IS×00 夢を目指す者   作:王天君

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今回は大きく動く回じゃないです。いつかの設定をまさかここで使うことになるとは。














目に届く限りに、地平線の彼方まで白一色の世界が広がっていた。それは空より降りつもり一層白く世界を染め上げる。
地に広がる白の正体は雪。
粉雪のような、しかし圧倒的量をもって降る雪は視界を塞ぎ、空にあるはずの太陽は何処に隠れたのか、影も形もない。
それだけではない。降り積もり続ける雪は地にある物、そのすべてを覆ってしまう。



この雪氷の大地を進み続ける一人の男も。



彼が切り伏せ、踏みにじり続ける無数の亡骸も。



彼がずっと昔に置いてきた仲間たちの墓標も。



全てが白い闇に消えては現れ、また幽雪に沈む。

「もし・・・もしもう一度、あの時をやり直せるのなら。」

男の誰にも届かない呟きも、また雪のすすり泣くような音に消えていった。


第四十五話 それは誰がために

――空港襲撃翌日 病院――

 

「ふわぁ、眠い。」

 

 あくびをかみ殺して伸びをする。なんだか変な夢を見たように眠りが浅くて寝不足だ。

 

(ま、仕方ないけどな。)

 

 あの生涯一度あるか無いかの出来事がまだ昨日のことだから。

 

 

 

 

 空港を襲撃した『ザウル』とその一味が逃亡し、箒が身体を張って助け出そうとしていた1番、2番、11番、12番ターミナルからも怪我した人たちを連れ出した直後、ターミナル棟もメインゲート棟の後を追うように崩れ去った。

 史上稀にみるような大惨事となってしまったことは疑いようがない。

 それでも救えた命は確かにあった。ラウラの作戦通り、あらかじめ7番、17番ターミナルの滑走路につながる出口から地上に脱出していた人達と、箒がいたターミナルを合わせてかなりの人数を助け出すことは出来た。おおよその人数だが700、800人近くがターミナル棟の生存者だとニュースから聞いている。

 ザウルを攻撃していた人たちは被災者の救助を確認すると名前を名乗ることもなく、敵の後を追った。ラウラに聞くとアメリカの正規軍ではなく傭兵部隊だろうとのことだった。正規軍と手柄の取り合いや命令系統の混乱を起こさないようにするためだと説明されたが、本当のところはわからない。

 とりあえず箒の手のひらの火傷が心配だったので病院に向かい、他の怪我人の人たちが運び込まれたのと一緒になって、俺達は一夜を明かしたってわけだ。

 寝る直前になって呼んでくれたユビアス社長に連絡していなかったことに気づき、無事か確認するために連絡すると、

 

『こちらこそ織斑一夏様方をのせて避難できず申し訳ございません。襲撃中もお待ちしようとしたのですがやむを得ず・・・』

「あれはテロなんてやってくると思わないですから気にしないでください。」

『急ぎ救援は送りましたが、皆様ご無事でしたでしょうか?』

「あ、多分その人たちだと思います。協力してテロリストたちは追い払えたんで、何とか。箒・・・いや篠ノ之が火傷を――」

『追い払った? 戦われたのですか?』

「え・・・はい、そうですけど。」

『ふむ・・・・・・』

「あの、もしもし?」

『・・・ああ、申し訳ございません!少々考え事を・・・では篠ノ之箒さまがお怪我をされたのですね。本日はこのまま病院にてお休みになられるということで。』

「はい、明日にはそちらに行かせてもらいます。」

『いえいえ、今度こそお迎えに上がりますので。では明日よろしくお願いします。』

 

 

 

 

 というようなやり取りがあったので、今日には迎えに来てくれるらしい。

 そして今は身支度を整えて病院の玄関で待っている最中だ。外が暑いので俺は飲み物の買い出し中である。

 

(オレンジジュースとジンジャーエールと・・・箒用のお茶は売り切れだな。ま、冷たい奴で何かにしとけばいいか。)

 

