最早、状況は一変していた。
追う者と追われる者の立場が逆転していたのだ。
逃げるは哀れな不良三人。
追うは第二位の怪物。
「はははは! どうした! もっと俺を楽しませろ!!」
空をひゅんひゅんと飛びまわる垣根。実際はもっとスピードが出るのだろうが遊んでいるのだろう。不良の走行速度に合わせて飛んでいる。
「な、なんなんだよ! アイツ!?」
はあはあ、と息を切らせながら必死に逃げる。逃げられもしないのに。恐怖で足が動かないのかうまく足が動いていない。その差は徐々に詰められていく。
その前にイルカのビニール人形を持った少女がいる。
一瞬、その少女を盾に逃げるという考えが頭をよぎる。
しかし、その考えもあっけなく散らされる。
少女が指をパチンと鳴らすとどこからともなく何かが近づいてくる。
ズズズズズズズズゾゾゾゾゾゾゾゾザザザザザザザザ!!!! と。
触手のような無数の『手』が黒夜の元へ集まっていく。
「ぎゃははははははははははははは!!」
とてつもない愉悦に満ちた表情で少女は大きな笑い声をあげる。
その姿は不良達にさらなる恐怖を与える。
それをオーバーキルというのだろう。
しかし、彼らにも思惑はあった。
取引で謎の襲撃が起きたと聞けば、多少は『幻想御手』の拡散をとどめられるかもしれない。彼らなりのどこの誰とも知れない人間への珍しい気配りだった。
しかしもう一度言う。これはオーバーキルだ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
垣根の圧倒的な力が印象深いのか意識をふっ飛ばしそうな程のショックを受ているようだ。
『垣根様! それ以上はいいでしょう。そろそろ……』
無線越しのレオンの声に垣根はテンションの高い声で。
「でもまあ。こいつらが話すかどうかは知らねえぞ?」
垣根はいかにも悪人が浮かべるような笑みを張りつかせた。
「あーあ。つまんねーの」
垣根の声に好戦的な黒夜も同意するように頷く。
戦意喪失した不良は呆気なく『幻想御手』を差し出した。当然、お金も返してもらった。
天谷の部屋に戻った一同は再び家の中でくつろぐ。
「しっかし、あの『幻想御手』がこんな音楽ソフトとはな。少し、拍子抜けだぜ」
ソファに身を預けながら呟く垣根。
しかし、『幻想御手』が広く出回った代物である以上、身近な物が使われている可能性は専門的な機材よりは現実的だったが、まさか音楽プレーヤーとは思わなかった。
「そういや、海鳥。『手』の調子はどうだった?」
天谷がソファに寝転がる黒夜をどかしつつ、尋ねる。
黒夜はあまり思わしくないといった表情で、
「いや、まだご機嫌斜めでよォ。……そのうち病理の野郎にでも調整させとく」
実は、今回それほど強くもない不良相手に面倒な作戦を使ったのはこれが目的の一つだったりする。
演算を機械に依存させ、肉体の一部をサイボーグ化させている黒夜は無数の蛇のように伸びた機器を『手』として扱い組み合わせる事によって、能力の威力を向上させている。
しかし、その『手』もまだ調整段階の為、多少の扱いにくさはぬぐえていなかった。
「…………、およそのデータの解析ができた」
美空が音楽プレーヤーに差し込んだアタプタを抜きながら呟いた。
くるくるとアタプタの線を弄びながら、
「一見かなり複雑なプログラムじゃったが、仕組みは思いのほか単純じゃの」
美空は端末に送り込まれた情報を見ながら少しがっかりした調子で言う。
「ここにデータがないから言えんが、何者かの脳波をキーにしているようじゃの」
「それって……」
美空の言葉にわずかに声を上げる天谷。
引っ掛かったのは『脳波』という単語だ。
幸い、この部屋にいるのは全員頭の出来がいい者達だ。いずれも美空が出した結論が見えている。
「つまり、一定の脳波を取り込む事で巨大なネットワークを構築してるって事でしょうか?」
「ですが、それですと理論的にかなり厳しいのではありませんか?」
鈴科とレオンはそう言って首を傾げる。
どうも結論にたどり着けない。重要なパーツが欠けている。そんな印象だった。
しかし天谷は、
(脳波……ネットワーク? まさかこの理論って、いやでもあれは全員の脳波が……応用できなくもない、のか? ……くそ、確証が持てない)
悩む天谷に垣根が渋い表情で呟いた。
「どうやら、今回は結構複雑に絡まってやがるな」
天谷はわずかに苦笑いするだけだった。