡めて語り合うその姿は恋人っぽい。
(・・・スリーアウト。)
「チェンジで。」
「何わけ分かんないこと言ってんのよ!?」
しっかり怒られましたとさ。
◇
「不可抗力だよなあ、セシリアのは。」
『浮気スルカラヨ、浮気スルカラヨ。』
「だから鈴とはけじめをつけた。浮気扱いすんな。」
あの後、怒る途中から愚痴みたいに話す内容が変わった。
曰く、セシリアにだけずっとやってずるい。あたしももう一回やって。あたしだって一夏とくっつきたいのに・・・等々。
あまりに騒ぎすぎて先生が『うるさい!健康なんは出てけ!寝られへんやろが!』と言って俺を追い出さなかったらどうなっていたことやら。
「保健の先生もあの調子でいいのか不安だ。」
目元のクマが深いを通り越して、歌舞伎の隈取りのようになっていた。
(ま、アタシらを採用するくらいだしね。人手不足ここに極まれりだわ。)
「授業じゃ笛吹いてるだけだろ、お前。」
(生徒のジシュセイを重んじてんのよ。)
「心が全くこもってねえぞ!?」
(・・・で、これからどうすんの?シャルちゃんのこと。)
「・・・探してから考える。」
あれから一時間ほどたったが、シャルルは学園の校舎の中では見つからなかった。学園外に出ようとすればゲートからの連絡がヒリングに来る。間違ってもISで強行突破されない限りは出られないはずだ。
だが問題はそんなところではない。
(探して見つけて・・・どうなるのかしら?)
「・・・」
(言うこと決めていかないと失望されて終わりよ。)
教師の自覚なんてまるで持ち合わせていないくせに、こういう時のヒリングは教師みたいなことを言う。
それでも何か言えないかと頭を悩ませる一夏にヒリングは呆れたように、
(うーん、ここはあたしが一肌脱ぐしかなさそうね。テキトーにお話しするだけよ。心配しないの。)
「せめてリヴァイブに・・・」
(あら坊やのくせして文句つけるんだ?)
俺の煮え切らない態度に苛立ったらしく、頭から飛び降りてどこかへ去っていく。何らかの機能でシャルルがいる場所を感知できているのかもしれない。
(どうせ坊やは心配してる自分が大事なだけでしょ!)
「おい待て!」
言い切るだけあってその足には迷いがない。一夏とは対極的だ。
遠ざかる影は実際よりも遠く、影法師に見える。それでも、
「・・・やっぱ駄目だ。放っておけるか。」
足取り軽く去っていった奴を遅れて俺も追いかけた。
◇
『シャルル、シャルル。ドア開ケテ、ドア開ケテ』
着いた先は一夏とシャルルの寮部屋だった。
ドアに向かってヒリングが呼びかけを続けている。
「おいヒリング!」
『開ケナサイ、開ケナサイ!』
後半はもう怒鳴り声だ。機械が扉に向かって開けるよう交渉する姿は何ともシュールさを醸し出している。
声をかけ続けている本人はいたって真面目らしく、追いついたのに気づいていない。
「シャルル・・・俺だ。」
「・・・一夏。」
ようやく返答が戻る。
そのことに安堵するよりも早くシャルルから懇願の言葉が続けられた。
「一夏、ごめんね。もう少しだけ一人にして。試合の時にはいつもの僕に戻ってるから。」
ドア越しに聞こえた声ははっきりとした声で震えてもいない。
だから相手の気持ちも平静だと思うほど、俺は楽天的じゃないけどな。
「シャルル・・・鈴とのことは事故だ。お前だけ――」
「違うの!」
深呼吸から出した言葉は終わりまでも話せない。
一夏としても結局、何かいい説得や慰めの言葉が思いついたわけではない。ここへ来たのも、シャルルを放っては置けないという使命感にも似た感情からだ。
だからシャルルの傷ついていた理由にも思い当たらない。
なまくらの刃物は時として業物以上に相手を傷つける。一夏もそれに気づくべきだったのだが、彼にはそこまでの経験はなかった。
「僕は・・・僕は!」
声には涙が混じりだし、感情の高ぶりが伝わる。いつも笑っているだけに見えていたシャルルがこれほど思いを明らかにするのは珍しいことだった。
「傷つけたことだけじゃない、僕の居場所がなくなるのが嫌だったの!」
「居・・・場所?」
「嫌だったこの名前も呼んでくれる人がいて、いられる居場所が出来て、やっと少しは好きになれそうだったのに!」
「もう嫌だよ!役割を果たしたのに、僕から全部奪ったのに、なんでまた僕だけ!」
「こんな・・・こんなことなら・・・!」
「シャルル?!何する気だ!」
呼びかけにも反応しない。
誰かに言っているのでもなく、言葉が感情と直結して波のように流れ出している。
嫌な予感がした。この手の人間は思いつめると何をするかわかったものではない。
「来い【アスト――」
ISを展開して扉を破壊するかと考えたが、すぐに扉が開いた。
ベッドの上に布団にくるまったシャルルが見える。そして一夏が呼びかける前に思いもよらないことが起きた。
(いい加減にしろってのよアンタ!)