 せっかく用意してきた服も大部分が空港ごと燃えてしまったので昨日と比べると女性陣の服も華やかさに欠ける。

 それでも続々とお見舞いや家族を連れて出ていく患者さんの中には箒たちに見惚れていく人も結構いた。

 

(着る側がいいからかねー。)

 

 美人なのってやっぱり大事だなぁ、と爺臭いことを考えても、今日はツッコミが来ない。いつも俺の頭の中で自由気ままにするヒリングが電源OFF状態だからだ。

 本人曰く、

 

『いやーキツイわー。昨日働きすぎたわー。』

 

 とやけに演技臭い疲れた宣言をして、俺のカバンの中で眠っている。もしかしたら俺の見えないところで何かしているかもしれないが・・・昨日は頑張ってもらったのも確かだし、休ませてやろう。

 車を待っていると、簪がまだ包帯を巻いたままの箒の手を心配する。

 

「篠ノ之さん…手、平気?」

「少し引きつる感覚はあるが・・・動かすに問題はない。火傷と言っても軽いものだったしな。」

「でも無茶しすぎだよ、箒。いつ天井が落ちてもおかしくなかったんだから。」

「自重という言葉を知るべきだ。」

 

 ラウラが特に厳しい視線を向けている。指示から外れたこともそうだが、誰にも告げずに命を危険にさらしたことが許せないのだろう。

 箒の横に立って睨むラウラも怪我はないが、敵を撃退するのに【ディオスクリア】と【ヴァロル・オージェ】の酷使したせいでまだ体調は優れない様子。

 俺やシャルルや簪は無傷だが、やはりまだ一様に疲労の色が顔に現れている。それだけきつい戦いだったわけでつい小言っぽくなるのもまあ仕方ない。

 

「面目ない。」

「そう言うなよラウラ、シャルル。箒のおかげで助かった人も多いんだし。」

 

 ほら、と飲み物を渡しながらやんわり止める。

 反省したらしく、頭を素直に下げる箒。これ以上言い争いになってもいけないので打ち切らせよう、と思ったのだが、

 

「うむ、助かる・・・が、貴様も大概に無鉄砲だ。」

「ありがと一夏・・・でも一夏、友達が危ないことをしてたら怒ってあげるのも必要だよ。」

「あり…がとう・・・織斑君も…その…自分は大切にした方がいいと思う。」

「・・・すいません。」

 

 一様にお礼を言って一口飲んだ後に指摘する。うなだれる箒に並んで俺も頭が挙げられなくなる。

 しまったな、俺も今回の箒と似たようなことばかりやってるから止められない。二人仲良く並んで怒られるかと思ったところに、やけに明るい声がかけられた。

 

「キミ、そこのキミだよ!ちょっと待ってくれ!」

「はい?」

 

 最初は誰のことを言ってるんだろうと思って構わなかったが、肩を叩かれてようやく俺の事だと理解した。

 俺を追いかけてきていたのは見知らぬ40代くらいの男性だった。体にあったスーツを着てジャケットは羽織っていない。袖をまくった腕や頭には包帯が巻かれて怪我が伺えるが、追いかけてきた当たり重傷ではないんだろう。目立った特徴を持っているわけでもないが、どこかであったことが・・・

 

「あ。」

「思い出してくれたかい。一度目が合っただけだから無理もないか。」

 

 着陸直後に箒の後に降りてきた俺に同情するような視線を向けてくれていた人だ。簪たちが降りてくるのを待っている間にシャトルに乗っていて、停電による激突でも間一髪怪我をしただけで済んだ、と包帯の巻かれた腕や頭を指して笑った。

 

「それで俺に何か?」

「一言お礼を言っておきたくてね。キミが僕たちを守ってくれたんだって?」

「あ、いえ、俺は当然のことをしただけで。」

「とんでもない!恐ろしいテロリストに立ち向かうなんてとても僕にはできないよ。それに――」

 

 ズボンのポケットをゴソゴソ探して端末を取り出した。納得できる顔を浮かべて画面を俺にも見せる。中には小さい双子の子どもが並んでベビーベッドで眠る写真が納められていた。

