これからも変えるかもしれません。
ビルが立ち並び人々が行き交うニューヨークの街並みを眼下に眺めつつ、俺とイクサは表彰式の行われている会場へと向かっていた。
かなりの高速で飛んでいるためか、下を歩く人々が見上げようとしたときにはその場を通過している。あまりの速度で鳥に激突するんじゃないかと心配になって尋ねたが、そんなヘマするかとあっさり否定された。
「もうすぐ会場だ。」
「…意外と近い所にあったんだな。」
「気づいてみればそんなもんだ。」
ISのハイパーセンサーが、会場を捉えたらしく、そう告げてくる。相変わらず、仮面に覆われた顔の表情は読み取れない。
俺はこのイクサのことを全く知らない。ISに乗っていること位か。
だが、それでも何度か感じた親しみは嘘ではない。今も抱えられてこそいるが特に危機感を感じたりはしない。まるでそう、家族のような気がするのだ。
不思議な感覚を感じる相手に一夏は死にかけたときから、頭に浮かんでいたことを話した。
「どーした、黙り込んで?」
「…なあイクサ。」
「何だ?」
「…ずっと考えてたんだ。俺はこれから何をしたらいいんだろう?」
「………」
「さっき死にそうになって気づいたんだ。俺の努力には目的がなかったって。
今までは千冬姉の邪魔をしないように生きてきたはずだけど俺は、本当は千冬姉の背中を追っていただけだったんだ。」
死に瀕して自身の本質に気づく、というのも皮肉な話だが、俺が自分を見つめなおせたということだけを考えればあの経験も良かったのかもしれない。
そう、俺は自分という生き方をこれまでしていなかった。テストも武道も姉を超えるのではなく、その影を追いかけるためにただ足掻いていただけだ。
千冬姉という偶像に近づくため、意思を持たずに努力することがいつの間にか、当たり前になっていた。
最初に始めたときはそうするだけの何かがあったのかもしれない。だが少なくとも今の俺には、努力を続けるための理由も感情も見当たらなかった。
「いきなりそんなことを言われてもな。俺はお前の保護者じゃないし。
お前のこれまでを知っているわけでもない。」
「分かってるよ。ただ、今相談できるのはイクサだけだろ?」
「会って2時間もない人間をよくもそこまで信用できるな。」
そうも言っていられない。当時の俺はそれまで信じた道が突然消えてなくなったように感じて暴れだしかねない程に不安定だった。
「俺は千冬姉の影じゃないって気づいてまで、追いつくための努力はできない!
でもじゃあ、何をしたらいいかもわからないんだ!」
語りだすと感情の溢れが止まらなくなった。
事実に気づいてしまったことは今までの人生は全て幻だった、無意味だった、と宣告されたようなものに等しかった。
「千冬姉が優勝したのに喜べない気持ちがあったのは、それが俺の事じゃなかったからだ!あのリーダーが羨ましかったのは自分の夢があったからだ!