「え!?」
「っヒリング!?」
重たい沈黙が満ちた空気を引き裂いたのはまさかのヒリングの声だった。扉を開けたのもこいつの仕業のようだ。片手でキーロックの部分に触れているから電子操作でもしたのか。
だがヒリングはそんなすごいことをしたのを誇る様子もない。シャルルを睨んだまま、辺り構わずに脳量子波の波をぶちまける。
(アンタはいつまで悲劇のヒロインに酔ってんだ!)
「ち、違う・・・僕はそんな。」
(違わない!)
呼びかけて恐る恐るだった俺とは違い、その内容には遠慮がなかった。
たじろぎながらも発せられた反論も意に介さない。シャルルも目の前のグレーの球体が怒鳴っているとは夢にも思わないだろう。
(イライラしてしょうがないのよ、そういうの!
なにさ、この世で一番かわいそうなのが自分とでも思ってんの!?)
現れてからまだ見せたことのない剣幕に俺も何も言えない。グレーの身体を何度もシャルルにぶつけて、止まらない怒りを脳量子波と共にぶつける。
止めるべきか、と思う。
ヒリングなりにシャルルを思っているのかもしれないが攻撃的すぎる。だが一夏にはできないやり方だ。
それに、
(僕が僕が・・・って、何かしたことあるの?周りに抵抗できないって言い訳して流されてきただけじゃないの?)
(黙ってるだけで気づいてもらおうなんて虫が良すぎるのよ!少しは声に出せ!)
ヒリングの怒鳴る内容はなぜかこちらにも少しずつ突き刺さった。
音にはならない怒声がシャルルの頭をガンガン揺さぶる。もし声になっていたら、部屋の窓ガラスが一枚残らず割れそうな大声だった。
(とにかく、アンタは黙りすぎ!いつまでもウジウジして膝抱えてるから苦しいのよ。ムカついたらケンカすることも覚えなさい!)