 

 

「キミのおかげで子供たちにも会えるんだ!」

「お子さんですか?」

「生まれる直前に日本へ出張になってね。直に会うのも初めてなんだ。やっとテキサスに家も買えた矢先について行って思ってたけど・・・キミがいなかったら危うく墓前で顔合わせするところだったよ、ははっ。」

「全然笑えませんけど!?」

 

 全く笑えないことを楽しそうに笑い飛ばしたその男性は、もう一度豪快に笑うと包帯を巻いていない腕で俺の方を強く叩いた。

 

「とにかくありがとう!キミ達の旅路にも幸多からんことを!」

 

 いい笑顔で俺に言うと、病院の中に戻っていった。

 

「律儀だな。わざわざ追いかけてくるとは。」

「でも…良かった。すごく…幸せそう。」

「そんなに家族に会えるのって嬉しいのかな?ちょっと大げさだと思うけど。」

 

 箒は感心、簪は安堵、シャルルが疑問と三者三様だ。  

 

「・・・ふむ、しかしああやって再会できる人がいるのも誰かの無茶のおかげか。」

「ふふん、やはり動いて正解だったな!」

「調子に乗るな。崩れたターミナルの中に生存者がいた確証があったわけでもないのに。」

「だから、誰かに呼ばれたのだと言ったろう!私はそれに応えただけだ!」

「通信にも無線にも内部から発信されたものはなかった。唯一音を発せられる棟内放送はケア教諭が使用していた。オカルトでもなければ誰に呼ばれたと?」

「ええい、わからず屋め!」

「ちょ、ちょっと二人とも!」

「喧嘩は…ダメ…!織斑君…!」

 

 だがその時俺は呼ばれたことに気づいていなかった。肩を揺さぶられてようやく簪が何か言っているのに反応する。

 

「・・・あ、ああ悪い。どうした?」

「篠ノ之さんと…ボーデヴィッヒさんが…」

「あいつらか。やれやれ、おーいお前ら。周りに迷惑だからそろそろやめろ。」

「「貴様はどっちが正しいと思う!?」」

「仲良しか!いや、ハモってないでそろそろユビアスさんが来るから止めろっての。」

 

 二人を制止しつつ、頭からは悩みが晴れない。

 

(俺は戦えた、守ったんだ。正義の味方として・・・イクサのように。)

 

 敵を逃がしてしまった空港の戦い、だけど彼の様に救えた人がいた。

 『悪を討ち果たすこと』が全てなら昨日の戦いは負けてしまった。だけど俺の正義の味方としての考えは、『みんなを守ること』だ。昨日の戦いの結果があれでよかったのかと、ずっと悩み続けていたが救われた人がいるならきっとよかったんだ。

 

(・・・でも)

 

 感謝されたことや俺達の戦いの結果で幸せになれた人がいることを喜ぶ一方、救えなかった陰があることも頭の片隅にあった。

 箒を助け出した1番ターミナル。ISのシステムにカットされて熱や臭いを含む周辺環境の影響はカットされていた。

 それでも目についてしまったのは朽ち果てた無数の死体。

 死んでいるだけならまだいい方だ。手足のないもの、顔のないもの、原形を留めないほど焼け爛れた肉塊・・・etc

 人の死に方とは到底呼べないような転がったそれらを目にして胸に浮かんだのは、嫌悪感以上の申し訳なさ、力が及ばなかったことへの悔恨の思いだった。

 家に帰れなかった人、家族との再会が叶わなかった人がいた。みんなを守ると誓っておきながら、守り切れなかった人がいた。

 

(みんなを守るって・・・誓ったはずなのに。)

 

 守れなかった無力さ。敵を討てなかったことへの怒り。助けられなかった人々が感じたはずの恐怖や悲しみへの申し訳なさ。

 それが心の中にまだしこりとなって残り続けていた。

 

 

 

 