でも俺には二人と違って自分が叶えたい夢も、目標も何もない!」
「……」
耳元で怒鳴り、うるさい筈の俺をイクサは、ただ抱えて飛び続ける。
「俺は、俺にはっ、夢も何もない!何もないんだ!」
生きてきた道を見失い、ただ喚くことしかできなかった。
後から思えばよくもまあ、小3でこれだけの葛藤をしたものだ。明らかに分不相応な思いだが、当時の俺にとってこの時は確かに絶望というものを味わった。
今までの全てが希薄になり、手をすり抜けていく感覚は今でもあまりにも恐ろしい。
俺が叫び終えるのを待って、イクサは口を開いた。
「難しいことは言えないが、お前は間違っちゃいないだろ。」
「・・・・」
「今までの努力や生きてきた道に目的がないなら、そんなもんはこれから作れ。どうせ人間なんて大部分は生きる目的を持っちゃいないんだ。
そんなことより今までのお前を心配してくれた人、お前を応援してくれた人、お前を好きになってくれた人、そんな人のことを気にしろ。
今までの自分を認めないなんて言うなら、それはその人たちがお前を思ってくれていたことも否定することになる。
お前に向けられていた思いも、無かったことにするのか?」
「っ、それは‼」
思い出す。俺の事を見てくれた人がいたことに。
千冬姉
弾と蘭
五反田食堂の親父さん
箒
俺の生き方を見て、その上で俺に言葉を向けてくれていた。千冬姉の影ではなく、『俺』を見て、心配してくれていた。どうして、今まで気づかなかったのだろう。
ただ足掻くことに夢中になって、心配してくれた人々を気にもせず、突き進んでいた。
「そんなこと、出来ない…!」
「それでいい。焦らなくていいんだよ。お前はまだ9歳のガキだ。
ここからもう一度見つければいいんだよ、お前自身の生き方を。」
今までと変わらず、軽い口調だが、どこか温かい。
イクサの言葉に、俺はそんな気がした。
「…イクサ、ありがとう。」
「気にするほどのことじゃねぇ。お前は今気づけただけ上等だってことだけ忘れるな。」
そっけないことばだが、そこに俺は違和感を覚えた。
『お前は』ということは今までにも似た人がいたんだろうか。
それを聞こうとすると勘づいたのか、自分から話し始めた。
「…昔の話だ。お前じゃないが、自分の間違いに気づかなかった馬鹿がいたんだ。」
「馬鹿?」
「そう、助けを求める誰か、その全てを救える『正義の味方』になろうとした馬鹿がな。」
「……どんな人だったんだ、その人?」
「そいつはな、お前と同じようにガキの頃誘拐されたんだ。
けどお前と違って助けなんて来なかった。そいつの身柄を争って別の組織が襲撃してきた時にどさくさで逃げ出したんだ。
そして逃げ出す時に思った。銃声、悲鳴、怨嗟、そんなものが飛び交う中だからこそ思ったんだろうが、『オレは逃げられたが、世の中には逃げられず、助けを呼ぶ声も出せずに、世の中を怨むだけで、死んでいく人がたくさんいるはずだ。オレは、そんな人たちを救いたい。』ってな。」
「………………」
「そこから、そいつは努力した。NPO、NGO、国境なき医師団etc…メジャーな奴以外の団体も学生の頃から転々として、一人でも多くの人を救おうと足掻き続けた。
そして……そして、アレに出会っちまったんだ。」
「アレ?」
「ヒトの願いを叶える天使様、とってとこだな。」
その疑問にイクサは嗤う。まるで、その誰かではなく、自分自身を馬鹿にするように。
「苦しい戦いの先にそいつは世界中の助けを呼ぶ声が聞こえるようになった。それのおかげで、そいつは今まで以上に多くの人を救えるようになった。」
「良かったのか?」
「少なくとも、その時はな。」
今度は吐き捨てるように話す。さっきの嗤いといい、イクサの様子がどうにもおかしい。まるで他人のことではないかのようだ。
「それでその人はどうなったんだ?」
「正義の味方を目指す奴の末路なんて決まっている。
全ての人なんて救えるわけがない以上、どこかで命の価値の差を選ばなきゃいけなくなる。そして理想には辿り着けずに朽ち果てるんだろうよ。
あるいは歩む道の孤独に耐えられずに夢を捨ててしまうか、だな。
そう思えばそいつは運がよかった。完全には辿り着けなかったが、捨てることもなく、その夢の一つの区切りを見ることが出来たからな。
