学園都市第三位の超能力者、御坂美琴は沈んだ。
これによりようやく天谷の望む展開に持ち込まれた。
つまり、木山と一対一の直接対決。
(相手の手札は大体見た。ここまで全部を晒したとは思わねェが……それなりに切ったンだろォなァ。手札ってやつを)
昂ぶる気持ちとは真逆に天谷の思考は冷静に目の前の敵を分析していく。
これも天谷の特徴の一つと言えるだろう。
しかし、どれだけ手間をかけて敵を分析しようと最終的に天谷がとる行動は単純だ。
拳を握る。それで終わる。後は全力で敵を叩くだけだ。
おそらくこのぶつかり合いが最後だろう。
天谷が木山へと突っ込んでいく。
そしてその様子を興味深そうに傍観する者がいた。
垣根帝督。
学園都市第二位の超能力者。御坂美琴をも凌駕する力の持ち主。
「へえ……」
垣根は遠目からあえて何もせずにその戦況を見守った。
本来なら、今すぐそこに混ざりたいがそんな事をすれば親友がマジギレするので絶対にしない。
しかし、彼の目には能力者らしい関心事が映っていた。
(あれが擬似的な『多重能力者』ね……。方式的には違うが限りなく再現してやがる。ある意味では俺より価値があるかもな)
自分が下かもしれないと垣根はあっさりと認めつつ、地上の戦闘を傍観する。
木山が能力を複数使用してくるのに驚いたのか、最初こそ押されていたが、間合いを掴んだ天谷が徐々に距離を詰めていた。
学園都市の定説を覆す程の相手を前にしても、揺らがない『最弱』を見て垣根は目を細める。
(だが、戦闘が長引けばペース配分の利かない慶はどんどん不利になる。……さあ、どう出る?)
暴力的な側面が強い垣根もここでは傍観を決め込む。それほどまでに天谷を信頼していた。
負けるはずがない、と。
にやにやと戦いを見つめる垣根だが、同時にもう一つの『理論』も理解していた。
おそらく天谷もだろう。
それはAIM拡散力場。能力者が体温のように自然に発する力のフィールド。
木山は一万人の脳と同時に能力の源となるAIM拡散力場を自身一人に収束している。今は、彼女の手の中にあるからいいが、もしその手を離れ暴走したらどうなるか。
垣根は一つの結論を打ち出す。
(擬似的な虚数学区が現出するだろうな)
様々な噂が乱立する『虚数学区・五行機関』もその正体はAIM拡散力場によって構成された一つの『世界』だ。
おそらく一時的に収束したAIM拡散力場は一つの巨大な意思となって現出する。それは、本来の『虚数学区』に比べれば遥かに小規模かもしれない。確かにそれを構成するには無能力者が多数を占めるかもしれない。
しかし、木山を倒すという状況は小規模とはいえ、その怪物が彼女の手を離れ、暴れるという事に他ならない。
垣根の思考がそこまでたどり着いた時だった。
戦況に明確な変化があった。
木山の右手から伸びた高周波ブレードが天谷に迫る。
初めは木山が中距離から一方的に攻撃するだけだったが、気付けば近接戦に持ち込まれていた。
そのブレードが天谷の肩口を狙う。しかし、近接戦は天谷が最も得意とするジャンルだ。急造の能力で勝てる程、天谷は甘くなかった。
ギュルン! と足を軸にキレのある回転でブレードをギリギリになるようにかわすと、その遠心力のまま木山へ裏拳をたたきこんだ。
その衝撃に木山はわずかによろけてしまう。
その時間、実に一秒程度だっただろう。
しかし、この一秒が命取りとなった。
木山の腰にしがみついた者がいたのだ。
「なっ!!」
それは、先ほど爆発に飲み込まれたはずの御坂だった。
予想外の出来事に木山は必死で能力を振るう。
だが。
「遅い!」
ゼロ距離から放たれた電撃の前には念動力で動かされた瓦礫も、生み出された火や水も意味を成さなかった。ましてや、相手は電撃使いの頂点。電気系統はもちろん磁力系統も通用しない。
バチバチィ! と木山の体を紫電が迸った。
「ガ、ァァァァアアアアアアアア!!」
自身の持つ電撃スペックを遥かに超えた電流が木山の体へと流されていく。
刹那。
御坂の頭に木山の過去が流れ込む。
――――せんせー! お誕生日おめでとー!
――――私が何故……
――――学園都市の役に立てるようになりたいなぁって
羅列する記憶の中にある一つ。
木山が子供たちを実験へと送り出す。
そして惨劇。笑う科学者、木原幻生。
もちろん、御坂は木原幻生を知らないのだが。
これが『闇』。学園都市を構成し根強くカビのようにはびこる『闇』の一端。
少女は触れた。触れてしまった。
「これ、は……」
御坂が茫然自失の状態で呟く。その呟きすらも自覚できないまま。
ネットワークとの接続により目を紅く染め上げた木山はよろめきながら言う。
「見ら、れて……しまった、のか…………」
長い間だった。木山は確実に何かを抑えつけながらも話す。
「二十三回。……これが何の回数だかわかるか? 私が統括理事会に『樹形図の設計者』の使用を要請した回数だ。全て断られたよ」
止まらない。木山の心の叫びが、痛みの声が、止まらない。
「上の連中は! あの非道な実験を黙認した上で! あの子達を助ける術さえも奪った! 止まるわけにはいかない! ……例えどんな方法を使ってでも、あの子達を助けるまで私は止まれないんだ!!」
「……ッ!」
木山の言葉に御坂は何も返さない。いや、返せない。
『闇』を知らない御坂には理解が追いつかなかった。
あれだけの記憶。それだけの悲劇に御坂は触れた事がない。
その時。
木山の頭。正確には脳にこれまでに無い激痛が走った。
唸るような声を上げて木山が体を前のめりに倒す。
傍観を決め込んでいた天谷の目の色が変わる。それに気付く者もいないが。
「ちょ……ちょっと」
御坂の言葉が届かないのか、木山は独り言のように、
「こ、れは? ネットワークのぼ、うそう? いや、虚数学区……、!? ガァァアアアアアアアアアアアア!!」
木山の叫びと共に。
――――怪物が、産声を上げる。