唐突に一夏へ視線を向けるヒリング。何が?・・・そう返そうとしたはずだったが言葉は出て来なかった。頭が理解することを拒んだように痛みを放つ。
彼を見つめるアイレンズは機械でしかない。それなのにその高尚な機械の瞳に感情が乗っているように見えた。
そこにあるのは蔑み、哀れみ・・・何にしても良くないものなのは確かだ。
「・・・一夏。」
「うん?ああ悪い。どうした?」
呼ばれて一旦そのことは忘れ、前を向く。
ヒリングの発言に感化されたらしいシャルルが一夏の顔を覗き込んでいた。ヒリングの目と違う血の通ったソレは、まだいつもの元気さには届かないものの目に力が戻ってきている。
「一夏はケンカってしたことある?」
「ガキだったころは色々と。いや、セシリアや鈴ともしたって言うのか。」
「やってみてどうだったの?」
「どうって・・・そんなの色々だ。セシリアとみたいに仲良くなったこともあったし逆だってある。」
「そっか…。」
ISスーツからのぞく白い肌をした肩は薄く震えているのに気が付く。
ふとシャルルが天井を眺めた。建築されて10年と経たない、シミ一つない天井は彼の心とはまさしく正反対なんだろう。
やがて顔をまた俺に向けると、静かにまた語り始める。
「僕はなかったよ。いつも誰かに言われるまま生きてた。」
「お母さんに捨てられても、社長に嫌な教育を教えられても、名前を捨ててこの学園に行くことになっても。」
「誰かとぶつかってもっと嫌なことになるくらいなら我慢した方が幸せだって、そう思ってた。」
でも間違ってたのかな。
そう、シャルルは今の自分の置かれた状況を見て小さく笑う。日の加減もあるのだろうが、日光に照らされて影になった彼の姿は消えてしまいそうなくらいに弱弱しかった。
そのことを心配しつつもまた話すことに集中する。今、話すことを止めてはいけないと心のどこかが叫んでいる。
「怒るのは権利だ。義務じゃない。」
「でも、僕がこうなったのは怒らなかったからだもん。」
「怒った結果がよくなってる保証もないだろ。問題があったなら・・・誰にもそのことを話さなかったことじゃないか。」
「・・・・・・簡単に言うね。一夏は、僕が自分のこと全部話しても味方でいてくれた?政治とか企業とか黒くて気持ち悪い所にまみれた人間と友達でいていいって思えるの?」
「当たり前だろ!!!」
怒りに突き動かされて思わず怒鳴ってしまった。
落ち着いて考えたなら、シャルルに信頼に足るか試されているかもとか思うべきだったんだろう。だけど友達との会話に打算も計算も挟むことなど出来なかった。
俺が怒鳴ったことにシャルルは一瞬怯えた顔を浮かべたが、すぐに面白そうに笑いだした。
「あはは。一夏ってやっぱり変だね。」
「やっぱりってなんだ。」
「ごめんね。でも褒めてるつもりだよ?」
「まったくそう聞こえないぞ!?」
あははは、と今度こそ声に出して大きくシャルルは笑った。
その笑顔が見れてようやく俺も背負っていた重圧が取れた気がする。やっぱり誰かが笑っているのはそれだけで価値がある。
「ねえ一夏。」
「今度はちゃんとしたことだろうな。」
「今、僕は一夏とケンカしたいって思ってるんだ。」
「・・・は?」
「今までずっとなにもしなかったけど・・・誰かと理解し合いたいんだ。何も隠さず。」
自分の心配が全く見当違いなことに気が付いた。ケンカとは言い方の問題で、お互いにもっと知りあおうということだ。
なんとなく照れ臭くなって頭を搔いて誤魔化す。
「僕、あんまり世渡り上手じゃないから。言葉より伝わるんならケンカでもいいの。」
「・・・俺に期待されるだけの価値がありゃいいんだが。」
「あるよ。だって一夏は一夏だもの。」
今度はシャルルが迷うことなく言い切った。
「じゃあ約束。いつか・・・いつか僕と一夏でケンカしよう。もっとわかりあうために。」
「今じゃなくていいのか?」
「今はもういいの。試合にラウラも待たせちゃってるしね。」
「そうか・・・ならその時が来たら思いっきりケンカするか。」
「うん、僕のこと全部伝えて・・・一夏のことをもっと知るためにケンカ、しよう。」
それでシャルルが泣かずに済むなら安いものだ。
(悩みも晴れたんならそろそろ戻んなさい。試合はまだ続いてるんだし。)
「あ、でも・・・僕がまた試合に出たら・・・その、みんな怖がったりとか。」
また戻ることを恐れて、後ろ向きになりそうなことを言うシャルル。
俺も気にしてなかったが脳量子波を隠さなくていいんだろうか。
(アタシがどうにかしといてあげるわ。噂や評判くらい、流すも消すもお手のものよ。
だ・か・ら、次の試合もちゃんと出なさい!・・・・いいわね?)