そうして少しの満足と共に、そいつは世界から姿を消した。
……もっとも満足したせいで、一つだけ果てる前の心残りが出来ちまったんだが。」
最後に呟いたことは分からないが、少なくとも納得はしたということなのだろう。
「『正義の味方』、か……」
「肩書きに憧れるのは分かるが、やめとけ。
そいつみたいに少しの満足と引き換えにもっと多くの大切なものを手から落とすことになるだけだ。
第一、そいつみたいに自分より誰かが大事、なんて考える馬鹿は二人もいらん。」
また俺の思っていることを読んだように、イクサは言う。
だが、努力の目的を求めている俺にとって正義の味方になることは、とても素晴らしいものに思えた。最後に少しだけ救われたという誰かを語る時の、イクサの表情がとても満ち足りたものに見えたからだ。
「よし、このあたりでいいだろ。」
「着いたのか?」
「大通りにIS展開して着陸なんてしたら大騒ぎだからな。路地裏だが我慢しろ。あっちの明るいところに向かって歩いて行け。そうすりゃ、会場は目の前だ。」
ビル街の隙間、光もほとんど差し込まない薄暗い路地に降り立ったイクサは、道路に面した道を指さす。このまま進めば俺は千冬姉の元に戻れるんだろう。
最後にこの俺にとっての正義の味方に、訊いておきたいことがあった
「……?どうした、早く行け。
千冬さんも待ってるだろうし、心配をかけるな。」
「なあ、イクサ。」
一拍、
「その正義の味方を目指した人は、救われたのか…?」
「…………」
イクサはすぐには答えなかった。先程までの様に簡単には喋らない。
赤く光を放つツインアイが、俺の目をじっと見据える。
光だけ見つめても、勿論そこには何の感情も浮かんではいない。
だが、その目は苦しんでいるように見えた。
「『正義の味方』に俺もなりたいって思ったんだ。
だけどイクサの話通りなら、その人自身は区切りを見れただけで良かったのか?
そんなことだけで幸せだったのか?」
「……さあな。俺は知らない。」
「嘘だ!
さっきの話し方なら正義の味方になりたかった人のこと、本当は知ってるんだろ!
教えてくれよ!」
ただ訊きたいことを聞いている筈なのに、どうしてこんなにも感情的になっているんだろう。なぜこんなに悲しい気持ちが出てくるんだろう。
叫ぶ勢いのまま、俺は話の途中から思っていた言葉をぶつけた。
「その正義の味方を目指して、少し満足して消えた人は・・・イクサのことじゃないのか!」
イクサは何も言わない。
先程の俺自身の葛藤を聞くときと同じく、ただ、静かに俺を見つめ、聞いている。
だが、何かの指示をしたのか、ゆっくりとイクサの身体が宙に浮き始めた。
「待ってくれ!」
咄嗟に手を伸ばして、その体を掴もうとする。赤い装甲に手が届きかけたが、あと一歩というところで、すり抜ける。
手の届かない高さになったところで、イクサは俺を見下ろす。
「一夏、正義の味方なんてやめとけ。
お前は夢を見つけたつもりかもしれないが、それは違う。
正義の味方はお前が、織斑一夏が目指すものじゃない。」
「なんでだよ!
人のために生きることは、間違いなんかじゃないだろ!」
「そうやって夢に生きたせいでそいつは全てを失った。家族も、友達も、愛した人も、そして帰るべき場所もな。お前はその苦痛に耐えられるのか?
少しの満足とは言ったが、それに満足をしないとやってられなかっただけだぞ。」
思わず息が詰まる。恐らくはこのイクサが、失ってきたものの大きさに。
少し年上だろうとは思っていたが、喋り方などとは裏腹にイクサはずっと長い間を戦ってきたのかもしれない。
「正義の味方になる前に、お前は身近な誰かを守る味方になれ。
手の届く範囲も救えない奴に、世界なんて救えるわけがない。
そんなことにも気づかず―――を守れなかった、馬鹿な英雄もどきと同じ道を歩むな。」
『身近な誰か』、その言葉に俺はもう一度衝撃を受けた。
また忘れるところだった。自分の周りには理解し心配してくれる人々が、多くいたというのに。忘れて突き進みそうになっていた。
動きを止めて、もう一度、空を飛ぶイクサを見上げる。やっとわかった、今度こそ、俺は間違えない。
「分かったか、正義の味方は孤独にしかなれない。だが、お前はそうはなるな。」
「ああ、わかったよ。俺は、俺にとって大切な人を助けられるぐらい、強くなる!