 しばらくして迎えに来てくれたユビアスさんの車が道路に沿って滑らかに横付けした。車は映画とかでしか見ない長いベンツかと思ったが、予想を裏切って日本でも良くある普通のワゴン車だった。一台では全員乗れないのでユビアスさんのいる車両に俺と箒がラウラを挟んで乗り、もう一台にシャルルと簪が乗り込んでいる。

 ヒリングとハロはトランクの中だ。

 ワゴン車の中は改造されていて、後部座席が向かい合えるように取り付けられている。床も天井も高く、目に見えないところに金がかかっていた。

 何でこんな仕様かと尋ねても曖昧に言葉を濁すだけで乗り込むよう指示された。

 

 

 

 

 現在はUGAの本社に向かって移動中。

 昨日の疲れがまだ残っていたラウラと箒も最初は緊張して姿勢を正していたが、ハイウェイに乗ったあたりから整った寝息を立て始めた。特に箒は渡した飲み物を口にすると急に眠ってしまった。

 

(何かの薬効成分でも入ってたか。)

 

 すっかり熟睡した二人を見て対面に座る女性――ユビアスさんがクスクスと笑いを漏らした。

 

「ああ失礼いたしました。寝顔がとても安心しておられるようで可愛らしく。」

「昨日は二人とも頑張ってくれてましたから。」

 

 無難に言葉を返して、対面に座る彼女の姿を観察した。

 綺麗に整った顔立ちでシャルルのような中性的綺麗さがある。肩に届く程度で切り揃えた金髪は時折指で弄っているので、そうしやすいようにしているのだろう。ダークブラウンのスーツはある意味この人の立ち位置を表しているのか。

 外見からは年上のきれいな女性、とまでしか読み取れない。だがやはり座っているだけでもただの女性ではない存在感のようなものがある。

 現に昨日、救援にやってきた2機の手配をしたのは彼女。一般人なら慌てて逃げるだけなのがそうでないあたり胆力が垣間見える。外見だけでは人は判断できないというよい見本だ。

 笑みを崩さないまま、窓の外を見ると今気づいたと言わんばかりの顔を浮かべる。

 

「あちらですね、織斑様たちが戦われたのは。」

 

 窓の外、遠くに金属の残骸の山と化したかつてのノースウエスト国際空港があった。

 メインゲート棟の崩壊に巻き込まれた正面にある道路は現在、使用不可能となっている。遠くに見えたのはその迂回路をとっているせいだ。報道陣のヘリが上を飛び回り、解体と遺体回収と要救助者の救助が平行して行われている。

 

「一夜明けた今も未回収の遺体が1000以上あるそうですよ。亡くなった数はご存知ですか?」

「いえ・・・」

「およそ3000人。評論家や有識者はもっと救えたはずだと好き勝手に言っているようです。織斑様たちの手で救われた700人も十分な奇跡だと思いますがね。」

 

 もしくは不満をこめた口ぶりでそう話して、目を狭めて不愉快を露にする。

 後半は俺への気遣いなのか、それとも自社への屈辱に対する怒りを隠せないのかもしれない。

 一方の俺も現実の数を伝えられて動揺していた。

 

(2000人・・・俺が・・・守れなかった人達。)

 

 利用者の数は両棟で4000人以上。行方不明者も多く、飛行機の着陸と離陸が混みあう時間で見送りと歓迎に来た人達やハイウェイを走行していた車も巻き込まれた、と彼女は語った。

 

(もっと俺が早く決断していれば・・・)

 

 みんなと協力して、力を合わせるのが必要だって信じてた。

 そばにいる人を大切な仲間がいれば正義の味方として誰でも守れると信じていた。

 だが終わった後を見ればどうだ?

 力を合わせようとした間にメインゲート棟は崩壊して多数の死傷者をだした。

 仲間を信じても俺が弱いせいで死を弄ぶ許し難い存在、ザウルには逃げられた。それどころか箒に怪我もさせてしまった。

 

 俺が間違っていた?

 正義の味方は誰も傍に置かずに戦い続けるのが正しいのか?

