第一位と第二位。
向かい合う二人の立場は序列と逆になっていた。
垣根は笑い。一方通行は苦悶の表情を浮かべる。
(あの野郎ォ……毎回、微妙に演算式をかき乱してやがる。……思ったよりも解析の進み具合が遅ェ)
しかし、と一方通行は考える。
どれだけ、演算式を組み替えたとしてもどこかに、必ず本物の匂いというのは残ってしまう。その現象が『未元物質』という能力から発生している限り。
徐々に、神経衰弱で外れを繰り返すうちにカードの配置を覚えるように。一方通行は垣根の能力をゆっくりと確実に解析していく。
(そろそろだろうな。第一位が俺の『未元物質』を解析して『反射』に組み込むのは)
だが、と垣根は考える。
もともと一方通行にまともな攻撃をする手段を『未元物質』しか持ち合わせていない。にも関わらず第二位の実力を持つ彼がその唯一の手札を何の手も打たず捨てるだろうか?
答えは否、である。
当然、垣根には勝算がある。格上たる第一位を倒す勝算が。
(……これより『未元物質』をシフト。第二段階へと昇華させる)
変化があった。垣根の白い翼に。
その翼がグググ……と肥大化していったのだ。その大きさはおそらく十メートルを超すだろう。
それだけではない。
空を舞う垣根を地上から跳躍する形で追いかけていた一方通行に新たなベクトルが入力された。
第一位の怪物は地面にたたき落とされる。
(あり得ねェ……。どォなってやがる!? ほとんど新しいベクトルじゃねェか! 何が……)
そこで、気付く。
一方通行の周り。もっと正確には垣根の周りを取り囲むように直径十センチ程の黒い球体が無数に浮いていた。
それも、十や二十などではない。数百という単位で、だ。
まるでこの空間の全てを支配していることを示すかのように。
「どうした第一位? まさか俺の『未元物質』が解析できねえなんて言うんじゃねえだろうな」
その言葉に一方通行は反論できない。
タラリ、と嫌な汗が頬から首筋までをつたった。
あの時と一緒だった。あの無能力者と名乗る少年と同じように、負けるのか。
――――――――負ける? この俺が?
第一位のわずかな予感は不安となり恐怖となり、怒りとなった。
――――――――俺は最強だろォが。負けるはずがねェ
地面に、仰向けに倒れたまま。目の前の敵を倒すべく、力を、頭脳を、ぶつける。
――――――――『最強』だからか? だったら……今、ここで。誰も追いつけねェ程の『無敵』になっちまえばイイじゃねェか
この世界の全てを拒絶し、この世界の全てを掌握する。
そして、第一位と第二位の順位は確定される。
「ォ、オ」
ゆっくりと空へと伸ばした手を中心に。とてつもない突風が発生する。
それは本来あるべき気圧の高い地点から低い地点へ流れるようなものではない。
まるで、円を描くような風。
「ぁあ?」
垣根は空中から倒れたままの一方通行を見ながら怪訝な顔をする。
同時に気付く。
これだけの力だ。拒絶されてきただろう。それは垣根も一緒だ。
それでも一方通行という少年は、彼なりに悩んで、悩んで、世界に受け入れてもらえるように努力したこともあるのだろう。
しかし、ここで第一位と第二位に明確な差が生まれる。
垣根は大事な、守りたいと思える『今』を手に入れられた。
でも、一方通行は違う。
彼に近づくのは『最強』の座を奪おうというバカな人間か、彼を研究し甘い蜜を啜ろうとする研究者ぐらいのものだ。
だから、彼は『無敵』を求めた。誰も近寄らなくなる。しかし、誰も傷つけ無くて済む『無敵』を。
そして、垣根はその事実を笑う。
目の前で倒れている最強は狂ったように笑い、そして手を伸ばす。世界を、掴むように。
「哀れだな」
垣根はあっけなく、そう言った。
「無敵になったからって何になる。お前は誰も関わらないようにしたいのか? 違うだろ。お前は恐れたんだよ。誰かを傷つけることを。だから、こんなバカげた実験に手を貸した。そうだろ? テメエは俺と一緒なんだよ。力を恐れて、力を求める。その、繰り返しだ」
その言葉に応えるように、一方通行はゆっくりと立ち上がる。
最強の怪物は、笑っている。これだけの不利にあわされても、自身の最強は揺らがない、と言いだしそうな程だった。
「舐めてンのかァ? 確かに俺は『最強』で止まってる。お前に反射を破られてる時点でそれは確定的かもしれねェ。だからってよォ……このまま、俺が負けることにはなンねェンだよ」
風は、一方通行を中心に円を描き。
直径十センチ程の黒い球体は垣根を中心に漂う。
まるで、そこが自分の支配する領域だと言わんばかりに。
第一位の風と第二位の球体が無数に激突する。当人達が具体的なアクションを起こしているわけではない。
むしろ、彼らが使うのは学園都市トップの頭脳だ。
(俺の能力の解析は思ったように進んでねえみたいだな。……むしろ、俺の『未元物質』が第一位の『ベクトル操作』を掌握してるくらいだ。まともに解析の進んでいねえ証拠だな)
拮抗しているようにも見える両者の力。
しかし、わずかに押されている自身の力を見て一方通行は苛立ちを露骨に見せる。
(クソが……。何でだ? アイツより俺が強いのは当たり前だろォが。なら何で俺が押されなきゃならねェンだ。……)
一方通行はわずかに考える。
自分の何が足りないのかを。
そして、彼の出した答えは単純なものだった。
力。その一文字。
だったら、もっと深く。目の前の男のように自身の力を理解すればいい。
彼が行うのは目の前の男が生み出すベクトルの解析ではない。
自分自身の能力を解析する。
現代では証明できない、虚数によるベクトルや、理論上は存在する『暗黒物質』を想定したベクトルの全てを自身に入力していく。
(理解しろ……たった一つの疑問も残さねェくらいに。俺の能力を! …………ッ!?)
その過程で。何かが一方通行の思考を引きとめた。
体に電流が迸ったかと思うほどの衝撃だった。その先に進めば、どうなるかはわからない。
それは覚醒と呼べるかもしれない。
それは崩壊と呼べるかもしれない。
それは暴走とよべるかもしれない。
しかし、それを手にすれば彼は『無敵』を手に入れられる。そんな気がした。
(……『未元物質』をXと仮定した新定義を構築)
この世に存在しないベクトルをこの世に存在するベクトルとして演算式を組み立てる。
明確な変化があった。
それに気付いたのは一方通行ではなく垣根だった。
あまり思わしくないように眉をひそめる。
(何だ? さっきより、わずかだが思うように『未元物質』による掌握がうまくいかねえ。……まさか、まさか……あの野郎!)
致命的な何かを突きつけられる。そんな予感がした。
決着をつけるべく、地上の一方通行へと光線を浴びせる。
ズドド! という音と共に砂塵がまき上がる。
これで勝負はついたか、垣根がそう判断した直後だった。
「そもそもよォ。何で学園都市の超能力者に序列があるか……知ってるかァ?」
一方通行の声だった。
同時に垣根は違和感を覚える。
そう。
垣根が捻じ曲げたはずのベクトルが全て元に戻っている。
まるで。
垣根が書き換えた法則をもう一度、上から塗り替えるように。
「な、なん……テメエ、まさか……、本当に、『未元物質』を解析しやがったのか!?」
その言葉に一方通行は引き裂くように笑って応えた。
能力者の定義を。
「その間に絶対的な壁があるからだ」
簡単な結論だった。
『未元物質』は『ベクトル操作』を超える性能を発揮することはできない。
絶対に。