天谷と垣根はマンションへと歩を進めていた。
何だかんだ言っても彼らが事件を調べる時はここから始める、というリズムが生まれてしまっているようだ。
そのことを自覚し始めているのか。
垣根は軽い調子で、
「とりあえず、こっから始めるスタンスになっちまってるな」
「……否定はせんが、嬉しくはないな」
気に食わないといった感情を露骨に見せながらも天谷は自室のドアへと手をかける寸前。
天谷の中を何かが貫いた。
物理的に、ではない。
ただ、天谷の直感がそう告げていた。
――――今なら、間にあう。
――――今、引き返せば全てを失わずに済む。
――――闇から手を……
「黙れ」
「?」
一瞬、時間にして十秒にも満たない程、天谷は止まっていた。
しかし、それらの警告を無視してドアを開ける。
別に、ドアを開けたら三人の少女が襲ってくるわけでもない。天谷に予知能力があるわけでもない。ただ、漠然とした直感がそう告げただけ。思いすごしに過ぎない。
怪訝な顔をする垣根に何でも無い、とだけ告げると天谷は部屋に入っていく。
「御帰りなさいませ。ご主人様」
いい加減に慣れたのか、天谷は特に反応せずにリビングへと入っていく。
「ふむ、帝督めが来ているところを見ると……また面倒事のようじゃの」
美空はため息まじりに呟くと、端末を取り出す。
適当な調子で電源をつけると、無数の情報をその幼い瞳に羅列させていく。
その様子を確認した天谷はソファに体を預けながら、
「んじゃ、さっさと本題に入ろうぜ。……毎回、この流れってのもいい加減に疲れた」
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すっかり日も暮れ、薄明かりだけとなった学園都市の公園を一人の少女が闊歩する。
木原龍華。
『木原一族』の一人。
ピンクの薄手パーカーに太ももまで露出したショートパンツと夏全開な格好も夜になればさすがにミスマッチである。
「……うーん。さすがにだるいなあ」
彼女は軽い調子で呟く。
鼻歌でも歌いだしそうなにこやかな表情も彼女が浮かべればどこか残虐なものに見えてしまう。このあたりが彼女を『木原』たらしめている要因の一つだろうか。
パーカーのポケットから携帯端末を取り出し何かを確認する。
「垣根ちゃんは惚れちゃいそうになるくらい順調だね。……天谷ちゃんは思ったより芳しくないかな? 『第二世代』の方もそろそろ完成するのに。これじゃあ『第二世代』が勝っちゃうなあ」
まあそれでもいいんだけど、と木原龍華は呟く。
夜の街を女性が一人で歩くのは危険、なんていう常套句は彼女に通用しない。むしろ彼女に声をかけた者の方が危険というものだろう。
それに彼女の放つ異様な雰囲気がそれを許していないような気もした。
彼女は以前に天谷とほんのわずかではあるが、戦い、実際に彼の力量を肌で感じようとした。
しかし、彼は予想を下回る結果しか残してくれなかった。
あの後、拍子抜けした木原龍華は失望の色を隠しきれなかった。
「……もっと、あなたは強いと思ったんだけど」
ポツリポツリと感情が漏れ始める。
「こんなんじゃ私が殺すまでもなく、誰かが殺しちゃう」
真夜中の公園のベンチに腰をかけ、ぼんやりと考え、まだ感情が漏れていく。
「……第一位を能力という一点に特化した『最強』と呼ぶなら第二位である垣根ちゃんは総合力において最も優れている『最優』。そして垣根ちゃんを『最優』にまで昇らせたのが天谷ちゃんなのに」
そこまで言って木原龍華は大きなため息をついた。
「『二年前』のことがそんなに忘れられないなら……。いや、この先は天谷ちゃんが自分で決めることか」
もう一度、大きなため息をつく。
その青い瞳がわずかに動く。特徴的な金髪をわずかに揺らす。
そして呟いた。
「ちえ……。こんなんじゃ私の『木原』は満たされねえよなあ……」
――――――――――――――――――――――
場所は再び天谷のマンションに戻る。
時刻は十時を過ぎており、帰る気配のない垣根はまたお泊りになりそうだった。
眠気を覚えたのか、美空は幾度かあくびを繰り返しながらも懸命に端末を操作する。
「……研究所が壊されておる」
美空が回線の中に存在する情報を引き出し、呟いた。
そこには破壊された研究所の名称と画像などが映っていた。
垣根はそれを覗き込むように見ると軽い調子で、
「どれも研究してるジャンルはバラバラか……」
同時にチラリと画面上に浮かび上がる文字列に視界を移す。
破壊された原因はいずれも『謎の電子的介入』だった。
その数、占めて十四か所。いずれも同じタイミングで行われていた。つまりは同時多発テロである。
そして学園都市の厳しいセキュリティを力技とも言える方法でくぐり抜けられる発電系能力者は多くない。
つまり。
「可能性としちゃ、第三位が妥当だな」
垣根はそう言って軽く肩をすくめる。
天谷は手の中でくるくるとナイフを回して弄ぶ。
「どこから出したんだよ。そのナイフ」
「いくら強いつっても俺は無能力者だ。それなりに対策を講じてる」
そう言って天谷はポケットからスタンガンを取り出す。
垣根は呆れた調子で、
「お前は拳銃もナイフも扱えんだろ? だったらスタンガンなんて……そもそもお前は武器を使うタイプじゃねえだろ」
そうでもねえよ、と天谷は吐き捨てる。
「確かに素手の方が戦いやすいけどさ。それでもやっぱ武器の必要な局面ってのは出てくる。……手札は多いにこしたことはねえしな」
それを実証したのが『幻想御手』だ。
能力者の力場を乱す特殊な拳銃は確実に怪物にダメージを与えていた。
とは言ってもただその銃を渡されたから、誰でもそれだけの結果を残せる訳ではない。
そこに天谷の底知れなさが見え隠れしている。
「そこの男ども。おしゃべりに洒落こむのは良いがそろそろデータの解析も終了するぞ」
美空がパタパタと足を振りながら言う。
端末には『絶対能力進化実験』の文字があり、その関連機関についての特定が進められていた。
ピー、と高い電子音が響く。
「……出たの」
その画面に浮かんだ文字を目にして美空はわずかに目を見開く。
その様子に垣根は怪訝な顔をしながら、
「どうかしたの? 美空ちゃん」
美空は子供扱いするな、と言いたげな視線を垣根に向けてからあざ笑う調子で告げる。
「研究所はの。病理解析研究所じゃった」
ズザッ!! という音が響いた。
天谷が怒りで手に持っていたナイフをテーブルに突き刺した音だ。
その怒りもおさまらないまま天谷は、
「また……アイツかよ。いや、病理の意味が違うのか? 二つの意味にとれるけど……そっちの意味だったら最悪だよな」
冷静に言いながらも突き刺したナイフを握る手はぶるぶると震えていた。