 分かっているのは俺がまだどうしようもなく弱いってことだけだ。

 現実味のある数字として聞くと再びその身に様々な感情の混じった波が押し寄せる。膝の上で握った拳に力が入ってズボンに皺が一本刻まれる。なぜもっと早く目が覚めなかったのかと。

 

 一本。

 

 なぜラウラに頼り切らず、自分で作戦を考えて行動しようとしなかったのか。

 

 また一本。

 

 行動を変えていれば、結末も変わっていたのかもしれない。そんな思いが一夏の眉間に年齢には似合わない深い溝をいくつも刻ませる。

 後悔をしても意味はない。時を遡れない俺がいくらあの時を思っても、並べられた遺体や遺族の人たちに懺悔しても、それに意味はない。それを次に生かすしか――

 

「何やらお悩みの様ですね。」

 

 思考の迷宮に陥った俺に鋭く声がかかる。ハッと顔を上げると自分を見つめていたユビアスさんと視線がぶつかる。

 自分を見つめる目には被害を語った時の不愉快さは微塵も残っていない。青い目が映るもの全てを呑み込むような錯覚を生むほど、深い色合いをしていた。

 何の感情も籠っていない奇妙さで圧倒され、すぐには言葉を返せない。その対応に隠れた心情を見透かしてか、ユビアス社長は再び言葉を発した。

 

「空港の被害でしたら織斑様が気に病むことではありません。あれは起きるべくして起こったことなのですから。」

「・・・分かるんですか。顔を見ただけで。」

「社長というのも気配りの絶えぬ身の上でして、大抵のことであれば人の顔から察せられるのですよ。それに千冬様もきっと同じように考えられたでしょうし。」

 

 丁寧に話しながらも目線は俺をじっと捉えたまま放さない。その目に吸い込まれそうになる。迫力もそれを誇るまでもないように自然に行えるのも実力なんだろう。大人の空気に乗るように俺もつい口を開いた。

 

「CEOは。」

「呼び捨てで構いませんよ。公式の会談でもありませんし。」

「ユビアスさんは俺がやったことをどう思いますか。」

 

 誰かに聞いてもらいたい、そう願ってつい言った言葉への反応は実に大人だった。同時に態度も電話越しの時の妙にへりくだったものになる。

 

「素晴らしいことでしょう。悪辣なる外道に戦いを挑み、罪なき民を救った・・・そう革命を成し遂げたナポレオン、このアメリカを救ったリンカーン、彼ら英雄にも似た行為かと思いますよ。」

「罪なき民を救う、英雄・・・」

「ええ、言うなれば『正義の味方』とでも呼びましょうか。」

 

 やや陳腐な言い回しですが、と付け加えて肩をすくめる姿は耳に入らない。

 

『正義の味方』

 

 その言葉が出たとき、心臓の鼓動がドクンと跳ねあがった気がした。

 

「まあ、あえて言うなればもう少しご自愛なさるべき――」

「でも」

「はい?」

「でも本当の正義の味方なら、全員救わないといけなかったんです!」

 

 初対面の人にここまで感情的に怒鳴るのは初めてだ。冷静に自分の行動を分析しながらも、それでも溜まっていたどうしようもない迷いを話せる相手に口は止まらない。

 

「守れた人がいても!救えた人がいても!たとえっ・・・自分を犠牲にしても守るって決めたのに!俺にもっと力があったら、誰も死なせずに済んだ!」

「それは不可能でしょう。ウィン・D・ファンション様の助力もさることながら、共に戦われたお連れ様方の判断が織斑様達の命も繋いだ。」

 

 興味深そうな顔をして俺を見ながらも、ユビアスさんは俺の無礼を咎めることなく冷静に事実だけを指摘する。

 

「それともう少しお静かにされた方がよいかと思います。お連れ様たちも就寝中です。」

 

 その指摘のおかげで我に返って、急いで頭を下げる。

 

「す、すいません!急に怒鳴ってわけのわからないこと言って。」

「いえいえ、しかし。」

「あの?」

 

 顎に手をやってしばらく考え込むと一つ問いを投げかけられた。

 

