ドゴンバガンボゴォン!! と爆音が響き渡る。
その様子を見て、ほくそ笑む少女がいた。
フレンダ=セイヴェルン。
暗部組織『アイテム』の構成員の中で唯一、能力に頼らず爆弾を扱う。
(……あれって第二位よね)
フレンダは自分ほどではないにしろそれなりの艶を持つ金髪に端正な顔立ち、高級ブランドのジャケットを纏った少年は見て思わずため息をつく。
もう一人の発電能力者と思わしき少女は帽子で顔を隠しており、誰か判別できないが陶器爆弾すらも一蹴していることからかなりの高位能力者と言えるだろう。
どちらにしろフレンダにとってかなりまずい状況だ。
その時。
垣根の視線が明確にフレンダへと送られる。
丁度、三人の配置はフレンダが階の上で二人を見下ろす形なのだが。
そんな距離は第二位こと垣根帝督の前には無意味だ。
ギュオ!! と六枚の白い翼を展開した垣根が上へ昇るための階段を無視して直接、フレンダへ迫る。
「へ? あ、ひえあ!」
一瞬、理解が追いつかなかったが超能力者という怪物を前にその一瞬は命取りだ。
何がともあれ逃げるのが最善の選択だ。フレンダは研究所の奥の暗闇へと姿を消していく。
「ちっ、逃がしたか」
遅れること数秒。垣根がフレンダの立っていた場所へ着地する。
御坂も天井の鉄分と自身の磁力を利用し、横に並ぶように着地した。
「……アイツはアンタの知り合いなの?」
「まさか。仕事の都合上、名前だけ知ってるだけだよ」
「そう。まあ、あんな爆弾女と知り合いでも引くだけだけど」
御坂はくだらないといった調子で呟いて、フレンダが逃げた後をゆっくりと追う。
垣根もその後を追う。
しかし、通路は続いていなかった。
直方体の空間。照明の類がないためか、若干薄暗い。
御坂は部屋の構造を確認して逃げ道がないこと把握する。
「焦って選択を間違えたのかしら? それとも……」
「結局ここまで追い詰められるとは思わなかったって訳よ」
直後。
垣根は地面に無数の白いラインを確認する。鉄板なんかを焼き切るために使われるツールだと垣根は認識していた。
だが、それは人間の下半身を吹き飛ばすほどの威力がある。
フレンダはスカートの内側から無数の電気ツールを取りだす。
「逃げ場はどこにもなし! 隠れる場所もなし! さあ、この状況を突破できるものなら……」
そこでフレンダは違和感を覚える。
おかしい。
電気ツールは問題なく作動しているはずだ。ならばなぜ? なぜ地面を這うような衝撃が発生しない?
答えは単純だ。
垣根帝督。彼の扱う未元物質は世界を塗り替える。
本来、活動するはずの電気ツールが作動しないようになっても何の不思議もない。
「よせよ、フレンダ。テメエの手の内は全て解析済みだ。ここはすでにテメエの知る場所じゃねえんだよ」
それは言外にこう言っていた。
お前の戦術の全ては俺に通用しない、と。
どれだけの戦術を組み立てても、どれだけの力を蓄えても第二位には通用しない、と。意味がない、と。
フレンダの中で焦りが広がる。
ゆっくりと垣根が、第二位の怪物が歩み寄ってくる。
ペタン、と思わず尻もちをついてしまう。それほどの存在感。それほどの威圧感。
後ろから御坂が歩み寄る。
「ちょっと待ちなさい。私が先よ」
「構わねえよ。殺さねえなら好きにしろ」
バチバチィ! とフレンダの体に電流が迸った。
体が痺れて動けないフレンダに対し御坂は冷たい調子で、
「電撃に手心を加えたのは連れの頼みと情報を聞き出すため。殺したら後味悪いとかそんなんじゃないわよ」
御坂は威圧するように手に電流を迸らせる。
しかし。
(そんなの誰が言うかってーの)
フレンダはそんな意思がないと言わんばかりに首を振る。
それに答えるように御坂は手近な機材を電撃で完全に焦がす。いわゆる脅しというやつだ。
ゾワッ! とフレンダの背筋に冷たいものが走る。
「三秒以内にあなたの仲間の能力と依頼主について言いなさい。さもないとこうなるわよ」
親指で黒こげになった機材を指す。
今の御坂ならやりかねない状況でもある。
フレンダはガクガクと震えながら、
(わー、言う言う! 麦野たちなら能力ばれても大丈夫よね!)
実際、第四位の麦野よりはるかに格上の第二位こと垣根帝督がいる時点でもう大丈夫ではないのだがフレンダの都合のいい思考回路はそれを認識しようとはしない。
そして、同時に気付く。
電撃によって体が痺れたことに。より正確には口がうまく動かないことに。
「言わないつもり? どこまでも仲間を庇うつもり? ……まあ、そういうの嫌いじゃないけどね」
「(違う違う! 痺れて言えないだけだって!)」
フレンダはパクパクと口を動かそうとするが、まともに声が出ないため御坂に声が届くことはない。
バチバチ、と。
御坂の電撃がフレンダに当てられようとした時だった。
ジュワ!! と。
分厚い鉄製の壁が溶ける音がした。
「ギリギリだったみたいね。フレンダ」
現れたのは大人の雰囲気を漂わせる茶髪の女性。
麦野沈利。
学園都市第四位の超能力者。
丁度、フレンダと御坂の間に撃ち込まれた『原子崩し』は粒子、波形どちらでもない曖昧な状態で射出される光線のようなもの。これが『原子崩し』
そしてもう一人。ジャージの少女が後に続くように麦野の開けた巨大な穴から入ってくる。
滝壺理后。
大能力者でありながら『八人目』の素養を持つ少女。
銀河の果てまで能力者の位置を特定できる『能力追跡』は全力を出せば能力者の一人の能力を完全に操ることも可能。しかし、『体晶』で自身の能力暴走を誘発させなければできないなど危険の伴う副作用もある。大量に使えば死ぬ可能性もあり得る。
「……ったく。今度は何よ」
御坂が呆れた調子で呟く。
柱の鉄分に磁力で張り付きながらも電撃を放つ。
だが当たらない。御坂の電撃は直前でそらされる。
まるで。
物理的に干渉されたかのように。
同時に気付く。
いつの間にか垣根がいないことに。
(アイツ……どこにッ!?)