俺の心配も知らないで、晴れ晴れとした口調で指示、いや命令した。
その口調にはどこか威厳らしきものまで感じられる。いつも通り適当なことを言っているだけだと思う一夏でも信じようと思う程に。
光の錯覚か、今のヒリングに緑の髪をした中性的な人影が重なって見えた。
「は、はい!」
その気配にあてられたシャルルもそれ以上の反論はせず、背筋を伸ばして返事をする。
出会って一カ月ほどだが、一夏が初めてヒリングのことを先生として見直した瞬間だった。
◇
すぐに行くからと言ったシャルルを置いて俺とヒリングは外に出ていた。顔色もよくなっていたし、気をつけなくとももう不用意なことは起こさないだろう。
後は俺も用意すればそれでいい。俺達が試合相手になるのももう確定したようなものだからだ。
頭から電子音を鳴らしたヒリングが気になっていた試合状況を伝える。
(今、また試合が終わったってさ。思ってた通り、坊やたち以外は盛り上がりに欠けてるみたいね。会場もだんだん飽きてきたって連絡が来たわ。)
「連絡って・・・誰か会場に残ってたか?」
セシリアと鈴は医務室。簪と本音は控室。箒はリヴァイブに連れられてどこかへ行ったみたいだが。
(放送席の子にアドレス教えといたから。リアルタイム中継頭で受けられるのよ。)
「便利だよな、つくづく。」
(そお?手足がある。走り回れる。温度も感じられる。アタシにしたら坊やたちの方が羨ましいわ。)
何の気もなしに言ってみたことに反応したヒリングの声は少し陰を帯びていた。
(ま、アタシのヘマも原因だし。気にしてもしょうがないわね。)
「・・・それでシャルルのことは、なにか考えがあるのか?」
(スポーツにラフプレーなんて付き物じゃない。そこをうまく情報操作すれば簡単簡単。第一、気にするほどの噂になってるかも微妙なもんだしね。)
ケラケラ笑う姿にはもう陰が見える様子はなかった。
(こっちのことは気にしないで坊やも眼鏡ちゃんと一緒に用意してきなさい。)
ヒラヒラ手を振って早く行けと追い立てられる。
「そういわれてもな。やっぱり俺も何か・・・」
(また、しっつこいわね。このアタシが何とかしてやるって言ってんだから気にしない!頼ることも大事って皆から言われてたんじゃないの?)
的を得た発言だった。心を見透かされた感覚に背筋に冷たい汗がつうっと伝う。
たしかに頼ること、周りを忘れないことは今までにも言われたことがある。
信じて頼る、それをヒリングに任せていいのだろうか。目の前で威張っているこの球体を。
「・・・大丈夫なんだよな。」
(これでも先生よ、なーんて言えば信用できる?)
「分かった。なら任せる。」
(ふふん、大船に乗った気でいなさい。)
身を翻して俺もアリーナの控室に向かう。
シャルルの暴走を引き起こした正体も気になるが、今はヒリングに任せよう。信じることの大切さ、俺が信じていくために今は信じる。
そう心に決めた。
◇
(ここにいたか、ヒリング。)
(色々あってね。それで何かわかった?)
一夏が去った直後、リヴァイブが音もなく後ろに現れていた。
見舞いに向かおうとした一夏にヒリングはくっついてきたが、ただ先生らしくくっついてきたわけではない。実際はシャルルの内外問わず、異常が起きていないかを確かめる必要があったからだ。
担当を分けてヒリングがシャルルの精神や隠している秘密の調査。リヴァイブが機体に問題がないかを調べていた。
ヒリング側の結果は言うまでもなくシロ。追い詰められてはいたが一夏と関わらせたことで少しは安定するだろう。
ではリヴァイブはというと、
(篠ノ之箒に手伝ってもらって園内の【ラファール・リヴァイヴ】を全機調べたが、暴走するようなシステムは一切なかった。)
落胆した様子もない。だがそれはこちらとしても予想の範囲内だ。
(ま、そりゃそうよね。見つかるような欠陥積んでるわけもないし。)
(だが暴走でないと仮定するとあの奇行の説明は限られる。)
(意図的にやったってことになるわね。で、あの子でもないから第三者が犯人。)
(さてそうなると問題は何かだ。)