「織斑様、貴方はずいぶん助けられなかったことに固執されていますが、なぜ他人を助けたがるのです?」

「それは・・・」

「空港で被害に遭われた方々は貴方の知己でも血縁でもない。その死を悲しみはしても、力不足を嘆く必要はないでしょう。」

 

 心底不思議そうに尋ねられる。

 当然か、ただのお人よしの枠には収まらない。

 それでもなぜ助けようとしたかの理由は決まっている。

 

「俺は、みんなを守るって誓いましたから。」

「ほう、『みんな』と?」

「箒や簪、シャルルにラウラ、それに鈴やセシリア、千冬姉や弾の家族、本音も。俺に関わった人すべてが俺にとっては守りたい人なんです。大切な人を見失わないでこの手で守る、それが出来る『正義の味方』になるって昔に誓ったんです。」

「だから空港でもできるのなら被害者全員を助けたかった?」

「それが正義の味方なら。」

 

 この気持ちだけは昔から変わっていない。

 大切な人たちのことを忘れないで、それでも人を守れるようになりたいと願ったあの時のままだ。

 俺の答えを聞くと、ユビアスさんは再び流れていく車窓に視線を移した。じっと車窓の景色は移り、今は都市感のない小麦畑と赤茶けた枯れた大地がある。アメリカという国の広大さを感じられる、一つの例だ。

 

「この世界は汚れています。奪う側と奪われる側の。二極化した思想基盤は外を改善するのではなく、内に澱みをため込む一方。」

 

 明言は避けているが三大勢力とそれ以外の土地における経済格差、及び難民問題のことだろう。このアメリカでも南アメリカ大陸の国々が破綻して溢れた人々が、アメリカとメキシコの間で創られた壁に挟まれて難民化していると聞いたことがある。

 

「力ある汚れきった強者の支配する世界に、心ある弱者が住まう居場所は残されていない。心も力もそれ一つでは何もできない。そんな世界であなたは誰もを救いたいと嘆かれています。」

 

 ですが、と言葉を区切る。

 

「あなたは救うべきものが見えていますか?」

「それは・・・当たり前です。死んでいく人も、傷つく人も誰も見たくない。」

 

 一瞬詰まったが、答えは当然だ。それを聞いてもどう思ったのか、ユビアスさんの表情は変化しない。子どもの駄々を無感情に眺める、そんな気配だ。

 

「それではこんな話をしましょう――――つい先日、空港襲撃と時同じくしてアメリカとメキシコを隔てた壁の一部が難民の手によって破壊、国内へとなだれ込む騒ぎがありました。」

「っ!?」

 

 全く違う話題を、しかも無視できない内容をぶつける。

 

「既に侵攻停止には追い込みましたが、破損した壁から約5㎞までの圏内は未だ自治権を要求する敵方の手の中。その範囲に住んでいた『元』アメリカ国民の安否は絶望的です。」

「他人事じゃないでしょう!国は、軍は何を!?」

 

 慌てる俺に対してどこまでも冷静に冷徹に告げる。

 

「すでに私の権限で鎮圧部隊を派遣、いずれ攻撃開始の報告が来ます。無論、加担した人、組織、団体、その全てを攻撃の対象として。」

 

 冷静な対応に感心しかけるが、見過ごせないことを言っている。

 

「待ってください!()()って、それは!」

「ええ。アメリカ国内に不法侵入した者はすべて攻撃します。それが元はただの難民でも。敵になったのなら例外なく。」

 

 確定事項を淡々と垂れ流す壊れたラジオのような話し方が背筋を冷やす。この人はなぜ今そんな話をするのか。

 理解が及ばず、固まった俺にさらに事実を突き付ける。

 

「難民側に火器を渡した者たち『世界難民解放戦線』からも公式に声明が出され、これ以降も難民への不当な扱いを行う国々に制裁を下すと言っています。」

「それは・・・」

「どうやら空港を襲った者たちもここの所属のようですが・・・まあそれはいいでしょう。さて『できるなら全てを救いたい』、貴方様のその理念はどこまでに向けられるのです?難民だけか、暴挙に至った襲撃者たちまでなのか、それとも難民を出した国すら救ってみせるのか。」