そしていつか、この手でみんなを守れる、正義の味方になる!」
将来が何になるのかはまだ分からない。だが、今俺は確かに、自分にとってのやりたいことを、『夢』を見つけた。
そう告げた俺を見るイクサの顔は、マスク越しのはずなのに、何故か笑った顔が見えたような気がした。
「これだけ人がなるなって、言ってやってるのにこいつは…。まあいい、お前もそれなら、少しは大丈夫だろ。」
「イクサ‼‼」
そう言い残すと、見上げる視界の中、イクサの姿がゆっくりと薄れ消えていく。足元から徐々に徐々に、まるで元から、なにもいなかったかのように。季節が移ると消える雪のように。
消えゆきながらも、イクサは俺から目をそらさず、言葉を残していく。
「忘れるな、一夏。
お前は一人じゃない、だから辛いときは誰かを頼れ。
でなければきっとお前もその馬鹿野郎と、いやオレと同じ道を辿っちまうだろう。そうなったら、俺がお前を助けた意味もなくなる。」
「俺が同じに見えたから助けたうえに、こんな話までしたのかよ!」
「それだけじゃない、今はそれ以上は言えない。」
また会おう、最後の声はそう告げていた。最後に馬鹿野郎の正体を明かしたイクサは、その場にいたという跡を完全に消し、その独特な、どこか親しみのある気配も感じることはできなかった。
赤い英雄が消えた場所に立ち、俺はもうここにはいない彼に、問いかける。
「………イクサ、質問に答えたふりして誤魔化したままにしただろ。
アンタはさっき救われたかを聞かれても答えなかった。」
「アンタは、………」
「まだ救われていないんじゃないのか………?」
答えは返らない。発展した社会においていかれた、風化した場所特有のなんともいえない臭いがそこにはあるだけだ。
もう一度、彼のいた場所をもう一度見つめ、俺は大通りに向けて歩きだす。
その心の中には少しの寂しさはあれど、今までにない程の確かな明るさを持っていた。
◇
これで俺の思い出話は終わりだ。
イクサの正体はあれから6年たった、中学3年生の今でも分からない。
だけど、あれから俺は周りの人に心配されることはなくなった。前の俺を知る人から見ると、今の俺は、すごく楽しそうに毎日を生きているらしい。
残念なことに、自覚はない。元からの努力に感情を持っていなかったから、変化に気づけないのも仕方ないが。勿論、努力は止めていない。
でも確かに、周りの人が俺にとって、大切な人だということはよくわかった。あの事件がなければ、今でも俺は目的のない努力を続けていたんだろう。
そのことに関して、アイツには感謝をしてもしきれない。
「そうだよな、アイツはまだ救われてなかった。」
そして、進路希望調査票の第1志望に大きく、「IS学園 整備・開発科」と書き込む。
あそこに通えば、イクサの正体がつかめるかもしれないと、そう思う。
アイツはきっとまだどこかで、何かのせいで救われていないに違いない。
正義の味方を目指す俺にとって、救われていない筈のアイツも、助けるべき対象である以上、アイツを知るための努力もためらうわけにはいかなかった。
「お前も必ず救う。だから、それまで待ってろよ、イクサ。」
まずは、明日この志望先を見た担任と戦うところからだ。
◇
既に、外の雪は止み、上り始めた月の光が俺を照らす。
あの赤い英雄も、この月をどこかで見ているのだろうか。
今もたった一人で。
これにて、第一章完結となります。
次の投稿は前回の後書きにも書いたように、大分遅れる予定ですので、
気長にお待ちください。
本当に後になって気づきましたが、イクサの機体色が赤と黒だった。パクリといわれても否定できないorz。
この話は本当です。ダークマター好きだったんで出したら、こんなところでつながった。
嬉しいような悲しいような...