(言い回しなんて何でもいいから早く言いなさいよ。)
(目的の明確化だ。当てもなく悩んだところで答えは見つからない。)
それは分かるのだが、ぱっぱと会話を進めたいヒリングにはじれったく感じられる。
(『誰が』も『何を』も『どうして』も必要ないのよ。対処法ってのは『どうやって』にしか向かわないんだから。)
(それが一番の謎なんだろう。思いつくのは機体のハッキングくらいだが。)
(意識ごとのハッキングなんて
(だから謎なんだ。)
急かす態度に呆れたらしく、しばらくリヴァイブは黙り込む。
そこまでされて自分が無駄に焦っていると分かった。
(思ってる以上に気に入ってるってことかしらね、あの子たちを。)
えらく自分もニンゲンらしくなったと自嘲気味な感想が出た。
(よし・・・とりあえず手段は放置しても、結果として操っていることには変わりない。)
目にライトを戻した顔からは既に作戦が浮かんだと見える。
(そして脳を操る、もしくは干渉しているなら脳に影響は少なからず出ている。)
(ま、そうよね。)
(だからまた何かが起きたと同時に、僕らの脳量子波でさらに干渉をかける。うまくすればあの暴走行為へ至る原因を弾くかそらすかできるはずだ。)
要するに上書きに上書きを重ねようというわけだ。
作戦として説明は簡単だが、それは何者かにもう一度シャルルを操らせる機会を与えることを意味する。
そうでなくても相手次第な作戦は好きではないのだが、作戦を他に思い付かないのでそれとなく嫌味を言うだけに留めておいた。
(受け身な対策かー。リヴァイブってそういうの好みだった?)
(情報が無いんだ。賭けでも何でもやるしかない。)
(あーあ、これで収穫ナシだったらマジでタダ働きね。)
気は進まないが一夏に偉そうに言った手前、手を抜くことは許されない。またシャルルが暴れ出すことになれば、一夏・シャルル双方に深い傷を残す。それだけは避けねばならなかった。
もちろん単なる慈善事業ではなくそれなりのメリットを見込んでいるためだ。
(そうと決まったら急いで準備ね。放送席に戻りましょ。坊や以外の試合で出て来られたらアウトだわ。)
(ああ、それなら心配には及ばない。)
ある紙切れを取り出して見せてきた。
(試合のトーナメント表?)
(そう。それで現在残っているのがこれだけだ。)
元は20近くあったチームが負けると×を引くという古典的な作りになっている。上に進むほど名前が減っている。それは当然だが、決勝までに残るはずのすべてのチームが途中辞退でいなくなっていた。
まだ×を引かれていないのはシャルル達と一夏のチームのみだ。
(・・・どうしたのこれ?)
(全員、優勝候補と当たる前にそれぞれで試合し合った後、勝ち負けが出たら辞退したらしい。初戦でのインパクトが強すぎたということだろうさ。)
(向上心が無いっていうか、限界を知ってるっていうか・・・。真耶ちゃんの狙いの特別賞も意味無かったわね、これじゃ。)
つくづくこの学園は平和である。
シャルルと約束して彼女絡みの話は終了です。
性別とか家の事情とか解決してませんが、これはラウラ編です。これ以上時間は割いてられないのです。
もちろんいずれ彼女の問題に一夏が向き合う時も来ますのでご心配なく。
では次回からバトル再開。前書きにも書いたように、次回の導入部分が下に書いてあります。
感想・質問・評価、何でもよろしくお願いします。
――ちょっとネタバレ?どうでもいい余談――
真面目に仕事をこなすリヴァイブとヒリングという違和感の塊。
元はただのやられ役だったのに
メタ視点から漏らしておくと、他人に言い様に扱われているのが自分に被っていてヒリングは行動しています。つまり大体リボンズが悪い。
◇
ヒリングたちが役割を果たそうとしている頃、アリーナもついにその時が訪れていた。
フィールドは変形機能が使用されており、セシリアと鈴の時の【プレーン】。つまりただの砂利のグラウンドタイプではなく、模擬戦に使用していた【シティ】となっている。各所から立ち上がったビル型オブジェクトが攻撃を遮ったり、隠れ蓑にできるのが特徴のフィールドだ。