 

 救う相手を選べと唐突に答えを求められる。

 俺にいくら【アストレア】があっても壁の向こうにいる難民すべてを救うことは出来ない。国を変えることも武力ではできない。加害者のテロリストも元は難民で俺が救いたいと考える人々だ。

 背後の『世界難民解放戦線』を叩くことは出来るが、それもテロが起こらなければ戦えない。本拠地を調べて倒しに行くなど子供の戯言だろう。

 

「守るべきと思うものが敵となった時、貴方はどれを敵としますか?」

 

 ユビアスさんは聞いているだけで何も言ってはいない。俺がどこまで救うのかを聞いているだけだ。

 

「・・・」

「答えられませんか?」

「・・・俺は、目の前の敵を、誰かの命を奪おうとするやつを倒すだけです。どこまでが敵とか、あんまり難しいことはわからない。」

「ふむ、それもまた一つの答えでしょう。」

 

 特に落胆した様子もなく、俺の答えに頷いてみせる。

 

「しかし線引きは必要です。

 私の言を用いれば、私はそう『力ある汚れきった強者』です。我がUGAに関わる利益を守るために弱者を踏みにじる。どう思われようともこの生き方を恥じるつもりはありません。今更いい子ぶるつもりもありませんしね。」

「・・・」

「そもそも命とは運ばれるもの。死した者の骸から放たれた命がまたその瞬間から赤子へ渡り、この世は循環している。ゆえに人の生を縛るものを()()というのです。

 この世を循環させるために大きな命の繁栄を願って小の命を犠牲とする、そうして世界は回ってきました。」

「・・・あのテロで死んだ人たちも、壁の事件で死ぬ人たちもそういう運命だった。だから犠牲にするって、そう言うのか!」

「いけませんか?

 全員の生活を保障できないなら決まった範囲だけでも安定した生活を与える、まさに理にかなった方策。」

「それで犠牲になった人たちは・・・死んでいく人たちはどうなるんだ!誰にだって幸せになる権利はある!」

「権利とは義務を果たして初めて成り立つもの。UGAの利益に通じる義務を果たさないのなら私は救おうとは思いません。」

 

 そして指を立てて俺へと突き付ける。

 

「どうも感じるのですが、貴方様の誓いには中身がない。」

「っ!?」

 

 初めて核心を突かれた気がする。

 中身、俺の夢の中身。

 

「もしあるのなら今の私にも反論ができたはず。出来ないなら貴方様が欲しているのは『人を守り、救う事』ではなく、『正義の味方』という形だけなのでは? 誰を救うかも、何を敵にして切り捨てるかも定まってはいない・・・救う行為に拘る機械のような。」

「違う・・・違う!」

「救うだけの行為は自己満足。ひいては己の手で全ての命は善悪に選別、救済されるべきだという傲慢な考えにも通じます。貴方はそのような存在とは違うと言い切れますか。」

「違う!俺はそんな勝手なことは!」

「何故です?あなたがこれまでに救った中にも救われることなど望んでいなかったものもいたかもしれない。」

 

 病院でお礼を言った男性。彼もひょっとすれば生き残りたくなどなかったのか。あのお礼と笑顔が成果の形だった筈なのに頼りなく揺らいでしまう。

 

「これまでの貴方様の敵は分かりやすいものであったかもしれません。しかし正義を唱える者と相対した時、果たしてどうするのか。己の正しさを主張する敵に自分こそが正しいと理想を押し付け――」

「一夏をそれ以上いじめるな!」

「箒!?」

「情けないぞ一夏!言われるままでどうする!」

 

 いつの間に起きたのか、箒がユビアスさんに食いつく。妙に憮然とした表情と空気だ。張りあうように唇を上向きに突き出した。頬は紅潮し、身体の奥底からマグマのような熱を感じる。

 対するCEOの顔にはすでにその顔には元の大人の余裕の笑みが飾られている。俺と言いあった時の冷徹さは影も形もない。

 

