なろうにも同じ作品をあげています
少し迷ったが、結局欲求に抗いきれずに火を点けた。
ハーフタイムだった。中年だらけのお遊びのような大会なので、多少遅れても誰も気にしない。小さな体育館で、非常口を潜ればすぐに外だし、戻るときもすぐにベンチ横だ。一服するには絶好といえた。
ユニフォームは黒だったので、私は段差に腰を降ろした。白のユニフォームなら立ったままだっただろう。
私の煙草への火の点け方は執拗だった。まだ若かった頃、加減がわからずに咥えてしばらくすると火が消えている、ということを繰り返した。ムキになってこれでもか、というぐらいに火を点けるようになったのだ。必要以上に煙が立ち上ぼり、私の視界の大部分を白く染めた。
携帯灰皿など持っていなかったので、辺りを窺ってから、地面に灰を落とした。私の小物さだった。なにより小物と思えるのは、後々になってこの時のことを後悔することだ。その場その場では、いつも楽な方に流される。
「三分前だぞ」
非常口の扉が半分ほど開き、チームメイトが顔を出した。
第三クォーター開始の三分前に、監督が後半のゲームプランを伝えるのが私のチームの決まりだった。おそらく、大半のバスケットボールチームはそうだろう。毎年、部活を引退した高校生などが遊びに来るが、おちゃらけた態度の割りに三分前になるとしっかりベンチについているものだった。
もう二回ほど煙を吸い、吐き出してから戻ったので私がベンチについたのは開始の一分前だった。
三十五対三十二で負けていた。ロースコアに見えるが、運動不足の中年同士の試合などこんなものだった。むしろ、いつもよりハイペースといってもいい。
「ボールを、よく回せ。相手のゾーンは位置取りがお粗末だ。回せば、絶対に崩れる。マンツーに戻してくるまではそれでいい」
監督が、私の目を見ながら言った。このチームのポイントガードは私だった。クイックネスは全く足りていないが、ポイントガードをしたいというのが学生の頃からの想いだった。試合の展開に合わせたプランを考えるのが好きなのだ。ゲームプランというにはミクロな、ひとつひとつのオフェンスディフェンス。そういったものがメインで、だから私は監督などよりもポイントガードをやることを好んだ。
「ワンツーツーにしては後ろが動かなさすぎると思う。裏は無理だが、ハイポストへのフラッシュにボールを入れてみたらどうかな」
私の言葉に、監督は大きく頷いた。それでいこう、と言ってから、他の選手に説明を始めた。ハーフタイムの間に後藤が考えた作戦だ、などと言っている。
ハーフタイムなどなにも考えてはいなかった。煙草を喫って、自分の小物さを嘆いていただけだ。
「俺が、隙をついて飛び込みます」
ハーフが終わりぼちぼちとコートに入りだした時、センターの島が私のところにやって来て言った。
島に対して、口だけの小賢しい男だ、という印象を私は捨てきれなかった。試合中の動きはぎこちなく力任せのくせに、試合前や打ち上げの飲み会では自分のバスケ論を語ったりするのだ。他人の意見には反論をせず、だから自分の意見も批判しづらいような雰囲気を作ろうとしているのも気に障った。
つまりは小物な男で、とすると同族嫌悪か、と思ってからはあまり構わないようにしている。私があちらを嫌うということは、あちらもあまりいい感情を抱いていないということだった。
島の言葉に私は曖昧に笑った。センターが飛び込むというのは確かに効果的な考えだった。あとは、適切なタイミングを取れるかだ。
タイマーが唸りをあげた。審判が片手を上に伸ばし、もう一方の手でハーフライン横の選手にボールを渡した。こちらのスローインだ。バックコートのスリーポイントライン付近で私はボールを受けた。
「相手はゾーンだぞ」
ベンチから、監督が声を飛ばした。こちらはマンツーなので、今のうちにマッチアップを確認した。立ち上がりは基本を押さえることだった。練習不足のチームならなおさらだ。
リングと正対する形でフロントコートに入った。四十五度に二人、スリーポイント付近の零度に一人とローポストに島。
「ボールを回せ」
監督の声が横から聞こえた。ちょっと考えて、ドリブルをついたまま移動を始めた。
ゾーンを崩そうという時は、パスではなくドリブルで動かすのも有効な手段だった。トップを守る人間と四十五度を守る人間、そのちょうど真ん中までゆっくりと動く。この時のマークマンの受け渡し方で、ゾーンの力量はかなり測れるのだ。ちょっとでも意思疏通をミスすると、途端に綻びが現れる。鉄壁に見えた守りが、その綻びから崩れていったりするのもよくあることだった。
だいぶ横にずらした。受け渡しのタイミング。私は目を凝らした。
声がした。フラッシュ。ローポストのディフェンダーからだ。
島。いきなり飛び込んできた。つい、私は舌打ちした。早すぎる。
私を守っていた男が、一瞬気を取られた。行くしかなかった。ドライブ。ミドルラインに、鋭く切り込んだ。あっ、という声と共に、男がサイドステップを踏んだ。並ばれる。私のクイックネスはその程度だった。
一気に動き始めた状況についていけず、島がフリースローラインで棒立ちになっていた。動くなよ。心の中で叫んだ。
男が、前に出ようとしていた。私は、島の横をブラッシングで通った。スクリーンの形になった。並んでいた男が、視界の後方へと消えた。
ヘルプが来た。相手のセンターで、私より二十センチは高い。私が上体を起こした。フェイク。跳ばない。身長差の有利をよくわかってるセンターだった。
「外」
声が飛んだ。零度で一人、フリーになっていた。私はリングに向けていた躰を外に向けて開いた。ミートの体勢も作れている。
視界の隅でなにかが動いた。ほとんど直感で、私はローポストへパスを飛ばした。島。スクリーンの形をうまく利用していた。咄嗟にピックアンドロールを作ったのだ。ナイスプレー。思わず、声に出した。
バウンドパスを、島がファンブルした。転々と、ボールがエンドラインを越えていった。僅かな沈黙の後、審判の笛が体育館に響いた。
島がこちらへ向き直った。私は吹き出してしまった。戦々恐々。顔にそう書いてある。
「気にするなよ、島」
声をかけた。島が大袈裟に肩を脱力させた。その様子に、私はまた破顔した。
後半の先制点は煙草の煙のように消えた。ただ、別のものの一部も煙と共に消えていった。そこでできた綻びをどう崩すか。私は、どこまでもポイントガードだった。
バスケは好きです