かなりブランクが有ったので内容が余りよく分からない物になってしまいましたが興味が沸けばどうぞ。
エディス・フォス大尉は酷く憂鬱だった。非番であった時間を割いて用意したこの時間を読書にでも充てればまだ随分と有意義な時間だっただろうと半ばこの目の前の人間を放り出したい衝動に駆られたが、直ぐにその思考を頭から締め出す。
自分は特殊戦パイロット達のメンタルケアを担当する軍医である。ここは自分のテリトリーで有り、この星での存在意義である。だからこそ目の前の患者には有る意味負ける訳にはいかなかった。
だが特殊戦のパイロットは総じて、兎角彼は一層一筋縄ではいかない事はエディスは既に思い知っていた。
自分のどの様な詰問・テストに対しても終始無言を貫くか。あんたには関係無い、と言い捨てるばかりで今行っている事が果たしてメンタルケアと言える物か疑わしかった。いや、恐らくは言えないだろう、とエディスは思う。
「いいかしら、もう一度。この色は何色に見えるかしら大尉」
エディスは精神分析用の色彩票から赤と青紫が混じった様な奇怪な色を示す。
「説明できる色ではない、あんたが見えている色と同じだ」
「あなたがどう見えるかでいいのよ、感性で答えてくれるかしら」
「俺には判らない」
エディスは色を指し示す以外には使わなかったペンをデスクに置き、少々苛立ったように眉間に指を添えると、とうとう感情的になってしまう。
「もういいわ。全く、あなたと会話をするのは随分と疲れる事のようね。深井大尉」
手に持った未記入のカルテを零の眼前にチラつかせるとエディスは小さく溜め息をつく。
「詰問に答えないのなら先任大尉として命令してもいいのよ。不服従として禁固になっても構わないのかしら?」
「俺には関係無い」
「その発言は抗命として証言されるわ、どちらにしろ投獄される事には変わり無いけど」
零はあからさまに嫌な顔をする。
「安心してそんな事はしないから」
冷笑し足を組みかえると、零を見下すかのようにエディスが言う。
「命令ならそうするさ、雪風に乗るためにそうする事が必要とされるのならなフォス大尉。しかしこの診察に意味など無い」
「大尉。あなた、自分の立場を理解する事が必要なようね」
「いいかしら、私からクーリィ准将に貴方の診断結果は問題無しと報告しなければ、あなたは雪風には搭乗出来ないし作戦には参加出来ないのよ。解るかしら」
「理解など必要ない」
零はそう言って立ち上がる。
「待ちなさい大尉、あなたは私が嫌いなようね」
「ああ、口喧しく自分の道理を押し付る所は気に入らない」
「そう、いいわ。今日の診察はこれまでにしましょう。クーリィ准将には上手く報告しといてあげる」
エディスは溜め息をつくとカルテに向かい、許可に必要な部分を記入し自身のサインを添える。
「ブッカー少佐には此れを、明日のフライトには参加出来ると思うわ」
零は其を受け取ろうと片手を伸ばす。が、一寸での所でエディスがそのカルテを引っ込める。
「いいかしら大尉、また明日この時間に来なさい、命令します。特例は今回だけよ、これが私の仕事なの」
とエディス。零はその手から奪う様にカルテを取ると無言で部屋から立ち去って行った。
彼女一人になった室内でエディスは、コーヒーメーカーからブーメランロゴ入りのマグカップを取りコーヒーを一口啜る。明日もまた同じかと思うとエディスは酷く目眩がした。
後日、指定時間から少し送れてオフィスに来た零にエディスは余り意に介さず対面の椅子へと招き入れる。
「しっかりと来たのね、感心するわ」
数枚の書類に眼を通しながらエディスが零に向き直る。
「あんたがそう言ったんだろう」
「ええ、12分遅れ。許容範囲内だけど余り女を待たせる物じゃないわね」
零は閉口する。
「いいわ、今日は少し話をしましょうか」
「話すことなど無いよ」
「言うと思ったわ。そうね、あなたと私ってまだ何も知り合って無いのよ、カウンセリングとしては随分と初歩的だけど互いを理解する事は必要な事よ深井大尉」
エディスがそう言うと、零は気難しそうな表情をして肩を竦める。
「解ったよフォス大尉」
と、零。深く椅子に座りなおす。
「そう、良かったわ断られたら如何しようか考えてたのよ」
「査問会議行きだろう」
「嫌な人ね」
少々笑ったようにそう言いながらエディスは立ち上がるとコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注ぎ淹れる。
「コーヒー、いるかしら?」
「いや」
零は首を横に振る。
「そう、コーヒーに含まれるカフェインには頭痛を抑制する作用が有るのだけれど、これからの時間を考えるとお互いに必要じゃないかしら」
「頂くよ」
エディスの言葉に零がマグカップを受け取るとエディスがそれを見てクスリと笑う。
「あら、意外と素直なのね」
そう言いながらエディスは自身のデスクに腰掛ける。
「私の言う事なんて聞きもしない物と思っていたのだけど」
「あんたも嫌な性格をしているよ」
零が肩を竦めるとエディスも同様に小さく肩を竦め、互いに小さく微笑が漏れる。
エディスは一頻り笑いを堪えたあと、少し考えデスクの書類に何かを書きとめ零に向き直る。
「――いいわ、今日はここまでにしておきましょうか」
殆ど何も行わなれかった事に零は多少不審に思ったが余り考えずに無言で席を立つ。
「深井大尉。これを」
足早に立ち去ろうとした零に、エディスはサインを添えた書類を差し出す。
「それで暫くはフライトに参加出来ると思うから」
「――機械みたいな人間だと思っていたけど」
エディスは一人になった部屋で一人呟き、冷めかけたコーヒーを含む。
「あなたの事を少しは理解出来そうよ、深井大尉」