「篠ノ之様、貴女にとっても織斑様の夢は変わって欲しいものではありませんか?このままでは彼は他人のためという看板を背負ってまだ傷つき続ける。一度己の道を見つめなおす機会では?」

「確かに私は一夏の夢に全ては賛成できない。背中しか見えない人間の気持ちを知ろうともしない。私が知る中でも間違いなく一番の馬鹿だ。」

 

 もうお前らの中で俺が馬鹿なのは断言できるのな。

 

「であれば・・・」

「しかし一夏は人を救い続けてきた。この馬鹿な性格が人を救ったのを私は見てきた。」

「勿論、篠ノ之様の方がきっと織斑様の多くを知っておられることでしょう。それでもこのまま歩み続けることは危険だと、私は危惧せずにはおられません。」

「それでも私は一夏のそばに居続ける。だからたとえ悩んで苦しんでも、一人で苦しませたりは()()()()。」

(ん?)

 

 ちょんちょんと肩をつついてこれ以上何もしないように合図を送った。が、逆に思い出したように俺の方を向いて大音量をまき散らす。

 

「言っておきゅが一夏!お前が何か悩んでいるくらいは分かっていたのらからな!」

「お前酔って――」

「分かっへいらはらな!」

 

 いつアルコールなんか飲んだ・・・と記憶を振り返るとあることが思い当たる。

 たしか病院で男の人に会う前に飲み物買うってなって、箒がお茶を買おうとしたら売り切れだった。その代わりに買ったのが、

 

(コーラを渡したんだった。)

 

 最近は一度もないせいで忘れがちになるが、箒にはコーラで酔っぱらえるという何処にも役立ちそうにない特技がある。

 もう完全にユビアスさんと一対一で話していた緊張感が霧散し、酔った箒が俺に小言を繰り出す。

 絡み酒なんだよな、コイツ。

 

「しょもしょも一夏はいつもいつも――」

「それいったらお前だってな――」

 

 クックック、と鳥が喉を鳴らすような声が俺と箒の言い合いに混ざる。向かいの席のユビアスさんが愉快気に俺達を見つめていた。箒を止めるつもりが俺も便乗して騒がしくしてしまった。さっきの怒鳴ってしまったことも含めて謝ろうとすると片手をあげて俺を制す。

 

「フフフ、良いですよ。謝罪される必要はありません。わたくしの大人気なさが原因ですしね。若い理想を聞いて、つい意地悪をしてしまいました。」

「意地悪って俺は・・・」

「あくまで私が気になったことを申し上げたまでです。目の前にある物だけを救う、それもおおいに結構。全てを救うとおっしゃったので、言ってみたのですよ。」

「・・・」

「ああ、壁に関する事件なら心配には及びません。少々誇張気味にお話ししただけで難民すべてを敵に据えたりはしませんよ。」

 

 悩みながら進むのもまたいいでしょう、と本心か作り笑いかわからない笑みを浮かべて俺に言った。

それにしても、と続ける。何か悪戯を思いついた子供みたいな顔になったような・・・

 

「愛されていますね、織斑様は。」

「な、なななななな、にゃにおう!」

「箒、落ち着け。」

「おやおや、私は篠ノ之様のことだとは申し上げておりませんよ?」

「んん・・・なんだ、うるさいぞ。」

 

 もう今の話題は終わりという風に箒の方へと体を向ける。ラウラも寝ぼけまなこを擦って起きたらしい。

 俺がこれから先どうするのか、正義の味方としての中身が俺にはあるのか。悩みながらも窓の外には目的地、UGAの本社がその威容を覗かせていた。

 

「さて千冬様はどんな反応をなさるでしょうね。」

 

 ・・・何か嫌な予感が頭に大きくかぶさった気もした。

 




以上です。進まなくて申し訳ない。
次回はその分色々と起こしたいです。

ではまた次回。

質問・感想・評価、何でもよろしくお願いします。

――予告ほどでもない、どうでもいい余談――
次回は色んな人が再登場(するかもしれません。)

もうすぐ新生活なので投稿が遅れたらすいません。
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