逃げたのか、という判断はすぐに捨て去られる。
なぜなら。
垣根は天井から弾丸のように地面に降り立ったのだから。その六枚の羽根を広げながら。
垣根は挑発するかのように言った。
「カッコいいだろ。勝利宣言しに来たぜ」
「ハッ。アレイスターに選ばれなかった『第二候補』にはしゃがれてもねえ」
麦野は一瞬で垣根が第二位であると看破する。暗部の仕事上、目に通す機会があったのだろう。
麦野の中に沸々としたものがわきあがる。
第二位がどうした。自分が第四位? だから勝てない? そんなことはないと。自分だって勝てると。麦野は判断する。
「……結局、こうなるって訳よ」
フレンダは誰にもばれないようにため息をつく。
他の超能力者よりも麦野は自分の第四位という順位を気にしている。格上の第二位とぶつかるなんて展開になったら熱くなるのは無理もなかった。
「第三位。先に行け。その方が互いにとって得だ」
「……わかったわよ」
特に逆らう理由もない。
それぞれ別の目的があり、利害が一致したから行動を共にしてきただけ。
垣根が死のうと御坂には関係ない。また、庇うだけの情も彼女は捨てている。
垣根が天井に作った大きな穴から御坂は目的を果たすべく抜け出す。
よってこの場に居るのは第四位の麦野、フレンダと滝壺。そして第二位の垣根だけとなった。
「格下、と言っても第四位だ。少しは楽しませてくれるんだろうな?」
「ほざけ。ンなことなら殺すわよ」
やってみろよ、という言葉と共に垣根の白い翼が振るわれる。
世界を、理を、法則を書き換えるために。
麦野は右手を突き出す。
繊細な演算により形成された『原子崩し』がその指先から射出された。
「わかってねえな、格下。お前はこの世界にある法則を使っているにすぎない。この世界から外れた力を振るう俺には届かねえんだよ」
垣根は白い翼で『原子崩し』を受け止め、言葉を続ける。
「序列ってのは残酷でよ。研究価値だけでなくその強さすらも顕著に現しちまう。第四位のお前と第二位の俺じゃその差は歴然ってわけだ」
世界が書き換えられる。
『この』世界から『あの』世界へと。
全ての法則を書き換える『未元物質』が空間を支配する。
「眠れ。第四位」
その言葉が引き金だった。
何の予兆もなく。パタンと静かに麦野が倒れる。
垣根はそれを見て不満そうな表情で、
「やっぱ第四位じゃ相手にならねえな。……まあ、レオンに負けるようならたかが知れてるな」
そして滝壺とフレンダを見る。
「お前らはリーダー様を引っ張って帰れよ。もう勝負はついた」
フレンダと滝壺については戦う意味もないと判断する。
滝壺の能力で自身の能力を暴走させられないかは気にならないと言えば嘘になるがそれも体晶があればの話だ。
もうここに居る理由も無い垣根は御坂の後を追うことにする。
「つーわけでお前に追いついたわけだが」
「……どうやったらわずか数分でアイツらを倒して私に追いつけるのか聞きたいわね」
目の前には巨大なモニターがある。研究のデータなどを採集する場所だろうか。周りに機器がないかわりに巨大なモニターが存在感を発している。
御坂は軽い調子でそれを壊そうとするが、垣根がそれを止める。
「……邪魔するつもり?」
「そんなんじゃねえ。言っただろうが。こっちにも目的があってその過程でお前と手を組んでるって。順序は俺が先でいいだろうが」
垣根はなれた手つきでモニターに情報を映し出している。
クローンについて。実験について。羅列される情報を第二位の頭脳が処理していく。
その過程で。あるものが垣根の目をひいた。
「何これ……最終、信号? ラストオーダーですって? 何でこんなものまで」
御坂が茫然と口を開く。言葉が漏れたことさえ自覚できていないようだ。
垣根は違う。目を細めて良く見る。
「ハッ、んだこりゃあ? 殺されるクローンどものために司令塔なんて用意するとはな。……ずいぶんと慎重だな。オイ」
この個体が作られた目的は電気的ネットワークを構築している『妹達』にウイルスなどを注入されて反乱をおこされないようにするためのようだ。
しかし、殺されるクローンを制御する司令塔の必要はあるのだろうか? そんな司令塔を作ってもいずれ二万体のクローンは全て殺されるのだから作るだけ無駄というものだ。
つまりは別の目的があるということだ。
「なるほどね……。最強すらコマの一つに過ぎねえってか。大したモンだよ。アレイスター」
垣根は笑う。この実験を作り上げたであろう統括理事長に対して。そして哀れに使われている最強に対して。
そしてもう一つ。
垣根は静かに呟いた。
「――――虚数学区、か」