『えー辞退者多数により、大幅な繰り上げ作業が行われました。よってこれよりかなり早いですが決勝戦を執り行いたいと思います。
選手は両チーム共に前へ!』
「貴様相手に出し惜しみもない。いくぞ、織斑一夏!」
「今度こそ僕の力で!」
「無茶だけはするなよ、簪。」
「ううん、私も頑張り…たい、から!」
並び立つのは一勝を刻んだ橙と黒、【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】と【シュヴァルツェア・レーゲン】。
そして迎え撃つ青と灰色、【ガンダムエクシア】と【打鉄二式】
どちらが勝ったとしても優勝者扱いとなり、件の特別賞による部費優遇の制度も適用される。
それだけに観客席も一度は去った熱が再燃していた。
『それでは―――試合開始!』
その号令と同時にラウラの眼帯が外され、赤と紫の目が直線状に並ぶ。まるで宝石に例える美しさでも睨まれる一夏には見惚れる余裕はない。
何故か眼帯を投げ捨てずに握ったままだったのだが、それにも気づくことはなかった。
【エクシア】の【GNソード・ライフルモード】から即座に射撃。拘束で自分が固められる前に、粒子ビームで視界の網を封じ込める。
はたしてセシリアのビームと同じく、それらは宙に固定されて微動だにしなくなった。
(かわりに俺の身体は動く!)
号令と俺が突っ込むのが同時だと予想していたのか、ラウラの対処が遅れた。ビームを固定したまま俺も睨もうとするが、回り込む【エクシア】に追いつくには足りない。
背後に回り込んで【GNソード】を横薙ぎに振るった。
「奇策に頼っただけで!」
「っ、やっぱ防がれるか!」
【シュヴァルツェア・レーゲン】のワイヤーブレードが俺をとらえないまま振り回され、斬撃を防ぎながら接触を遠ざけた。
遅れて振り向くラウラの視界に入らないようまた旋回しつつ、牽制射撃で力を無駄打ちさせる。
(ファーストアタックには成功・・・ここからだな。)
いきなり捕らえられてジ・エンド、なんて最悪の展開だけは避けられた。欲を出すと今の流れで武装の一つでも奪っておきたかったが無理は禁物だろう。
また撃った粒子ビームが固められた後にプラズマ手刀で切り払われた。
(さすがに飛んでるビームは撃ち落とせないか。)
固めるプロセスを経ないとビームに対応できない。小さいが弱点の一つだろう。セシリアと戦っている時も感じたが、ラウラは拘束以外、大雑把になるか自立兵器(ワイヤーブレードのことだ)で対処している。
強気な性格とは裏腹に性能に翻弄されているのか。
その後も急旋回、急上昇に急下降、乗り物酔いになりそうな動きを繰り返させる。酔いそうだなんて文句も言えない。とにかく捕まれば終わりなのだ。
「ここだ!」
距離をあけて砲火を交えること数分、動きの隙を見つけて再び粒子ビームを【GNソード・ライフルモード】から放つ。
「やることが小さいな。勝てると――っ!?」
だが今度はそれだけではなかった。腰から引き抜いた【GNビームダガー】を一本、ビームの影から投げつけたのだ。
虚を突いたために動きは崩れながらも、ワイヤーブレードに切り払われて落ちていった。
「があうっ!?」
足元に接近して、顎を蹴り上げた。気を取らせられたようで回避も防御もされなかった。
見下した相手に良いようにされれば頭に血がのぼるはず・・・だったのだが、
「思い通りにならない・・・これでこその本物だ!」
予想とは違い、その態度に慌てた様子も怒る様子もない。それどころかプラズマ手刀とレールカノンで一夏を遠ざけたラウラは意味深にぞっとするほど綺麗に笑った。
「さあ刮目しろ!この――――【シュヴァルツェア】の力を!」
叫びに応じ、ラウラの手に握られていた眼帯が光を放つ。
目も眩むほどの輝きに思い当る答えは一つだけ。そこからなぜセシリア相手にはフルパワーで結界を使っていなかったかもようやくわかった。
(まさか、あれも!?)
ソレは封じられていたのだ、眼帯と共に